105 恐怖に震えるにゃ~


「「増えてる~~~!!!」」


 わしがスティナ、エンマ、フレヤに手と尻尾を握られ、孤児院のフードコーナーに行くと、待ち合わせをしていたリータとメイバイは叫んだ。


 何が増えているんじゃ? さっきまでなにやら頭を抱えておったのに、急にどうしたんじゃろう。


「二人とも、どうしたにゃ?」

「どうしたもこうしたも……」

「その女は誰ニャー!!」

「ああ、メイバイは全員初めてだったにゃ。こっちの……」


 わしがメイバイにアダルトスリーの紹介をすると、メイバイも自己紹介を始める。


「私はメイバイですニャ。よろしくお願いしますニャー……じゃなくて!」

「なんで私達以外の女性を連れているんですか!」

「みんにゃ目的地が一緒だったからにゃ。それが、どうしたんにゃ?」

「「そういうことじゃなくて~」」


 わしが二人と話をしていると、アダルトスリーが後ろでコソコソと相談し、話しに割り込んで来る。


「まあまあ。二人とも落ち着きなさい。シラタマちゃんは、私のような胸の大きな《大人》の女が好きなのよ」

「そうですよ。シラタマさんは、さっきも《大人》の私の長い脚を見ていましたよ」

「えっと~。猫君は、私の《大人》の際どい勝負下着が好きって言ってたわ」


 は?? この三人も何を言っておるんじゃ? やけに大人を強調しておるけど……フレヤは特に何を言っておるかわからん。見たことも言ったこともない。


 わしが呆気に取られて皆を見ていると、リータとメイバイが噛み付いて来る。


「「シラタマ(殿)さん!!」」

「はいにゃ!」

「いまの話は!」

「本当ニャ!」

「ち、近いにゃ~。落ち着くにゃ~」


 なに、この状況……。二人の時より状況が悪化しておる。一対一のキャットファイトから、二対三の団体戦に変わった……


「大人の胸が好きなんですか!」

「大人の長い脚が好きニャ?」

「いや、そんにゃ事は……」


 わしが二人に詰め寄られていると、スティナがよけいな事を言う。


「そうよ~。子供じゃ物足りないってさ~」

「スティナ! あおるにゃ~」

「シラタマさ~~~ん」

「シラタマ殿~~~」

「リータさん、メイバイさん!」


 リータとメイバイがわしに泣き付いたその時、エミリという救世主が現れた。


「お二人とも、そんな事ないですよ。男は若い女が一番好きって、お母さんが言ってました!」

「たしかに! シラタマさんは大人の人と、一緒に居るところを全然見ません!」


 ピシッ


「見てください。みなさん結婚適齢期を超えています!」

「行き遅れってやつニャー。大人は大変ニャー」


 ピシッピシピシッ


 わしは、ピシピシとガラスにヒビが入るような音に恐怖して、慌ててエミリ達の口を塞ごうとする。


「ダメにゃ~。エミリ! すぐに黙るにゃ~!! 二人も喋るにゃ~~~!!」

「どうしてですか? 本当の事を……あ……」


 パリーン!


「「「なんですって~!!」」」


 時すでに遅し。ガラスが割れるような音と共に、アダルトスリーの怒りも爆発した。


「子供にゃ! 子供の言った事にゃ!! 大人にゃら寛大な心で許してやるにゃ!!」

「「「お~と~な~~~?」」」

「ま、待つにゃ~!」


 わしの説得の大人に反応したアダルトスリーは、目から怪光線を放ちながらゆっくりとわし達に近付く。その表情は、まさに般若。わし達は恐怖に打ち震える。


「「「あわわわわ~」」」

「に、逃げるにゃ~~~!!」

「「「キャーーー!」」」


 命の危険を察したわしは、リータ、メイバイ、エミリを抱え、【突風】で上空に打ち上げって逃走するのであった。



 そのしばらく後、悲鳴と共に風魔法を調整して家に着地する。


「こ、怖かったです」

「漏らしたかもニャ……」

「うぅぅぅぅ」


 本日二度目の飛んで逃げたじゃ。わしも怖いんじゃから、させないで欲しい。


「エミリ。大人の女性に年齢の事を言っちゃダメにゃ。今度から気を付けるにゃ」

「エミリちゃんは悪く無いです!」

「エミリは私達を救おうとしてくれたニャー」

「うわ~ん。空、怖かったよ~」


 あ……そっち?


「よしよし。いきなりで怖かったにゃ。ごめんにゃ~」


 わしはエミリを抱き、頭を撫でる。その行為を見て、二人はおぞましい物を見たような反応をする。


「あ、あああ……」

「悪魔ニャ。悪魔がいるニャ……」

「どこににゃ?」


 わしは気付かなかった、自分の胸の中で慰められている女の子が、怪しい笑みを浮かべていた事を……


 その後、鬼と化したアダルトスリーが押し掛けて来たが、わしが土下座をし、体を洗い、お酌をすることで、なんとか怒りを収める事に成功するのであった。

 ちなみに小悪魔エミリちゃんは、リータに孤児院へ送ってもらった。



 翌朝、居間で目を覚ましたわしは、縁側に腰掛け、ボーっと庭を眺める。しばらくすると、二階から階段を下りる音が聞こえて来て、リータがわしに声を掛ける。


「おはようございます。……大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないにゃ~」

「お疲れ様です」

「まるで他人事みたいにゃ……」

「そ、それは……すいませんでした!」

「ちょっとこっちに来て座るにゃ」


 リータを縁側に座っているわしの隣に座らせる。そして、リータの膝に頭を乗せる。


「え?」

「男も猫も、みんにゃ大好き、膝枕にゃ。覚えておくといいにゃ」

「はい!」


 白々しい朝日の中、リータはわしの頭を撫で、わしは少しの間、目をつぶらせてもらい、穏やかな時間が過ぎるのであった。





「ふニャ~。おはようニャー」


 リータと一緒に朝食の準備をしていると、眠そうなメイバイが起きて来た。


「わし達はごはんを食べたら仕事に行くけど、メイバイはどうするにゃ?」

「私も行くニャー! でも、シラタマ殿は私達が寝る時に居なかったけど、ちゃんと寝たニャ?」

「少し寝たにゃ。もう疲れも取れたから大丈夫にゃ」

「そうなんだ。私はフレヤさんに着せ替えさせられて疲れたニャー」


 ああ。怒りの収まったフレヤが、猫耳姿のメイバイに気付くと、大量の服を取りに帰って、ファッションショーが始まっていたな。ずっと着せ替え人形にされていたから疲れるわな。


「疲れているにゃら、お留守番してるにゃ?」

「大丈夫ニャ! 武器も食事も貰ってばかりいては申し訳ないニャ。私も仕事に行くニャ!」

「わかったにゃ。みんにゃで一緒に仕事しに行くにゃ~」

「「はい!」」

「ところで……この人達どうします?」


 リータが指差す場所には、アダルトスリーが酔い潰れて屍と化していた。


 わし達は酔い潰れたアダルトスリーを家に残して、ハンターギルドに向かう。アダルトスリーには書き置きと共に、朝食と合鍵を置いて来たので問題ないはずだ。もう、大人なんだから……





「あんまりいい依頼が無いにゃ~」


 わしは依頼ボードの前で呟く。女王からの依頼も無いのでめぼしい依頼を探すが、今日は出遅れたのか、稼げそうな依頼は無い。


「オフシーズンが近いですもんね」

「オフシーズンにゃ?」

「もうすぐ冬が来ます。そうなれば獣も活発に動かなくなるので、仕事が減るらしいです」


 なるほど。冬眠する獣もいるしな。今日は近場で小銭を稼ぐか……って、昨日、散財したんじゃった! これからもっと獣が減っていく。今の内に稼いでおかないと冬を越せん。

 アイツを狩りに行くか……いや、リータが嫌がるかもしれんが、次元倉庫の動物を売り払えば、なんとかなるか。とりあえず、狩りに失敗した場合に次元倉庫の動物を売るとして、今回は失敗覚悟でチャレンジしてみるか。


「今日は常時依頼をするにゃ。みんにゃもそれでいいかにゃ?」

「はい」

「はいニャ」


 わしはティーサに、二、三日王都を離れる旨を伝えるが、メイバイの昇級試験には必ず来るように念を押された。不思議に思いながらも王都を出て、マーキングしてある人気ひとけの無い場所に移動する。


「えっと~。ここだったはずにゃ……あ、あったにゃ」

「今日は車で移動しないのですか?」

「ちょっと遠くに行くにゃ」

「飛行機ですか……」

「車? 飛行機ってなんニャ?」

「今日は使わないにゃ。メイバイには、また今度教えるにゃ」

「それでは、どうやって移動するのですか?」

「リータの村から帰って来た方法にゃ」

「あ!」

「出来るだけくっつくにゃ。……いや、二人して抱き抱えなくても……もういいにゃ。【転移】にゃ」


 わしは転移魔法を使い、森にある我が家に移動する。


「わっ!」

「なんニャ! 真っ暗ニャ!!」

「ちょっと待つにゃ。【光玉】にゃ~」


 わしが光魔法で室内を照らすと、徐々に光に慣れた二人は辺りを見回す。


「部屋? 広いです……」

「さっきまで外にいたニャ。どうなっているニャ?」

「ここはわしの実家にゃ。転移魔法を使って移動したにゃ」

「シラタマさんの生まれたお家ですか。それにしても……」

「転移魔法ってなんニャ?」

「転移魔法ってのはにゃ……」


 わしは空気の入れ換え作業を行いながら、メイバイの質問に答えていく。


「よくわからないいけど、シラタマ殿の偉大さはわかったニャー」

「この魔法は秘密にしておいてくれにゃ。それじゃあ、外に出るにゃ~」


 わしを先頭に、リータ、メイバイと続き、外に出る。


「黒い木がいっぱいあります!」

「なんだか私が越えた山を思い出すニャー」

「その山にゃ」

「「え!?」」


 メイバイの顔が曇ったので、わしは気を使って優しく語り掛ける。


「わしの実家はメイバイが越えて来た山の中にゃ。メイバイは嫌にゃ事を思い出すにゃら、家の中にいてもいいにゃ」

「あの山……大丈夫ニャ! でも、危険じゃないニャ?」

「わしの縄張りは小動物ぐらいしかいないけど、たまに入って来る獣に気を付ければ安全にゃ。それ以外は危険だけど、わしと離れなければ大丈夫にゃ」

「シラタマ殿は、この山の主様だったニャ?」

「違うにゃ。この山の主はキョリスにゃ」


 わしがキョリスの名を出すと、リータがハッとした顔をする。


「あの伝説のですか!?」

「そうにゃ」

「その伝説のキョリスってどんな獣ニャ?」

「尻尾の二本ある、大きなリスって聞いてます」

「リス? 私の国では尻尾が三本あるリスの伝説があるニャ」

「ああ、それはキョリスの嫁さんのハハリスにゃ。娘もいるにゃ。名前はコリスにゃ。二人とも情報が古いから補足するけど、キョリスは尻尾が三本、ハハリスは四本あるにゃ」

「なんでそんなに伝説に詳しいニャ?」

「家族ぐるみの付き合いにゃ」

「「え~~~!」」

「さあ、狩りに行くにゃ~」

「「待って(ニャ)~! まだ気持ちの整理が~」」


 わしは驚く二人を置いてすたすたと歩き出す。リータとメイバイは慌てて追い掛け、気になるのか、山のこと、キョリスのこと、わしの山での暮らしを質問しながら歩く。



 小一時間ほど歩くと狼を見付けたが、わしを見た瞬間、飛んで逃げて行った。二人は気付いていなかったので、追う事も無いかと逃がしてあげる。

 さらに歩くと、獣を見つけたので、メイバイの実力を見るのにちょうどいいから二人に任せた。


「メイバイさん。すごいです!」

「リータが引き付けてくれたおかげニャー」


 さっそく出会った猪を、二人で難無く倒したな。2メートルの大物じゃが、黒く無いのが残念じゃ。

 リータが盾で受け止め、動きの止まったところをメイバイがナイフで斬り刻む。まず足を切って、動きが鈍くなったところをリータがアッパーカットでひっくり返して、メイバイが無防備になった首を切る。

 商品価値も下げず、上手く狩ったな。メイバイの実力はなかなかじゃが、いつの間にこんなに仲良くなったんじゃろう? 昨日はあんなにケンカしていたのに……


「傷まない内に、急いで解体するニャー!」

「あ、わしが持つから、次の獲物を探すにゃ~」

「わ~。猪が消えたニャ! シラタマ殿の収納魔法はすごいニャー」

「それにしても、ずっと同じ方向に歩いていますが、目的地があるのですか?」

「縄張りの近くは、あらかた強い獣はわしが狩ってしまっているから、あまり行かない方向に向かっているにゃ」


 行きたくないけど……


「はあ。そこには何があるのですか?」

「きっと獲物がいっぱい居るニャー」

「獲物はいっぱい居るにゃ」


 気持ち悪いぐらい、いっぱい……



 猪を狩った場所からしばし歩き、目的の獲物と接触する。


 ガサガサガサガサ


「なんですか、この音?」

「何かいっぱい居るニャー!」


 獲物は草むらに隠れて、音だけが辺りに響く。そして、一匹の茶色い獲物が顔を出す。


「蟻?」

「蟻ニャ」


 猫ぐらいの大きさの蟻が姿を見せる。それに続き、一匹、二匹と草むらから、どんどん蟻は姿を現す。


「「キャーーー!!」」

「いにゃ~~~!!」


 大量の蟻に囲まれ、リータ、メイバイ、わしは悲鳴はあげるのであった。


「「なんでシラタマ(殿)さんまで!」」

「気持ち悪いにゃ~~~!」



 そう。わしにだって苦手なものはある。虫とか、虫とか、虫とか……

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