152 見えない敵にゃ~


 大きなヘビを倒し、お昼休憩の終わったわし達は、新たな獲物を求めて歩き出す。おやつをかじりながら……


「二人とも食べるにゃら、座って食べればよかったにゃ~」


 食後のデザートを拒否されたわしの文句に、リータはメイバイを見る。


「だって……ねえ?」

「やっぱり食べたくなったニャー」


 さっきまでの緊張感が無くなっておる……わしのせいか? いや、わしのせいではないはずじゃ。


「シラタマさんのせいですからね!」

「そうニャー!」


 また心を読まれた。こんなに心が読めるなら、一緒にお風呂やベッドを共にしないで欲しいんじゃが……


「さあ、集中しましょう!」

「気合いニャー!」


 スルー? さっきまで的確に心を読んでいたじゃろ? ここでスルーするの?


「次の獣は、どんな獣でしょうね?」

「さっきも大きな角付きのヘビが出たから、黒もいそうニャー」


 あ、やっぱりスルーなんじゃ。これは読まれないって事なのか? 試しに……二人とも、愛してるよ~。なんつって……


 わしが二人を見ると、リータとメイバイはもじもじしだした。


「やだ……シラタマさんったら……」

「私も愛してるニャー!」

「にゃんでにゃ~~~!!」

「「あ……」」


 やはり心が読まれておる! ここは謎解きしておかないと、これからの生活に支障をきたす!!


「顔に出てるにゃ?」

「いえ……」

「心が読めるにゃ?」

「読めないニャー」

「じゃあ、にゃんでにゃ~!」

「急ぎましょう」

「にゃあにゃあ?」

「獣はどこかニャー?」

「にゃあにゃあ?」

「「うるさい!」」

「にゃ……」


 その後、二人は探索に集中し、わしが口を挟めない雰囲気を作り出す。なのでわしは、いじけて小石を蹴りながら二人のあとに続くのであった。



 しばらく無言で進み、森が開けた岩場で、わしの狙っていた獲物が近くなる。


 あれ? もう見えてもいいんじゃけど、どこにいるんじゃ? 探知魔法の反響だと、あそこなんじゃが、リータとメイバイも見えてない? あ……形から察するに、アイツか。


「二人とも、ストップにゃ。身を低くして森から出るにゃ」

「はい……でも、どうしたのですか?」

「あそこを見てくれにゃ」


 わしは獲物がいる場所を指差すが、二人は不思議そうな顔をする。


「何もいないニャー」

「いや。いるにゃ」

「え? 何も見えません」

「二人は擬態って言葉を知っているかにゃ?」

「いえ。知りません」

「知らないニャ」

「生物の中には、景色に紛れる生物がいるにゃ。石に見せたり、枝に見せたり、葉っぱに見せたりするにゃ。それを擬態と言うにゃ」


 わしの親切な説明に、二人は首を傾げてしまった。


「そんなのいるニャ?」

「どうしてそんな事を知っているのですか?」

「前世の記憶にゃ。あそこにいるのは、おそらくカメレオンと言って、トカゲに似ている生物にゃ。擬態とはちょっと違うんにゃけど、肌の色を岩の色に変えているにゃ」


 二人はわしの転生を知っているので、ようやく納得のいった顔になった。


「前世の記憶……シラタマさんは、そのカメレオンが見えているのですか?」

「いや、見えてないにゃ。わしは探知魔法が使えるからわかっているだけにゃ」

「探知魔法って、なんニャ?」

「簡単に言うと、遠くにある物が、手に取るようにわかる魔法にゃ」

「あ! だからシラタマさんは、すぐに獲物を見つけるのですね」

「便利ニャー」


 獲物がいる事を二人が完全に信用してくれたところで、次の話に移る。


「リータ。獲物を見付けたけど、どうするにゃ?」

「大きさはどうですか?」

「およそ10メートル超えってところにゃ」

「そんなに大きいニャ……」

「色は……わからないんですよね。角や尻尾はどうですか?」

「尻尾は一本だけど、角は二本付いてるにゃ。わしの感だと強さ的に、おそらく黒にゃ」

「シラタマ殿は、強さもわかるんだニャー」

「大まかだけどにゃ」


 質問が終わったリータは難しい顔になり、考え込んでしまった。わしとメイバイは邪魔にならないように、黙ってリータの決断を待つ。


「黒……角二本……見えない敵……。私では対応できない。シラタマさん。すみませんが、リーダーを変わってください」

「謝る事じゃないにゃ。それが正しい判断にゃ」

「対応できないのに、正しいのですか?」

「そうにゃ。対応できない事を認めるのが難しい事なんにゃ。できないのに無理をすると、最悪、パーティが全滅するにゃ。そうにゃらないように逃げるのも、リーダーの資質のひとつにゃ」

「そうなんですか……」

「いま、リータは褒められているニャ。よかったニャー」

「メイバイさん……はい!」


 メイバイのおかげで、少し気落ちしていたリータも持ち直したか。メイバイはムードメーカーじゃな。いいパーティじゃ。


「それじゃあ、わしが指揮を取るにゃ。でも、後方支援に徹するから、二人とも頑張ってくれにゃ~」

「「はい(ニャ)!」」

「作戦会議にゃ~」


 と、言ったものの、わしもカメレオンの生態は詳しく無いので、舌が伸びる事を伝え、様子見で防御重視に徹する事を伝える。



「それじゃあ、魔法で牽制してみるにゃ。【風玉】にゃ!」


 わしは探知魔法を小まめに飛ばしながら【風玉】も飛ばす。するとリータとメイバイにも、何か居る事が見て取れたようだ。


「あ!」

「一瞬、景色が歪んだニャ」

「避けられたにゃ。リータ、にゃんか来るにゃ! 盾を構えて力を抜くにゃ!」

「はい!」


 わしの指示が飛び、リータが力強く盾を構えたその瞬間、衝撃音があがる。


「クッ……何か当たりました!」


 舌まで見えないのか。ここまでの透明度は魔法かな?


「え? 引っ張られています!」

「メイバイ! 前に出て盾の延長線状にナイフを振るうにゃ。適当でいいから当たるまで振るにゃ!」

「わかったニャ!」


 盾を引っ張られて耐えているリータの後ろからメイバイが飛び出て、ナイフを振るう。素早く何度も振るい、手応えを感じたようだ。


「当たったみたいニャ。でも、斬れた感じがしないニャー」


 おそらく、舌の粘液で張り付けて、引っ張っているのじゃろう。舌の弾力とその粘液が斬りづらくしておるのか……


「メイバイ。【風の刃】にゃ。リータから離れるまで何発も撃つにゃ」

「はいニャー!」

「おっと。【土壁】にゃ!」

「これもニャー!」


 メイバイが魔道具の【風の刃】を舌に向けて放っていると、もう一本の舌らしき物が飛んで来た。わしはそれを、【土壁】で防御する。

 メイバイは【風の刃】ではらちがあかないと感じたのか、ナイフに魔力を流して切っ先を伸ばし、斬り付ける。するとリータは、後ろに倒れそうになったが、わしが支えて事なきを得る。


「離れました!」

「ちょっと斬れたニャー」

「よし! リータ。盾を土魔法でコーティングするにゃ」

「なるほど……引っ張られたら解除するのですね!」

「そうにゃ。わしが少し見えやすくするにゃ。それと、舌は二本あるから気を付けるにゃ。前進にゃ~」

「「にゃ~!」」


 相変わらずの気の抜ける返事を受けて、リータを先頭にじりじりと進む。その前進をしながら、わしは【土玉】をカメレオンに放ち、方向をリータ達に知らせる。

 リータは盾にまとった土を、衝撃が起きる度に脱ぎ捨て、新しい土を覆い被せる。


 そうして幾度かの衝撃を乗り越え、ついにメイバイの射程範囲に入る。


土埃つちぼこりのおかげで、よく見えるニャー!」

「尻尾にも気を付けるにゃ~」

「わたしも攻撃に回ります!」

「わしが防御に専念するけど、リータも気を付けるにゃ~」

「「はい(ニャー)」」


 近付きさえすれば長い舌は役に立たず、大きな図体のトカゲだ。土埃のおかげで姿も見える。あとはどう料理するかだ。

 わしはカメレオンの正面に立ち、目線をリータ達にやれないように【土玉】を何発も放ち続ける。するとカメレオンは【土玉】を喰らわないように、舌で迎撃する。その結果、さらに土埃が舞い上がり、常にカメレオンの姿が見える展開となる。


 カメレオンの右に回ったメイバイは脚を斬り裂き、健を絶ち斬って動きを止める。

 左に回ったリータも同じく脚に拳を振るい、骨を砕いていく。


 数分後、全ての脚の機能を失ったカメレオンは地に腹を着け、黒い体が現れる。そこをリータの強引なアッパーカットで引っくり返され、メイバイが飛び乗り、何度も喉元を斬り裂く。


 そして、わしは……頭を抱える。


 マジか……リータが、あの巨体をひっくり返したぞ。メイバイも凄い速度のナイフ捌きで、カメレオンを掘ってるし……

 二人に【肉体強化】の宝石を渡したのは失敗だったかもしれん。簡単なレベルアップ方法になってしまった。これでは、いつかわしは埋められる!


 わしが顔を青くして二人を見ている間も攻撃が続き、カメレオンの命が尽きたと気付いた二人は、喋りながらわしの元へと近付く。


「終ったニャー」

「お疲れ様です。やっぱり、メイバイさんのナイフ捌きは速いし、凄いですね」

「リータのパンチも凄かったニャー。あんなの引っくり返せないニャー」

「シラタマさん?」

「どうしたニャー?」


 わしの元へ戻って来た二人は、わしの顔色の変化に気付いたようだ。


「いや……お疲れ様ですにゃ」

「「なんで敬語(ニャ?)なんですか?」」


 リータとメイバイは、同時に首をかしげた。


「お願いですから、普段は強化魔法を使わにゃいでくださいにゃ」

「なんのことですか?」

「わからないニャー」

「二人にポコポコされると埋まってしまうにゃ~。ポコポコもやめてくれにゃ~」

「そんな事……しませんよ」

「うん……しないニャー」


 今度は、二人して目を逸らしやがった。


「その間はなんにゃ~! わしの目を見るにゃ~!」

「シラタマさん。収納してください」

「私はお風呂に入りたいニャー」

「にゃあにゃあ~?」

「「うるさい(ニャ)!」」

「にゃ……」


 うるさいと言われてへこむわし。そんなわしを撫でる二人。文句を言いたかったが、またうるさいと怒られそうなので、黙ってカメレオンを収納する。

 返り血を浴びたメイバイだけ軽くシャワーを浴びさせ、わしとリータは見張りにあたる。砂でザラザラだが、危険な森では仕方がない。

 その後、大物を仕留めた事もあり、狩りは十分な成果となったので終了。二人を抱えてキョリスに挨拶をして、森の我が家に戻ってお風呂に入る。


「シラタマさん。まだジャリジャリしてます」

「なかなか取れないニャー」

「あ、こうするにゃ」


 お風呂に入るといつものように二人でわしを洗うが、砂まみれになったせいで、毛の中に砂が入り込んでしまった。そこをわしは土魔法を操作して、体についた砂を落とす。


「あ……」

「その手があったニャー」

「私もお願いします」

「私もニャー」


 リータとメイバイの髪の毛に付いた砂も魔法で除去し、綺麗に洗ってから湯船に入る。


「今日はどうだったにゃ?」

「勉強になりました」

「楽しかったニャー」

「それはよかったにゃ」

「でも、キョリスは怖かったです」

「ハハリスも大きかったニャー」

「キョリスとも、戦いたかったにゃ?」


 二人の感想を聞き、質問をしてみたら、二人とも首をブンブンと横に振った。


「む、無理です! 正真正銘の化け物ですよ」

「シラタマ殿は戦った事があるニャ?」

「何度も殺されかけたにゃ」

「はぁ……よく生きていられましたね」

「なんでそこまでして戦ったニャ?」

「兄弟達を取り戻す為に、強くならなきゃダメだったにゃ。国を相手にするつもりだったから、キョリスに練習相手になってもらったにゃ。怖いけど、話せばわかる奴にゃ」

「国を相手にって……シラタマさんが強いわけがわかりました」


 わしの答えを聞いて、リータは納得のいった顔になるが、メイバイは難しい顔をする。


「シラタマ殿がいれば、国を滅ぼせるニャ?」

「……メイバイは滅ぼして欲しい国があるにゃ?」

「いや、そんなわけでは……ないニャ……」


 ありそうじゃな……。まぁ故郷の事じゃろう。


「力を貸して欲しいにゃら、いつでも言うにゃ。滅ぼすまではやらないけど、出来るだけ、メイバイの力になるにゃ」

「シラタマ殿……」

「さあ、王都に帰るにゃ~」

「「はい(ニャ)」」



 お風呂から上がると王都に転移し、ハンターギルドで今日の狩りの成果を報告する。大きな黒いカメレオンは新種だったらしく、高く買い取ってもらえた。

 大きな蛇も、なかなかの値段が付き、わし達は、ホクホク顔で家路に着いたのであった。

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