036 女王の試験を受けるにゃ~


 ふぁ~。眠い。王都に来てから、確実に睡眠時間が減っておる。昼は語学の勉強、夜は見張り。出来る猫又は辛いのう。


 昨夜は女王の所で寝たが、二人に挟まれ、朝までモフモフモフモフうるさくて寝れんかった。さっちゃんの部屋から連れて来た、兄弟達が寝てるソファーに逃げたかったが、がっしりホールドされてしまった。

 女王の所なら刺客も来ないだろうし、よく眠れると思ったのは間違いじゃったな。


 今日の予定は午前は勉強、昼過ぎに女王の試験じゃ。今日の朝は勉強をサボって……ん、んん! 休んで少し寝るとするか。たまにはエリザベスに見張ってもらおう。


「嫌よ」


 予想通りの即断即決、ありがとうございま~す。じゃない!


「頼むよ~。少しだけ! 朝だけじゃ。朝は誰も来ないじゃろ? 朝だけ寝かしてくれ~」

「嫌よ」

「そこをなんとか! ほら? 寝不足でわしの毛並みもいたんできておる」

「変わらずモフモフよ」


 くそ! 折れない。嫌じゃが、もう最終手段を出すしかない。苦渋の決断じゃ。


「夕飯の一品と交換でどうじゃ!」

「う~ん。もう一声ね」

「ぐぬぬぬ……昼の一品も付けよう……」

「オッケー! 商談成立ね」


 あ~。わしの楽しみが~……こうなったら、ふて寝じゃ! しかし、エリザベスは商談成立なんて言葉、どこで覚えたんじゃ? まぁよい。今は寝る事じゃ。



 わしは騎士の交代を確認してから寝ようとするが、さっちゃんに勉強しないのかと問い詰められ、また睡眠時間を削られた。そしてお昼に起こしてもらい、一品足りない食事を悲しく頂いて、騎士の室内訓練場に向かう。


 むう……食べ足りない。あとで次元倉庫からおやつ(肉)を出して食べるか? でも味がなぁ。ここのコックの料理は王族御用達じゃから素人料理じゃ物足りないんじゃよな。

 さっちゃんに頼み込んで、夕飯の量を増やしてもらおう。これは最重要事項じゃ。忘れんように心にメモしておこう。



 ソフィとドロテに連れられ、どうでもいい事を考えながらトコトコ歩いていると、さっちゃん、わし達兄弟は訓練場に辿り着く。

 訓練場のドア前には騎士が二人立ち、わし達を訓練場の中に入れ、再びドアの前の持ち場に戻る。中に入ると、すでに女王が待っていた。


「お母様、遅くなりました」

「よい。早く来過ぎただけだ」


 わしをチラチラ見てるから、察するに「シラタマに会いたくて早く来過ぎた」ってとこか。モテる猫又は辛いのう。


「あまり時間も無いから早く始めよう。ソフィ、シラタマ。準備せよ」

「おそれながら女王陛下。私の手合わせの相手と言うのは、シラタマ様ですか?」

「そうだ。シラタマ、早く変身せい」


 相手が誰もおらんと思っておったが、ソフィが相手じゃったか……女性はやりづらいんじゃが、わしの実力を見せないと外に出る許可は下りんし、仕方ないのう。



 わしは次元倉庫を開き、着流しを取り出して変身する。


「な……」

「ナニ~! 変身シタ!!」


 ドロテには前もって変身すると伝えておったが、セリフが棒読みじゃわい。バレませんように。あら? さっちゃんにはバレておるな。軽く吹き出しおった。

 しかし、昨日ドロテが犯人の一人だと伝えたけど、いつもと変わらぬ態度じゃのう。さっちゃんは演技の才能があるのか。


「シラタマ様がぬいぐるみに変わった……」


 ソフィよ。ぬいぐるみではなく、人型じゃ! ぬいぐるみにしか見えないけど大事なことじゃぞ?


「驚くのはわかるにゃ。手合わせお願いするにゃ~」

「へ、陛下? ぬいぐるみが喋りました!」

「言いたい事はわかる。だが、そなたの相手だ。手を抜くでないぞ」

「わ、わかりました……」


 まだ動揺しておるのう。わしが逆の立場じゃったら……大笑いじゃ。ソフィは笑わないだけエライな。ホンマに。


「得物は何でするにゃ? わしは素手でも構わないんにゃが?」

「ドロテ。用意してやれ」



 ドロテは女王の指示に従い、一本の剣をわしに渡す。


 刃の無い剣か? 西洋風の両刃のソードってやつか……使ったこと無いけど、刀の方がかっこいいのう。

 あ、持てん……わしの小さな手では、この剣の柄は太過ぎて握れん。わしの刃引きの刀、使ってもいいかな?


「持てないにゃ。これを使ってもいいかにゃ?」


 わしは次元倉庫から父リスとの卒業試験で使った、三倍圧縮の刃引きの脇差しを取り出し、ソフィに手渡す。


「シラタマちゃんは収納魔法を簡単に使うのね。ドロテ、収納魔法は難しいんじゃなかったの?」

「そうですね。無詠唱でこのように使える者は少ないと思います」


 やっぱり収納魔法はレアな魔法なのかな? エレナも邪悪な笑みを浮かべて欲しがっていたしのう。収納魔法じゃないけど。


「重いが刃は無いですね。変わった形ですけど問題ありません。でも、この素材は……」

「どうしたにゃ?」

「いえ、なんでもありません」


 わしはソフィから刀を受け取ると軽く振る。


「わ~。シラタマちゃん、かわいい!」


 さっちゃんはどこを見ている? かっこいいの間違いじゃろう?


「シラタマ様、陛下の命令で手加減できません。怪我をなさっても知りませんよ?」

「大丈夫にゃ」

「シラタマは、イサベレやオンニより強いと言っている。本当か確かめたいから本気でやれ」

「はっ! 仰せのままに」


 ソフィは相変わらず堅いのう。女王の前だから仕方ないか。それより、人型での戦闘は久し振りじゃな。騎士の実力、拝ませてもらおう。



「始め!」


 ドロテの開始の合図で、ソフィはゆっくりと間合いを詰める。わしは動かず右手に持った刀をダラリと垂らし、様子を見る。


「構えないのですか?」

「これがわしの構えにゃ」


 この構えは武蔵っぽくてかっこいいと思ったが、ソフィには不評じゃったか。


「そうですか……では、行きます!」


 ソフィは一声掛けてから距離を潰し、両手に持った剣を上段から縦に振り落とす。


 盗賊より速いが……遅いのう。


 わしは剣を鼻先ギリギリで見切り、後方に半歩避けて、剣が通り過ぎるとすぐに元の位置に戻る。


「え……」

「シラタマちゃん……」

「斬った?」

「………」



 ソフィは剣を振り切った姿勢のまま、驚き、固まる。周りもわしの動きが速過ぎて、何が起こったのかわかっていない。


 ソフィさん、顔が近いです。真ん前じゃ。固まっている場合じゃないはずなんじゃが……ソフィも、女王や双子王女には負けるが、べっぴんさんじゃのう。いかんいかん。試験中じゃ。


「そんなに見詰められると照れるにゃ」


 ソフィはわしの一声で我に返り、後方に跳んで距離を取る。


「いまので本気なのかにゃ?」

「い、いまのはただの小手調べです。行きます!」



 ソフィは先程より少し速くなった剣を連続で振るう。わしは右に左に、紙一重で避けていく。ソフィの連続攻撃を全てかわすと、当たらない様に、軽く刀を振るう。すると、ソフィはわしの横斬りを大きく後方に跳んで回避する。

 攻撃が止まると、わしは刀を肩に乗せて、挑発するように言い放つ。


「それで終わりかにゃ? これじゃあ、わしの実力を見てもらえないにゃ」

「ま、まだまだ!」


 そう言うとソフィは何かを小さく呟き、さっきよりも速い速度でわしに斬り掛かる。


 【肉体強化】かな? 速いっちゃ速いが……こんなもんか。盗賊より強いけど、それでも六人分くらいかのう。おっかさんが相手だと、おっかさんが本気を出す前に終わる。

 女王は兵の上位者と言っておったが、イサベレとオンニと比べると、かなり劣るな。



 ソフィの攻撃を避けながら考え事をしていると、女王が話し掛けてくる。


「シラタマよ。避けるのが上手いのはわかったが、攻撃はしないのか?」

「あ、忘れてたにゃ」

「シラタマちゃん……真面目にやろうね」


 忘れてたと言うより、女性に危害を加えるのが嫌なだけなんじゃけどな。死んだ親父が「女に暴力を振るうな」と口をすっぱくして言われとったからな。いまも忘れず守っておる。

 あれ? じい様じゃったかのう? まぁいいや。当てずに勝敗が確実だと見せればいいんじゃろ。行くか。



 わしはソフィの目をジッと見詰める。そして、ソフィの瞬きに合わせて移動し、防具の無い首に突きを繰り出し、ギリギリでピタリと止める。すると、わしの動きに遅れてソフィの長い髪が揺れた。


 これでわしの勝利確定じゃろう。しかし、何故かドロテが決着を宣言してくれん。みんなも固まっておる……まだ全然力も出しておらんのじゃけど、まさかこれでやり過ぎか?

 そろそろ、みんなにも現実に返って来てもらおう。


「わしの勝ちでいいかにゃ?」

「え……いま、何が起きて……」

「シラタマちゃん。さっき、あっちに居たよね??」

「そうにゃが?」

「そのシラタマちゃんが、なんでソフィの目の前にいるの?」

「見えなかったのかにゃ?」

「どうやったの? 全然見えなかった~」

「普通に走ったにゃ」

「もう一回やって!」



 わしはさっちゃんの要望に応えて、さっきの速度で行ったり来たりしてあげる。皆、納得したのかしてないのか、ブツブツ言っている。


「で、わしの勝ちでいいかにゃ? これで外に出る許可はもらえるのかにゃ?」

「ソフィをこんなに簡単に倒す手腕は認めるが、サンドリーヌの命が懸かっている。もうひと押し欲しいな」

「じゃあ、どうするにゃ? この城を破壊するにゃ?」

「だから、お家壊さないでよ! ……シラタマちゃんはいつも城を壊すとか言うけど、どうやってやるの?」

「そうだにゃ~……わしが温めていたプランがあるにゃ」

「なになに?」

「まずは土魔法を使う方法にゃ。土魔法で地割れを起こして、城ごと土に埋めるにゃ」

「そんなこと出来るわけないよ~」

「出来るにゃ。あとは火魔法で、大きな火の玉を千発ほど撃ち込むのも派手で捨て難いにゃ」

「それこそ無理よ。火魔法は難しいからそんな数、城の魔法使い総出でやっても出来ないよ」

「シラタマ……本当に出来るのか?」

「疑うなら実演するにゃ。【火球】にゃ!」



 わしは女王の質問に答え、3メートルはある火の玉を作り出し、宙に浮かべる。すると【火球】の熱が訓練場に広がる。


「これの倍の大きさにゃら、千発作れるにゃ」


 吸収魔法で、次元倉庫に貯め込んだ魔力がすっ飛ぶからやらないけど。


「嘘……」

「あんなに大きな【ファイヤーボール】が一瞬で……」

「ありえない……」

「………」

「これでわかってもらえたかにゃ? 熱いからもう消すにゃ」



 わしは吸収魔法で魔力を吸い込み【火球】を消す。


「シラタマの実力はよくわかった。外出を許可する。ただし、ソフィとドロテを同行させるようにすること。……ちなみにだが、さっきのプランは使う予定だったのか?」

「兄弟達が死んでたらやったにゃ」

「そ、そうか……」


 なんかみんなの顔が青いんじゃが……またやらかした? あの顔は、孫とオンラインゲームをした時を思い出してしまう。

 あれは孫と一緒に遊びたくて頑張って強くなったのに、老後の有り余る時間のせいで強くなり過ぎた。そのせいでチートジジイと二つ名を付けられ、一緒に遊んでくれなくなった。悲しい思い出じゃ。ここは愛想を振り撒いておこう。


「わしは悪い猫じゃないにゃ~。怖く無いにゃ~」

「「「「……う、うん」」」」



 その微妙な顔は、やめてくれ~~~!

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