093 嘘……


「わしは少し村の外を見て来るから、ここは任せるにゃ」

「それなら私も……」

「リータは家族を安心させてやるにゃ。それと、村の中央にある建物に避難している人がいるから、もう安全だと知らせて欲しいにゃ」

「……わかりました。任せてください!」


 猫さんはそう言うと、私の倒した黒イナゴを収納魔法に入れてから、村を囲ってある柵を飛び越え、逃げるように外に出て行ってしまった。でも、御使い様ってなに?


 私が猫さんを見送った直後、後ろからお父さんが声を掛けて来た。


「リータ。御使い様はどこに行ったんだ?」

「お父さん。御使い様って、猫さんのこと?」

「そうだ。この国の村を助けて回っている白い猫様を皆、そう呼んでいる。聞くところによると村が獣の群に襲われると、どこからか現れて村を救い、村が飢饉ききんで苦しんでいると、食べ物を分け与えてくれるそうだ」


 う~んと……だいたい合ってる? 猫さんはハンターの仕事で村に向かっているし、食べ物は解体の代価って言っているから違うのかな? あれだけ多くの食べ物を代価で払うのは、無償と受け取られたのかな?


「それで、御使い様はどこに行ったんだ?」

「外の様子を見に行ったよ」

「そうか。御使い様は我々の為に危険をかえりみず、外に出たのか」


 そうなの? 猫さんはもう安全って言ってたけど……ひょっとして逃げているように見えたし、御使い様って言われるのが嫌なのかも。


「お父さん。猫さんは安全だから避難所の人に伝えてくれって言ってたよ。私、伝えるように言われたから行って来るね」

「そうなのか? お前は御使い様と話をしていたけど、どう言う関係だ?」

「パーティ仲間で婚約者かな? それじゃあ、行って来るね」

「なっ……リータ。待て!!」



 私はお父さんの制止を聞かずに、避難所に向けて駆け出す。走っていると、嫌でも多くのイナゴの死骸が目に入る。


 こんなに居たんだ。避難所の周りなんて何十匹も横たわっている。私なんて、二匹しか倒していないのに、猫さんはやっぱり凄い。


 私は避難所の前に着くと、大声をあげて、中の人に呼び掛ける。すると、すぐに慌てた村長が飛び出して来た。


「御使い様!? お前さんは……ロイのところの娘か?」

「はい。ロイの娘、リータです」

「御使い様は何処に?」

「村の外を見てくると言っていました。あと、安全だから避難所から出ていいと言っていました。村長さんは猫さんに会ったのですか?」

「おお。そうだ。さっき少し話をした。この転がっているイナゴを、村にくださるそうだ」


 猫さんなら言いそうだけど……いつもは解体と交換で半分ぐらい持って帰るけど、本当なのかな? 猫さんに任されているんだから、ちゃんと確認を取らないと。


「全部ですか?」

「そうじゃ」

「本当ですか?」

「わしを疑っておるのか? 御使い様は黒いイナゴを二匹以外はくれると言っていた。嘘はつかん」


 黒イナゴが二匹!? 私が倒したのを合わせると三匹もいたんだ。それなら高く売れるから、猫さんなら他は譲りそう。


「リータは御使い様と、どういう関係なんだ?」

「パーティー仲間で婚約者です」

「御使い様と婚約!?」

「だから猫さんに任されています。ハンターギルドに依頼完了の報告、依頼完了書の発行、それとイナゴの解体後の証明部位をいただきたいので、お願いしてもいいですか?」

「婚約者……ああ、わかった。手分けして取り掛かる」



 私は避難所から出て来る嬉しそうに抱き合う人々を確認してから家に戻る。そうして村の中を歩いていると、走って来るお父さんと鉢合わせた。


「お父さん」

「リータ! 御使い様と婚約とはどう言う事だ!!」

「え? どう言う事も何も……そう言う事だよ」

「ほ、本当なのか? 御使い様でも相手は猫だぞ?」

「猫だけど、いつも私を守ってくれる素敵な猫さんだよ。お父さんは、私と猫さんの結婚を反対するの?」

「いや、いやいや……」

「イヤなんだ。反対するんだ……」

「いや、そうじゃなくて混乱している。村の危機、命の危機、娘の婚約……何がなんだかわからん! 少し時間をくれ!!」



 お父さんはそう言うと、猫さんみたいに、避難所に逃げるよう走って行った。


 お父さん、本当に混乱していた。あんなお父さんは初めてだ。でも、反対されたとしても、私の心は決まっている。



 私は家に戻るとお母さんと兄弟達、祖父母の無事を涙ながらに抱き合って喜んだ。村人達は手分けして村中のイナゴ、村の外にあるイナゴを解体し、私の元に証明部位が続々と集まった。

 証明部位を受け取りながら、家の片付けを手伝っていると、村長が訪ねて来た。


「これで全部だ。百十七匹もいた。さすが御使い様だ。これから宴をやりたいんだが、御使い様を呼んで来てくれるか?」

「はい。でも、どこに居るか……」

「村の入口に変わった馬車があるんだが、皆、そこじゃないかと言っている。迷惑になってはいけないから静かにさせていた」


 変わった馬車……車だ。猫さんはそこに居る。


「わかりました。呼んで来ます」



 私は小走りに村の入口に向かう。そして車を見つけると、少し顔がほころんだ。


 ふふふ。こんな所にいたんだ。きっと何かあったら、私がすぐに気付く場所を選んだんだ。動かす事は出来ないけど、私の土魔法でも扉は開けられる。


 私は猫さんに教えてもらった、扉の開け方を実践して中に入る。


「猫さ~ん……」


 寝てる? 人の姿で寝てる猫さんなんて、初めて見た。私と一緒に寝る時はいつも猫の姿なのに。それに、これだけ近付いても起きない。仕事ではこんなに疲れる事がないのにな。

 疲れた姿を見る時は、王女様の相手をした時か、スティナさん……そう言えば、朝は眠そうにしていた。スティナさんのお酒に朝まで付き合っていたのかも。

 この人の姿の猫さんは、ぬいぐるみみたいでやっぱりかわいい。人の姿では寝れないって言ってたけど、嘘だったのかな? いつもこのまま寝てくれたらいいのに……そしたら、もっと抱き心地がいいのに……そうだ!


 私は駆け足で村長さんの元に戻って嘘をつく。


「猫さんは疲れて眠っています。今日の戦いで疲れたのでしょう。ですので、このまま休ませてあげてください」



 村長さんは残念そうな顔をしたが、宴の開始を宣言する。


 皆、食事を楽しみ、笑い声が辺りを埋め尽くす。嬉しそうな声、楽しそうな声、悲しそうな声、私は様々な声を聞きながら車に乗り込み、猫さんの眠るベッドに横になる。


 婚約者なんだから、これぐらいの嘘、許してくれるよね? 猫さん。大好き!


 私は大好きな猫さんに抱きつき、眠りに落ちるのであった………

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