162 デート其の一にゃ~


 女王の我が儘、海への旅が終わったわしとリータとメイバイは、女王の誕生祭まで各々過ごす。

 リータとメイバイは基本的に週三日、わしと狩に行く以外は二人で狩に出掛ける事が多い。そのせいで、わしが暇になる事が多かったので、リータとメイバイには内緒で、デートをしていた。バレて怒られたけど……




  *   *   *   *   *   *   *   *   *


 デート ソフィの場合……



「こんにゃのでよかったにゃ?」

「はい。一度、ハンターのように狩りをしてみたかったのです」


 わしはソフィのお願いを聞いて、東の森に転移し、獲物を狩りに来た。


「どんにゃ獲物がいいにゃ?」

「黒い獲物だと、シラタマ様の力を頼らないといけないので、そこそこ強い獲物がいいですね」

「う~ん……じゃあ、つかまるにゃ~」

「はい!」


 わしはソフィをお姫様抱っこして森を走り、探知魔法を広範囲に飛ばす。十分ほど走り、やっと目ぼしい獲物を発見した。獲物は草を食べている最中なので、身を隠し、ソフィと相談する。


「あれでどうかにゃ?」

山羊やぎですか。大きさはおよそ3メートル。尻尾が二本……あれなら私一人でもいけそうです」

「頑張るにゃ~」

「はい!」


 わしはソフィと山羊との戦闘を見守る。


 ソフィは山羊と言ったけど、あれは山羊なんじゃろうか? 短い角じゃなく、角は後ろに向かって寝ておる。この世界の者が山羊と言うなら山羊か。

 お! ソフィが斬り付けた。だが、避けられたな。少し体が硬いか。緊張しておるのかな?

 今度は山羊の体当たり。うん。しっかり避けて攻撃を入れた。調子が出て来たみたいじゃ。これならわしが、手助けしなくてもよさそうじゃな。


 ソフィは、山羊の攻撃を避けてはカウンターで剣を振るう。幾度かの剣撃を受けた山羊は傷を負い、動きが鈍って来た。


「よし。トドメだ!」


 動きが鈍った山羊に、ソフィは大振りの剣を振るう。


 ヤバイ!


 瀕死に見えた山羊は、最後の力を振り絞り、ソフィに体当たりをする。ソフィは剣を大きく振りかぶったせいで、防御に間に合わない。

 わしは危険を感じ、咄嗟とっさにソフィと山羊の間に割って入り、山羊の突進を両手で受け止める。突然の山羊の反撃とわしの登場で、ソフィは固まる。


「ボサッとするにゃ! トドメにゃ!!」

「は、はい!」


 ソフィは山羊の横に回り、首に剣を力強く振り下ろす。山羊はその攻撃で沈黙するのであった。


「ハァハァ……」

「わかっていると思うけど、いまのは危なかったにゃ」

「……はい」

「ソフィは生き物の命を絶ったのは、今回が初めてかにゃ?」

「はい。初めてです」

「手負いの獣ほど危険なモノは無いにゃ。生にしがみつく生き物を相手にすると、何が起こるかわからないにゃ。これは人間にも当てはまるにゃ」

「たしかに……最後に気を抜くなんて、もっての他でした」

「それがわかれば、今回の狩りは成功にゃ」


 わしが説教の締めに成功と言う言葉を使うと、ソフィはキョトンとする。


「失敗しかかったのにですか?」

「失敗から学ぶ事のほうが多いにゃ」

「それはシラタマ様がいてくれたからです。本来ならば、よくて大怪我でした」


 ソフィは自分の失敗にへこんでいるな。元々、真面目な性格じゃもんな。慰めてあげたいが、どう声を掛けていいものか……


「さっきも言ったけど、途中まではよかったにゃ。最後まで気を抜かず、敵が倒れたあとも気を抜いちゃダメにゃ」

「倒れたあともですか?」

「そうにゃ。やられたフリをして、攻撃して来る者もいるにゃ。それに対応するには『残心』が大事にゃ」

「『残心』??」

「心が途切れない……相手が倒れても、戦いの心は持っていろって意味にゃ」

「なるほど……勉強になります。ありがとうございます」

「それじゃあ、手頃な獣が近くにいるし、もう一匹ぐらい狩るかにゃ?」

「はい! お願いします!」



 その後、わしに抱かれたソフィは獣と対峙し、難なく命を刈り取る。ソフィが満足したところで王都に帰ろうとしたが、大蚕おおかいこの糸をさっちゃんに取られたらしく、欲しいと言われたので、ソフィを大蚕の元へ連れて行く。

 そして、ソフィの狩った獣と交換で糸を入手し、森の我が家に戻る。どうやらソフィは汗を流して帰りたいようなので、お風呂を準備して、わしはその場を離れる……


 ガシッ!


 離れられなかった。仕方なく猫型に変身して一緒に入る。仕方なく……


「一緒にお風呂に入るなんて、サンドリーヌ様の事件のとき以来ですね」

「そうだにゃ。でも、溺れたりしにゃいから、抱かなくても大丈夫ゃ」

「大蚕って、あんなに気持ち悪い生き物だったのですね。囲まれて、寒気がしました」

「わしも、いまだに慣れないにゃ。離してくれにゃ」

「シラタマ様もでしたか。あれだけ従わせているのにですか?」

「気持ち悪いモノは気持ち悪いにゃ。そろそろ、離すにゃ?」

「いいお湯ですね~」

「無視するにゃ~!」


 結局、ソフィは最後までわしを離さずに、艶々つやつやした顔で帰って行った。家に帰ると、メイバイがわしをクンクンしていたが、お風呂のおかげでソフィの匂いが薄れていたみたいで、怒られる事は無かった。疑っていたけど……



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 デート? スティナの場合……



「シラタマちゃん! お酒~」

「飲み過ぎにゃ~」

「飲まなきゃ、やってられないのよ!」

「男にでもフラれたにゃ?」

「ああん!?」


 スティナは最近、毎日泊まりにやって来る。と言っても、勝手に酔い潰れて、居間で朝を迎えている。

 先ほど怒らせてしまったので、ウィスキーのお湯割りを作り、スティナに手渡す。


「ほい。お酒にゃ」

「これよ、これ~。あったまる~」

「毎日来て、仕事は忙しくないにゃ?」

「忙しいわよ!」

「声が大きいにゃ~。忙しいにゃら、家で休んだほうがいいにゃ」

「家に帰ったら一人で寂しいじゃな~い? それに、冷たい家に帰りたくないの~」

「急に甘えるにゃ~。怒るか甘えるかどっちかにするにゃ!」

「じゃあ、甘える! 男の温もり~」


 わしは抱きつこうとするスティナを押し返しながら文句を言うが、スティナの豊満な胸に挟まれてしまった。


「挟むにゃ~! 男でも猫の温もりにゃ~」

「このコタツ? いいわよね~。ほっこりするから離れられないわ~」

「話を聞くにゃ~」


 最近、めっきり冷えて来たから魔道具で猫の必需品、コタツを居間に作ってみた。リータとメイバイとゴロゴロしている時に、押し掛けたスティナが気に入り、家にいる間はコタツの虫となってしまった……


「ん、んん~。シラタマさん。踏んで差し上げます。むにゃむにゃ」

「メイバイちゃんなら、これも似合いそう。むにゃむにゃ」

「なんであたしまで……むにゃむにゃ」



 もちろんアダルトフォーのエンマ、フレヤ、ガウリカもコタツ虫だ。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 デート ドロテの場合……



「ねこさんだ~!」

「弟のチージです。今日はよろしくお願いします」

「わしはシラタマ……にゃ!? こら! 尻尾を握るにゃ~」

「チージ! やめなさい!」


 ドロテの実家に行き、さっそくチージにおもちゃにされる。ドロテのデートプランは、歳の離れた弟と遊んで欲しいとのこと。どこがデートかわからないが、チージに、わしに会いたいと何度も言われていたみたいだ。

 ドロテの家ではやる事も無いので、わしはピクニックを提案する。ドロテとチージに手を繋がれ、広場の露店で食材を買ってから、湖の街ベネエラに車で向かう。

 車に乗ったチージはすこぶる機嫌がいいので、スピードを出しまくってやった。逆にドロテは機嫌が悪そうだったが、何も言って来ないので触れなかった。


 丘を登り、車から降りたドロテは、風を感じながら懐かしそうな顔をする。


「さっきまで王都にいたのに、もうベネエラですか。しかも、ここはみんなで闘った丘ですか?」

「そうにゃ。見晴らしがいいから、ピクニックに持って来いにゃ」

「懐かしいですね……その節は、チージを助けていただき、ありがとうございました」

「何度も聞いたにゃ~」

「また言いたくなりました」


 わしとドロテが話をしていると、チージがドロテの服の袖を引っ張る。


「お姉ちゃん。お腹すいた~」

「もうそんな時間ね。すぐに作るから、シラタマ様と遊んでてね」

「うん! ねこさん遊ぼ~」



 ドロテがわしの次元倉庫から出したキッチンセットで料理をする間、わしはチージの相手をする。ブランコ、滑り台を作ってやったが、キャットランドで遊んだ事のあるチージには不評だった。

 仕方なく、風魔法で超高い高いをしてやる。チージの要望通り打ち上げていたら高くなり過ぎて、ついにドロテに怒られた。普段温厚なドロテの怒りは、わしとチージを恐怖におとしいれるには十分だった。


 怖かったが、気を取り直してチージとチャンバラごっこをする。次元倉庫に入っていた棒を木刀の形に削り、軽く見本を見せて、あとはわしに打ち込ませる。チージは楽しいのか、剣が好きなのか、一所懸命わしにぶつかってくる。


 チージの我武者羅な剣を受けていると、ドロテがわし達のそばにやって来た。


「出来ましたよ~」

「「は~い(にゃ)」」

「チージ。食べる前に、この濡らしたハンカチで手を拭くにゃ」

「うん!」


 わしはチージにハンカチを手渡し、額に浮かんだ汗を別のハンカチで拭いてあげる。するとドロテの笑い声が聞こえて来た。


「フフフ」

「にゃ?」

「シラタマ様は子供の扱いが上手いので、なんだかお父さんみたいです」


 猫がお父さん? どう見てもペットかぬいぐるみじゃけど……


「お姉ちゃん。食べていい~?」

「食事の挨拶してからね。それじゃあ……」

「「「いただきにゃす」」」


 え? なぜ揃う? ドロテの家でもわしの挨拶が定着しているのか?


「シラタマ様。どうしたのですか?」

「いや、にゃんでもないにゃ。これは、にゃんて料理にゃ?」

「それはジャガイモを……」


 ドロテの料理はこの国の家庭料理らしく、どれも素朴な味付けだが、温かくて美味しく感じる。そうして和気あいあいと食事を終えて、皆で湖を眺めていると、ドロテが質問して来る。


「チージの剣はどうでしたか?」

「見てたにゃ? まぁ始めたばかりだからにゃんとも言えないけど、剣は好きみたいだにゃ」

「……そうですか」

「教えてはダメだったにゃ?」

「いえ。私が危険な仕事をしているので、弟には違う仕事をしてもらいたいと思っていたのです」

「僕、騎士になる! 誰にも負けない騎士になって、お姉ちゃんを守るんだ!」

「チージ……」


 チージの決意は固そうじゃ。剣を教える時に聞いたが、誘拐されて、ドロテに迷惑を掛けた事を悔やんでいたから、強くなりたいんじゃな。


「ドロテは、これでも反対かにゃ?」

「はい。反対です!」

「「え~~~!」」


 いい話じゃのに……。絶対、首を縦に振ると思っておった。



 その後、チージに泣き付かれて、ドロテの説得に力を注ぐ。スリスリしながらメリットを解き、護身の為の剣の稽古は許された。ドロテが休みの日に見てくれるそうだ。

 ピクニックも終わり、ドロテ達を家に送り届けると大蚕の糸を欲しいと言われ、何に使うのかと聞いたら、以前渡した糸はさっちゃんに取られたのこと。ドロテもかと思ったが、かわいそうなので、ソフィと手に入れた糸を渡して帰路に就いた。


 この日もメイバイにクンクンと浮気チェックをされたが、チージの匂いのおかげで、浮気認定はされなかった。また疑っていたけど……



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 デート? 孤児院のババアの場合……



「ほれ! さっさと働け!」


 わしは暇だったので、孤児院の子供の様子を見に来たら、炊き出しの手伝いに駆り出された。


「にゃんでわしが……」

「出資者だろ? それぐらいして当然だよ!」


 出資者じゃけど、当然なのか? 元の世界でも、有名人が率先して炊き出しをやっていたか。わしもよく参加していたけど、ババアに言われてやるのがしゃくじゃ。やるなら自発的にやりたかった。


 わしはブーブー言いながら……。猫だから「にゃ~にゃ~」言いながらも、ババアの横でお手伝いをする。


「こっちは家庭の貧困者が多いんだにゃ」

「こっち?」

「こないだ、ハンターギルドの炊き出しを手伝ったにゃ」

「ああ。ギルドのほうは、稼げないハンター専用だよ。去年は出来なかったみたいだけど、今年は羽振りがいいからやれてるみたいだね」

「去年にゃ?」

「不作だったろ? その影響で獲物も少なかったみたいで、食えないハンターが多かったんだよ。こっちにも流れて来たけど、全然行き渡らなくて、死者も出たみたいだ」


 ふ~ん。わしが王都に来る前は、そんな出来事があったのか……


「今年は大丈夫そうかにゃ?」

「誰かさんのおかげで、大丈夫なんじゃないかい?」

「へ~。エライ人がいたもんだにゃ」

「はぁ……わかってないのかい? 猫の事だよ」

「わしにゃ? わしは特に、にゃにもしてないにゃ」

「去年と違って、市場に肉がよく出回っているのは、猫が多く狩って来てるって聞いているよ。それと、ハンターギルドが儲かっているのも猫のおかげだろ?」


 ギルドが儲かる? アレの事か……何度もわしを見世物にして、入場料を取っていたもんな。スティナの癖に、慈善事業の為に貯めておったのか。


「わしは仕事をしただけにゃ」

「それでも多くの人が救われている。子供達もだ……ありがとよ」

「ババアに礼を言われると、気持ち悪いにゃ~」

「ああん!? 人が礼を言ってやってるんだから素直に受け取れ! ああ……抱き締めてやったほうがよかったか?」

「にゃ~~~! 寄るにゃ! 触るにゃ! 近付くにゃ~~~!!」


 わしがババアの抱擁に恐怖して騒いでいると、その声を聞き付けたマルタが小走りでやって来た。


「猫ちゃん。大声出してどうしたの?」

「マルタ。助けてにゃ~。鬼ババアに殺されるにゃ~」

「あら。私に抱きつくなんて珍しい。よしよし」

「ゴロゴロ~」


 わしが助けを求めたマルタの胸に抱かれ、撫でられてゴロゴロ言っていると、ゴロゴロにまじって、ゴゴゴゴと聞こえて来る。


「誰が鬼ババアなんだい?」

「猫ちゃん! 猫ちゃん!!」

「にゃ? ゴロゴロ~」

「猫ちゃん、逃げて!」

「にゃ??」


 わしが振り向くと、両手に包丁を握りしめた鬼ババアが、ゴゴゴゴと音を立てていた。


「にゃ~~~!!」


 包丁を振り回して走る鬼ババアに恐怖し、わしはこの世界に生まれて初めて、本気の逃走を見せるのであった。


 その速度のせいで、キャットランドの遊具が一部壊れたので、夜中に直して家に帰ったら、リータとメイバイに怒られる事となってしまった。夜遊びして来たわけでもないのに……

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