427 辻斬りにゃ~
ドエロイお姉さんに襲われたわしは、着の身着のまま遊女屋の階段を駆け下り、タヌキ耳熟女に金を握らせて逃げ出した。
そうして遊女屋から離れると、「はぁはぁ」言いながら空を仰ぐ。
うぅぅ……いろいろまさぐられた。もうお婿に行けない! いや、わしは妻帯者じゃった。しかし、まさか花魁があんなにエロい人種だとは思いもよらんかったわい。
「まったく、そちはへたれじゃのう。コ~ンコンコン」
わしが息を整えていたら、胸元から出て来たミニ玉藻が笑いやがった。
「笑うにゃ~! 元々そんにゃ事をしに行くにゃんて言ってなかったにゃろ~!」
「あそこまでされて、女に恥を掻かす男も珍しい。そちには、ちゃんと付いておるのか?」
「付いてるにゃ~!!」
わしがミニ玉藻と喧嘩していたら、道行く人に笑われてしまった。念話を使って喋る事を心に誓っていたのに、叫んでいたのだから仕方がない。わしは「ハッ」として口を塞いだ。
「まぁ
「勉強にゃ?」
「ほれ。女に無理強いしない御触れを出したと言ったじゃろ? あれほどに望んでおるのなら、心配なさそうじゃ」
「つまり、玉藻がわしについて来たのは、吉原の査察って事にゃ?」
「そうじゃ。妾ひとりでは調べにくいからのう」
やられた……わしを出しに使って、調査に来てたのか。それなのに、ああだこうだ言いやがって~!!
「それにしても、明治には酷いものじゃったけど、女の意識も変わったものじゃな」
「明治ってことは、百年以上昔にゃろ? そりゃ誰だって価値観が変わるにゃ」
「シラタマの世界でも、そんなものなのか?」
「まぁにゃ。お金の為に体を売り、それを誇りに思う者も居るみたいにゃ。わしは女の子には、そんにゃ事をして欲しくないけどにゃ」
「そうか……。それはそうと、その姿で帰らないほうがいいぞ? 頬にも着物にも
「にゃ!? どこにゃ? 全部教えてにゃ~!!」
キスマークなんてリータとメイバイに見られたら、確実にお仕置きが待っているので、路地に入ったわしは全裸になる。
ミニ玉藻はわしの裸を見ても「やっぱり付いてないのう」とか、からかって来たが、毛で隠れてるだけじゃ! 小さいわけでもないと思われる!!
ミニ玉藻の確認だけでは、もしもの裏切りがあるかもしれないので、全身を水魔法で包んでシェイク。これで、どんな汚れがあっても綺麗さっぱりだ。
「チッ……後頭部は残しておいたほうが面白いと思ったのにのう」
やはりミニ玉藻は裏切る気だったようだ。わしが睨んだら、目を逸らして口笛を吹いていたから確実だ。
文句を言うのも疲れたわしは、無言で新しい着流しに袖を通し、綺麗さっぱりとなって路地を出る。そこで、ひょうたんに入った酒が売っていたので、五本購入。
喉が渇いていたのもあるが、そんな時代劇で出て来るような物は、テンションが上がって買ってしまった。
一本は手にぶら下げ、残りは次元倉庫に入れて
飛び越えようかと考えたが、門番の信楽焼タヌキと目が合ってしまったので、吉原から出ようとするとボコられそうだ。
なので、さっき買ったひょうたんを二個あげたら、門をちょっとだけ開けて、目を逸らしてくれた。どうやら買収には、かなり弱いようだ。
これで問題を起こさずに吉原から出れたので、ミニ玉藻のやらかしポイントは付かなかった。
ひょうたんの酒をちびちび飲みながら歩いていたら、蕎麦屋の屋台があったので、「やってるにゃ?」と言いながら席に座る。
当然やっていたので、ぶっかけそばを二杯頼む。おやじさんに「おかわりはあとでしたほうがいいのでは?」と言われたが、ミニ玉藻が小腹がすいたとうるさいので、「腹がへってる」と言い切った。
わしの前にぶっかけそばが並ぶと、いつもミニ玉藻はどうやって食べていたのか気になったので注視していたら、薬味を入れろとのこと。とりあえず入れてみたら、そばが一本うにょうにょと動き、ミニ玉藻の口に吸い込まれた。
どうやっているのかと聞いたら、水魔法を使ってるらしい。汁をそばに
おやじさんが「人形がそば食ってる……」って、めちゃくちゃ目を擦っておるぞ? 何やら「サボって飲んだ酒が回ったか……」と言って、後ろ向いてくれたからいいものを……
まぁわしも小腹がへっていたのでズルズルすする。ミニ玉藻はわしより早く食べ終わったけど、どこに入ったんじゃろう?
とりあえずミニ玉藻に聞いてみたが、乙女の秘密と言われた。ババアの秘密の間違いじゃろ?
わしの頭に乗ってポコポコするミニ玉藻は無視して、お金を置いて屋台をあとにするのであった。
時刻は丑三つ時。腹も膨らみ、ひょうたん酒をちびちび飲みながら、気分よく江戸を歩くわし。時代劇の中に入ったのだから、鼻歌が漏れても仕方がない。
通行人が誰も居ないので、「にゃんにゃん♪」口ずさみ、胸元に潜んでいるミニ玉藻のツッコミは無視して歩き、滞在先の屋敷へ向かう。
そんな中、刀を差した長髪の男が前から歩いて来た。人間の侍は江戸では初めて見たと思ったが、京には居たので気にせず鼻歌の音量を下げ、少し避けて歩き、男とすれ違う。
それからも「にゃんにゃん♪」鼻歌を口ずさむのだが、ミニ玉藻がわしの頬にぶつかって来た。
「にゃに?」
「やっと気付きよったか。妾がどんだけ呼んだと思っておる!」
「だからにゃに~?」
「そちは斬られておるぞ!」
「にゃ~??」
ミニ玉藻が意味不明な事を言うので、不思議に思いながら下を向くと、着流しが肩から腹の辺りまで裂けていた。
「にゃ……にゃんで~!?」
「しらん! 妾も急に明るくなったから驚いて出て来たんじゃ!」
足を止めて二人で驚いていると、後ろから声が聞こえる。
「どうして死んでないんですか? たしかに斬ったはずなんですが……」
その不気味な声に、わしはバッと振り返る。すると、さっきすれ違った男が首を傾げ、長い髪を垂らしながらわしを見ていた。
「普通、私に斬られた人は、三歩目で
なんじゃこいつ? 気持ち悪い奴じゃな。てか、こいつがわしを斬ったみたいじゃけど、そんな気配も動作も、一切なかったぞ……
わしが
「こやつ……手配書で見た顔じゃ」
「手配書にゃ?」
「たしか二十人ほど辻斬りしておる、人斬り
つ……辻斬り? マジか……。そんな維新志士みたいな人が、この目で拝めるとは思わなんだ! 本当におったんじゃな~。
わしが「フゴフゴ」興奮していると、再度、ミニ玉藻から念話が届く。
「おい! 聞いておるのか!!」
ヤベ。人死にが出ておるんじゃから、感動している場合じゃなかった。
「聞いてるにゃ~。逃がさなければいいんにゃろ?」
「最悪、殺してもかまわん。絶対に逃がすな!」
「わかってるにゃ~」
わしがミニ玉藻とやり取りしていると、伊蔵は刀も抜かずに、無防備に近付いて来る。
「どうして生きているか、教えてくれませんかね~?」
伊蔵の問いを無視して、わしはなんとなく左肩に乗っていたミニ玉藻を右手で握る。その刹那、右袖に切れ目が入った。
「にゃ?」
「腕で守りましたか。しかし血が出ていない……」
お互い、何が起こっているのかわからない。だが、伊蔵とは違い、わしには守る者が居る。なので大きく距離を取って、ミニ玉藻に念話を送る。
「あいつ、得体が知れないにゃ。とりあえず玉藻の安全の為に屋根に投げるけど、体は大丈夫にゃ?」
「愚問じゃ。こんな
「じゃ、あとでにゃ~!」
「おう!」
近くの家の屋根に向けてミニ玉藻をポイッと投げると、わしは伊蔵を睨む。ミニ玉藻は風魔法を使って、無事、着地したようだ。
わしが睨んでいる間も伊蔵はわしに近付き、何かブツブツ言っている。
「おかしいですね。斬った感触もあるのに、血が出ないとは……紙一重で避けているとかですか? それならばこの感触は……」
「にゃんかしんにゃいけど、お前はお尋ね者らしいにゃ」
ブツブツ言っていた伊蔵は、わしの問いで、首を傾げたままブツブツが止まった。
「お尋ね者って事は、懸賞金とか掛かっていたりするのかにゃ?」
「さあ? 私と言葉を交わす者も限られているので、その辺の事は……」
「わかんないんにゃ。わしの着物代にしようと思っていたのににゃ~。ま、にゃんにしても、お前はここで捕まえさせてもらうにゃ」
「私を? くふふ。出来たらいいですね」
「にゃ?」
わしが喋りながら腰に差した刀に手を掛けようとすると、またしても袖を切られた。しかし、痛みも無いので、そのまま強引に【白猫刀】を抜いてダラリと構える。
「ほう……私の目の前で刀を抜いた者は初めてです。本当に面白い」
わしの見た目の話ですか? 違いますよね? と、馬鹿なボケをしている場合ではない。ちゃっちゃと拘束してしまおう。
いや……せっかく侍の剣が拝めるんじゃ。ちょっと遊ばせてもらおうか。幸い斬られても痛くもないしのう。
まずは小手調べに……
わしはダラリと構えた右手の刀を中段に構え直すと、「ガキィーン」と金属音が響いた。
「失敗……てっきり平薙ぎで来ると思ったのですが」
伊蔵の居合い斬りだ。わしの動きは思っていた動きと違ったらしく、偶然、刀どうしがぶつかったようだ。
伊蔵はブツブツ呟いたあと、距離が詰まっているは嫌なのか、刀を抜いたまま後ろに飛んだ。
さっきまで、刀は鞘に入っていたから風魔法で攻撃していたと思っていたけど、刀で攻撃しておったのか……。嘘じゃろ? 当たった瞬間しか、わしの目にすら映らなかったぞ。そんなに速いのか……
わしは中段に構えながら、ジリジリと摺り足で伊蔵に近付く。
おそらく、ここが伊蔵の間合い。しかし、まだ攻撃が来ない……わしを誘っておるのか? ならば乗ってやろう!
わしが上段斬りをしようと足に力を入れた瞬間、伊蔵はわしの隣に居た。そして腹を斬って通り過ぎた。
な、なんじゃと……また斬られておる。
わしは腹を確認して、すぐに伊蔵に向き直る。
「ふむ。
「ニャめるにゃ~!!」
それからも攻撃を繰り出そうとするのだが、わしは一方的に、伊蔵に斬られ続けるのであった。
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