430 呪いの言葉にゃ~

 江戸から帰った翌朝……


 今日のわしの予定は特にない。だが、何かしてないとリータ達がグチグチうるさいので、訓練すると言って、役場三階の屋上庭園に立っている。


「それのどこが訓練なのですか……」

「朝、見た時からずっと動いてないニャー」


 お昼まで役場の事務仕事を手伝っていたリータとメイバイは、刀を中段に構えて動かないわしに、何やら冷たい言葉を送る。


「まさか、その体勢で寝てるのでは……」

「サボりたいからって、そんな特技を身に付けたニャ!?」

「にゃ!? いまいいところにゃんだから邪魔しないでくれにゃ~」


 刀を構えたままかなり集中していたわしだが、リータ達がボケるので、ついツッコンでしまった。


「邪魔も何も……シラタマさんは何もしてないじゃないですか」

「そうニャー。ごはん出来たら呼びに来いって言ったのは、シラタマ殿ニャー」

「コリスちゃん。シラタマさんはいらないみたいだから、食べる?」

「うん! たべる~!!」

「にゃ!? 待ってにゃ~! コリスも食べちゃダメだからにゃ~!!」


 わしの昼メシがコリスに奪われそうになったので、慌てて皆を追いかける。そのせいで、完全に集中力が切れた。ボーっとしながらエミリに餌付けされると、また庭に出て集中力を高める。

 しかしリータ達も見張りについて来てしまったので、なかなか上手くいかない。なので、刀を持ったまま、ドサッと仰向けに倒れてしまった。


「シラタマさん?」

「どうしたニャー!?」


 わしがいきなり倒れたものだから、リータとメイバイが心配して駆け寄って来てくれた。


「いや~……難しいにゃ~」

「難しい??」

「こやつは剣の声を聞いておったんじゃ」


 わしがボヤくと、リータとメイバイが首を傾げるので、代わりにミニ玉藻が答えてくれた。


「剣の声ってなんですか?」

「侍特有の訓練でのう。傍目はためから見れば何もしていないように見えるが、かなり神経を磨り減らす訓練らしいんじゃ」

「「え……」」


 どうやら二人は、ミニ玉藻から訓練と聞いて、わしが本当に訓練していたと気付いて驚いているようだ。しかし、ミニ玉藻は一言多い。


「まぁわらわも、いまだにこれが訓練だとは信じられん。侍って奴は、仕事をしない奴が多いから、方便で訓練と言っておるのじゃろう」

「「やっぱり……」」

「違うにゃ~! ちゃんと訓練してるにゃ~!!」


 ミニ玉藻のよけいな一言で、リータとメイバイの殺気が膨らみ、わしは必死に言い訳する。しかし、訓練がサボり行為だと受け取ったリータとメイバイはわしを責め立て、訓練の成果を見せろと言って来た。


 いや、一朝一夕で出来るなら、訓練しないんじゃけど……。は~い。やりま~す。


 わしの言い訳は、二人の怒りのオーラで掻き消されてしまったので、実践形式の訓練に切り替える。

 リータとメイバイには土の棒を持ってもらい、わしは中央に立って目隠し。土の棒を中段に構えて合図を出す。


「さあ、どっからでも掛かって来いにゃ~!」


 わしのしていた訓練は、心眼を開くこと。昔、じい様から聞いた訓練方法を試して、体の声、刀の声を聞いていた。子供の頃は、そんな声が聞こえるわけがないと疑い、まったく集中できなかったが、いまは大人。

 実際に伊蔵いぞうが使っていたのだから疑う事をやめて、年寄りの集中力で試したのだが、やっぱり聞こえない。


 もちろん訓練は失敗なので……


「にゃ~! そんにゃにポコポコ叩くにゃ~~~!!」


 リータとメイバイに、交互に頭を殴られてボコボコにされた。


「シラタマさんがしろって言ったんじゃないですか?」

「そうニャー。サボってた罰ニャー」

「だからサボってないにゃ~」


 今度は目隠しを取って、わしは違う方法を試す。


「どっちか、一人で掛かって来てくんにゃい?」

「見えてたら、絶対にシラタマさんに当たらないじゃないですか」

「う~ん……たしかににゃ。じゃあ、わしは避けないにゃ」

「それなら……私から行くニャー!」


 わしとメイバイは中段で棒を構えて見つめ合う。当然、メイバイが先に動くのだが、わしはメイバイの動き出しの前に、棒を振ってピタリと止めた。


「あ、危なかったニャー。でも、これは成功ニャー?」

「う~ん……」


 違うな。わしはメイバイの体が動いた瞬間に、メイバイより素早く動いて棒を振っただけじゃ。これでは、ただの身体能力の違いなだけじゃ。


「玉藻……玉藻は伊蔵の剣を上から見てたにゃろ? その時の伊蔵の動きと、わしの動きはどうだったにゃ?」

「そうじゃのう……シラタマの動きは速かったが、伊蔵は遅かったぞ。どうしてあんな遅い剣に当たるのか、不思議でしょうがなかった。まぁ妾も人の事を言えんからのう」

「「え……」」


 縁側でお茶をすすっていたミニ玉藻に助言を求めると、リータとメイバイは驚く。


「シラタマさんが斬られたのですか?」

「にゃ? 言わなかったにゃ?」

「聞いてないニャー。そう言えば、エドのお屋敷で、切り裂かれた服が落ちてた事があったニャ……」

「その時にゃ。何十回も斬られちゃったにゃ」

「うそ……メイバイさんでも、シラタマさんに当てられないのに……」

「凄いニャー! 私も習いたいニャー!!」

「やっぱり、師匠が必要なのかもにゃ~? とりあえず、もうちょっと練習させてくれにゃ~」


 このあとわしは、リータとメイバイにボコられる。

 要は、動き出しを、動く前に捉えたらいいはずなので、捉えられない場合は、おとなしく頭で棒を受けているのだ。



 そうしてボコられていたが、わしは一筋の光が見えた。


「あ……もう、シラタマさんったら……」


 残念ながら、微妙に失敗。勢い余ってリータの胸に突っ込んでしまった。そのせいでリータは照れているのだが、それを見ていた玉藻とメイバイは、難しい顔をしている。


「いまのはよかったんじゃないか? そんなに早く動いてなかったぞ」

「うんニャ。私の目にも、リータぐらいの速度だったニャ」

「リータは、シラタマがどう見えたんじゃ?」

「えっと……」


 ミニ玉藻の質問に、リータは自分に起きた事態を、わしを抱いたまま考える。


「そう言えば、気付いたらシラタマさんが胸にくっついていたような……」


 お! いまのは成功じゃったのか。たしかに、わしの脳に何か閃きのような感覚があった。これが侍の剣の第一歩か……まだまだ道のりは遠そうじゃが、覚えられるかも?

 いまの感覚を忘れないように、もっと試さなければ! しかし、リータが抱いているから声も出せないし、身動きもとれん。


 わしはリータから抜け出そうとバタバタしていると、血相変えた二人の女性が縁側までやって来た。


「「シラタマちゃん!!」」


 双子王女だ。双子王女の慌てた顔を見て、ようやくリータはわしを解放してくれた。


「にゃんか知らにゃいけど、ごめんにゃさい!」


 双子王女の顔はいつもわしを叱る時の顔だったので、先に謝ってみたが、違うみたいだ。


「何を言ってますの!」

「お母様から、大変な事態が起こっていると連絡が来たのですわ!」

「大変にゃ事態……」


 双子王女のこのセリフ……デジャブじゃ。前にも聞いた事があるぞ? ま、まさか……


 大変な事態の真相を聞いたわしは、デジャブを再現する。


「にゃんで~~~!」



 ひとまず訓練をしている場合では無くなったので、東の国に転移。ダッシュで城に駆け込み、女王と面会する。


「早いわね……」


 執務室に入ったわしは、女王を怒鳴り付ける。


「にゃんで全ての王様が、関ヶ原に参加したがってるんにゃ~~~!!」


 そう。双子王女からの大変なお知らせは、前回同様、王様関係。猫の国に各国の王様が押し寄せた再来……。いや、それ以上の災害だ。


「パーティーで、出席者に喋ったのが悪かったわね」

「誰が喋ったんにゃ~~~!!」

「それは……」


 女王は何故かわしの肩を見たので、わしはギギーっと肩を見たら、ミニ玉藻がくっついていた。


「玉藻虫にゃ!?」

「妾を虫扱いするな!!」


 ミニ玉藻を問い詰めたところ、さっちゃんの誕生日パーティーに来ていた出席者に喋っていたようだ。

 誕生日パーティーが豪華だから、他所の国でもこんな事をするのかと質問した話の流れで、近々大きな祭りがあると自慢したとのこと。悪気がないようだが、悪気がないからこそタチが悪い。

 他国の王族の子供も何人か出席していたので、親に連れて行ってくれと泣き付いたのだと、女王は推測している。


 でも、全ての国はおかしくない? さっちゃんの誕生日パーティーには、全ての国の王族はいなかったじゃろ? 女王様……わしの目を見てくれませんか?



 女王はわしの目を見てくれないので、あとでさっちゃんに体を売って聞いてみたら、全て教えてくれた。めちゃくちゃモフられたけど……

 遠い異国の者がこの地にやって来たので、女王の元に各国の王から連絡が入り、会った事を自慢した流れで「今度、お祭りに遊びに行くざますのよ~。オホホホホ」とか言ったらしい。

 さっちゃん情報だから、どこまで事実か微妙だ。女王のそんな変な口調も下品な笑い方も見た事ないから、本当に微妙だ。



 しかし、いまはさっちゃん情報は知らないので、目を逸らし続ける女王の事よりも大事な事がある。


「えっと~……それって、決定事項にゃの?」

「ええ。外交ルートで書面を交わしているわ」

「書面にゃ?」

「国のトップがこの地から全員居なくなるんだから、一ヶ月間の戦争や小競り合いを禁止する条約が書かれた書面よ」


 女王の差し出した用紙に目を通すと、もしもどこかの国が裏切ったら国々が協力してリンチにする条約や、クーデターが起きた場合は協力してリンチにする条約も書かれていたが……リンチって言葉を、正式な書面に入れていいの?


「シラタマもタマモもサインして」

「にゃんでわし達まで……てか、女王達を連れて行くにゃんて言ってないにゃ~」

「「え~~~!」」


 わしが拒否すると、女王にぐわんぐわんと揺らされ、ミニ玉藻もピンポイントで攻撃して来る。なので、尻の穴を手で塞ぎながらミニ玉藻を怒鳴る。


「玉藻はこっち側にゃろ!!」

「こっち側??」

「にゃん人来るかわかっているにゃ? 王様一人だけでも護衛を何十人も引き連れて来るのに、それが全部の王にゃ。百や二百じゃ利かないにゃ~」

「あ……宿、食事……」


 どうやら玉藻は、関ヶ原を使って日ノ本を宣伝したかったらしいが、こんなに大人数の移動になると思っていなかったようだ。なので、これで女王討伐の味方になってくれるはずだ。

 しかし、女王がよけいな事を言って、玉藻を味方に付けようとする。


「宿なら妙案があるわよ。それに、参加者も数を絞りましょう。各国、十人まで。日ノ本から護衛を出してくれたら、それでこっちの人数は減るわ。食事は……妙案があるわ」

「お、おお! それならば、なんとかなりそうじゃ!!」


 いや、人数以外、何も解決しておらんぞ? それに妙案がふたつも入っているから、嫌な予感しかせん。


「それで妙案とは?」


 わしも気になるが、逃げるが吉。聞いていないとゴリ押しで、話もうやむやにしてやる! 抜き足差し足忍び足っと……


 わしはこっそり扉に向かうが、女王に回り込まれてしまい、首根っこを掴まれて持ち上げられる。


「シラタマを使えば、建物と食料問題は解決するわ」

「おお! その手があったか!!」


 女王の勝手な言い分に、ミニ玉藻が諸手を挙げて賛同する。もちろんわしは納得できない。異議申し立てる。


「にゃんでにゃ~! 日ノ本の祭りなんにゃから、玉藻がやれにゃ~! わしは王様の仕事で忙しいんにゃから、出来るわけないにゃ~!!」

「「………」」


 わしの正論に、女王と玉藻はぐうの音も出ないのか、二人で見つめ合っている。


 よし! 勝った!!


 わしは勝利を確信するが、無言の女王はわしの首根っこを掴んだまま奥に移動し、ソファーにポイっと投げ捨てると、自身は立派な椅子に腰掛けて通信魔道具を手に持つ。


「あ、ジョスリーヌ。リータかメイバイは近くにいる? ……ええ。代わってくれる?」


 なんじゃ? なんで女王はリータ達に連絡を取ろうとしてるんじゃ? それに通信魔道具って、通話先の人の声が聞こえない、そんな電話みたいな機能付いてたの??


「いきなりごめんね。関ヶ原までのシラタマの予定って入ってる? ……うん……うん。やっぱりね。それでだけど、給金はかなりの額を払うから、シラタマを数日貸してくれる? ……ええ。ありがとう」


 女王は通信魔道具を切ると、妖しい瞳でわしを見る。


「何も予定はないようね……」

「にゃ……あるにゃ~! 毎日忙しくしてるけど、リータ達が知らないだけにゃ~!」


 事実、わしは何か作ったり、散歩したり、水撒きしたり忙しいので反論するが、ミニ玉藻までもが、わしを妖しい瞳で見て来る。


「ほう……何か作ったり、散歩したり、水撒きしたりする事が王の仕事なのか。ちなみに女王の仕事は何をするんじゃ?」

「そうね。私は……ペラペラペラ、ペラペラペラ(仕事内容)、まだまだあるわよ」

「やはりな。妾は、ペラペラペラ、ペラペラペラ(大変な仕事内容)。これで極一部じゃ」

「自慢じゃないけど、ペラペラペラ、ペラペラペラ……」

「妾だって、ペラペラペラ、ペラペラペラ……」


 女王と玉藻の謎呪文。国のトップが行う業務は数多くあり、わしの耳には呪いの言葉にしか聞こえない。


「「ペ~ラペラペラ、ペラペラペラ(超超大変な仕事内容)」」

「やるにゃ! やりにゃすから、もう勘弁してくれにゃ~~~!!」



 二人の呪いの言葉に負けて、わしは王様を接待するという王様らしからぬ仕事を押し付けられるのであったとさ。

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