567 酒池肉林にゃ~


「なんでよ~~~!!」


 白銀猫の縄張りから外に出た瞬間、さっちゃんの叫び声が響き渡る。


「あんにゃ撫で方するからにゃ~」

「シラタマちゃんは気持ち良さそうにしてるじゃない! エリザベスとルシウスも気持ちいいよね~?」


 わしが注意すると、さっちゃんは自分は撫で上手と言い出したので、わしたち三兄弟はそっと目を逸らした。


「えっ……うそ……そんなに下手だったの!?」


 新事実。わしだけでなく、兄弟もさっちゃんの撫で回しはあまり好みじゃないと知って、さっちゃんは orz ってなってしまった。


「言いにくいんにゃけど……最近、雑にゃ~。昔はもっと上手かったにゃろ? 撫でるにゃら、もっと優しく撫でてくれにゃ~」

「それならそうと、早く言ってよ~~~」


 さっちゃんは、わし達が我慢してゴロゴロ言っていたと知って、ますます地面に沈んで行った。しかし、雑になった理由がわかったらしく、急浮上。立ち上がってわしをビシッと指差す。


「シラタマちゃんが悪いのよ!」

「にゃんで~?」

「だってシラタマちゃんって、どんなにモフッても怒らないじゃない? それに何をしても起きない事もあるわよね? だからそれに慣れて、エリザベス達も同じように撫でてしまっていたのよ!」

「それって……わしのせいにゃの? さっちゃんが雑にゃだけじゃ……」

「ちがうも~ん。シラタマちゃんのせいだも~ん。え~~~ん」

「もうそれでいいから泣くにゃ~」


 さっちゃんが泣き出してしまったので、わしが非を認めるしかない。リータ達から甘い的な事を言われてしまったが、さっちゃんはわしの胸で涙を流すから、引き離す為にはわしが折れるしかなかっただけだ。

 そうして胸毛がビチョビチョになったわしは猫の街に帰ると言ったら、さっちゃんからは日ノ本へ行きたいと、予想通りのリクエスト。


「それと~。京の街並みや猫帝国とオーロラも見てみたいな~。シラタマちゃんに泣かされた女の子のお願いなんだから、聞いてくれるよね?」

「きたにゃっ!? さっちゃんが勝手に泣いただけにゃろ!!」

「え~~~ん。連れて行ってよ~。え~~~ん」

「嘘泣きするにゃ~!!」


 さっちゃんの嘘泣きには気付いたのだが、くっついて離れないので、仕方なくリクエストに応える。だって、白銀猫とあまり触れ合えなかったから、ちょっとかわいそうなんじゃもん。



 皆に甘々と言われたが、これは想定の範囲内。さっちゃんは必ず我が儘を言ってくると読んで、双子王女にも数日戻らないと言ってある。最悪、休暇ギリギリには東の国に強制送還するつもりだ。

 なので、皆が集合したら転移。京の外れに飛び、いつも通りコリスにビックワンピースを着せたら、ダッシュで京に到着。


 するとさっちゃんが……


「モフモフゥゥ~……パ~ラダ~~~ィス!!」


 道行くキツネやタヌキに突撃して行った。


「キャーーー!」

「モフモフモフモフ」

「こりゃ! 痴漢、アカンにゃ! よそ様の尻尾を勝手に撫でるにゃ~!! すいにゃせん。すいにゃせん」


 ちょっと目を離すとさっちゃんが痴漢をして悲鳴があがるので、わしは何度も頭を下げた。このままではさっちゃんが岡っ引きタヌキに捕まりかねないので、コリスの尻尾ロック。

 二本の尻尾で足と胴体を拘束したので身動き取れないが、さっちゃんは嬉しそうだな。


 岡っ引きタヌキが集まる前にわし達は逃げ出し、厳昭みねあきの店に駆け込む。そこで旅館と、キツネとタヌキの花魁おいらんを手配。

 厳昭には「奥様方と一緒にそんな事を……」とか言われたけど、わしの為じゃない。


「「あ~れ~~」」

「モフモフ~! モフモフ~!!」

「「も、もう堪忍しとくれまし~」」


 当然、さちゃんの為だ。さっちゃんはキツネ花魁とタヌキ花魁の帯を、悪代官より巧みにダブルでクルクル引っ張り、着物をひんむいてモフッていた。

 この為にキツネとタヌキの花魁を頼んだのだが、まさか女性にモフられるだけのわけのわからない展開なので、花魁達はめちゃくちゃ困惑している。


「「「「モフモフモフモフ~」」」」


 いちおう人数分頼んだので、リータ達もモフモフしている。さっちゃんほどではないが……いや、花魁の着物が乱れているから、さほど変わらないほどモフッている。


 もうここは酒池肉林……おそらく酒池肉林? いや、キツネとタヌキが裸では、これっぽっちも肉欲がないから、酒池モフ林?? まぁ半狂乱の騒ぎになっているから、たぶんそんな感じだ。


 ちなみにわしはというと、隣の部屋でコリスと兄弟と一緒に懐石料理をモグモグしている。本当は厳昭と商売の話をしたかったのだが、さっちゃん達の乱痴気騒ぎに恐怖して、逃げて行ったので仕方がない。

 わしも逃げ出したかったが、花魁を部屋に呼んでしまったから逃げ場がないので、せめて被害が出ないように息を殺してモグモグしているのだ。


 そうこうしていたら静かになったので、ふすまをちょっとだけ開けて覗き見る。


 死者大多数……さっちゃん達はモフり疲れて、花魁達はモフられ疲れて眠ったか。とりあえず明日も忙しいし、寝ている内に風呂に入れてしまおう。


 高級旅館という事もあり、備え付けられた岩風呂があるので、さっちゃん達をお湯の玉に入れてシェイク。多少雑だが、湯船に浸かる前にキツネとタヌキの毛を落とさないといけない。

 よく温まったら、コリスにも手伝ってもらって寝床に運ぶ。お風呂に入る前に、キツネ耳女将に布団は頼んでいたが、何も花魁を一人ずつ布団に入れなくてもいいのに……


 そのせいで、全員花魁と一夜を共にする事になったが、なんか幸せそうにモフモフ言っていたからそのままにした。花魁は苦しそうにモフモフ言っていたけど……

 だが、わしがそんな事をしたら殺されるので、予備で持っていた大きな布団を敷いて、コリスと一緒に眠る。ちなみに兄弟達は、専用のネコハウスで眠った。



 翌朝は、わしが一番に起きたので、まずは花魁を起こして土下座。申し訳なかったと金一封を手渡し、高級肉のカツサンドを朝メシにでも食ってくれと渡してお引き取りいただいた。

 おそらくこれで、次回頼んだとしても我慢して来てくれるはずだ。事実、撫でられただけでこんなに良くしてくれたと、厳昭のところに「またあの変態達は来ないのでありんす?」と営業が来たらしい。


 花魁を追い出したら、次はさっちゃん達。高級カツサンドをモグモグしているコリスにも手伝ってもらって手分けして起こす。

 すると、全員漏れなく頭を押さえていたので、どうしたのかと聞いたら二日酔いらしい。酒なんて飲んでなかったのにと不思議に思ったら、モフり過ぎたんだって。

 まさかそんな事で二日酔いになるとは信じられないが、さっちゃんは落ち着いたみたいだから、これで街中で痴漢はしないだろう。


 朝食を食べて準備を済ませたら、リータ達にはおつかいを頼む。万国屋には酒の販売の感想と受注。平賀家には日ノ本発電計画の進捗状況を聞いて来てもらう。

 どちらも報告書を書いてもらうように言っておいたので、これぐらいのおつかいならリータ達でも出来るだろう。

 昨夜は浮気を目の前で見せ付けてくれたので、さすがに悪いと思ったらしく、わしのお願いには快く応えてくれた。


 昼には万国屋で集合する約束をしたら、わしとさっちゃんと兄弟は別行動。飛行機をブッ飛ばして、とある片田舎にて着陸した。

 それからさっちゃんを抱いて、走って目的地に向かう。その時、田畑が広がる景色を見て、さっちゃんはこんなので人々は大丈夫なのかと聞いて来たので、強い獣が居ないから大丈夫と答えた。



 目的地に着くと道場の引き戸を開けて、勝手に上がり込む。


「久し振りにゃ~。ちょっと見させてもらうにゃ~」

「「………」」


 ここは、後藤銀次郎の道場。銀次郎と鉄之丈は稽古をしていたけど、我が家のようにズカズカと歩くわしと、さっちゃんの金色の髪に驚いているようだ。

 いちおう二人して何しに来たかとツッコまれたので、「見学だから、そのままそのまま」と言って稽古に戻らせた。


 二人が離れて行くと、椅子をふたつとミニテーブルとお茶、兄弟用の座布団を用意して、さっちゃん達と共に座る。


「それで……なんでこんな田舎の訓練場に連れて来たの?」

「ここでのほうが話がしやすくてにゃ~。前に、わしの秘密を教えろと言ってたにゃろ?」

「そんなの、キョウでもよかったじゃない」

「それじゃあ信じられないと思ってにゃ~。これから話す事は、嘘のようにゃ本当の話だから、心して聞いてくれにゃ」

「……うん」


 さっちゃんが頷くと、わしは正面を向いたまま真顔で語る。


 転生者、日本生まれ、平行世界、科学の発展した世界……


 さっちゃんはわしの横顔を見ながら神妙に聞いていたが、話が終わると長い溜め息を吐く。


「はぁ~~~……たしかに嘘みたいな話だけど、それぐらいじゃないと、シラタマちゃんの謎は解明できないわね」

「にゃはは。信じるか信じないかは、さっちゃん次第にゃ。ちにゃみに、あの少年が、わしにゃ」

「へ??」

「ざっくり言うと、この世界の百年先の未来からわしはやって来たんにゃ。だから、わし役の少年、その家族がいまだに健在なんにゃ」


 さすがにわしが二人いるとなると、さっちゃんの頭がこんがらがって来たみたいだ。そうして黙って鉄之丈を見つめていたさっちゃんは、わしに顔を向ける。


「ちょっと似てるかも? 頭が悪そうなところとか……」

「どこがにゃ~。てか、本来のわしは、神童と呼ばれて、女の子にモテモテだったんだからにゃ」

「うん。それは嘘ね」

「本当にゃ~」


 転生は信じてくれたのに……なんでバレたんじゃ? たしかにわしの子供の頃にちょっと似てると思うけど、ちょっとだけじゃぞ??


「それよりさ~……アレって、シラタマちゃんの剣でしょ? なんでおじいさんが振ってるの??」

「あ~……ちょっとあってにゃ」


 さっちゃんは見た目の反論はまったく受け付けてくれずに話を変えるので、前回来た時の経緯を教えてあげた。


「少年にあげたんだけどにゃ~……じい様に取られたみたいだにゃ」

「フフフ。シラタマちゃんって、おじいちゃん子だったのね」

「違うにゃ~。あの子みたいに、めちゃくちゃしごかれていたんにゃ~」



 それから銀次郎に対しての恨み節を「にゃ~にゃ~」喋っていたら、額に怒りマークを付けた鉄之丈がドスドス歩いて来た。


「にゃ~にゃ~うるさ~~~い! なんでお前がこんな所でお茶なんて飲んでるんだ! ボクが倒しに行くまで待つんじゃなかったのか!!」

「どこで待とうと、わしの自由にゃ~」


 どうやら鉄之丈は、さっちゃんと英語で喋っていたから内容はわからなかったようだが、節々に「にゃ~にゃ~」言っていたのは聞こえていて、集中できないから怒っているみたいだ。


「それに誰なんだその女は! 変な言葉で喋りやがって!!」


 鉄之丈はわしだけでなくさっちゃんにまで噛み付くと、さっちゃんは念話の魔道具を使いながらにっこりと微笑む。


「私は東の国、第三王女のサンドリーヌよ。君が強くなったら、うちで騎士として雇ってあげるわ。楽しみに待ってるわね」


 さっちゃんがそう言いながら鉄之丈の頬を撫でると、鉄之丈の顔は真っ赤。


「ポ、ポポポ……ポ、ポイ! がが、頑張ります!!」


 どうやら鉄之丈はわしと同じで、異人さんにはめっぽう弱く、鼻の下を伸ばして稽古にはげむのであった。


 わし役なんじゃから、もっとしゃきっとせんか! このエロガキが!!


 もちろん、自分の幼い頃にそっくりな鉄之丈が鼻の下を伸ばす姿は、わしとしては許せないのであったとさ。

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