428 人斬り伊蔵と対決にゃ~


 人斬り伊蔵いぞうと立ち合ったわしは、一方的に斬られ続ける。肩、腹、腕、足、頭までも斬られて、わしは満身創痍……ではなく、わしの着流しは満身創痍。ズタボロだ。


 くっそ~……キスマークの付いた着流しから着替えたばかりなのに、好き放題してくれる。そろそろわしお手製着流しが尽きそうじゃ。この際、猫の街の職人に、一新してもらうか。

 て、馬鹿な事を考えている場合じゃなかった。伊蔵の剣が、まったく見えん。しかし、これだけ斬られたら、さすがに情報が集まったわい。

 要は、わしの動き出しを捉えておる。試しに上段……


 わしは刀を上段に構えようとするが、刀を上げる前に、腕を斬られた。


 ほらな? わしは振る事も出来ずに斬られた。

 西洋の剣術なら押し潰すような剣だから、わしに当たった瞬間に折れるか砕けるかするのじゃろうが、日本の剣術は違うからな。

 当たった瞬間に刀を引くから、わしの柔らかい毛を撫でて通り過ぎる。これでは刀にダメージが入らんわけじゃ。


 これらの情報から導かれる答えは、意識外からの攻撃……


 たしか人間って、目で見た物が信号となって脳まで行き着くまでに0.5秒かかったはずじゃ。この0.5秒は無意識、無防備。この間に動けるのならば、滅多打ちに出来る。侍の剣の強みは、ここにあるのじゃな。

 先の先、後の先の取り合いを、命を賭けてやっておるんじゃ。未来予測にも似たこの超能力が身に付いたのじゃろう。

 どうりでじい様から一本取れんわけじゃ。じい様も、何度も真剣での立ち合いをしたとか自慢しておったから、その時マスターしたんじゃな。


 さて……それがわかったからと言って、攻略法が見付からん。かといって、魔法で闘うのは負けた気がするし……



 わしは斬られながらも考え事をしていたが、大きく後ろに飛んで動きを止め、刀を下ろす。すると伊蔵は、残念そうな顔でわしを見る。


「もうおしまいですか? あなたを斬り続ければ、人斬り衝動が抑えられると思うんですがね~」

「お前はそんにゃたまじゃないにゃろ?」

「くふふ。よくおわかりで……血飛沫ちしぶきを見るのも私の趣味ですからね」

「趣味が悪いにゃ……」

「人にとやかく言われたくありません。まぁあなたをこれだけ斬っても血が見れないのでは、面白味も半減です。逃がしてあげますから、どこへでも行ってください」

「わしがお前を逃がすわけがないにゃろ?」

「私に手も足も出ないあなたでは無理ですよ。くふふ」

「だからわしをニャめるにゃ!」


 わしは怒鳴り付けると、伊蔵を斬り付ける。


「なっ……」


 もちろん寸止め。わかりやすく、伊蔵の顔の前で刀を止めてやった。


「お前を斬るぐらい、いつでも出来たにゃ」

「ふざけないでください!」


 伊蔵はわしの刀に自分の刀をぶつけ、それと同時に後方に飛ぶ。


「マグレが何度も通じると思わないでください!」

「それはどうにゃろにゃ~?」


 わしは刀を肩に担ぐように置くと、数歩横に歩いてからまた伊蔵を斬り付けて、顔の前でピタリと止める。


「くっ!」


 しかし伊蔵は、わしの腹を斬って逃れる。だが、わしは追って、また顔の前で寸止め。伊蔵はわしを何度も斬って逃れようとするので、どう見てもわしが不利に見えるが、余裕がないのは伊蔵のほうだ。


 何故、このような事態になったか……


 なんの事はない。わしが素早く動いているだけだ。


 伊蔵の間合いは把握しているので、その外から、目に映らぬ速度で斬り付ければ、避けられるわけがない。

 言うなれば、伊蔵が意識の外から攻撃するなら、わしはリングの外から攻撃をしているのだ。


 これでは、いくら未来予測が出来る伊蔵でも避けられない。未来の外から斬り付けられ、その斬撃は徐々に近付き、伊蔵の頬を刀の腹で撫でてやった。

 伊蔵はそれでもわしを斬るが、これまでより動きが大きくなったせいで、息があがって来た。そこで、わしはトドメと言わんばかりにゆっくり歩いて、わざと伊蔵の射程範囲に入る。


「死ね~~~!!」


 スタミナと集中力の無くなった剣など恐るるに足らず。わしは上段斬りを肉球でキャッチして、刀を握り潰す。


「勝負ありにゃ!」


 そして刀の柄を伊蔵の腹に入れて、意識を刈り取ったのであった。



 最後はかっこよかったと思うんじゃが、その仮定がな~……試合に勝って、勝負に負けたんじゃ決まらん。結局、ゴリ押しで倒してしまったわい。


 わしが反省しながら次元倉庫から出した縄で伊蔵を縛っていると、ミニ玉藻がわしの頭に舞い降りた。


「えらく手こずっておったのう。侍など、呪術を使えば敵にもならんじゃろう?」

「まぁにゃ。でも、侍の剣を堪能できたから、それもまたよしにゃ。にゃはは」

「斬られて笑っておるとは、変わった奴じゃな……」


 別にドMってわけじゃないぞ? 変わってもいないぞ?


「ところで、玉藻だったら、どうやってこいつを倒したにゃ?」

「そうじゃな……シラタマがやったように、速さで一気に片を付ける。もしくは、こいつの間合いに入らないようにして、呪術を撃ちまくるじゃな」

「あ~。やっぱりにゃ。わしもその手はすぐに思い付いたにゃ。ちなみに、こいつぐらいの使い手はどれぐらい居るにゃ?」

「昔はゴロゴロ居たが、いまは少ない。各藩に一人か二人……。江戸に二十人前後ってところか」

「にゃるほど~」


 侍全員が伊蔵ぐらいの実力なら脅威じゃが、そのぐらいなら、なんとでもなるか。結局は、一対一の剣じゃから魔法使いが居なくとも、囲んでしまえばおしまいじゃ。まぁそんな事態にはさせんけどな。


 それから伊蔵をどうするかとミニ玉藻に聞くと、奉行所に連れて行けと言われたので担いで運ぶ。道はミニ玉藻が知っているので、ナビは任せる。

 その時、服は着替えないのかと聞かれたが、アリバイ作りの為にちょうどいいので着替えない。帰ったら、リータとメイバイがどこに行ってたか詮索するのはわかっているからな。

 ミニ玉藻に人斬りを捕まえてくれと頼まれたとでも言っておけば、説教は短くなるはずだ。ミニ玉藻とも口裏を合わせてもらえるように、白い獣肉で買収しておいた。


 本当に、その体のどこに入っておるんじゃ? 出す時はどこから出て来るんじゃ? 乙女はうんこしないんですか。乙女はうんこと言わないと思いますが、そうですか。


 ミニ玉藻にへそを曲げられて、吉原に行った事をチクられても困るので、乙女をババアと訂正しない。


 そうして無駄口叩いていると奉行所に着いたので、門をドンドン叩いてタヌキ侍を起こしてやった。何やらうるさいと怒っていたが、伊蔵の顔を見せたら一変。感謝状と、褒賞金が出るようだ。

 ただ、こんな夜中にはお金を出せないらしく、明日の昼に取りに来いと言われたので、腕時計に付いている菊の御紋を見せてみた。でも、タヌキ侍にはあまり効き目が無かった。

 なので、名前と滞在先を告げて、奉行所をあとにした。たぶんこれで、明日の朝には、事の重大さに気付いてくれるだろう。ミニ玉藻も悪い顔をしていたから、もっと天皇家を敬えって事だろう。


 そうしてあくびをしながら屋敷に戻ると、リータとメイバイが……


「「モ、モフモフ……モフモフ……」」


 巨大キツネに埋もれて、暑そうにモフモフ寝言を言っていた。そんなに暑いなら、離れたらいいのに……てか、ボロボロの服で戻る必要なかった……


 とりあえず、ボロボロの着流しは脱ぎ散らかし、リータ達を布団に運ぶ。ミニ玉藻も本体に吸収され、九尾のキツネ耳ロリ巨乳になって布団に横になっていた。


 こうしてわしの夜遊びは終わり、リータとメイバイに抱かれて眠るのであった。



 翌朝は、わしは寝坊。リータとメイバイのモフモフ言う声で目が覚めた。


「ふぁ~……いまにゃん時~?」

「「モフモフモフモフ」」


 リータとメイバイはモフモフ言って答えてくれないので、二人のモフモフロックを引きずりながら、枕元に置いておいた腕時計で時刻を確認する。


「じゅ……十時にゃ!? にゃんで起こしてくれなかったんにゃ~」

「「モフモフ~」」


 いつもならとっくに叩き起こされていてもおかしくない時間だったので、理由を問うが答えてくれない。しかし、リータが変なところを触ったから、理由はわかった。


「いにゃ~~~ん! ゴロゴロ~」


 素っ裸で寝ていたからだ。昨夜、帰ったのは夜遅かったから着替えるのが面倒で、着流しを脱いでそのまま寝てしまっていた。だから、二人は抱き心地がいいから起こさなかったみたいだ。

 それから二人から脱出しようともがいていたら、コリスがむんずとわしを持ち上げて助けてくれた。いや、わしの頭を噛みやがった。どうやら、屋敷の者が用意した食べ物が足りなかったようだ。

 なので、次元倉庫から高級串焼きを取り出して、部屋の隅に落とす。コリスは畳に着く前にパクッとキャッチ。また襲って来られても困るので、何本か投げながら、皿の上に高級串焼きを山積みする。


 すると、オニヒメもパクパク食べだし、リータとメイバイもお腹がへっていたらしく、高級串焼きに手を伸ばしていた。

 わしもお腹がへっていたので、高給串焼きとパンとスープを食べていたら、皆にも催促されて振る舞う。


 こうして皆が落ち着いたのでわいわい食べていると、玉藻が部屋に入って来た。


「ようやく起きたようじゃな」

「にゃんだ。玉藻も起きていたにゃら、起こしてくれにゃ~」

「起こしには来たのだが、その二人がな~」


 どうやらリータとメイバイが「起こしておく」と言って、わしをモフモフし続けていたようだ。とりあえず、わしの寝坊の理由はわかったので、着流しに袖を通しながら玉藻を見る。


「それで、にゃにか用かにゃ?」

「ああ。昨夜の伊蔵の件で、奉行みずから来てのう。土下座をしながら金を置いて行ったわ」

「やっぱり徳川の客人が効いたんにゃ」

「そうじゃ。見物じゃったぞ~。コ~ンコンコン」


 玉藻は笑いながらわしの前に小判を置いて、手配所まで見せてくれた。けっこうな大金だったので、思いがけない収入があってわしはラッキーだ。


「へ~……昨夜、玉藻さんと出掛けたんですか~」

「私達に一言も告げずに出掛けたんニャー。へ~……」


 リータとメイバイに説明する前に、夜遊びがバレてわしはアンラッキーだ。

 なので、昨夜玉藻と口裏合わせをした人斬り退治を必死に説明して、事なきを得るのであった。


 今後、夜遊びは禁止ですか。そうですか。


 多少は効き目があったようだが、それでも制限は付くわしであったとさ。

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