389 お座敷遊びにゃ~


 わしがキツネ達と共に大笑いしていると、リータ達にうるさいと言われ、しゅんとして今後の話に移る。

 やはり知りたい情報は、日本がどうなったか。玉藻に聞きたかったが忘れていたので、厳昭みねあきに聞いてみた。


「歴史の本ですか……」

「読んでみたいんにゃけど、用意できないかにゃ?」

「異国の王様なのに、文字が読めるのですね……」


 おっと、さすがに怪しまれるか。


「わしは博学だからにゃ~」

「まぁ私どもの言葉を流暢りゅうちょうに話すシラタマ王ならば、不思議はないですね。ひとまず、懇意にしている貸し本屋を呼んでみましょう」

「にゃんか流行ってる本や、絵が多い本もお願いにゃ~」

「はい! それで、今日はこれからのご予定は、何かありますでしょうか?」

「街をブラブラするぐらいかにゃ~?」

「でしたら、我らとお食事でもいかがでしょう?」

「代金は……」

「もちろん私が持ちます! この京ならではの、遊びをお教えしましょう!!」

「おお! 太っ腹にゃ~」


 遊びに出掛ける前に、毛皮の見積書を見て金額を確認し、いま支払えるだけのお金を受け取る。着物の代金を差っ引いても半分以上支払いが残っているので、ホワイトタイガーの毛皮は、思っていた以上に高価だったようだ。

 とりあえずお互い納得のいくあきないとなったので、笑顔で雑談していると、外に人力車がズラ~っと並び、わし達はそれに分かれて乗り込む。ちなみにコリスは大きいので、わしを抱いて乗っている。

 引き手は、健脚な人間。雑談をしながら見える物も説明してもらい、人力車の事も聞いてみた。


 商売人はキツネが多いのに、人間は体で稼いでいるのかと聞くと、京が特別なだけで、全国的には珍しいようだ。

 それに商売として、人力車はかなり儲かるらしい。乗車料とは別に、太っ腹なキツネからおひねりが貰えるので、やめられないんだとか。

 他所から来る客も、観光ガイドとして使ってくれるので、引く手あまたでウハウハ。ただ、タヌキはケチが多いらしく、あまり乗せたくないようだ。



 そうこう話をしていたら、目的のお店、この京で一番の料亭へと到着した。中へ入ると女将らしきキツネに連れられ、二階へと案内される。

 その途中、厳昭がよけいな事を言って来た。


「綺麗どころも、多数用意しておりますよ~」

「………」


 ピキッ!


 リータとメイバイから殺気が放たれるので、やめて欲しい。わしはお座敷遊びが出来ると喜びたかったが、無言を貫くしかなかった。


 後ろから刺すような視線を感じながら進み、お座敷の引き戸を開かれると、それはもう、この世のモノとは思えないような、綺麗な毛並みが揃っていた……


 キツネの美的感覚! わしの期待を返せ! キツネが化粧して着物を着ているだけじゃろうが!!

 あ……でも、リータとメイバイの目がハートになって、手をわきゅわきゅしてる。モフモフパラダイスだからか? たしかに揺れる尻尾にはグッと来るものはある……のか? いや、わからん。

 わしはべっぴんさんがよかったんじゃ~!!



 わしの心の声は誰にも届かず、宴が始まった。



「ささ、ぐいっとやっておくれやす」

「にゃ……ああ。うまいにゃ……」


 わしの隣に座る、京で一番美人の舞子と説明を受けたキツネ太夫だゆうがお酌をし、わしは酒をくいっと飲み干すが、遠い目をして、目の前のキツネ舞子達の踊りを見るしか出来ない。


「ええ飲みっぷりどすが、お元気がおまへんね」


 そりゃな~……人間のべっぴんさんを期待しておったのに、獣だらけのお座敷って、どうなの? リータ達は……尻尾に包まれて幸せそうじゃな。キツネ店主達も鼻を伸ばしてるっぽいし、これがべっぴんさんなのか……


「お姉さんは、いつもその姿で仕事してるにゃ?」

「場合によってどすな。人族のお偉いはんには、人化で対応しております……あ、もしかして、そちらの姿のほうがよかったどすか?」


 チラッ……リータ達は尻尾に夢中じゃな。


「そっちも見せてくれにゃ」

「あい。わかりました」


 そう言ってキツネ太夫は衝立ついたての裏へ回り、ボフンっと音がしたと思ったら、それはそれはとても綺麗な、白塗りのキツネ耳の女性が現れた。


 その立ち振舞いも美しく、立てば芍薬しゃくやく、歩けば百合と進み、わしの隣に座って牡丹ぼたんの花となった。


 リータ達も尻尾から手を離していたから、美しさに驚いているようだ。ちなみにキツネ店主達は、何故かガッカリしていた。


「どうかなさりましたか?」

「あ、ああ。さっきも綺麗にゃったけど、また違う美しさに驚いたにゃ」

「あらやだ。お侍様は口がお上手どすな。でも、こちらが好みなら、そう言ってくださいまし」

「にゃはは。バレちゃったにゃ~」

「ささ、ぐいっともう一杯」

「うんにゃ! うまいにゃ~!!」


 そうしてキツネ太夫の尻尾に巻かれてグビグビ酒をあおっていたら、リータとメイバイが割り込んで来て、キツネの姿に戻らされてしまった。


 キツネ姿の舞子はよくて、キツネ耳姿はダメとは不条理だ。……今度、オッサンを誘って来ようかな?


「「あ゛??」」

「いま、何か言った?」

「そんな事をしたら、わかってるニャ?」


 迂闊うかつな事を考えてしまい、リータからも敬語が消えてしまった。なので、怒りを逸らす為、ゲームを始めるように催促する。

 まずは見本としてキツネ店主にやらせながら、キツネ太夫に説明を求め、やりたそうなコリスを一番手に送り出してみた。


 アレが「コンコン」か……「とらとら」じゃないんじゃな。たしかわしが元の世界で遊んだ時は、ミンの物語が日本に伝わって出来たと聞いたか。明が出来る前に黒い森に呑み込まれたから、キツネなのかな?

 じゃが、ルールは近いな。キツネには猟師が勝って、猟師には女性が勝って、女性にはキツネが勝つ。じゃんけんみたいじゃ。

 まぁ見た目は遠いけどな。キツネ舞妓は、全ての登場キャラに変身して衝立から出て来ておる。コリスも対抗して、巨大リスやさっちゃん2にならなくていいのに……


 三味線の音と「コンコ~ン、コ~ンコン♪」と歌う舞妓やリータ達の声を聞きながらわしは酒を飲み、笑い声をあげる。

 だが、コリスが負けて「ムキー」っとなったので、宥めながら下がらせ、リータ達にも遊んでもらう。

 わしもやりたがったが、皆の笑う姿を見るだけでお腹いっぱいだ。それにキツネ舞妓に近付いて、鼻を伸ばしては怒られる可能性もあるので、引くのが身の為だろう。


 そうして次の遊びが始まり、わしは残念に見つめる。


 「金毘羅こんぴら船々」は、そのままなんじゃな。じゃが、ルールが悪い。リータ達の圧勝じゃわい。全員、反射神経がよすぎるから、おちょこの取り合いは、後出しじゃんけんにしか見えん。

 ここは、次の遊びを催促するかのう。


 その後も、お座敷遊びは手を変え品を変えと続き、笑い声の響く中、お開きとなった。



 わし達はキツネ舞妓達に見送られ、人力車に乗り込む。その時、キツネ太夫に「また来てくれ」と耳打ちされた姿をリータ達に見られたので、曖昧な返事をしておいた。


 それから厳昭の店に戻ると貸本屋が来ていたので、手持ちの本を全て見せてもらい、何冊か借りる。

 歴史関係はこれから集めると言っていたので、出来るだけ読みやすい本や、他に読みたい本の要望、滞在している宿に届けるように頼んでおいた。

 これでここでの用事は済んだので、おいとましようとしたら、厳昭とキツネ店主にわしだけ呼び止められた。


「こんな時間ですし、もう一軒いかがですか?」

「夜は夜の楽しみ、夜の店に繰り出しましょう! 夜の花、花魁おいらんも京の見所でっせ~」


 お、花魁! ……見たいのは山々なんじぁがな~。


 わしが後ろを振り返ると、笑顔のリータとメイバイが、怒りのオーラをまとっていた。


「花魁ってなんですか~?」

「夜の花って美しそうニャー」


 口調は柔らかいが、これ、絶対怒っておるな。


「わしは女房一筋にゃから、そういう店には行かないにゃ。次からは、誘わないでくれにゃ。にゃ?」

「「ははは、はい!」」


 わしが丁重に断ると、厳昭とキツネ店主は怯えながら返事をする。よっぽどリータとメイバイが怖かったのだろう。

 とりあえず、わしの命の危機は乗り越えたので、待たしていた人力車に乗って池田屋に向かった。


 池田屋に着いて料金を払おうとしたら、もう厳昭から受け取っているとのこと。だが、ここで引くとケチと言われそうなので、「女房にうまい物を食わせてやれ」と押し付けて、池田屋に入った。


 すると、パタパタと走って来たキツネ少女が大声をあげる。


「お、お侍様!! 大丈夫だったのですか!?」


 どうやら、わし達が見廻り組に連れて行かれた事を心配してくれていたようだ。


「ああ。誤解は解けたから大丈夫にゃ。心配してくれて、ありがとにゃ~」

「よかったです~。それで、こちらに来られたと言う事は……」

「もうしばらく厄介になるにゃ。部屋に案内してくれにゃ」

「は、はい!」


 嬉しそうに尻尾をフリフリするキツネ少女に連れられて、一昨日と同じ部屋に泊まると、キツネ女将も心配してわし達の元へ挨拶に来た。

 なので、あのあとの話をしながらお酌をしてもらい、夜が更けると、ひと仕事してから眠りに就くのであった。





「たたた、大変です!!」


 わし達が朝食を食べていたら、慌てたキツネ少女が乱暴に戸襖ふすまを開けた。


「にゃにを焦っているんにゃ?」

「こここ、今度は天皇家の方が会いに来てますよ!」


 天皇家? なんじゃろう? その前に、キツネ少女の慌てようがデジャブじゃ。いや、その時より焦っておるな。


「にゃんて言ってたにゃ?」

「なんでそんなに冷静なんですか~」

「にゃんでと言われても……一昨日、厄介になったからにゃ」

「えっ……あの天皇家ですよ!? 神様みたいなモノですよ!?」

「その天皇家を待たせていいにゃ?」

「あ……」


 ようやく用件を喋り出したキツネ少女の処置は、リータ達に頼み、わしはトコトコト玄関に向かう。


「お、ようやく来たのう」


 そこには、九尾のキツネ耳ロリ巨乳、玉藻が腰を下ろしていた。


「おはようにゃ~。こんにゃ早くにどうしたにゃ?」

「早い? もう十時じゃぞ。動くには遅い時間じゃ」

「あ~……京に来て慌ただしかったから、今日はゆっくりしてたんにゃ」

「そうじゃったのか。平賀家に早く会いたそうにしていたから迎えに来たけど、また後日にするか?」

「にゃ! 会うにゃ! すぐに準備して来るにゃ~!!」


 階段を素早く駆け上がり、部屋に戻ったら、キツネ少女がリータ達に尻尾を撫でられて悲しそうな顔をしていたので救出してあげた。皆は食事は終わっていたので、キツネ少女に着付けを手伝ってもらい、急いで準備する。

 その間、わしは朝食の残りを掻き込み、迅速に着流しに着替えて準備完了。リータ達の服装は、今日は豪華な着物は時間が掛かるので、厳昭の店で買っておいた町娘風。コリスは大きな浴衣だ。



 そうしてダッシュで宿を出ると、大きな牛車の前に立っていた公家装束の男に促され、中に入って空いてる席に座る。するとすぐに牛車は動き出した。

 その車内では、隣に座る玉藻がわしをガン見しているので、準備が遅かった事を怒っているのかと思い、謝罪する。


「待たせてすまなかったにゃ」

「よい。それより、その着物はなんじゃ?」

「にゃ! 町娘の着物は、平賀家に行くには不向きだったかにゃ?」

「そっちは問題ない。そちの着物じゃ! なんじゃこの肌触りは!!」


 あ……そう言えば、この着流しで外を歩くのは初めてじゃったな。でも、リータ達が睨んでいるから、頬擦りはやめて欲しい。


「わしの普段着にゃ」

「普段着!? ……陛下とわらわに譲ってもらう事は出来ないか?」

「気に入ったんにゃ。そうだにゃ~……わしの国で生地を作っているから、そっちを売ろうかにゃ?」

「おお! それは助かる」

「ただ、扱いの難しい糸を使っているから染色に時間が掛かるにゃ。どんにゃ色がいいにゃ?」

「陛下は……」



 玉藻と商談していても牛車は進み、商談がまとまった少しあとに、平賀家に到着した。


「にゃ~~~。立派にゃ門構えだにゃ~」

「こっちじゃ」


 牛車から降り、わしが感嘆の声を出していると玉藻は勝手口に向かう。わし達もそれに続き、そこに立つタヌキ耳の男と玉藻が、二言、三言、話すと、中に通される。

 門を潜るとわし達は玉藻のあとを追い、キョロキョロしながら歩く。


 う~ん……門は立派だったんじゃけど、中はボロボロじゃな。若干、焦げ臭いし、屋敷も所々すすけておる。

 広さ的に金持ちなんじゃろうけど、違和感が酷いな。玉藻は変人と言っていたし、人と柄のせいじゃろうか?


 ドッカーーーン!


 わし達が屋敷を見回しながら歩いていると、突如、大きな爆発音が響き渡るのであった。

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