366 謝罪にゃ~


 イサベレ誘拐事件を無事解決したわし達は、ランチを終えて、デサートを終えて、ヂーアイの待つ白い屋敷に乗り込んだ。


 わし達は案内役に連れられ、すでに話し合いの準備が整っている大部屋に通される。そこには、ヂーアイと共に、里の重鎮らしき数人の老人があぐらを組んでおり、わし達はその対面に腰を下ろす。

 ちなみにコリスは眠そうにしていたから、わしの後ろで丸くなって寝ている。

 ヂーアイも豪華な座椅子に座っているのだが、天然毛皮にもたれるわしのほうが、どう見ても偉そうだ。重鎮やわし達の後ろに控えている住人も何やら睨んでいるので、礼儀の無い奴だと思われているのかもしれない。


 そうして場の空気が張り詰める中、ヂーアイが始めるように指示を出し、女性が現状に置かれている里の危機を説明してくれた。


 野人が里の生命線、ほこらを占拠していること。そのせいで子供を産めず、人口が減る一方とのこと。空の恵みを奪われていること。


 その説明は長く続き、終わりが来た頃に、ヂーアイが口を開いた。


「さて……我が里が置かれている状況は聞いた通りさね。頼み事をする前に、ひとつ言わせておくれ」


 ヂーアイはそれだけ言うと、座椅子からズイッと前に出て、両拳を床につけ、頭までもつける。すると、この場に同席する者は驚き、止める者が続出。

 挙げ句の果てに「こんな変な猫なんかに頭を下げるなんて……」とか、軽く罵倒されて、わしはズーンと気落ちする。

 リータとメイバイも念話を繋げていたらしく、慰めてずっと撫でてくれているけど、ゴロゴロ喉が鳴るからやめて欲しい。


 部屋の中は、ざわざわゴロゴロと騒がしいが、ヂーアイは気にせず言葉を続ける。


「度重なる無礼、誠に申し訳なかった」

「「「お、大婆様!」」」

「だまらっしゃい!!」


 ヂーアイの謝罪に、重鎮達はよりいっそう騒がしくなるが、一喝して黙らせた。


「いいさね? この猫は、仲間の命を狙われたにも関わらず、それでも許してくれたんさね。さらに、野人も殺してくれると言ってくれた」

「し、しかし……」

「お前達も失礼な態度をとるな! いますぐ頭を下げな!!」


 一喝して黙らせただけでなく、この場に居る全ての者に、土下座をさせるヂーアイ。そうしてわしに平伏す中、ヂーアイは叫ぶ。


「わたす達ではこの危機を乗り切れない。どうか、猫様の力でこの里を助けておくれ。お願いします!」


 ヂーアイのお願いに、わしは高らかに宣言する。


「あい。わかったにゃ。ゴロゴロ~。わしに任せるにゃ~! ゴロゴロ~」


 ゴロゴロまじりで……


「ゴロゴロ~。ちょっと、いま、大事な話をしてるんにゃから、撫でにゃいでくれにゃい?」

「「あ……」」


 リータとメイバイのせいで、わしの決め台詞がまったく決まらず、ふざけていると受け取られて、ヂーアイ以外の全員から睨まれるのであった。



「ゴホンッ! みにゃの者、おもてを上げてくれにゃ」


 とりあえず咳払いをして偉そうにしてみたら、皆は顔を上げてわしを見る。ヂーアイ以外は怒っているように見えるが、気にせずヂーアイに問い掛ける。


「この里の者は、かなりの手練れが揃っているとわしは思うんにゃけど、野人ってのはそんにゃに強いにゃ?」

「ああ。強いさね。わたす達の攻撃はまったく通じなかった」

「体が硬いって事にゃんだ……」

「そうさね。一番の問題は、気孔が通じないって事さね。なんらかの方法で気孔を無力化しているから、強い攻撃が決まらないんさね」


 気孔が効かない? という事は、魔法も効かないって事か。だから、鳥の下にポッカリ空洞があるように感じたんじゃな。


「剣もかにゃ?」

「剣なんて代物、鉄が手に入らないんだから、とうの昔に作ってないよ。そもそも、包丁だって鉄屑を集めてやっとなんさね」


 どうりで素手で戦っておるわけじゃ。資源がとぼしいから、武器は作れないんじゃな。


「にゃるほど……あとは、野人の特徴や攻撃方法を教えてくれにゃ」

「特徴はさね……」


 野人とは、見た目は人なのだが、大きさがまったく異なるとのこと。聞いたところ、わしの探知魔法に引っ掛かった5メートルを超える空洞の正体で間違いないようだ。

 大きさ以外の違いは、髪が真っ白で、角も尻尾も多数生えているとのこと。攻撃方法は、大きな拳と口から何かを放つらしい。


 ふ~ん……野人と聞いたから、中国に現れたUMAを思い出したんじゃけど、その映像とはまったく違うな。まぁデカイ裸のおっさんが、ちんちんぶらぶら走っていただけじゃから、UMAと言うのはおこがましい。

 ヂーアイの話では、鬼じゃもん。UMAから妖怪にレベルアップじゃ。まさかお仲間さんに会えるとは、思いもよらんかったな。猫又じゃ、ランクの違いはあるか。



 情報を聞き終えてしばらく黙って考えていたわしは、皆の視線が集まっていた事に気付いて口を開く。


「こんにゃもんかにゃ?」

「ああ。それで、本当に倒せるのさね?」

「見てみない事にはにゃんとも……」

「そうかい……」

「でも、わしが倒した生き物の中で、一番大きな生き物は、鼻が七本ある山みたいな奴にゃ」

「山だと……」

「信じられないと思うから、いま持っている中で、一番強かった生き物を見せてやるにゃ」


 口で言っても信じないだろうから、広場に移動して、大白クワガタを出してやった。全長20メートルを超える怪獣だ。尻餅をつく者がいても恥ずかしい事ではない。

 そんな騒ぎが起こる中、口をあわあわしているヂーアイに声を掛けてあげる。


「どうにゃ? 少しは安心してくれたかにゃ?」

「安心どころか……わたすはそんな化け物と戦っていたのか……」


 あら? いまごろ震えておる。


「別に引っ掻いたりしにゃいんだから、怖がらないでくれにゃ~」

「はぁ……本当に驚かしてくれる猫さね。ところで、わたすと戦っている時と口調が違うのは、なんでさね?」

「これは、猫被っているにゃ。こっちのほうが、危険がないと思うにゃろ?」

「……そうかい。毛皮それは脱げるんさね」

「一張羅にゃ~!」


 わしがツッコムと、わし達の念話を盗み聞きしていたリータとメイバイにツッコまれた。どうやら、このボケは前にもやってウケなかった事を覚えていたようだ。

 いちおう相手が変わっているから大丈夫と言い訳してみたが、撫でるだけだ。



 ひとまずわしの強さの証明を終わらせたら、今日は解散。大白クワガタを仕舞うと残念な声が多数聞こえたが、わしの苦労の結晶なので、譲る気は無い。食べる気もないので、女王誕生祭まで次元倉庫の肥やしだ。

 それから白い屋敷に戻り、料理を用意すると言われたが丁重に断って、庭でディナーにする。


「……二人も食べるにゃ?」

「はい!」

「いただくさね」


 リンリーとヂーアイは、わし達から離れないのは気付いていたから無視していたのだが、テーブルを出した瞬間、リータ達より先に席に着いてしまったので、勧めざるを得なかった。

 今日のディナーは悩んだ結果、寸胴の中に入ったカレーにしてみた。お釜からホクホクのお米を盛って、何かの肉のカツを乗せてドバッとカレーを掛ける。

 明日の決戦にげんを担ぐ、カツカレーだ。


「「パンは?」」


 リンリーとヂーアイはパンが食べたかったようなので、カレーは器に入れて、皿に乗ったパンをちぎって食べろと命令する。勝手にテーブルにまざっておいて、厚かましい奴等だ。

 全員分の食事が揃えば、先に食べていたコリスにも手を合わせさせて「いただきにゃす」と食べ始める。


「う~ん! 辛くて美味しいです~」

「また変わった料理さね。外の者は、こんなにうまい料理を毎日食っているのかい?」


 リンリーはうっとりしながら食べ、ヂーアイは気になって質問する。


「モグモグ。庶民には無理にゃ。わしは王様だから、毎日食べれるんにゃ。モグモグ」

「なるほどね。権力者なら出来るわけさね」

「あ、ちょっとそれとは違うからにゃ? わしは王様にゃけど、自分で獣をいっぱい狩っているから、搾取さくしゅにゃんかしてないにゃ」

「ほう……でも、王様ってのは、人を殺したり奪ったり、やりたい放題するって聞いていたんだけど」

「そういう王様も居るにゃ。でも、わしの知り合いの王様は、わりと民に優しいにゃ。自慢してるみたいで恥ずかしいんにゃけど、わしの国が、民が一番幸せに暮らしていると思うにゃ。にゃ~?」


 わしがリータとメイバイに同意を求めると、ヂーアイに念話で話し掛ける。


「はい! 貧しい人も居ますけど、食べる物には困っていません。この前、その人達が、シラタマさんにお礼を言う為だけに、い~っぱい来たんですよ」

「私なんて奴隷だったニャー。シラタマ殿は、その奴隷を全て解放してお腹いっぱい食べさせてくれてるニャー。猫耳族からしたら、シラタマ殿は神様ニャー!」

「ちょ、ちょっと褒め過ぎにゃ~。みんにゃが頑張ったから、いまがあるんにゃ。リータとメイバイも、ありがとにゃ~」

「こちらこそです。いつもありがとうございます」

「シラタマ殿、様々ニャー。ありがとうニャー」

「にゃ!? ゴロゴロ~」


 わしが恥ずかしくなって礼を言うと、二人はわしを抱き締めて撫で回す。そんな中、わし達の話を何やら難しい顔をして聞いていたヂーアイは、小さく呟く。


「そんな王様も居るんさね……それならば……」

「にゃ? ゴロゴロ~。にゃんか言ったにゃ? ゴロゴロ~」

「いや、なんでもないさね。さて、今日は動き過ぎて疲れたから、休ませてもらうさね。ごちそうさん」


 それだけ言うと、ヂーアイはリンリーに声を掛け、車イスを自分で動かして屋敷に帰って行った。


「にゃあにゃあ? リンリーは早く来るように言われてたけど、屋敷に行かなくていいにゃ?」

「モグッ! も、もうちょっと!!」

「わしはいいんにゃけど……太っても知らないからにゃ~」


 わしの忠告を聞いたリンリーは、両手にパンを握って走って行った。どうやら、太る忠告は無視したようだ。


 それからわし達は、キャッキャッと騒ぎながらお風呂を済まし、日記をつけてから眠りに就くのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 シラタマ達が眠った頃、白い屋敷の中では会議が開かれていた。


「皆の衆に提案があるんさね。実は……」


 ヂーアイの提案は突拍子も無い提案であった為、話し合いは時間が長く掛かり、終わった頃には草木も眠る丑三つ時。

 すんなりとは決まらなかったが、明日の結果次第で、里の命運が分かれる事になるとは露知らず、グースカ眠りこけるシラタマであった。

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