014 縄張り争い、決着にゃ~


「にゃ~~~ご~~~!!!」

「ワォーーーンーーー!!!」


 おっかさんとボス狼の咆哮ほうこうによって、空気がビリビリと振動する。ここに居る全員が、二匹の戦いを見守る。


 う~ん。さっきの次期ボス狼の合図は、団体戦終了って事か? 野生のルールはわからん。何が起こるかわからないし、用心しておくか。お、始まった。


 おっかさんは【風の刃】を飛ばす。するとボス狼は【風の刃】で相殺する。走りながら飛びながら、二匹の獣の【風の刃】の攻防は続く。


 序盤戦。様子見ってところかのう。ボス狼も【風の刃】が得意なのか。おっかさんとタメを張るとは、なかなかやりおる。

 しかし、土煙が酷いのう。目がしょぼしょぼするわい。


 わしが薄目で見ていると、ボス狼の戦法が変わった。


 おっかさんの真下から尖った土が盛り上がる。ボス狼の土魔法だ。おっかさんは飛び上がって避けるが、ボス狼は着地先に土魔法で追撃をかける。それでもおっかさんは冷静にギリギリでかわし【風の刃】で反撃する。


 おお! 土魔法も使えるのか。それでもおっかさんの反射のほうが速い。いや、ボス狼は、違う事を狙っておるな。おっかさんを囲むつもりじゃ。


「モフモフ~。おかあさん囲まれちゃうよ」

「ほんとだ!」


 女猫。意外とさといな。男猫は気付いてなかったのに……


「心配しなくても大丈夫だよ」

「ほんと~?」

「おっかさんの顔を見てみな」

「笑ってる~」


 わしにはおっかさんは、わざとボス狼の誘いに乗っているように見える。そして、悪い顔で笑っておる。違う意味で、すっごく心配じゃ。



 わし達が話をしていると、ついにボス狼の囲いが完成した。


「ワハハハ。周りを見てみろ!」

「囲まれているわね」

「そうじゃ! もう、ちょこまかと逃げられんぞ!!」


 ボス狼はおっかさんを囲むと勝ち誇ったように笑っているが、わしは残念な目でそのやり取りを見ていた。


 あいつはアホじゃのう。こりゃ、おっかさんの敵じゃない。わしといい勝負ぐらいか? 魔法だけならわしで、体術はボス狼ってとこじゃろう。

 ん? おっかさんがわしに目配せをしておる。何かやりそうじゃが、嫌な予感しかせん。


「みんなこっちに来て」

「どうしたの~?」

「どうした?」

「おっかさんが何かやりそうだ」


 わしは女猫と男猫を呼び寄せると、土魔法で強度を上げて高さが2メートルはある四角い【土壁】を作った。


「おっきいカクカク~」

「対応出来ると思うけど、もしもの時は隠れて」

「どこか行くのか?」

「ちょっと野暮用だ」

「わかった。気を付けろよ」


 男猫が珍しくわしを気に掛けておる。ちょっと気持ち悪いんですけど~。イタタ。心を読まれて噛まれてしまった。どうしてわかった! っと、遊んでる場合じゃないな。おっかさんに魔力が集まっておる。


 わしは狼達に気付かれないように走る。が……


 ダメじゃ! 間に合わん!


 わしはトップギアに切り替えて、一気に狼達の目の前に現れる。そして、狼達をおっかさんの攻撃から守る為に、さっき作った【土壁】を、今度は横に広げて作り出す。作り終わると、わしは次期ボス狼に向かって叫ぶ。


「死にたくなければこの岩の陰に隠れろ! 急げ!!」


 わしの必死の説得(脅し)に納得したのか、次期ボス狼は周りの狼に合図を送る。その直後、狼達が避難したと同時に、おっかさんの魔法が炸裂する。


 キィーーーーン!


 甲高い斬撃音と共に、暴風が吹き荒れた。


 あ~。耳に来た。おっかさんは何をしたんじゃ?


 わしは長方形の土の塊から顔を出して、周りを見渡す。


 惨劇です。いや、斬撃です。思わず敬語になってしまいます。

 おっかさん中心に、半径20メートルにある木々が薙ぎ倒されています。岩もバッサリです。狼達も震えています。


 うわ~……わしの作り出した土の塊も半分いっとる。2メートルはあるんじゃぞ。あんなに硬くしたのに……兄弟達も土の塊から顔を出して青ざめておるな。わかるよ。その気持ち、よ~く、わかる。

 ボス狼は飛んでかわしたようじゃな。下手へたに魔法で防御なんかしておったら真っ二つじゃったろう。獣の本能が働いたのかな? じゃが、あまりの威力にフリーズしておる。



 わしが惨劇を確認していると、後ろから声を掛けられる。


「助かった。感謝する」


 うお! ビックリした~。お前も喋れるんかい! 体もビクッとしたけど、見られたか?


「何故、助けた?」

「さあ? わしはおっかさんの指示に従っただけじゃ」


 周りを見渡した時に、おっかさんにニッコリと微笑まれた(怖かった)。きっと狼を守った事は、正解じゃったのだろう。


「そうか。それでも感謝する」


 堅いのう。次期ボス狼のほうが、ボス狼よりボスっぽい気がする。不気味だと思ってごめん。

 ひょっとしたら、こいつがボスならこんな無謀な縄張り争いなんて起きなかったかもしれん。まぁ数であれだけ上回れば、やりたくもなるか。なんせこっちは猫四匹じゃもんな。


「ほんじゃ、わしは戻るわ」


 次期ボス狼から離れ、わしは駆け足で兄弟達の元へ戻った。


「ただいま~」

「おかえり~」

「なんであんな奴ら助けたんだ?」

「さあな~。おっかさんが守れって言ってる気がしたからかな? 兄弟は、なんでかわかるか?」

「俺にもわからん。だが、お母さんの指示なら正しいことだろう」


 男猫も堅くなったな~。まぁ次期リーダーじゃし、これぐらいのほうがちょうどいいか。

 え? わし? わしは自由気ままな猫又じゃからいいんじゃ。お、ボス狼が復活した。



「なかなかやりおるわい。これを喰らえ!」


 ボス狼は、おっかさんの前の土を尖らせて攻撃する。おっかさんは【風の刃】で、尖った土を真っ二つにする。その勢いは衰えず、ボス狼を襲う。

 しかし、すんでのところで避けられた。


 それ、【鎌鼬】じゃね? おっかさんも、なんでわしの【鎌鼬】を使っておるんじゃ? さっきの惨劇も【鎌鼬】を織りまぜて、全体に放出したのか。おっかさんの魔力量、恐るべし。しかし、無茶しよるわい。


「そろそろ終わりにしない?」


 降伏勧告じゃな。あれだけの力の差があるのに、逃がしてやるとはお優しい。狼達を守るように指示をしたのも、おっかさんの優しさなんじゃろうな。

 それとも、充分な量の獲物が捕れたからか? 元人間のわしには野生の常識がわからん。


「まだじゃ! 魔法での勝負では敵わんが、まだわしには牙がある!!」


 馬鹿じゃのう。いま引いておれば、命は助かるのに。


「そうこなくっちゃ」


 おっかさんは笑って応えとるが、顔が怖いぞ? 薄々感じておったが、おっかさんは戦闘狂じゃな。強い敵相手だと、やり過ぎな感は否めないが……


 話を終えた二匹の獣は、力を比べるようにぶつかり合う。おっかさんよりボス狼のほうが倍以上大きいはずなのに、小さいおっかさんが押している。

 押し合いに、業を煮やしたボス狼は距離を取る。そして突進しながら爪を振るう。おっかさんは素早く避けて横に回り、爪で斬り付ける。

 ボス狼は傷を負って顔をしかめるが、おっかさんに喰らいつこうとする。それさえもおっかさんはかわし、カウンターのネコパンチで、ボス狼の顔を殴り付けた。


 すっげ~! 体の小さいわしからしたら、怪獣大戦じゃ。しかし、おっかさんは強いのう。自分より倍以上あるのに、どうして力負けしないのじゃ?

 その上、スピードも凌駕しておる。孫が見ておったら「これ無理ゲーやん」って駄々をこねるぞ。


 ボス狼はまだ無駄とわかる攻撃をして、反撃を受けておる。なんで勝てないとわかっておるのに、特攻を繰り返す? 無謀にも程がある。

 我が国も先の戦争で特攻を繰り返しておったが、あれは祖国の為ではなく、祖国に住む親、兄弟、愛すべき人々の為にやっておったのじゃ。戦後、その話を友人から聞いた時には涙した。

 ボス狼の引けぬ理由とはなんじゃ? 子供達、仲間達なら、わしが救った。それ以上に大事な物とはなんじゃ? わしにはわからん。わしにはわからん……


 力の差は歴然。それでもボス狼は諦めない。血を流し、うめき声をあげながら、おっかさんに向かって行く。



 長い戦いの末、決着の時が来る。



 おっかさんの繰り出した爪が、ボス狼の喉に食い込み、引き裂いた。血を撒き散らすボス狼は倒れ伏し、その命が尽きようとしている。


「白いの。最後まで手を抜かずに戦ってくれてありがとうな」

「いいえ。これだけ長く全力を出せて、私も楽しかったわ。ありがとう」


 二匹の獣は、互いを称え合う。それからボス狼は最後の力を振り絞り立ち上がって叫ぶ。


「お前達は逃げろ! そして生きろ! これが最後のわしからの命令じゃ!!」


 狼達は散り散りに逃げ出す。次期ボス狼は一礼をして、最後に走って行った。


「終わったわね」


 おっかさんは、立ったまま息絶えたボス狼を寂しそうな目で見つめて、小さく呟く。


「馬鹿ねぇ。本当に馬鹿ねぇ」


 その言葉の本当の意味は、おっかさんにしかわからないのだろう……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る