546 遺言


「シラタマさん……」


 時刻は夕暮れ時……戦闘機でチェクチ族の集落に戻ったリータ達は、外壁の上から南西の方角を見つめ、シラタマの帰りを待っていた。

 しかし、いつまで待ってもシラタマは戻らず、完全に日は落ち、極寒の夜がやって来る。これでは自分達も寒さにやられてしまうと感じたリータ達は、キャットハウスに戻る事にした。


 それから冷蔵庫にある食材で食事を作り、ダイニンクで静かに食べる。誰もがシラタマを心配して食が進まず、コリスですらいつもの半分の量しか食べていなかった。

 まるでお通夜のような食卓は長くは続かず、メイバイが立ち上がって片付けを始めると、リータは寝室でオニヒメを寝かせてから手伝う。


 コリスは残りを全て頬袋に入れると、食器を運んで二人が洗い物を終えるのを待っていた。


「これとって~」

「これ? リボンのこと??」

「うん……」


 リータが席に着こうとしたら、コリスは頭を出してリボンをほどかせる。


「そのなか、モフモフからのてがみがはいってるの」

「手紙……」


 コリスのリボンは特別製。大きく作ってあるので、どうしてもかわいい形のままで維持できないからワイヤーが入っている。

 大きいからついでにポケットを付けて、猫ファミリーで書いた物とは内容の違う遺言書をシラタマは入れていたのだ。


 リータはリボンから二つの封筒を取り出すと、その中から手紙を一通メイバイに渡し、自分宛ての手紙に目を通す。

 二人は一通を読み終えると涙を流しながら違う手紙に目を通し、最後まで読み終えるには長い時間を要した。



 手紙の内容のひとつは、猫の国のこと。


 シラタマが死んだ後、コリスに王位を譲る事となっている。ただし、百年間は死を偽装し、シラタマの姿でまつりごとを行うようにと指示が書かれていた。

 これは猫耳族への配慮。まだ人族とのわだかまりが残っているので、百年もあれば解決するのではとシラタマ考えたのだ。


 何通にも分けられた手紙は、家族と友達のこと。


 猫ファミリーひとりひとりに長い感謝と謝罪が書かれており、シラタマと関わりがある者にも感謝と謝罪の手紙が同封され、秘密裏に渡すようにと指示が書かれていた。

 この場に居るイサベレはすでに受け取って読み終えると、二人と同じように涙をこらえきれずに、机に突っ伏して泣いている。


 これらは、コリスだけには前もってシラタマは説明していた。もしもの場合は、シラタマほど力は無いが、キョリスに迫るほどの力を持つコリスに、猫の国を守ってくれとお願いしていたのだ。

 ただ、コリスは事の重大さを理解していなかったので、簡単に「いいよ~」と引き受け、いまになって重大さを……いや、シラタマでも死ぬという現実を受け止めたのだ。



 リータとメイバイとイサベレが涙を流す中、コリスは三人を抱き締め、同じように涙を流す。



 それから泣き疲れた皆は今後の話に移り、時折涙をぶり返し、長い夜を過ごすのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 時はさかのぼり、わしは転移魔法で逃げる事も許されず、阿修羅のむっつの拳によるマシンガンパンチを喰らって、地面に押し付けられていた。

 一発一発がクレーターを作れるほどの威力のパンチを喰らって地面に沈み、硬い岩盤層に着いても殴られまくり、身体中の骨がぐちゃぐちゃになるほどのダメージが蓄積される。


 ぐっ……うぅぅ……ここまでか。


 わしは、阿修羅のやまない攻撃を受けながら過去を振り返る。


 猫に生まれ変わって、そのまま猫の生活を送って一生を終えるかと思っていたが、さっちゃん達と出会って楽しく暮らせたのう。

 悲しい出来事と言えば、おっかさんと別れたぐらいか……。いや、わしの手で、何人もの人を死刑にした事も、悲しい出来事か。わしのせいで少なからず悲しむ人を作ってしまったんじゃからな。


 これでは地獄行きじゃ。あ、地獄は無いんじゃった。アメーバかゾウリムシ辺りからやり直しじゃな。こんな血だらけの手では、次の世は、人間は期待できんからのう。はぁ……


 惜しむらくは……多すぎる。リータとメイバイを未亡人にしてしまう。オニヒメにも謝っていない。さっちゃん達、わしに所縁ゆかりのある人を泣かせてしまう。

 それに猫の国……コリスに頼んでいるけど、大丈夫じゃろうか? わしの遺言通りやってくれたらいいんじゃが……心配じゃ。


 あ! そうじゃ……スサノオのなんでも叶えてくれる券!! 使うのを忘れてた……

 図々しいお願いじゃけど、生き返らせてくれんかのう? わしはまだ、この世界でやり残している事が多いんじゃ。このまま死にたくない! リータ達を悲しませたくない! 頼む、頼むぞスサノオ~~~!!



 わしは涙を流しながら祈り続け、死後の世界に旅立つのであっ……



 てか、過去を振り返る時間……長すぎない? もう阿修羅の攻撃もあまり痛くないって事は、体がグチャグチャで麻痺しておるんじゃろ? それとも、おっかさんみたいに魂だけ現世に残っておるのか??


 わしは不思議に思って目を開けるが、目の前には地面があるだけだ。


 まだ生きてるっぽい……もう逆転の目もないんじゃから、さっさと死後の世界に行って、生き返らせて欲しいんじゃけど~? ブハッ!


 今度はなんとなく振り返ったら、阿修羅のパンチを顔面で受けてしまった。


 いたっ! いたたた……口ん中切ってしまった。ほら? さっさと……はて? 阿修羅のダメージは、こんなもんじゃったかのう??


 またまた不思議に思い、わしの頭の上にクエスチョンマークが何個も浮かぶ。


 たしか【吸収魔法・球】は、死ぬ間際に大きく展開したような記憶はあるが……いまもその感覚はあるな。にしても、ダメージ少なくなくない?

 そう言えば……手も動く……足も動く……多少痛いところはあるけど、骨に異常はないっぽい??


「にゃ~~~! ガッキーン!!」


 わしは驚いて叫んでみたが上から殴られて、歯と歯がぶつかってしまった。


 生きておる! 阿修羅の攻撃もそんなに痛くない! どどど、どうなっておるんじゃ? まさかこの土壇場で、新たな力に目覚めたとか? スーパー猫又に変身したとか……あ! アホ毛!!


 馬鹿な事を考えた瞬間、ツクヨミの顔と釣りの時に鏡で見た自分の顔を思い出したわしは、前脚で狭い額を撫でる。


 ピョンッて、立った! しかも、なんか二本あるかも!? 本当に新たな力に目覚めていたから、阿修羅のパンチが痛くなかったんじゃな。自爆と爆発に巻き込まれたのに、すぐに目覚められたのもこれのおかげか。

 しかし、アレほど試して立たなかったのに、何でいまさら……あの時と今回の共通点は……【五十倍御雷みかずち】!!

 なるほど……魔力のストックを惜しみ無く使った必殺技を使わないと、アホ毛は立たないのか。そりゃ調べようがないわい。実験の為に、そんな大量の魔力を使えんもん。


 二本のアホ毛が立っているって事は、今回は六十倍だったからかな? 五十倍で一本、さらに十倍足すと二本って計算になるはず。

 んで、今回は強さが三倍アップってところか? いや、なんだかもっと上がっている気がする……倍の倍、二乗のような……

 ……わからん! 考えてもわからん事は、後回しじゃ。いまはこのスーパー猫又状態がいつ切れるかわからんのじゃから、さっさと戦闘に戻ろう!!



「ガ? ガア??」


 わしが阿修羅のマシンガンパンチから脱出すると、阿修羅はキョロキョロとわしを探していた。


「にゃ~~~!!」


 なので、背後に回り込んだわしは、わざわざ教えてあげる。


「グッ!?」


 阿修羅はわしを見付けてくれたが、いまのわしなら阿修羅より素早いので、腹に頭突きを入れてぶっ飛ばしてやった。


 ふむ。力も速さも、わしが倍ぐらい上か。じゃが、そこまでダメージになっていないところを見ると、吸収魔法の膜で軽減されておる。


 ならば、その上を行ってやろうじゃないか! 【特大吸収魔法・球】!!


 わしは直径500メートルはありそうな吸収魔法の膜を作り出し、阿修羅の飛んだ方向に駆ける。そして、立ち上がっていまにも走り出しそうな阿修羅の腹に、もう一度頭突き。

 阿修羅は血を吐いて後方に飛ぶが、素早く回り込んで、ネコパンチネコパンチネコパンチ。そのネコパンチは常に阿修羅が吹っ飛んだ方向から放たれ、常に勢いの乗ったスピードでネコパンチを喰らう事となる。


 ふふん。やはり、吸収魔法の膜がデカイほうが、ダメージを与えやすいのう。

 今までもやろうと思えば【吸収魔法・球】の範囲を広げられたけど、わしのほうが遥かに身体能力が劣っていたからな。そんな集中力を使う余裕はなかった。いまならではの戦法じゃわい。


 わしが阿修羅を殴り続けていると、みっつの口が大きく開いた。


 やれるものならやってみろ!!


 阿修羅のやりそうな事は、わしに筒抜け。案の定、自爆技の大爆発が……不発。

 みっつの口から放たれたエネルギー波はわしに全て吸収され、小さな爆発も起きなかった。


「グキャ~~~!!」


 それで苛立った中央顔は叫びながらわしにマシンガンパンチを放つが、呆気なくかわされ、顔面に数百のネコパンチを受けて潰れた。

 しかし、たったひとつの顔を潰しても意味がない。マシンガンパンチは止まらずわしに襲い掛かるので、またキャット百裂拳。今度は左顔を潰してやった。

 だが、その間に中央顔が元に戻るので、すかさず潰し、左顔、中央顔、左顔と、何度もキャット百裂拳で潰す。その合間にも何千というネコパンチが逆から突き刺さり、阿修羅は滅多打ちとなる。



 怒濤のネコパンチが二万を越えた頃、ついに中央顔が修復しなくなり、その八百発後には、左顔も元に戻らなくなった。

 ここで、わしは【特大吸収魔法・球】を解除し、攻撃もやめて右顔に念話を繋ぐ。


「わしは、お前を生かしておくつもりはないにゃ。にゃにか残す言葉があったら聞いてやるにゃ」


 阿修羅は身体中わしの肉球の形でへこみ、満身創痍。立っているのもやっとで、魔力もすっからかん。吸収魔法の膜も張れないようだ。


「残す言葉か……最後の最後に楽しい殺し合いが出来たんだ。感謝しかない。ありがとよ」

「……本当に、その言葉でいいんだにゃ?」

「ない! 我は戦い、生きて来た! 戦いのなか死ねるなら本望だ!!」

「……わかったにゃ」

「わ~はっはっはっはっは……はっ……」


 阿修羅の笑い声を最後に、わしは歯に斬撃気功を乗せ、ガブガブと首を噛んで、みっつの頭を切り落とすのであった……



「にゃ~~~! にゃ~~~!! にゃ~~~!!!」



 勝利の雄叫び。


 生きている喜び。


 リータ達にもう一度会える感謝に、わしは泣きながら叫び続ける。


 しかし体は正直だ。ダメージと疲労で、いまにも倒れそう。このままここで寝てしまうと獣に襲われかねない。せっかく拾った命をドブに捨てかねないので、阿修羅を次元倉庫に入れたら重たい体を無理矢理動かして、赤い宮殿まで走る。


 こうして阿修羅との死闘を制したわしは、室内に入っておっかさんの毛皮を被ったところで、意識が途絶えるのであった。

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