030 涙の再会のはずにゃ~


「何しに来たのよ?」


 女猫の辛辣しんらつなセリフに、わしは orz となっておる。猫の姿じゃ、ただのお座りにしか見えんじゃろうが、わしのハートはブレイクじゃ。

 兄弟達を救う為に、あんなに頑張ったのに……家を改築したり、刀を作ったり、服を作ったり、食生活の改善をしたり……うん。この記憶じゃない。

 そうそう! 父リスや母リスのスパルタ修業で何度死にかけたか。それなのに「何しに来たのよ?」じゃと?? 異義申し立てるぞ!


「た、助けに来たんじゃが?」

「助け? そんなのいらないわよ」

「え……?」

「聞こえなかったの? 弟ごときの助けなんていらないって言ったのよ?」


 女猫はソファにふんぞり返り、足を組み替え言い放つ。


 女猫さん? 性格変わってやしませんか? それにわしが弟? 兄弟はみんな同じ日に産まれたじゃないですか? 兄とか弟とかの発想は、わししかなかったのに……どゆこと?



 わしの頭に様々な疑問が浮かぶが、頭を振り、会話を続ける。


「ほら。兄弟も我が家が恋しいじゃろう? 一緒に帰ろう。な?」

「なんであんなド田舎に帰らなきゃならないのよ。周りを見てごらんなさい? こんなセレブな生活捨てられるわけないでしょ。それに兄弟って呼ばないで。私の名前はエリザベスよ。お・と・う・と君」


 エ、エリザベスじゃと~! わしにすら名前がないのに……羨ましくなんてないぞ! ホンマホンマ。

 そんな事より、妹のようにかわいかった女猫が、セレブな暮らしに毒されて高慢になっておる。セレブ……ええのう。

 いやいや。わしはおっかさんに兄弟達の事を頼まれておるんじゃ。ここは引けん!


「おっかさんは、ここの奴らに殺されたんじゃぞ?」

「お母さんの事は私にも思うところはあるわよ。でも、私が幸せに暮らしていると知ったら、きっと安心するわ」


 う~ん。おっかさんの事じゃから、安心するどころかうらやましがるような……。わしもこんな家で生まれていれば……しっかりしろ! わし!!


「わしはおっかさんに兄弟達の事を頼まれたんじゃ! 一緒に帰ろう」

「弟に守られなくても幸せに暮らせるわよ。あ~……ひょっとして、あんたもここで暮らしたいんじゃないの?」

「そんなわけ……ゴニョゴニョ」

「私が頼んであげよっか? 私のご主人様は優しいから、あんたが増えても大丈夫だと思うわよ」

「い、いらん!」

「ホントに~?」


 エリザベスは妖艶ようえんな笑みを浮かべ、わしに擦り寄る。


「モフモフ~……ハッ!」


 いま一瞬、昔の女猫に戻ったぞ。性格は別人(猫)じゃが、モフモフ好きは変わっておらん。これじゃ!


「わしと一緒に帰れば、モフモフし放題じゃぞ?」

「うっ……あんたがここで暮らせばいいのよ! 美味しい物もあるわよ?」

「うっ……それぐらい、わしだって作れる!」


 わしとエリザベスは、お互いの言い分に揺らぎながらも主張は譲らずに、平行線が続く。やり取りが続く中、急にドアが開き、少女が入って来た。


「エリザベス。どうしたの?」



 わしは声の主から身を隠す。エリザベスは「にゃ~ご~」と、猫撫で声で少女に擦り寄る。


 女猫め! わしという者がおるのに、あんな少女に擦り寄りやがって! しかも、わしとの態度が違い過ぎるぞ。何枚猫被っておるんじゃ! 見た目通りなら一枚か……

 あの金髪少女は見た事があるな。一年前に兄弟達が入った檻の前で喜んでいた女の子じゃ。

 さっきは簡単な単語じゃったから分かったけど、何喋っているのか気になるから、少女に念話を繋げておこう。ちょっと危険じゃけど、わしから話し掛けるイメージを持たなければ大丈夫なはずじゃ。


「今日は甘えたさんですね~」

「にゃ~ん」

「どうしたの~?」

「ゴロゴロ~」


 女猫よ。わしをここに住まわせてくれるように頼んでくれるんじゃなかったのか! いや、別に住みたいわけじゃないんじゃか……。女猫は念話を少女に繋げる事は出来ないみたいじゃな。

 ん? 少女が腕に抱いているのは……男猫じゃないか! 懐かしいのう。元気にしておったかのう。女猫みたいに、セレブに毒されていなければよいが……



 男猫は少女の腕の中で鼻をヒクヒクさせている。しばらくして、わしの匂いに気付いたのか、少女の腕から飛び降りる。少女は驚き「きゃっ」と声を出すが、男猫は隠れているわしに飛びついて泣き出す。


「アニキ~! アニキ、アニキ~!!」

「な、なんじゃ。いきなり……どうしたんじゃ?」

「アニキ~。僕、このままじゃ殺される。助けて~」


 いろいろツッコミたいがまず……男猫の性格も変わっている! なんでじゃ? ちょっとマザコンじゃったが兄のように凛々しかったじゃろう! この一年で男猫になにがあったんじゃ?

 あと、物騒な事を言っておったな。殺される? この少女にか? そんな事しそうに見えんのじゃが……聞いてみるか。


「だ、誰に殺されるんじゃ?」

「エリザベスだよ~」


 女猫……エリザベスに殺される? その前にツッコませてくれ。なんじゃその軟弱な喋り方は! 気持ち悪いわ! ハァハァ。気が済んだところで疑問に戻ろう。

 女猫が男猫を殺す? なんであんなに仲が良かった兄弟どうしが殺し合うんじゃ?? わしはもうパニックじゃ。



 わしが戸惑い、悩み、疑問に思考を費やしていると少女が声をあげる。


「ルシウス。どうしたの? そこに何かいるの? ……え!?」


 しまった! 思考停止しかかっていたせいで、少女に見つかった! 逃げるか? いや、ここはあの手でいこう。


「にゃ~ん」


 わしは小首を傾げて猫撫で声をあげる。


「キャーーー!!!」


 少女は悲鳴をあげる。


「かわいい~~~!」


 うん。声の質からわかっておったよ。ローザと一緒じゃったもん。さて、どうしたもんか……


 ガシッ!


 わしは悩む間もなく抱き上げられる。


「うわ~。二人と違ってモフモフしてる~」


 悩む間ぐらいください。この子は躊躇ちゅうちょと言う言葉を知らないのか? わし、猫又じゃぞ? 日本では妖怪じゃぞ? 怖いんじゃぞ?


「ねこちゃんはどうしてここにいるの? エリザベスとルシウスの友達かしら?」


 わしらは兄弟ですよ。いい加減降ろしてくれんかのう。


「迷い猫かしら……それじゃあ、私の所に来る? お友達も一緒よ」


 猫好きなのはわかるが、まず飼い主探そうよ。あと、親御さんの許可も必要じゃろう?


「それじゃあ、名前はどうしようかしら……」


 決まった? もう決まったの? わしは返事をしとらんぞ。有無を言わさん子じゃのう。猫の振りをしているから喋らないけど。いや猫じゃから……


「タマなんてどうかな~? 丸いし似合っているわよ」


 それはアカン! 国民的な猫の名じゃ。国民的な奥様に、陽気に追い掛けられてしまう!


「昔に生きた賢者様が宝石に付けた名前よ。うん! これで……」

「ダメじゃ~~~!」

「え? いまの……誰!?」


 しまった~~~! 念話で喋りかけてしまった。どどど、どうしよう……


「いまのは……あなたなの?」


 この子、意外と察しがいい……わしの目を真っ直ぐ見ておる。気絶させて逃げ出してもいいが……兄弟達も世話になった事じゃし、この子になら説明してもいいかな?

 なんなら、人型になればわしが飼い主と主張して、兄弟を引き取る事も出来るか。それでいこう。


「きゃっ」



 わしは少女の腕から少し強引に抜け出す。そして次元倉庫から着流しを取り出し、自分に被せて変身魔法を使う。ムクムクと人の姿になると、少女にひざまずく。そして猫を被って念話で説明をし始める。


「夜分遅くに申し訳ありませ……」

「きゃ~~~! 猫のぬいぐるみみたい! かわいい」

「あ、あの……ちょっと話を聞いて欲しいにゃ?」

「きゃ~~~! にゃ~って、言った~」


 この子……大丈夫か? テンションマックスじゃ。わしのこと、怖くないんじゃろうか? エリザベスは「また始まった」って言っておるけど、何が始まったんじゃ?



 少女はわしの手を取るとブンブンと振ったり、頭をわしゃわしゃしたり、二本の尻尾を握ったり、わしをいじくり倒すこと数十分。恍惚こうこつな表情を浮かべ、話を再開する。


「それで、あなたお名前は?」


 チッ。覚えておったか。


「名前は無いにゃ」

「じゃあ、私が名前を付けてあげるね。タマは気に入らないみたいだから、シロなんてどうかな? 賢者様の文献にある言葉で、あなたの毛の色のことよ。う~ん。安直かな。それじゃあ……」


 それ決定なの? わしに許可すら取らないでまくし立てるから口を挟めない。それにさっきから言ってる賢者様って……


「決めた! あなたの名前はシラタマよ!」

「シ、シラタマ~!?」

「あなたに似合う、いい名前でしょ?」


 国民的な猫の名前を拒否したら、和菓子で定番の団子の名前になってしもうた……。シロも犬みたいで嫌じゃけど団子も嫌じゃ。団子……いや、断固拒否じゃ!


「あの……もっとかっこいい名前がいいにゃ……なんとかならんかにゃ?」

「え~! すっごく似合っているよ。これ以上いい名前、思い付かないよ~」

「ルシウスみたいなのがいいにゃ~」

「あなたの服装は、文献で見た賢者様の服にそっくりだから、気に入ると思ってそこから取ったのよ」

「し、しかしだにゃ……」

「もう決定よ! これじゃなきゃダメよ」

「うぅぅ……」

「自己紹介がまだだったわね。わたしはこの国の第三王女、サンドリーヌよ。これからよろしくね。シラタマちゃん」

「よ、よろしくお願いしにゃす……」



 かくしてわしは兄弟達と感動の再会も出来ず、シラタマと言う、とても不満な名前を授かるのであった。


 なんでじゃ~~~!!!

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