218 悪魔になるにゃ~


 わしはメイバイにした所業を悔い、しばらく泣き叫んでいたが、なんとか気を落ち着かせて死体の調査にあたる。


 猫耳……尻尾……直に生えている。間違いない。メイバイの一族じゃ。こんなに多くの猫耳族が、何故、山を越えたこの場所で死んでいるんじゃ?

 あれは……


 わしは目に見えた、馬の居ない大きな馬車に近付き、中に入る。


 デカイ馬車じゃな。こんなもの、馬で引けるのか? いや。この大きさならフェエンリルが引いて来たのかもしれん。中には食糧の入った麻袋ぐらいしかないな。

 あとは床に幾何学模様が見える。……魔法陣か? じゃが、かなり薄いしこすれて消えている所が多い。こんなので機能するのじゃろうか?

 あ、この模様なら、外にもあった気がする。


 わしは馬車から外に出ると、幾何学模様が書かれた場所に歩を進め、雪をどかしていく。全ての雪をどかす前に、答えが出たので手を止める。


 やはりあったな。同じ魔法陣じゃ。この大きさだと倒れている仏さんが、全て収まる大きさじゃな。数は十六人。向こうにも同じくらいの人間が倒れている。

 ……そういう事か。街には時間を空けて、フェンリルは二度攻めて来た。これは半数の人間を使ってフェンリルを操っていたという事かもしれん。

 操られていたとするならば、フェンリルが力の全てを出し切れていなかった理由に合点がいく。それと皆、死んでいると言うことは、フェンリルを操るには死のリスクがあるのか……


 そう言えば、南東の森でも白い獣が暴れていたと聞いたな。もしかすると、同じ事をしようとして失敗した? それとも実験か?

 どちらにしても、誰の仕業じゃ? 考えられる可能性だと、メイバイの国。白い獣を操って、戦争の道具にしている……


 マズイ! 東の街にも白い獣が攻めて来ておる。これもメイバイの国のせいなら、また猫耳族が大量に死ぬ。急がねば!

 いや、少しでも情報を集めるのが先じゃ。猫耳族がこんなにいるなら、連れて来た奴がいるはずじゃ。どこじゃ!



 わしは探知魔法を遠くに飛ばし、人の反応を確認すると、最高速度で移動する。

 フレヤに作ってもらった頑丈な巨象のサンダルは壊れてしまったが、その甲斐あって、すぐに一人の男を見付けた。メイバイと同じアジア系で軍服を着た男。わしは怒りのせいで、そのまま男を殴り飛ばした。


「ぐっ……」

「お前は何者にゃ!」

「猫!?」

「そうにゃ! わしは答えたにゃ。お前も答えるにゃ!」

「ハッ。猫のぬいぐるみに答えるわけがないだろ。死ね!」


 男は腰に帯びていた剣を抜き、わしに斬り掛かる。その剣を、わしは魔力を込めた居合い斬りで、剣の根本から切り落とし、刀を鞘に戻す。

 男はその一瞬のやり取りに気付かず、腕を振り切り、わしを斬ったと思い込んでニヤリと笑った。


「笑っていていいにゃ? 自分の剣を見てみろにゃ」

「なっ? 剣が……」

「実力差もわかったにゃろ? 死にたくにゃければ素直に話すにゃ!」


 男はわしの言葉を聞かずに後ろに跳ぶと、ナイフを構える。


「いい加減にするにゃ。わしはいま、心底気分が悪いにゃ。いつお前を殺しても、おかしくないにゃ」

「わかった」

「早く話すにゃ!!」

「ああ。いまの『わかった』は、話すんじゃなくて、逃げ切れない事がわかったと言う意味だ」

「……どういう意味にゃ?」

「こういう意味だよ。皇帝陛下、バンザーイ!!」


 男は叫ぶと、自分の首にナイフを当て、横に動かす。すると、男は血飛沫ちしぶきを撒き散らし、仰向けに倒れた。

 わしは慌てて男に駆け寄り、馬乗りになって男の首に手を当てる。


「ヒューヒュー……もう、話せないな……ヒューヒュー」


 首を押さえるわしに、男は苦しそうに声を出す。


「やっぱり殺すのはやめたにゃ」

「もう遅い」

「遅いのはお前にゃ。まだ気付いてないにゃ? このナイフを返すから、さっきの、もう一度やってにゃ」

「え?」


 わしは男の首から手を離し、ナイフを握らせる。わしの行動に、男はわけもわからずに首を触る。


「治って……いる?」

「そうにゃ。治してやったんだから、もう一回やってくれにゃ」

「う……うわ~~~!」


 男は、今度は震える手で、叫びながら首をかっ切る。そこをすぐ様、わしの回復魔法で治す。そして、またナイフを握らせ、アンコールを要求する。

 男は震える手で首を切るが、今度は浅かった。浅かったが、痛みでナイフを落とす。


「ほれ。死にたいんにゃろ? ナイフを握るにゃ」

「あ、ああ……」

「握れと言ってるにゃ!」

「ああああぁぁ」

「いいにゃ。代わりにわしが切ってやるにゃ! その都度、治してやるからにゃ!!」

「ま、待て! ギャーーー!!」


 わしは男の制止を聞かずに首を切る。すでに血を流し過ぎているから、動脈や静脈は外してやった。それでも、死の覚悟が最初の一回で揺らいでしまった男は、痛みに叫び声をあげる。


「さあ、もう一回にゃ。自分でやるにゃ? それともわしにやらせるにゃ?」

「ま、待て」

「出来ないにゃら、わしがやるにゃ」

「も、もう許してください! なんでも話します!!」

「いや、続きが先にゃ。お前がした事は許されない事にゃ! お前はにゃにも感じにゃいのか! お前が大量に人を殺したんにゃ!! 今の痛みが三十二人、感じた事にゃ。その回数まで、わしはお前を殺すにゃ!!」

「う、やめ……うわ~~~!」


 わしが男の首を軽く切り付けると、男は失神してしまった。その姿を見て、わしは深呼吸を何度も繰り返し、心をしずめる。

 気持ちが落ち着くと、男から話を聞くのは後回しにして、男を入れた土の箱を引きながら猫耳族の亡骸の元へ走る。


 猫耳族の元へ着くと、手を合わせ、亡骸を一人、一人、次元倉庫に入れていく。それが終わるとメイバイの元へ急ぐ。


「……リータ」

「いま、眠ったところです」


 わしがトボトボと近付くと、メイバイの頭を撫でながらリータが応えてくれる。


「メイバイはどうだったにゃ?」

「かなり動揺して、ずっと泣いていました……」

「リータ。辛い役を任せて、すまなかったにゃ」

「いえ。シラタマさんも、辛い事をして来たんでしょ? 声が聞こえていました……」

「うぅぅ。わしはメイバイに、にゃんて謝れば……」

「シラタマさんのせいじゃないですよ。誰もあんな所に、メイバイさんの一族が亡くなっているなんて思いません」

「うぅぅ。それでも、それでも……にゃ~~~」

「グスッ……うぅぅ」


 わしとリータは抱き合って泣く。しばらく泣いていたが、メイバイが寒そうにしていたので、涙を拭いながら二人を車に乗せて、わしだけその場を離れた。



 それから魔法陣に戻り、箱に拘束している男を起こして尋問を再開する。


「起きたにゃ?」

「ぐ……動けない」

「口は動くにゃ。舌を噛み切ってくれにゃ」

「そ、そんな……」


 わしの言葉に、男は絶望の表情を浮かべる。


「はぁ……出来ないにゃら、わしの質問に答えるにゃ」

「……はい」


 男は生も死も諦め、わしの質問に素直に答える。

 男はメイバイの国の兵士で間違いないそうだ。国の名前は帝国。東の街に攻めいる帝国軍の陽動役を仰せ付かったそうだ。

 どうやってこの国に来たのかと聞くと、フェンリルを操り、魔法陣の書かれた乗り物に乗って山を越えて来たとのこと。

 かなりの死者が出たらしいが、全て猫耳族で、奴隷紋で縛っていたから出来た作戦らしい。わしは怒りが込み上げるが、話を続けさせる。


 本隊はどうやって来たのかと聞くと、トンネルを通ってやって来たそうだ。トンネルはひと月前に開通したらしく、ローザの街とフェリシーの街の中間地点にあるらしい。しばらく、スバイが情報集めで暗躍していたとのこと。


 他に仲間はいないのかと聞くと、この作戦は一か八かの作戦で、忠誠心の高い人物で無いと出来ないので、死ぬ事を顧みず、皇帝陛下の為に自分が立候補しらたしい。


「最後に、この魔法陣はなんにゃ? 魔法の名前を教えるにゃ」

「……わからない」

「もう何度か死ぬにゃ?」

「待て! 聞かされていないんだ。奴隷が書き方を教わって、俺は書けと指示するだけだ。おそらく情報が漏れない為だろう」

「じゃあ、効果やリスクはどうにゃ? わかっている事を話すにゃ」

「それなら……術者の命を削り、獣や人を使役できる。操った相手が死ねば術者も死ぬ。禁術の一種らしい」

「使った者が助かる方法はあるにゃ?」

「奴隷に命令している者に止めさせれば……それが出来たらだけどな」


 打つ手無しか。せめて魔法の名前を知れたら、なんとかなるんじゃけど……情報はここまでか。


「わかったにゃ。お前には捕虜になってもらうにゃ。でも、死にたかったら死んでもらってもかまわないにゃ」

「死なせてくれるのか?」

「いいにゃ。さっさと舌を噛み切るにゃ」


 男は大きく口を開けたが、すぐに閉じてしまった。


「くっ……出来ない」

「にゃんだ。せっかく生き返らせてやろうと思ってたのににゃ~」

「この悪魔が!」

「お前のした事に対する正当な罰にゃ。その為にゃら、わしは悪魔でも魔王にでも、にゃんにだってなってやるにゃ!」

「ヒッ」


 わしは力を隠す隠蔽魔法を解き、最大限の殺意を向ける。男はそれだけで、悲鳴をあげて気を失った。

 その後、魔法を掛け直し、魔法陣の書かれた地面を土魔法で固めて次元倉庫に入れる。そして、車に戻ると男の入った箱を積み込んで街に走らせる。



 街の外は、勝利に浮かれるハンター達が事後処理をしており、本陣にはバーカリアンやギルドマスター、主要メンバーが集まっていたので、そこに車を横付けする。

 わしの車を見たハンター達は驚いていたが、怒りのせいで耳に入って来なかった。


 寝ているメイバイはリータに任せ、一人で車から降りると、アイ、トーケルが寄って来るが、バーカリアンがしゃしゃり出て来た。


「ハーハッハッハー! 猫! 俺様がフェンリルのトドメを刺してやったぞ!!」

「アイ、あんちゃん。お疲れ様にゃ」

「おい! 無視するな!!」

「おかえり。猫ちゃんもお疲れ……どうしたの? 疲れちゃった?」

「まぁ……少しにゃ」

「……そう」

「くっ……」


 バーカリアンは、無視し続けている事に怒っていたが、アイがわしのまとっている空気を心配するので、諦めてドカッと椅子に座る。バーカリアンが静かになると、トーケルが前に出て質問をする。


「それで、猫が言っていた気になる事とは、なんだったんだ?」

「う~ん……かなりの機密事項が含まれているにゃ。聞きたいにゃら、人払いをしてもらえるかにゃ?」

「ああ。少し待て」


 トーケルは、自分のパーティメンバーや、アイやバーカリアンのパーティメンバーを使って本陣を囲ませる。

 残っているのは、各パーティリーダーとギルマス、代官の息子。そのメンバーに、現在、戦争が起きていること、相手は白い獣を戦争に使っていること、その操り方を教える。

 皆、半信半疑だったが、意外な事に、ギルマスだけは信じてくれた。


「ボソボソボソボソ」

「「「え??」」」

「各ギルドに戦争が起きるかもと、通達があったと言っているにゃ」


 わしがギルマスの言葉を通訳すると、アイが質問する。


「猫ちゃんは、ギルマスの言ってる事が聞こえるの?」

「念話で聞いてるにゃ」

「ボソボソボソボソ」

「なんて言ったんだ?」


 トーケルが通訳を求めるので、わしはそのまま伝える。


「こんにゃにハッキリ喋っているのに失礼ね~……にゃ」

「「「どこがだよ!!」」」

「ボソ?」

「うそ? にゃ」

「「「本当だ!」」」


 この事があってから、ギルマスは音声拡張魔道具を肌身離さず身に付けたそうだ。


「今までどうやって生活していたにゃ?」

「ボソボソボソボソ」

「ふ~ん。そうにゃんだ」


 ギルマスがなんと言ったかは次回に……続かない。

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