092 笑い声


「もうわかったから頭を上げるにゃ。それと、まだ少し残っているから隠れているにゃ」

「御使い様の、仰せのままに……」


 わしは黒イナゴを次元倉庫に入れて走り出す。村人に御使い様とあがめられ、いたたまれなくなり、脱猫(兎)のごとく逃げ出した。


 まったく……ハンターだと言っておるじゃろう。それを神の使いのごとく崇めやがって。恥ずかしくて顔から火が出たわい。それより、リータじゃ。

 ボスイナゴ達を倒したらすぐに向かう予定じゃったのに、御使い様と崇めるジジイのせいで出遅れてしまった。

 探知魔法オーン! リータのほうに向かったイナゴは二匹じゃったけど、一匹減ってる。リータが倒したのか? 小さいイナゴなら倒せるじゃろうけど、もう一匹は黒イナゴだったはず。

 リータにはちと荷が重い。ちゃんと守りに徹していてくれ。急ごう!



 わしはわらじを懐に入れて、スピードを上げる。スピードを上げたおかげで、すぐに黒イナゴを視界に捉えた。


 リータは防戦一方じゃが、しのいでくれている。すぐに行くからな!


 わしはさらにスピードを上げる。だが、その時……


「バカ~~~~~!!!」


 リータの大きな声が聞こえ、黒イナゴはわしに向かって飛んで来た。


 有難い。わしをターゲットにしたか。しかし、リータはなんで叫んでいたんじゃ?



 わしが急いで走っていると、黒イナゴはわしを通り過ぎ、進行方向の後ろに地響きを立てて落ちた。


 え?


 わしは急停止して、首だけ黒イナゴに向ける。


 動かない? どういうこと? リータが倒したのか?


 わしが混乱していると、走って来たリータが抱きついて来た。


「猫さん! うぅぅ……私……黒イナゴが……猫盾ちゃんが……お父さんが……婚約指輪……怖かった……でも……うわ~~~ん!」


 え~と。整理して話して欲しいんじゃけど……大泣きしていてるから無理か。

 察するに、怖かったけど、黒イナゴを頑張って倒したのかな? じゃが、婚約指輪ってなんじゃろう? それと猫盾ちゃんって、わしが作った盾かな? 名前なんて付いていたのか……新事実じゃ。

 しかし、2メートルはある黒イナゴを20メートル以上、拳でぶっ飛ばしたのか。リータの拳、恐るべし……怒らせたらわしに飛んで来ないか心配じゃ。とりあえず、頭でも撫でて声を掛けておくか。


「よ、よくやったにゃ……」

「猫さ~~~ん!」

「も、もう大丈夫にゃ。イナゴの群れは、リータが倒した黒いイナゴで最後にゃ。リータが村を救ったにゃ~」

「うわ~~~ん!」


 う~ん。話にならん……落ち着くまで待つしかないか。抱き締めが強くてちょっと苦しいんじゃけど、いまは言いづらいな。



 それから数分後……


「グズッ。猫さん……」

「落ち着いたかにゃ?」

「……はい」

「逃げ遅れた人は大丈夫だったかにゃ?」

「あ、はい。お父さんとお母さんだったんです! あっちにいます!」


 リータは思い出したのか、慌てて走り出す。わしも走ってリータのあとに続く。そしてリータは、今にも崩れ落ちそうな家の前で叫ぶ。


「お父さん! お母さん! もう大丈夫。助かったよ!!」


 リータの声にしばらくして、恐る恐る、家の中から父親が出て来た。


「リータ、本当か?」

「うん! 猫さんが助けてくれたんだよ」

「猫さん? 猫!! 助けてくれた??」


 まぁ普通の反応じゃ。怖がらせない様にキチンと挨拶しないとな。


「リータとパーティを組んでいるシラタマにゃ。村の危機は去ったから安心するにゃ」

「喋った! これは……御使い様?」

「違うにゃ。ただのハンターにゃ~」

「おい! お前達! 御使い様が村を救ってくださったぞ! もう出て来ても安全だ」


 リータの父親は家の中に戻り、大声でわしを御使い様と呼ぶ。


「猫さん。御使い様って何ですか?」

「聞かないでくれにゃ」

「??」

「わしは少し村の外を見て来るから、ここは任せるにゃ」

「それなら私も……」

「リータは家族を安心させてやるにゃ。それと、村の中央にある建物に避難している人がいるから、もう安全だと知らせて欲しいにゃ」

「……わかりました。任せてください!」


 わしはリータの倒した黒イナゴを次元倉庫に入れてから、村を囲ってある柵を飛び越えて外に出る。



「ふにゃ~~~」


 おっと、あくびが……完徹で、あれだけ動き回ったら、さすがにキツイ。歳かな? まだ二歳じゃった。すぐさま寝たいが……探知魔法オーン!

 動いてるイナゴも動物もおらんな。これでやっと休める。村の中では、御使い様と持てはやされて、ゆっくり出来そうも無い。逃げて正解じゃ。

 どこで寝ようかな? もしもの時のために離れるわけにもいかんし……村の入口でいいか。車で寝ておれば、何かあればリータが起こしてくれるじゃろう。



 わしは村の入口に移動すると、次元倉庫から車を取り出して中に入る。そして、ベッドにダイブ。ふかふかのベッドは、わしをすぐに眠りに誘う。









「…………」


 ん……笑い声?


「アハハハ」


 嬉しそうじゃな。


「キャハハハ」


 楽しそうじゃな。


「ハハハハ……」


 少し悲しそうじゃな。


 わしはかすかに聞こえる笑い声に、夢現ゆめうつつに耳を傾ける。


 なんでみんな笑っておるんじゃ? あぁ、そうか……リータの村が助かって嬉しいんじゃな。悲しそうな笑い声は、知人を亡くしたのかもしれない。もう少し早く来る事が出来ておればよかったな。少し悔やまれる。

 わしは神では無い。出来る事など少ない。目に映る人を助けるぐらいしか無理じゃ。それでも助けられなかった人には申し訳なく思う。願わくば、次の世は楽しく暮らせます様に……


 わしは再び、深い眠りに落ちるのであった……

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