446 刺客にゃ~


 わしが地面に落ちたであろう針を探していると、何本もの針が四方八方から飛んで来て、避け切れずに倒れてしまった。


「にゃ~!」


 その数秒後、エリザベスの鳴き声が響き、【鎌鼬かまいたち】がオクタゴンの壁を削る。


 そこか!


 もちろんわしの毛皮に、針なんか刺さるわけがない。倒れた演技をしていただけだ。しかし、賊の油断を誘っていたのだが、先にエリザベスにしてやられてしまった。

 なので、【鎌鼬】を避けたであろう人影が探知魔法に引っ掛かった場所へ、慌てて向かう。


 忍者!?


 わしが壁際に走ると、忍者が膝を突いていた。だが、様子がおかしい。


「にゃ!? どこに行ったにゃ!?」


 突如、地面に沈むようにして姿を消したのだ。


 確実に沈んだという事は、土魔法で地下に潜ったのか? にしても、地下道なんてないのに、どうやって……掘られていたのか?


「にゃ~!」


 またしても、エリザベスの鳴き声と【鎌鼬】。今度は地面を削ると、オクタゴンの壁で出来た影の中から、忍者が飛び出た。


 逃がすか!


 わしは本気のダッシュで消えるように跳び、忍者の背中に回り込んでネコパンチ。


「リンリー! 蹴り上げろにゃ!!」

「はい!」


 わしの吹っ飛ばした忍者は、リンリーに腹を蹴られて空に打ち上げられる。わし達のコンビ攻撃を喰らった忍者は瀕死。ぐったりとして空を舞い、落ちて来たところをわしがキャッチ。

 死んだ振りをしている可能性もあるので、土魔法で両手両足にかせを掛ける。しかし忍者は本当に死にそうだったので、回復魔法で治してあげた。


 忍者の処置が終わると、わしはエリザベスの頭を撫でる。


「エリザベス。よくやったぞ~」

「ふふん。私のおかげね」

「そうじゃ。出来たらわしにも、エリザベスが使っていた魔法を教えて欲しいんじゃけど……」

「いやよ。なんで教えなきゃいけないのよ」

「いいじゃろ~? へぶし!」


 頭を撫でながら無理を言ったら、エリザベスにネコパンチされてしまった。どうも、わしより優位に立っているものは、教えたくないようだ。


 歯を剥いて怖いエリザベスは一時保留。リンリーにも労いの言葉を掛ける。


「ありがとにゃ。おかげでにゃんとか捕らえられたにゃ~」

「いえ……本当は、猫さんの手をわずらわせないで、私が捕らえないといけなかったんですよね」

「まぁにゃ~……でも、わしでも無理だったんにゃから、リンリーが気にする事じゃないにゃ」

「はあ……エリザベスちゃん、ありがとね」

「にゃ~ん」


 なんじゃその猫撫で声は? わしと態度が違うじゃろ! 猫かぶりやがって!!



 ひとまず忍者は捕らえたので、心配しているであろう皆が居る食堂に戻る。忍者はわしが担ごうとしたけど、リンリーに奪い取られたので、好きにさせた。

 食堂に入ると、リータがわしに首尾を聞いて来たが、それよりも先にイサベレとの会話を優先する。


「嫌な感じはどうなったにゃ?」

「もうない。そいつが放っていたんだと思う」

「にゃるほど……みにゃさ~ん。もう脅威は去ったから、自由にしてくださいにゃ~」


 イサベレから確認を取るとわしは大声で王族に知らせ、次に忍者の頭巾を剥がし、玉藻に顔を見せる。ちなみに忍者の顔は、両頬にナルトが付いていると予想していたが、白髪まじりの普通のおっさんだった。


「この忍者は、徳川の差し金かにゃ?」

「十中八九、間違いないじゃろう。しかし、狙いがわからん」

「たぶんわしにゃ」

「シラタマをか?」

「玉藻がわしを出場させたからにゃろ~? 戦力を削ぎに来たに決まってるにゃ」

「あ……」


 それから忍者の処置の話し合い。玉藻は見せしめに殺す案を出したのだが、わしは許してやれと反対する。だが、他の王族も、王を狙ったのだから厳罰に処せとの大合唱。どうも、こういうトラブルは楽しいから口を出している節があるが……

 しかし、オクタゴンでのトラブルはわしの管轄。王族の誰も危害が及んでいない事もあり、拷問だけで勘弁してあげる事にした。ただ、幼い子も少なからずいるので、部屋の隅に衝立ついたてを用意して、音だけを楽しんでもらう。


「ぐっ、ううう……」


 忍者は痛みに顔を歪めるが、痛みでは足りないようだ。


「あ、ああ~。い、いい~! な、何これ~!!」


 ご存じ奴隷紋だ。耐え難い苦痛のほうではあまり罰になっていなかったので、魔力量を増やして耐え難い快感を与えてみたら、目覚めたようだ。


「ぐっ……なんかこれも、いい~!!」


 あまり喜ばせ過ぎてもアレなので、魔力量を減らして耐え難い苦痛に変更してみたら、そっちの趣味にも目覚めたようだ。たぶん、元々そっちの趣味を持っていたので、オネエみたいな忍者が誕生したと思われる。


 とりあえず処置は終わったので、王族達に紹介してみる。


「……と、新しくわしの犬とにゃりました、服部半荘はんちゃん君にゃ」

「きゃん!」

「「「「「………」」」」」


 一同ドン引き。衝立の向こうで行ったから、服部のよがり声のせいで、わしが改造手術を行ったと思われたようだ。それも、わしのわしを使って……


 奥様方! そんな事はしていませんよ~? コソコソ話さないでくださ~い!!


 これ以上、王族の中で変な噂が広まっても困るので、咳払いして奴隷紋を、奴隷紋を使ったからこの始末になったと、何度も奴隷紋を強調して説明する。

 そんな中、玉藻だけが、わしに趣味以外の質問をしてくれた。


「服部半荘か……東一の忍びのお出ましとは、豪勢じゃのう」

「知り合いにゃ?」

「いや、名だけじゃ。妾の影の中には、してやられた者は多く居るぞ」


 忍者どうしのスパイ合戦みたいなものかな? 是非とも見てみたいものじゃ。


「そんにゃに有名人にゃら、わしが飼おうかにゃ~? こいつは変にゃ術を使うから、玉藻のとこの忍者対策になりそうにゃ」

「待て待て。妾だって、東の忍び内情を知りたいんじゃ。こちらに渡してくれたら、悪いようにはせん」

「え~! さっき殺そうとしてたにゃ~!!」


 今度は忍者をめぐってオークション。奴隷紋を使ったと言ったせいで、王族は買えると勘違いしたようだ。それに、わしと玉藻が引っ張り合いしているのも大きい。確実に利用できると……


 だから売り物じゃないと言っておろう? 金貨千枚!? 東の国に……だから売らんと言ってるじゃろ!!


 少し金の力に揺らぎかけたわしは、もう夜なんだからさっさと寝ろと言って、服部を連れて食堂を出る。オクタゴンも出てしまうと、新しく作ったオープンカーに二人で乗ってドライブ。

 助手席でモゾモゾしている服部には動くなと命令し、徳川陣営に到着すると、かっこよくオープンカーから飛び降りる。服部のマネのほうが決まっていたが……



「こ、これはシラタマ王……こんな時間に、何かご用でしょうか?」


 毎日わしが関ヶ原に出場しているので、さすがに門番タヌキにも顔が通っているようだ。ただ、オープンカーは気になるようで、ガン見している。


「にゃんかわしのところに迷い人が現れてだにゃ。服部半荘と言うらしいんにゃ。東に家があると聞いたから連れて来たんにゃけど、将軍かご老公に聞いて来てくんにゃい?」

「服部……」

「そうそう。にゃんか玉藻が欲しがってたから、徳川の知らない人にゃら引き渡すとも言ってにゃ」

「は……はい!」


 服部と言えば、忍者の中でも有名なので、門番でも姓ぐらいは知っていたようだ。なので、慌てて院内に消えて行き、ほどなくして、わしは五重塔へと案内され、家康と秀忠と面会する。


「服部と名乗る賊が入ったらしいな。こちらで処分するから、引き取ろう」


 秀忠は、開口一番、わしの後ろに静かに座る服部を要求して来たので、わしはとぼけてみる。


「にゃ? 将軍の知らない人にゃんだ。じゃあ、わざわざ連れて来ずに、玉藻にあげたらよかったにゃ~」

「いやいや、天皇家の手をわずらわせる事もないだろう。うちで預かろう」

「いやいや、それこそただの迷い人にゃんかで、将軍の手を煩わせるのは迷惑にゃろ~?」

「「いやいや……」」


 猫とタヌキの化かし合い。わしと秀忠は、適当な事を言って服部を取り合っていたが、黙って聞いていた家康が動く。


「秀忠……もうよい」

「し、しかし!」

「シラタマ王は、とっくに気付いておる」

「……はい」

「シラタマ王……此度の件、誠に申し訳なかった」


 家康が土下座すると、秀忠は驚きの表情を見せる。


「わしは命を狙われたのに、頭を下げただけで許されると思っているにゃ?」

「わかっておる。金を払わせてもらおう。それで、今回の件は水に流してくれ」

「金にゃ~……ちなみに、半荘はこのあとどうなるにゃ?」

「もちろん、命で償わせる。わしの意図を間違って受け取り、行動にまで移してしまったのじゃからな」

忖度そんたくってヤツにゃ……」


 また忖度……そして部下を切り捨てるか。城主といいご老公といい、日本ってのは、近代も中世も変わらんのう。


「金はいらないにゃ。その代わりに、半荘を貰うにゃ」

「なんじゃと?」

「半荘! お前は誰の指示で、わしを眠らせようとしていたにゃ!!」

「はっ! 秀忠様で御座います。秀忠様は、家康様の指示と仰っていました」

「「なっ……」」


 まさか服部が、徳川ツートップの前で洗いざらい喋ると思っていなかった二人は、驚きのあまり固まった。


「半荘はこう言ってるにゃ」

「な、何か悪い薬でも使ったのか??」

「いんにゃ。わしの国では、呪術で人を操る事が出来てにゃ~。真実にゃんて、拷問しにゃくても聞き出せるにゃ」

「し、使用者が嘘を言わせてる何て事は……」

「おお~。将軍は賢いにゃ~。わしには思いもよらにゃかったにゃ。帰ったら、その点を官権に指摘しにゃいとにゃ~」

「で、では……」

「そっちが認めないにゃら、わしはどっちでもいいにゃ」

「秀忠。儂らの負けじゃ」


 秀忠は、まだ認めようとはしないが、家康が止めた。


「要求はなんじゃ? 玉藻に関ヶ原で手を抜けとでも言われたか? こうなっては、どんな要求も受け入れよう」


 家康が諦めたように語るので、わしは笑顔を見せる。


「いんにゃ。ここに来たのは、わしの独断にゃ」

「独断とは?」

「半荘に指示した者と、帰した場合の処置を聞きに来ただけにゃ。半荘を殺すと聞いたからには、やっぱりここに置いておけないにゃ~。だから、親兄弟、親戚縁者が居るにゃら、全てよこせにゃ」

「……要求はそれだけか?」

「ああ。……にゃ! そうにゃ。狙うにゃら、わしだけを狙えにゃ」

「なんじゃと……」

「わしが邪魔なんにゃろ? 眠らせるだけにゃんて生温いにゃ。殺す気で来てもかまわないにゃ。でも、もしも他の者に危害が及ぶのにゃらば、徳川を潰すにゃ」


 わしの脅しに、家康は笑う。


「わははは。我が徳川を潰すか。お主のような者に潰せるのか。わはははは」

「わしと玉藻が手を組めば簡単にゃ~」

「わはは……は?」

「玉藻は親友にゃから、きっと手を貸してくれるにゃ~」


 まぁ玉藻の力を借りなくとも、わし一人でどうとでもなるがな。ここは、玉藻の名前を出したほうが現実味が帯びたじゃろう。


「さてと……それで、半荘の縁者は居るのかにゃ?」

「……居ない。孤児から忍びになった独り身じゃ」

「そうにゃんだ。半荘、それは事実にゃ?」

「はっ! 妻もめとらず、修行に明け暮れておりました」

「嘘はないみたいだにゃ。じゃあ、言いたい事も言ったし、わし達は引き上げるにゃ。残りの関ヶ原も、一緒に盛り上げようにゃ~」

「「………」」


 わし達が立ち上がっても家康と秀忠は言葉を発さず、止めにも来ないので、そのまま外に出て、オープンカーに揺られてオクタゴンに帰るのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 残された家康と秀忠は言うと……


「わははは。ここまで虚仮こけにされたのは、何百年ぶりじゃろうか。わはははは」

「は、ははは……はは……つっ」


 家康は大笑い。秀忠も家康が笑っているので、申し訳なさそうに笑うのだが、その瞬間、湯飲みが顔に直撃した。


「何を笑っておる!!」

「も、申し訳ありません!!」


 どうやら家康は、シラタマにしてやられてはらわたが煮え繰り返り、怒りを通り越して笑っていたようだ。


「あやつ……自分を殺せと言っていたな……」

「しかし、表立って殺してしまうと、あの玉藻が……」

「正々堂々、殺してやればいいだけじゃ。儂も出るぞ!」

「は、はは~」


 こうして徳川陣営は、家康出陣の前祝いを行い、シラタマ殺害をたくらむのであった。

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