489 鉄之丈の涙


「はじめ!!」


 銀次郎との立ち合いの合図に、鉄之丈の声が響く。

 母親のあとから道場に入って来た兄弟達に目が行きそうになったが、見ている場合ではないので、わしは銀次郎と同じく竹刀を中段に構え、様子を見る。


 じい様は相変わらずじゃな。まったく隙がないし、睨みながら相手の動くのを待っておる。しかしいま思うと、殺気のようなものがビシビシ飛んで来ているから、それに反応して先に動かされておったんじゃな。

 宮本先生の殺気の剣には劣るが、こんな殺気を間隔を空けてぶつけられたら、体が動いてしまうわな。ナチュラルなフェイントになっておるもん。宮本先生から習っておらんかったら、絶対に飛び込んでおったわ。

 それを考えると、じい様はかなり強い剣士だったと言える。こんな逸材が片田舎に埋もれておったとは、玉藻に教えてやったら驚くじゃろうな。宮本先生には勝てないまでも、副将ぐらいは余裕じゃろう。


 さてと……どうやって闘ったものか……



 わしが殺気を受け流していると、銀次郎は摺り足で前に出るので、わしは同じだけ下がる。銀次郎が止まると、わしから前にジリジリ出てみるが、銀次郎は何かを警戒して同じだけ下がる。


「じいちゃん、何やってるんだよ~!」


 わし達のやり取りは鉄之丈には理解できないからか、不思議に思ってちゃちゃ入れているようだ。


 うむ……疲れるな。殺気を無視するのは、こんなに疲れるのか。かといって飛び込むと、じい様の思うつぼ。

 素早く動いて、一発で仕留めてやるか? それはそれで、じい様に勝った気がせんし……覚悟を決めて、こちらから攻めてやろう!


 わしは前進後退を繰り返し、前に出て、かつ、殺気の途切れた瞬間を狙って竹刀を振り上げる。しかし銀次郎はそれすら感じ取り、わしの竹刀を弾こうとした。


 狙い通り!


 銀次郎の狙いは、わしの竹刀を弾きながら竹刀を振るう銀次郎の必殺技。子供の頃に、何度も受けた打ち下ろし面だ。


 最初の一手を力業で弾き返したらわしの勝ち。勝ちなのだ!!


「面あり!」


 鉄之丈の判定、スレ違ったわしと銀次郎は、同時に片膝を突く。


「勝者! じいちゃんだ~~~!!」


 そして鉄之丈の勝ち名乗り。わしの敗北が決まってしまった……


「ふっ……ふざけるな!!」


 しかしその勝負を不服だと申し開くのは、勝者であるはずの銀次郎。まだ立ち上がれずにいるわしの肩口に、竹刀をビシッとかざす。


「お主……最後の最後で手を抜いたな!!」


 そう。銀次郎はわしの態度が気に食わないから怒っているのだ。


 わしは勝てる勝負を捨てた……いな

 手を抜いた……否!

 わざと負けた……否!!


 ただ、銀次郎の技に記憶がフラッシュバックし、力が入らなかっただけなのだ。



 わしはしばらく動けなかったが、なんとか気を持ち直し、ゆっくりと立ち上がって振り返る。


「にゃはは。素晴らしい技だったにゃ~」

「何を笑っておる……勝ちを譲られて、わしが喜ぶと思ったのか!!」

「別に譲ったわけじゃないにゃ。最初に言ったにゃろ? じい様の剣を盗む為には、喰らう必要があったんにゃ。真剣だったらバッサリいかれていたけど、いい時代になったにゃ~」


 怒る銀次郎を言いくるめようとするが、銀次郎には通じないようだ。


「フンッ! もう一本じゃ!!」

「わかったにゃ~」


 開始線についたわしは、鉄之丈の開始の合図で、竹刀をだらりと構える。


「ふざけよって……」


 わしの構えは祖父に教えられた構えではないので、さらに怒りが膨らんだようだ。この自然体は、宮本武志たけしもやっていたし、宮本武蔵もやっていたと知らない銀次郎では致し方ない事かもしれない。

 事実は、その二人の構えがかっこいいからやっているだけだから、怒られても仕方がないのだが……


 銀次郎はわしの挑発めいた構えを見て怒りを覚えたようだが、そこは百戦錬磨の武人。冷静に自分の間合いを維持しつつ、ジリジリとわしに迫る。

 なので、わしの横薙ぎ。その攻撃は銀次郎に侍の勘で捉えられ、わしが動き出す前に喉元に突きが飛んで来た。

 もちろんわしは、そんな不利になるような攻撃はしない。フェイントだ。


 横薙ぎの出だしを力業で止めて、突きを下から弾き上げる。


 そこに上段斬り……わしではなく、銀次郎がだ。


 わしが弾き上げると読んでいた銀次郎は、自分から引いて、竹刀と竹刀のぶつかった衝撃を弱めていた。その結果、上段から振りかぶるにはもっとも適した位置で竹刀は止まり、わしの頭目掛けて振り下ろされる。


 もちろんわしだって読み切っておる!


 銀次郎の振り上げた竹刀をビビビッと感じ取ったわしは、打ち下ろし面。銀次郎の振るった竹刀を弾きながら、わしの竹刀は銀次郎の頭部を打ち据えるのであった。



「「「「………」」」」


 無言……わしの勝利は確定なのだが、鉄之丈から勝ち名乗りは聞こえず、母親も兄弟達も口を押さえているだけ。銀次郎もまさかわしが自分の得意技を使って返して来るとは思っていなかったのか、膝を突いて動けなくなっていた。


 やった……初めてじい様から一本取った……


 その沈黙の中、わしは感動に打ち震えていた。


 どんなに卑怯な手を使っても一本取れなかったじい様から、一本取った……しかも、正々堂々、チートな力を一切使わずじゃ……文句なしのわしの勝利じゃ!!


「わははは。してやられたわい」


 わしがグッと肉球を握り込んでいたら、静寂を打ち消すように銀次郎は大きな声で笑いながら立ち上がる。


「しかし、まだ力を隠しておるじゃろう?」

「……わかっていたにゃ?」

「儂が何度死線を越えて来たと思っておるんじゃ。儂の見立てでは、半分も力を出していないと見受ける。それなのに、わざと負けられたら立つ瀬がないってもんじゃ」


 あら? わしの力はバレバレじゃったのか。本当は十分の一も出してないけどな。そりゃ、そんな奴に負けを譲られたら怒りたくもなるか。

 でも、剣の腕だけで言ったら互角……じい様が、やや上だったじゃろう。


「まぁここには剣を習いに来たからにゃ。素晴らしい腕前だったにゃ~」

「ぬかせ、このタヌキ」

「猫って言ってるにゃろ~」

「わはは。そうじゃったな」


 わし達がにこやかに笑っている横では、母親の安堵した表情。それと……


「うそだ! じいちゃんが負けるわけがない!!」


 いつの間にか道場の神棚の下に移動し、飾ってあった真剣を抜いて構える鉄之丈。


「鉄之丈! 何をしておるんじゃ!!」

「じいちゃんの仇を討つんだ~!!」

「儂は死んでおらんぞ!」


 うん。あのガキは何しておるんじゃ? わし役なら、もっと知的な奴を用意してくれよ。それに、わしはじい様が負けたぐらいで、取り乱したり仇を取ろうなんて思わん。ざまぁみろと思うぐらいじゃ。……たぶん。


 わしが成り行きを見ていると、銀次郎は怒りをあらわに鉄之丈に近付こうとする。


「仕置きが必要のようじゃな……」


 アカン! じい様のドメスティックバイオレンスが始まる。百叩きか? 逆さ釣りか? わし役の子供が酷い目にあってしまう~~~!!


「じ、じいちゃんの仇を討つんだから許して~~~!」


 鉄之丈、戦意喪失。銀次郎の般若のような顔を見て、さっきまでの威勢がどこかに吹っ飛び、刀を握ったままプルプルと震える。そこに銀次郎の魔の手が……


「て~つ~の~じょ~~……ぐわっ!」


 迫ったが、わしは素早く襟首を掴んでポイッと投げてやった。


「な、何をした??」


 あまりに速すぎて、わしの意思を掴み損ねた銀次郎は驚いている。しかし、わしはそれに返答せずに、袖に開いた次元倉庫から【黒猫刀】を出して握る。


「わしに刀を向けたんにゃ。それ相応の覚悟を持っての行いなんにゃろ?」


 震える鉄之丈に、わしは切っ先を向けるが、返事はない。その代わり、後ろに投げ飛ばした銀次郎が返す。


「待ってくれ! 子供のやった事じゃ。許してやってくれ!!」

「わしと鉄之丈の問題にゃ! 黙ってろにゃ!!」


 わしは振り向いて銀次郎を怒鳴り付けると、ウインクをして合図を出す。両目を閉じてしまったから、伝わっているかどうかはわかりかねる。


「さあ……お前がじい様の仇を討つんにゃろ? 掛かって来いにゃ~!!」

「うっ……うわ~~~!」


 緊張していた鉄之丈は、わしの怒鳴り声が合図となって、刀を振り上げる。


 ギンッ!


 そこに目にも留まらぬわしの斬撃。鉄之丈が振り上げた刀を、わしは【黒猫刀】で切断したのであった。



「じ、じいちゃんの大事にしていた刀が……うぅぅ。わ~~~ん」


 中ほどから先の無くなった刀を見た鉄之丈は、緊張の糸が切れて泣き崩れる。


「いいにゃ? その刀は、じい様の魂にゃ。その魂を、お前は勝手に使って、勝手に折ったんにゃ。いわば、お前がじい様を殺したんにゃ」

「うぅぅ……うわ~~~ん!」

「泣くにゃ! 泣くくらいにゃら剣を振れにゃ! お前がじい様に詫びる方法は、強くなるしかないにゃ! わかったにゃ!!」


 泣きじゃくる鉄之丈は、わしに怒鳴られて、腕で目を擦る。


「うぅぅ……わかった。じいちゃんより強い剣士になって、必ずお前を倒してやる~~~!!」

「にゃはは。よく言ったにゃ。それまで、この刀をお前に預けるにゃ」


 立ち上がって叫ぶ鉄之丈の胸に、わしは【黒猫刀】をドンッとぶつける。


「おもっ……」


 鉄之丈は【黒猫刀】を握ると、前のめりになって切っ先を床につけてしまった。


「せめてその刀じゃないと、わしは斬れないにゃ。わしと立ち会うまでに、完璧に使いこなせるようになっておけにゃ」

「う……うん!」

「よし! 大きくにゃったらやり合おうにゃ~」


 わしがきびすを返すと、銀次郎が鉄之丈に駆け寄って抱き締める。

 その姿をわしは見る事もなく立ち去ろうと出口にトコトコと歩いていたら、銀次郎の声が聞こえて来た。


「鉄之丈……強くなったな」


 その言葉は、鉄之丈少年に向けられた言葉だとわかっているのだが、わしは今にも泣き出しそうになってしまった。


 だが、かっこをつけている最中だ。わしは涙をグッと我慢して、振り向きもせずに道場を出たのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 シラタマが道場から外に出た瞬間、鉄之丈は銀次郎に質問している姿があった。


「じいちゃん。いまの、ボクに言ったの? あの人に向けて言わなかった??」


 銀次郎は、シラタマの背中を見て「強くなったな」と呟いたので、鉄之丈は不思議に思っている。さらにはシラタマの姿はすでにないのに、ずっと出口を見ている銀次郎に、ますます不思議に思う鉄之丈。


「じいちゃん?」

「ん? あ、ああ……なんでじゃろ? どうもシラタマ殿の後ろ姿を見ていると、鉄之丈に見えてしまったんじゃ」

「変なの……」

「……もしかしたら、わしは鉄之丈が、シラタマ殿のような侍になる事を望んでいるのかもしれんな」

「え~! ボクはタヌキじゃないよ~」

「これ! 本人は猫だと言っておろう。それより、シラタマ殿の期待に応えるべく、これからビシバシしごいていくからな」

「え~~~!!」


 こうしてシラタマは若干ディスられながら、鉄之丈の武者修行は熾烈を極めるのであっ……


「なんじゃこの刀は!? ……儂も使っていいか?」

「ボクが貰ったんだよ~」


 【黒猫刀】を持った銀次郎は、自身も【黒猫刀】を振れるように、修行を始めるのであったとさ。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



「シラタマさん……」

「シラタマ殿……」

「モフモフ~……」

「………」


 わしが銀次郎の道場を出ると、そこには、リータ、メイバイ、コリス、オニヒメの姿があった。皆はわしの顔を見て、心配するように声を掛けてくれたが、わしは何も答えずに歩き続ける。

 そうしてわしが無言で歩き続けると、リータ達もわしの気持ちを汲んでか、何も喋らずに続く。


 それから河原まで歩いたわしは、膝を突いてようやく声を漏らす。


「うぅぅぅ……にゃ~~~! にゃ~~~! にゃ~~~!!」


 その声は言葉にならず、ただただ泣き叫ぶ。


 シラタマとしてではなく、鉄之丈に戻って泣き叫ぶ。


 泣き叫び続けるわしを見て、リータ達はどう声を掛けていいかわからずに、立ち尽くすしかなかった。



 正直、道場から出た瞬間、わしは泣き叫びたかった。

 じい様と立ち合えたこと、母親の顔を見たこと、幼き日の兄弟を見たこと、幼き日の自分の弱さを知ったこと……様々な感情が渦巻き、泣き叫びたかった。

 しかし、強い姿のまま立ち去りたかったわしは、道場の近くで泣き叫ぶわけにはいかず、グッと我慢した。

 リータ達の顔を見て口を開いてしまうと、ダムが決壊するかのように涙が溢れてしまいそうだったので、口を真一文字に結んで我慢して歩き続けのだ。



「にゃ~~~! にゃ~~~! にゃ~~~!!」


 泣き叫び、どれぐらい経ったであろう……


「ぐずっ……みっともない姿を見せてしまったにゃ」


 ようやく気持ちの落ち着いたわしは、立ち上がる。すると、全員でわしに抱きついて来た。


「うぅ……すみません。すみません……」

「勝手について来てゴメンニャー!」

「うぅぅ。モフモフいたそう……」

「ゴメン!」


 リータとメイバイは謝り、コリスとオニヒメはわしの泣いていた理由がいまいちわかっていないみたいだ。


「にゃんで謝ってるんにゃ~」

「だって……だって……うぅぅ」

「うぅぅ……ニャーーー!」

「「うわ~~~ん」」

「にゃんで泣いてるん…にゃ……にゃ~~~」


 皆が泣き出すので、せっかく泣きやんだわしも再び号泣。皆で気が済むまで泣き続けたのであった。



 皆の気持ちが落ち着き、コリスから順番に腹時計が鳴ると、ここでランチ。レジャーシートを広げて、川と山並みを見ながら和気あいあいと食べる。


「それで……あんにゃに一人にしてくれと言ったのに、にゃんでついて来てるんにゃ?」


 もちろんこの質問は避けられないので口に出してみたら、リータとメイバイの食べる手が止まった。


「そ、それは……」

「だってニャ……」

「あ! ここがシラタマさんの故郷だったのですか!?」

「そうニャ! 話を聞かせてニャー!!」


 モゴモゴ言うリータとメイバイは、明らかに話を逸らそうとするが、わしには通じない。


「いや、あれだけ言ったんにゃよ~? 一人にして欲しかったにゃ~」

「綺麗な山ですね~」

「川のせせらぎもいいニャー」

「モグモグゴロゴロ、モグモグゴロゴロ」


 いや、力業で黙らされてしまった。口におにぎりを詰められ、撫で回されたからには言葉など出て来ない。なので、念話でその件には触れないと言って、なんとか声が出せるようになった。


「そうだにゃ~……ここは、わしが子供の時に過ごした場所とそっくりで驚いたにゃ~」


 それから記憶を整理しつつ、わしの子供時代の話を聞かせ、質問に答えながら皆でゴロゴロと寝転び、のどかな時間が流れるのであった。

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