129 わしは止めたにゃ~


 男の子が目覚めたと聞いたわしは、急いで車に乗り込む。すると男の子は驚きの声をあげる。


「猫!?」

「猫だニャー。立って喋っているけど、優しい猫さんだから安心するニャー」


 わしのセリフをメイバイに全部取られてしまった……リータは下を向いておるけど、クスクス笑っておるな?


「わしはシラタマにゃ。もう体は大丈夫かにゃ?」

「うん……ここはどこ?」

「砂漠にゃ。君は砂漠の真ん中で倒れていたにゃ。にゃんで倒れていたか覚えているかにゃ?」

「えっと……」


 男の子は記憶が混濁こんだくしているのか、黙って考え込む。猫のわしを見て混濁したかどうかは定かではない。きっとわしのせいではないだろう。


 考え込む男の子は、しだいに顔を青くし、混乱した声を発する。


「お母さんが……お父さんが……ねずみが……村が……」

「落ち着くにゃ。にゃにがあったか順序立ててゆっくり話すんにゃ」

「昨日の夜……」



 男の子の名前はナンダ。近くにあるオアシスの村に住む、十一歳の少年だ。昨日の夜深くに、鼠の群れの襲撃を受けたらしい。

 鼠に襲われた村はパニックとなり、ナンダも家族と共に逃げたが、村を出た頃には一人だったらしい。

 ナンダは家族を探そうと戻ったが、その時、鼠に襲われた。しかし、村のおじさん達に助けられ、近くの街に助けを呼んで来てくれと頼またそうだ。ナンダはおじさん達の剣幕に押され、助けを呼びに必死に走って、倒れたみたいだ。


 これは……おじさん達はナンダを逃がしたのか? そうだとすると、もう……


「村長は緊急依頼は出したのか? 村の避難所に行けば、通信用の魔道具があるだろう?」

「……わからない」

「ガウリカ。やめるにゃ」

「だが……」


 わしはガウリカの目をジッと見て、首を横に振る。


 残念じゃが、砂漠の街で見たハンターギルドの依頼ボードには、そんな依頼は無かった。


「話はわかったにゃ。わしが一人で見て来るにゃ」

「待ってニャ! 私も行くニャー」

「私も行きます!」

「行ったところで……」

「ガウリカ。それ以上は言うにゃ! 二人とも……外に出るにゃ」


 わしはリータとメイバイを外に連れ出す。


「どうして一人で行こうとするニャ!」

「そうですよ! 私達はパーティですよ」

「落ち着くにゃ。二人はこの先に、にゃにが待っているか、わかって言ってるにゃ?」

「いまから行けば、まだ間に合うニャー!」

「もう間に合わないにゃ……居たとしても少人数……」

「そんな……」


 わしの発言に、二人は顔を青くするが、メイバイはそれでも折れてくれない。


「少人数でも、生きている人がいるなら助けに行くニャー!」

「メイバイ。これから向かう場所は、多くの死体が転がっている地獄にゃ。二人をそんにゃ所に連れて行きたくないにゃ……」

「シラタマさん……」

「……シラタマ殿は大丈夫ニャ?」


 正直言うと、大丈夫じゃない。多くの人死ひとじにを見ると、先の大戦を思い出す。戦友が銃弾に倒れて行く姿を思い出す。出来る事なら見たくない。じゃが、二人には見せたくない。


「わしは猫だにゃ~。大丈夫に決まってるにゃ~」

「嘘です! シラタマさんだって無理しています」

「そうニャ! 私達にはわかるニャー!」

「大丈夫だから、留守番していてくれにゃ。にゃ?」


 わしは二人を心配させないように優しく笑う。


「シラタマ殿がなんと言おうと、ついて行くニャー!」

「私達だってハンターです! これから先、そんな現場だって何度も見るはずです。だから連れて行ってください!」


 だが、二人は決意の目をわしに向ける。


「……どうしても行くにゃ?」

「「はい(ニャ)!」」

「はぁ。わかったにゃ。その代わり、無理だと思ったら必ず言うにゃ」


 わしは渋々許可を出した直後、ガウリカを振り切って車から出て来たナンダが叫ぶ。


「俺も連れて行ってくれ!」

「おい!」

「ナンダは……ダメにゃ」

「わかってる……もう村はダメなんだろ?」

「わかっているにゃら、なおさらにゃ」

「助けてくれたおじさん達が、鼠に食い荒らされる前に遺体を守りたい。お願いだ!」

「足手まといにゃ!」


 子供に見せる光景ではない。キツく言ってでも止めるべきじゃろう。


「うぅぅ。頼むよ~」

「ダメなものはダメにゃ!」

「グズッ。わかった。どうせ帰る場所も無いんだ。好きにする」


 ナンダはそう言うと、涙を袖で拭いながら歩き出した。


「どこ行くにゃ!」

「死ぬなら村で死ぬ」


 くっ……なんて事を言うんじゃ。子供の言うセリフではないじゃろうに……


「……わしの負けにゃ。連れて行ってやるから、泣き事を言うにゃよ?」

「あ、ありがとう!」

「お礼にゃんていらないにゃ」

「はぁ。あたしも付き合うよ」


 わしに礼を言うナンダを見ながら、ガウリカも溜め息まじりに会話に入って来た。


「嫌にゃら付き合わなくていいにゃ」

「人数は多いほうがいいだろ?」

「いや、わし一人で十分足りてるにゃ」

「いいだろ!!」

「はぁ。どうにゃっても知らないにゃ~」



 こうして、わしが止めたにも関わらず、ナンダの村には全員ついて来る事となった。


 そして、数十分後……


「きゃ~~~!」

「ニャ~~~!」

「猫~~~!」

「死ぬ~~~!」


 全員、悲鳴をあげる。何故かと言うと、村に向かった飛行機から時間短縮で、わしが全員突き落としたからだ。


「にゃ~~~~~!!」

「「「「なんでお前 (シラタマさん)の悲鳴が、一番大きいんだ!」」」」


 そりゃ、空から落ちたら怖いに決まっているじゃろう!





「なんてことするんだ!」

「シラタマ殿は鬼畜ニャー!」

「死ぬかと思った……」

「シラタマさんのバカ!」


 村の近くに無事到着したものの、空から落とした事を、わしは全員に怒られる。


「早く着いたし、ちゃんと受け止めたにゃ~。それに、どうにゃっても知らないって言ったにゃ!」

「「「「それとこれとは別だ!」」」」


 うぅ。リータまで敬語が消えた。リータぐらい、わしの味方をしてくれてもいいのに……泣きそうじゃ。


「い、言い過ぎました! よしよし~」

「ニャ! 楽しかったニャー。よしよし~」


 わしは子供か!


「そんな猫に、気を使う必要はない!」

「死んだら化けて出てやる!」


 ガウリカは気を使え! それにナンダ……お前の恨みの相手はわしじゃないじゃろう?

 と、アホみたいなツッコミはここまでにして、真面目にやろう。空から探知魔法を飛ばした結果、生存者がいるみたいじゃ。ただ、何故かオアシスの中に浸かっている。

 わしのうろ覚えの知識だと、砂漠は昼と夜では寒暖差が激しい。これからグングン気温が下がって来るはずじゃ。急がないとマズい。

 鼠に見つかり難く、かつ、早く降りる為に、飛行機から突き落としたんじゃが、言い訳をしても怒られたから、言わないほうがいいか。

 しかし、探知魔法に引っ掛かったモノは鼠なのか? 1メートルぐらいの丸いモノが百個以上あって、動いているのは、村の入口にひとつあったぐらいじゃ。よくわからないから着地地点も、村の外にしたんじゃが……そろそろ見える頃か。



 皆に怒られながら歩いていると、村の入口に丸いモノが見えてくる。丸いモノの正体は、わしには毛玉に見えた。だが、その下にあるモノに、皆は驚きの声をあげる。


「「「ヒッ」」」


 わしは悲鳴をあげる三人を他所に走り出す。そして【白猫刀】を抜くと、丸い毛玉に飛び乗り、刀を深々と突き刺す。


「にゃ!?」


 遅れて弓矢が丸い毛玉に突き刺さる。ガウリカの放った弓矢だ。わしは少し驚いたが、冷静に刀を引き抜き、皆の元に走って戻る。


「これから、こんにゃ状況が続くにゃ。今なら戻れるにゃ」

「大丈夫ニャ!」

「やれます!」

「ついて行くと決めている!」


 メイバイ、リータ、ナンダと、力強く返す中、わしはガウリカを見る。


「ガウリカは大丈夫そうだにゃ?」

「ああ。昔、こいつらに仲間をやられた恨みがある」


 なるほど……それでついて来たのか。それにしても、これが鼠か? 森の鼠と形状が違う。まん丸で尻尾が異様に長い。異世界だからか? それよりも、気にするのは、その下にあるモノか……村人じゃろうか? かなり食われておる。


 わしは鼠と一緒に、村人の遺体も次元倉庫に入れる。


「あ……」

「ナンダ。心配するにゃ。これ以上、遺体を傷付けさせない為の処置にゃ」

「……うん」

「ガウリカ。さっきの鼠は、にゃんて言うにゃ?」

「丸鼠だ。見た目はかわいいが、凶暴だ。見た目に騙されるな」


 たしかに、かわいい。わしより丸いから、リータ達なら喜びそうじゃが、さすがに人を食っていたモノには、そんな感情は持てないか。


「それと、ガウリカの戦力確認していいかにゃ? 得物は弓かにゃ?」

「ああ。それと剣も使える。魔法が使えないから、遠距離に弓って感じだ」


 肩から下げたショルダーバックから剣が出て来た。収納袋か? サーベルと弓か……


「それじゃあ、作戦を言うにゃ」



 わしは皆に丸鼠の数と黒い丸鼠がいること、生存者がいること、ナンダをおぶって途中から生存者の元に駆け付けること、皆には丸鼠の引き付け役になってもらうことを伝える。

 さらに、ガウリカには土魔法で作った弓矢を補給しておく。そして、別行動になるのでリーダーを決める。


「リータ。リータがやるにゃ」

「え! 私がですか!?」

「そうにゃ。冷静に判断するにゃ」

「ま、待ってください! 私には出来ません。経験豊富なガウリカさんが適任です」


 わしも別行動する時には、ガウリカに頼もうと思っていた。しかし、私情を持っていると聞かされてはそうはいかない。それならば、一番信頼できる人物に任せたい。


「わしはリータなら出来ると信じているにゃ。頼めにゃいかにゃ?」

「……わかりました」


 わしがリータの目を真っ直ぐ見ながらお願いすると、リータは決意を固めて受けてくれた。


「二人はリータの命令に、ちゃんと応えて欲しいにゃ。ガウリカもメイバイも不服だろうけどお願いするにゃ」


 この作戦の肝はチームワーク。新米リーダーを支えてくれるように、わしは深々と頭を下げる。


「……わかったよ」

「シラタマ殿の決定に従うニャ。頭を上げるニャー」

「二人とも……リータを頼むにゃ」

「はいニャ!」

「おう!」

「行っくにゃ~!」



 わし達は村の中へと走り出す。先頭はリータ。盾を構えてペースを決めてもらう。その後ろにナンダをおぶったわしとガウリカが続き、殿しんがりにメイバイを置く。

 そうして村の中を走ると、わし達の足音に気付いたであろう丸鼠達がムクリと動き出す。


「村の中央までは、わしが指示するにゃ。リータは盾を構えたまま直進。わしが魔法で道を切り開くにゃ」

「はい!」

「ガウリカは中央まで攻撃はサーベルで応戦。弓矢は節約するにゃ!」

「おう!」

「メイバイは後方、追い付いて来た奴の足を狙うにゃ。機動力を落とすだけでいいにゃ。深追いするにゃ!」

「わかったニャー!」


 わし達は走り、中央を目指す。


 行く手を阻む丸鼠には、わしの【鎌鼬】が斬り裂き、横から迫る丸鼠には、ガウリカがサーベルで対応。後ろから追い付いて来る丸鼠みは、メイバイがナイフを走らせる。

 こうして皆は、わしの指示通り動き、跳ねて移動して飛び掛かる丸鼠の動きを鈍らせながら走り続ける。


 だが、何人もの遺体を目撃したメイバイの動きが、しだいに悪くなる。


「ガウリカ! メイバイを引っ張るにゃ。殿もわしがやるにゃ!」

「わかった! メイバイ。行くぞ!」

「……はいニャ」


 ガウリカに手を引かれ、メイバイはうつむきながら走り、わしは近付く丸鼠を【鎌鼬】で斬り裂きながら走る。しばらく走り続けると、広い村でもないので、わし達は中央に辿り着くのであった。



「リータ! リーダー交代にゃ。少しの間、時間を稼いでくれにゃ」

「はい! ガウリカさん。私の後ろに付いて攻撃してください! シラタマさんがまだ居ますので、矢も好きなだけ撃って大丈夫です」

「おう!」


 うん。まずまずの判断じゃ。弓矢は節約して欲しかったが、メイバイがこの状態では致し方ない。

 メイバイも心配だが、もう、いつ太陽が沈むかわからない時間帯じゃ。夜になると、リータ達の目が心配じゃな。

 ここは【大光玉】。そして硬く半円状にした【土壁】。


 わしの作り出した直径5メートルの【大光玉】は、【土壁】によって高々と掲げられ、辺りを照らす。

 その奥にナンダを降ろすと、リータに壁を塞ぐように戦うように頼んで、メイバイと話す。


「大丈夫かにゃ?」

「もう大丈夫ニャー!」

「そうにゃんだ……メイバイは強い子にゃ。わしにゃんて、蟻の大群を見ただけで逃げ出しそうになったにゃ」

「アハハ。そんな事もあったニャ。あの時のシラタマ殿のおびえる顔は、かわいかったニャー」

「わしにも苦手な物はあるにゃ。でも、メイバイもリータも助けてくれたにゃ。いまはリータとガウリカを助ける事だけ考えるにゃ」

「わかったニャ! 行って来るニャー」

「よし! がんばるにゃ~」



 メイバイの気持ちが落ち着いて、戦いに参加すると、少なかった丸鼠も徐々に増え、わし達を取り囲み、攻撃を開始する。

 丸鼠の攻撃をリータが受け、その隙にメイバイが横から飛び出て斬り刻む。リータは丸鼠が倒れるのを確認すると、次に飛び掛かって来た丸鼠を盾で受け止める。

 リータが数秒稼げば、メイバイが攻撃する態勢が整い、次々と丸鼠の数を減らしていく。


 ガウリカは二人の行動を見ながら、次に攻撃を仕掛ける丸鼠に照準を合わせ、額を射抜く。

 これまでのハンターの経験から、リータとメイバイに来る攻撃を上手くズラしてくれている。そんなガウリカが危ない場面が来れば、リータが土魔法で丸鼠の足止めをする。


 わしは皆の戦いを横目に見ながら、メイバイの不調で使い過ぎたガウリカの矢を土魔法で作り出し、並べて置く。


 なかなかうまく対応出来ておるな。これなら任せてもいいじゃろう。わしはわしの仕事をしよう。


「ガウリカ。矢が出来たにゃ」

「サンキュー!」

「それじゃあ、わし達は行くにゃ~!」


 わしの言葉を聞いたリータは、メイバイとガウリカを鼓舞する。


「はい! みなさん、防御に徹しましょう!」

「はいニャ!」

「おう!」


 わしはその姿を横目に見ながらナンダを背負うと、壁を蹴って上に登り、リータ達と別れる。別れ際に見えたリータの顔は、わしを大丈夫だと確信させるには十分だった。


 そうしてわしは振り返りもせずに、生存者の元へと走るのであった。

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