568 刀を受け取るにゃ~


 さっちゃんの美貌に落とされた鉄之丈は、先ほどまでとは打って変わって、熱の入りようが違う。もう、命でも燃やしているのかと見間違えるほど鬼気迫る表情で、竹刀を振っている。


 てか、東の国とか騎士とかって、意味が通じておったのかのう?


 わしが不思議に思っていたら銀次郎がやって来て、鉄之丈に何をしたのかと聞かれたからそのまま答えたら、呆れていた。

 その時、最初に会った時と同じかしこまった口調に変わっていたので、その事を質問してみたら、わしが猫の国の国王なのではないかと逆に質問された。

 どうやら鉄之丈の父親が浜松に米を送る際、関ヶ原で暴れ、伝説のヤマタノオロチを倒した異国の猫王が居ると、京で情報を仕入れて帰って来たそうだ。

 もしかしたら自分は大変な人物に無礼を働いたのではないかと心配しつつ、「アレはタヌキ、アレはタヌキ」と不安を吹き飛ばし、鉄之丈には伝えなかったらしい。


 でも、わしにタヌキって言うほうが失礼じゃからな? さっちゃんは笑わない!!


 ゲラゲラ笑うさっちゃんは無視して、銀次郎には「それは全て本当だけど、お忍びだから普通にしてくれていいよ」と軽く言っておいた。

 しかし銀次郎は重く受け止めるので、「好敵手なんだから」と言ってみたら、また立ち合えると嬉しそうに普通の口調になった。


 わしは鉄之丈の事を言っておるんじゃけど……これだからバトルジャンキーは……


 銀次郎のやる気はどうでもいいが鉄之丈のやる気を削ぐのは面白くないので、わしの立場は秘密にしてもらって、もしもわしと立ち合いたい場合は、京の万国屋にこの文を渡せと言って預けた。

 それと、いまのままでは侍としては強くなれるかもしれないが、最強になるには不可能だから、銀次郎と鉄之丈には肉体強化魔法を教える。

 ただ、魔力を感じるところからだったから時間が掛かるので、魔法の初歩と、肉体強化の魔道具を渡し、これと同じような事が出来るようにと練習を言い渡した。


 もしかしたらとんでもない剣士が生まれるかもしれないので、わしとさっちゃんは期待を胸に抱き、道場を離れるのであった。



 帰りも飛行機をブッ飛ばし、京の外に飛行機を降ろすのは面倒だったので、万国屋の倉庫に向けてスカイダイビング。【突風】に乗ってふわりと着地する。

 リータ達と合流したら、ランチを掻き込み、倉庫の屋上をヘリポートに改造してから飛行機に乗り込んで垂直離陸。江戸に向けて飛び立った。


 後日聞いた話だと、けっこうなUFO騒ぎが起こり、万国屋に人が押し寄せて儲かったらしい。でも、ちびっこ天皇に怒られた。わしに常識がないんだって。


 飛行機でブッ飛ばして江戸に着いたら、離れた場所からダッシュ。さっちゃんは経験上、野放しにしたら犯罪に走りそうだから、わしのモフモフロック。ただのおんぶだけど、後頭部に頬をスリスリしないで欲しい。

 江戸の街中も爆走して、さっちゃんから感想を聞いてみたら、モフモフ成分が足りないんだって。そんな事より、街並みを見ろよ……



 そんなこんなで目的地の鍛冶屋に着いたら、刀鍛冶の老人からわし達の刀を受け取る。メイバイとイサベレも新しい武器は嬉しいのか、目を輝かせて黒い鞘から抜いていた。

 わしも興奮していたが、お楽しみはあとにして、鞘と柄から確かめる。


 うむ。注文通りの黒い木の鞘。ぴったり収まっているな。つばはようわからんからかっこいいのを頼んだけど、なんでヤマタノオロチ?? 綺麗に彫られて金色に着色されておる。アンコウじゃないから、かっこいいかな?

 柄は糸巻き。前の刀は柄まで土色一色じゃったから派手な色を頼んだけど、この色は赤というよりアズキ色ってところか。ま、あまり派手すぎるのも性に合わん。これぐらいが丁度いいじゃろう。

 さてと……そろそろ抜いてみようかのう。どうなったかな~?


 わしは目を輝かせて刀を抜くと、目の前で垂直に立てて、じっくりとよく見る。


 おお! 乱れ刃……綺麗な波紋じゃ~。さすが、日ノ本一の刀鍛冶。わしとドワーフで作った【猫干し竿】より遥かに美しい。感動じゃ~。

 でも、気のせいか、刃の部分の色がおかしい気がする。【白猫刀】も普通の白魔鉱の武器も、白光しろびかりはしていたけど、ここまでキラキラした白銀ではなかった。まるで、三種の神器みたいな色じゃ。


 一通り刀を確かめたわしは、老人から話を聞いてみる。


「にゃんか色がおかしいと思うんにゃけど、こんにゃもんなのかにゃ?」

「なにぶん、私も白鉄しろがねの刀は初めてなものでして……ですが、練習用にいただいた白鉄で打った刀はこちらになります」


 老人がひと振りの刀を差し出すと、受け取ったわしは鞘から抜いて確認する。


「お~。にゃかにゃかの業物だにゃ。でも、色はうちの国でもこんにゃもんにゃ」

「はあ。やはり、シラタマ様と協力して作った刀は別物でしたか」

「となると、にゃにか原因があって、この色ににゃったと……」

「圧縮が原因かと……それと、ヤマタノオロチの素材も、何かしらの影響をもたらしたと予想しております」


 なるほどな。たしかに【白猫刀】では圧縮はしたけど、いでも白銀にならなかった。練習で打った刀もヤマタノオロチを使ったと言っていたから、その両方が無いと、この色にならないって事じゃな。


「ちょっと試し斬りしてみたいにゃ~」

「少々お待ちください」


 老人は一度離れると、大根を何本も持って来て、これを斬れとのこと。そんな柔らかい物を斬ってもわからないんじゃないかと思いながらも、老人が手に持つ大根を素早く斬ってあげた。


「さすがですな。こんな事が出来るのは、天下無双しか見た事がありません」

「にゃ……」

「「「「「おお~~~」」」」」


 老人の手に持つ大根は、一刀両断。まったく切った感触がないままポトリと落ちたのだが、老人が拾って断面を合わせると、綺麗にくっ付いて何処を斬ったかさえわからなくなった。


「ど……どうなってるにゃ?」

「細胞が潰れずに切断されたから大根は斬られた事に気付かず、元に戻ったのです。この現象が起こるには、名刀と達人の腕が合わさった時だけと聞き及んでおります」


 お~。わしも達人の粋に達したか。じい様に勝ったんじゃから、当然の結果か。


 わしが褒められてウンウン頷いていたら、さっちゃんがやりたいとか言い出したので、重たいから無理だと止めたけど、言い出したら聞かない。なので、わしが補助しながら、まな板に置いた大根を斬らせてあげる。

 さっちゃんがプルプルと力を込めても持ち上がらなかったので、わしがバレないように胸辺りまで刀を上げる。刀が大根より上に来たから「もういいか」と力を抜いたら、さっちゃんは重さに負けてすぐに下した。


 それだけで、大根はパッカーン。まな板もパッカーン。その下の作業台もパッカーン。地面まで斬りそうになったので、わしが鍔を押さえて止めた。


「どれどれ~?」


 いちおう大根は斬れたから、さっちゃんは嬉しそうにくっ付ける。


「やった! 出来た!! 私も達人~。フッフ~ン♪」


 まさか素人が刀を下ろしただけで達人めいた事が出来るとは思っておらず、わし達は呆気に取られていたら、さっちゃんは驚く事をやり始めた。


「この板もくっ付かないかな~? わ! くっ付いたよ? 台も直った~! ひょっとして、私ってシラタマちゃんより達人じゃない? フフン。私の勝ち~♪ 剣術教えてあげよっか? ……あ、アレ??」


 超ご機嫌なさっちゃんは一人で喋り続け、ドヤ顔で振り返ったところで、わし達が口を開けたまま固まっていた事に気付いた。コリスはいつも通り。


「どうしたのよ~。なんか言ってよシラタマちゃ~ん」

「ちょっ! 危にゃいから揺らすにゃ~~~!」


 抜き身の刀を持つわしを揺らすので、刀は一度次元倉庫に入れて、さっちゃんを落ち着かせる。それから「にゃ~にゃ~」と話し合い、刀の検証。

 メイバイやイサベレの刀も調べ、その辺にあった刀を、刀の重みだけで斬って、くっ付けたりなんかもした。


 ありえん……なんちゅう斬れ味……本来の刀の使い方と違うのに、押しただけで無機物まで斬られた事を認識しておらん……わし達は、神剣を産み出してしまったのか?

 メイバイ達のは圧縮二倍じゃから、わしの刀ほどではないが、それでも簡単に刀を斬れるし、イサベレが素早く斬ったら復活したな。嬉しいような、怖いような……

 ちょっとこの鞘じゃ心許ないから、あとで内側に同じ製法の白魔鉱を張り付けておいたほうが良さそうじゃ。突き抜けたら危ないからのう。



 検証は終わったが、皆、静かなもの。喋っているのは、さっちゃんとコリスぐらい。いや、さっちゃんがコリスを撫でて「モフモフ」「ホロッホロッ」と言っているぐらいだ。

 それも飽きたら、さっちゃんはニヤニヤしながらあの事を聞いて来た。


「それで~、その子達はなんて名前なの~??」

「それならば、もう決まっていますぞ」

「ええぇぇ~!?」


 さっちゃんは刀の名前を猫に決めようと思ってからかっていたのだが、老人がすでに決めていたようだ。それも、柄に隠れた部分に銘を刻んでくれたので、変更も出来ないらしい。

 わしはシメシメと思いながら、ここはイサベレとメイバイから聞いて、オオトリのわくわく感を高める。


 まずはイサベレ。柄の色は白色で、鍔は松が掘られて金色に着色されているみたいじゃ。レイピアに近い作りじゃが、直ぐ刃が美しいのう。


「この刀は、従来の刀と比べて細身ということもあり、松の葉から取りまして、【白松蔭はくしょういん】と申します」

「「「「「おお~」」」」」


 かっこいい! わしにもそのセンスがあれば、笑われなかったのに……次のメイバイは何かな~? 柄はうぐいす色、鍔は……わしの顔っぽい。目とかは金色に着色されておるけど、それでいいのか??

 それにしても、二本ともまったく同じ小丁子こちょうじで揃えるとは、わしが凄いのか、老人の指示が凄いのかわからないな。


「この刀は、二本の短い刀ですので、仲睦まじいつがいの鳥から取りまして、【白鴛鴦しらおしどり】と申します」

「「「「「おお~」」」」」


 オシドリから来たか~! でも、鳥に関する技名や名証も、日本ではよく使われるから、ありっちゃありじゃな。猫なんて、どう転んでも武器名に使われないもん。いや……猫丸とかいう猫を殺した刀があったか……かわいそうに。

 さてさて……次はオオトリのわしじゃ~!


「この刀は、私の最高傑作ともあり、いつか付けたいと考えていた名前を……」


 うむ。そうじゃろう、そうじゃろう。最高の刀鍛冶ならば、そんな名前のひとつやふたつ、考えていてもおかしくない。


「……付けようとしたのですが、やはりここは、将軍様に名前を付けてもらったほうが箔が付くかと思い直し……」


 は? そこは、自分で付けたらよくない? いや、将軍に名前を付けてもらうのは、刀鍛冶としては最高のほまれか。うん。将軍は学もあるじゃろうし、いい名前を付けてくれるかも?


「将軍様に頼んだところ、古事記からいただく事になったそうです。聞いたところ、ヤマタノオロチを倒した名代様と前将軍様が、その場で浮かんだ由緒ある名前……」


 な、なんで、玉藻とご老公が、ここで出て来るんじゃ? ま、まさかあの名前じゃないじゃろ?

 さ、さっき、古事記から取るって言ったじゃろ? ならば、草薙の剣とか十拳剣とつかのつるぎとかいろいろあるよな? あるよな!!


「この刀の名は【猫撫でのつるぎ】と申します」

「にゃんで~~~!!」

「「「「「あはははは」」」」」


 わしの願いは叶わず、神剣と言われても申し分ない刀は、無情にも【猫撫での剣】というファンシーな名前を付けられて、皆に大爆笑されるのであった。


 ちなみに、百年後に発売された歴史書「日ノ本開港」に【猫撫での剣】が記載され、ヤマタノオロチから猫王が引き抜いたと嘘を書かれたので、その時の天皇との仲が、過去最悪になるのであったとさ。

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