130 生存者を助けるにゃ~


 丸鼠まるねずみの群れは、派手に動き回ったわし達を餌と認識したのか、群がってリータ達を取り囲む。その隙に、ナンダを背負ったわしは無駄な戦闘は避け、隠れながら生存者の元へ向かう。

 しばらく走ると、探知魔法に引っ掛かった生存者の浸かるオアシスに辿り着いた。


 生存者は猫のわしを見て驚きの表情を見せるが、声は出さない。丸鼠に気付かれない為にだ。しかし、ナンダは声を出してしまった。


「あ! お母さ……」

「シッ……丸鼠に気付かれるにゃ」

「……うん」


 さて、生存者はいるが、何故、水に浸かっているんじゃろう。何か理由があるのかな? 近付いて聞くか。



 生存者がわしの姿に怖がらないように、ナンダを降ろして手を繋ぐ。わし達を見たナンダのお母さんらしき女性は、ナンダに向けて走り出そうとするが、周りに止められる。

 わしはその姿を見て、オアシスに一歩踏み出す。水魔法で水を操作し、わしとナンダが沈まないようにして、生存者の元まで歩を進める。

 そして、皆の前で止まると、わしの姿に驚きの表情を隠せない生存者に語り掛ける。


「わしはハンターのシラタマにゃ。みんにゃを助けに来たにゃ」

「猫が喋った……」

「ぬいぐるみ?」

「誰か入ってるの?」

「ナンダ! ナンダ!!」


 わしのセリフに、一同、困惑した声を出し、ナンダのお母さんは小さな声で、ナンダの名を呼び続けている、


「気持ちはわかるにゃ。でも、落ち着いてくれにゃ。いまはこの状況を説明してくれにゃ」

「わ、私が……」


 一人の女性が名乗り出て、わしに状況説明をしてくれる。女性の名はスマン。村長の娘らしい。

 夜中に突如、丸鼠の襲撃を受けた村人達は、男は女子供を逃がす為に戦い、オアシスまで追い詰められた女と子供達は、オアシスに飛び込んだ。

 すると丸鼠達は水を嫌っているのか、追い掛けて来なくなった。ただ、取り囲まれていたので、オアシスから出る事が出来なかったとのこと。

 何故、通信魔道具で緊急依頼を出さなかったのかを聞くと、パニックの中、魔道具を使える者が亡くなってしまったようだ。


 なるほど。女子供おんなこどもばかりだと思ったが、勇敢な男達だったんじゃな。

 しかし、丸鼠は水が苦手なのか……。このまま丸鼠の殲滅に向かうか? いや、一日中水に浸かっていたのなら、体力も心配じゃな。


「ちょっとビックリするような事をするにゃ。だから足に力を入れておいてくれにゃ」

「ねこさんが喋っているより、ビックリする事があるの?」

「うん。お嬢ちゃんは黙っていようにゃ~?」


 無いかもしれない……子供は無邪気で困るわい。



 わしは、猫が喋るより驚く事はあると自分に言い聞かせ、生存者が立つ場所の土を盛り上げていく。生存者はもちろん驚く。さっきより驚きが少ないのは気のせいだ。

 誕生した小島は、このままでは泥まみれになるので水分を飛ばし、整地をしてから中央に焚き火を用意する。


「ナンダ。お母さんのところに行くにゃ」

「うん!」

「ナンダ!」


 二人はお互い走り寄り、泣きながら抱き合う。わしはうるっと来たが、まだやる事が残っているので我慢し、スマンに声を掛ける。


「また、あとで来るにゃ」

「ど、どこに行くのですか?」

「残りの丸鼠を駆除して来るにゃ」


 わしは笑って生存者の元を離れる。すると、オアシスから出た所で、黒くて大きな丸鼠がわしの前に現れた。


 こいつがこっちに来てくれて助かったわい。おそらくこいつが丸鼠のボスじゃろう。5メートルの大物で長い尻尾が二本あるから、白い獲物が手に入らない時の保険になるな。

 ちょうどいい。綺麗にお持ち帰りしよう。



 ボス丸鼠の登場で生存者が恐怖に震えている事に気付かず、わしは嬉々として、ボス丸鼠に駆け出すのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 シラタマがナンダ達から離れた直後……


「ナンダ! ナンダ~!」

「お母さ~ん」


 再会を祝し、抱き合う親子の姿があった。そこに申し訳なさそうに、村長の娘、スマンが話し掛ける。


「喜んでいるところ、ごめんなさい。ナンダ君、あの猫はいったいなに?」

「わからない……。でも、助けに来てくれた」

「ハンターって言ってたけど、一人……いや、一匹?」

「ううん。三人のお姉ちゃんと一緒だったよ。今も村の中央で戦っていると思う」

「あの光の下ね……他に応援はいないの?」

「いない。けど、あの猫、強いみたい。最初、一匹で村に向かおうとしていたよ。あの光も猫が出したの」

「すごい魔法を使うのはわかったけど、強いと言うのはちょっと……あ!」


 生存者である村人は、のしのしと近付く、黒くて大きな丸鼠を見て恐怖する。


「なに、アレ……」

「夫を殺したヤツ……」

「あんなの誰も殺せない」

「見て!」


 シラタマは恐れもせずに、ボス丸鼠の元へ飛び込む。その瞬間、二本の尻尾がビシビシと音を立ててシラタマを襲う。


「死んだ……」

「……え?」


 村人は、シラタマがミンチになったと思ったが、鳴り止まない音に気付く。


「避けてるの?」

「そうみたい……」


 村人は呆気に取られながらも、シラタマの戦いを見つめる。その時、ボス丸鼠の目の前に、土の槍がそびえ立った。


「魔法……」

「あの距離じゃ、今度こそ……」

「……生きてるね」


 シラタマは土の槍が出て来ると、後方に跳んで避ける。だが、ボス丸鼠は距離の空いたシラタマに、尻尾で掴んだ岩を投げつける。すると、辺りには岩が砕ける大きな音が鳴り響く。


「あんなに速い攻撃が、なんで当たらないの!」

「どっちの応援してるのよ!」

「そうよ。あの猫ちゃんなら勝てるわ」

「「「「「猫ちゃん、がんばれ~!」」」」」

「あれ? どこ行った?」


 村人達が希望を持って応援したその時、シラタマを見失う。村人はシラタマを探すが、ドシーンと鳴る音で見付けた。


「倒したの?」

「あの黒い剣で、頭を刺したんじゃない?」

「猫ちゃんには長過ぎないかしら?」

「それより、どこから出したの?」


 シラタマが【黒猫刀】をボス丸鼠の頭に突き刺し、頑張って倒したにも関わらず。村人達の頭の中では、疑問が膨れ上がる。

 そこに追い打ちが掛かった。


「また何か変な事をしだしたわよ」

「水の玉?」

「おっきい~」

「私の家より大きいわ」

「わ! 弾けた」

「雨みたい……」


 シラタマは自分の魔力の半分を使い【特大水玉】を作り、村に雨を降らした。丸鼠の弱点である水で、リータ達の援護をする為だ。


「……で、なんであんな事をしているの?」

「あれ? いなくなった」

「あんなに大きな丸鼠も、どこに行ったの?」

「何から何まで変な猫ね」

「「「「「ホントに」」」」」


 シラタマの意図は村の女性達には伝わらず、変な猫として認定された。命の恩人のはずなのに……



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 一方、おとりとなったリータ達は、丸鼠と激しい戦闘を繰り広げていた。


「メイバイさん! 前に出過ぎです。まだ数はいるんだから抑えてください」

「わかったニャ!」

「ガウリカさん。矢はどれぐらい残ってますか?」

「あと、少しってところだ」

「しばらく剣に切り替えてください。必要な時は任せます」

「わかった」


 シラタマと別れた後、リータは期待に答える為に的確な指示を出し、丸鼠を引き付けていた。

 リータは盾で皆を守り、メイバイは二本のナイフで丸鼠を斬り裂き、ガウリカも同じくサーベルで丸鼠を斬り裂き、危険があれば弓を射る。

 動かなくなる丸鼠は増え続けるのだが、数が多い。三人は徐々にスタミナを削られていく。


「ハァハァ。まだいるニャー」

「矢も尽きた。どうする?」

「もうすぐシラタマさんが駆け付けてくれます。私が二人を守りますので、それまでの我慢です!」

「そうだニャ」

「信頼しているんだな」

「はい!」


 リータ達は丸鼠を減らすペースを落とすが、守りを固めて、丸鼠の猛攻を耐える。すると、状況に変化が生まれる。


「雨?」

「なんニャ?」

「雨なんて珍しい……」

「丸鼠の動きが鈍っていませんか?」

「ホントニャ!」

「あいつらに弱点なんてあったのか……」

「これは、シラタマさんです! いまがチャンス。攻勢に出ましょう!」

「わかったニャー!」

「おう!」



 三人は【土壁】から出て、動きの鈍った丸鼠にトドメを刺していく。リータは殴りつけ、メイバイは喉元を斬り裂き、ガウリカはサーベルを突き刺す。


 そうして作業と化した丸鼠との戦闘は、突如、終わりを告げる。


「【氷槍】にゃ~!!」


 シラタマだ。その声を聞いたリータ達は、シラタマに向けて驚きと安堵の声を掛けるのであった。


「シラタマさん!」

「シラタマ殿!」

「猫か!?」



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 わしはボス丸鼠を倒すと、リータ達の戦闘地点を外から回り、刀と魔法を使って丸鼠を掃討して行く。

 そして、リータ達の元へ辿り着くと、複数の【氷槍】で一掃したのであった。


「ただいまにゃ~。もう丸鼠はいないにゃ~」


 わしがリータ達に声を掛けると、ガウリカは座り込むが、リータとメイバイが走り寄り、抱き上げて来た。


「どうしたにゃ? 怪我したにゃ?」

「私……頑張りました」

「ご褒美ニャー」


 怪我が無くてよかった。リータの指示のおかげかな? わしに抱きつくのが褒美になるかわからんが、いまは二人を褒めたい。


「二人とも、よくやったにゃ。ガウリカも、ありがとにゃ~」


 わしは二人の頭を撫でながら、ガウリカに礼を言う。しばらくわしを抱き上げていた二人だが、力が抜けて腰を落とす。


「疲れたニャ-」

「私も慣れない事をして疲れました」

「お疲れ様にゃ。車を出すから、その中で休んでいるにゃ」

「シラタマ殿はどうするニャ?」

「わしは後始末をするにゃ」

「私も手伝います!」


 リータは立ち上がるが、疲れからか、ふらついている。わしはそんなリータを抱き抱え、笑顔を見せる。


「ありがとにゃ。あとは任せてくれにゃ~」

「むう……そんな顔をされたら何も言えません」

「ゆっくり休むにゃ。ガウリカも、ソファーで横になってるにゃ」

「ああ。あとは任せる」


 わしはリータを抱き抱えたままベットに寝かせる。メイバイは動けないと駄々をこねるので、仕方なくお姫様抱っこをしてベットへ連れていく。ガウリカにもするかと聞いたら、怒られたので、していない。

 ちなみに皆が掛かった雨は、わしの魔力で作った水なので、吸収魔法で消したから、ベットやソファーは濡れる事は無い。



 三人を車で休ませると、丸鼠と遺体を次元倉庫に回収していく。全て回収すると村の女性達の待つ、オアシスに向かう。

 オアシスに着くと、土魔法で小島と岸を繋ぎ、渡って行く。


「……全て、終わらして来たにゃ」


 わしはあえてぼかした言葉を使う。わしの言葉に女性達も喜ぶ事をせずに、涙を浮かべ、悲しみの顔を見せる。長く嗚咽おえつが続く中、スマンが皆に向けて口を開く。


「ありがとうございます。これから猫さんから詳しい話を聞きます。聞きたく無い者は、橋を渡りなさい」


 女性達は子供を連れて橋を渡ると、数人残り、あとは戻って来た。


「聞かせてください」

「……強いにゃ」


 わしは重たい口を開き、村での戦いを聞かせる。

 丸鼠は全て駆除したこと、村で戦った男達は全て死んでいたこと、その遺体は丸鼠に食い散らかされていたこと、その遺体をわしの収納魔法に入れたことを、包み隠さず話した。


「そうですか……ありがとうございます。ありがとうございます……」

「みんにゃ、まだ心の整理がつかないと思うから、埋葬は明日にしようにゃ。明日の為に、今日はメシを食って寝ようにゃ!」

「……はい」



 わしは丸鼠を食べさせるのは忍びないと思い、精鋭蟻を出して調理をお願いする。村の者が調理している間に車に戻り、次元倉庫から出した料理をリータ達に食べさせ、早く眠るように伝える。

 車からわしが戻ると、しんみりとした食事会が始まるが、子供達がわしに群がり、しだいに笑いが生まれ、そして涙に変わる。

 そうして食べ終わった者から、一人、また一人と損傷の少ない家に入って行った……


 最後に残ったわしは、その場で夜空を見上げる。


 命は助かった……。じゃが、皆の心には深い傷となったじゃろう。それに男がいない。村を修復するにも、人手が圧倒的に足りない。この先、どうなって行くんじゃろうか……





「シラタマ殿……」


 わしが夜空を見上げ、村の行く末を案じていると、後ろから声を掛けられた。


「メイバイ……眠れないにゃ?」


 わしはメイバイを心配させないように、作り笑いを見せる。そんなわしに、メイバイは抱きつく。


「どうしたにゃ?」

「少しだけ、このままでいさせて欲しいニャ」


 メイバイの声は震えていた。わしは返事の代わりに頭を優しく撫でる。しばらくして、落ち着いたのか、メイバイは口を開く。


「たくさんの人間が死んでいたニャ。シラタマ殿の言っていた地獄の意味……思い知らされたニャ。シラタマ殿は、辛くないニャ?」

「わしは大丈夫にゃ」

「また嘘ついてるニャ-」

「わしは猫だにゃ~。人間がいくら死のうと、何も感じないにゃ~」

「嘘ニャ……ずっと作り笑いしてるニャー」


 バレてたか……


「私もシラタマ殿みたいに強くなれたら、仲間の事を忘れられるかニャ?」


 いつも明るいメイバイも、時々思い詰めた顔をしている姿を何度も見ている。今回の事で、ふたをしていた悲しみが開いてしまったか……


「忘れる必要にゃんてないにゃ。仲間がメイバイを生かしてくれたにゃ。仲間の気持ち、仲間との楽しい思い出やケンカした思い出。全てメイバイの中にあるにゃ。それを持って歩くしかないにゃ」

「シラタマ殿……」

「重いにゃら、新たな仲間に少し持ってもらうにゃ。その為に、わしやリータが隣にいるんだからにゃ」

「シラタマ殿~~~」


 わしの言葉に、メイバイは涙を流しながらわしを強く抱き締める。


 だけでなく……


「にゃ!? 噛むにゃ~! ゴロゴロ~」



 この後、メイバイが落ち着くまで噛まれまくった。何か目的が違っていた気がしたが、楽しそうなメイバイを、わしは止める事が出来なかったとさ。

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