539 英断にゃ~


 わし達は族長の屋敷に入ったのだが、応接室でメイバイとオニヒメが猫耳マントを脱いだら、ヴクヴカイがまた驚いてしまった。


「それで、ここはにゃにを主食にしてるにゃ?」

「普通に話を再開するな! まだ俺が驚いているだろう!!」


 わしは説明が面倒だったので先に進めようとしたが、ヴクヴカイに怒鳴られてしまった。


「別にどっちも普通の人間と変わらないにゃ~」

「いや、見た目が違うだろうが!」

「ちょっとだけにゃ~。わしとの子供が、だいたいメイバイみたいにゃ姿で生まれて来るだけにゃ~」

「人間と子を作るのも驚きだが……そっちのオーガは??」

「オニヒメは……わしの養子にゃ。てか、オーガにゃんて、にゃんで知ってるにゃ?」

「昔、帝国にもチェクチ族にも居たからだ」


 オニヒメの目の前で詳しく説明するのは気が引けたので、逆に質問してみたら、ヴクヴカイはオーガの話をしてくれた。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 その話は、およそ三百年前のお話。初めてチェクチ族が帝国の名を知った頃から始まった。その時は遠くの話で、たまにやって来る行商から聞く噂話だったらしい。


 帝国は恐ろしく強いオーガを数匹抱えており、近隣の部族を落としながら東に向かっていると……


 チェクチ族はそんなお伽噺のような生き物は存在しないとは思うも、他の部族が酷い目にあっていると聞いて対岸の火事だとは思えず、帝国の驚異におびえていた。


 そんなある日、チェクチ族の集落で角のある少女が発見された。その少女は、とある鉱夫の妻が産み落とした子供。

 その少女には角が生えていたので、夫婦がひた隠しにして育てていたが、夫婦が留守の時に酔った男が家に入って来て、驚いた少女は外に出てしまった。

 もちろんチェクチ族はどう扱っていいかもわからず、夫婦が生かして欲しいと懇願した事で、様子を見る事にした。


 そのオーガの少女の発見と時を同じくして、チェクチ族の集落に帝国の魔の手が迫る。


 帝国の使いと名乗る男と、オーガが一匹。これぐらいならチェクチ族の猛者で口を塞げば、帝国の脅威を取り除けるのではと思ったが、オーガの力を目の当たりにして、その希望は絶たれた。


 チェクチ族の猛者は、オーガに傷ひとつ付けられずに皆殺しにされてしまったのだ。


 あとは帝国に組み込まれ、搾取さくしゅされるだけ搾取され、死んだほうがいいと思うまでに追い込まれる……

 現に、オーガを従えた男は、チェクチ族に無理難題を突き付けた。だが、その時の族長は、妙案が浮かんだ。


 オーガの少女を差し出せば、お目こぼしをしてくれるのでは、と……


 そこで、夫婦から子供を奪い取って懇願したら、男は嬉々としてその願いを叶えたそうだ。これはその時の族長の予想だが、帝国はオーガを欲しており、食糧よりも貴重な戦力だったと結論付けた。


 少女のおかげで帝国は引き下がり、チェクチ族に平和が戻ったが、すぐに帝国は攻めて来る可能性もあったので壁を厚くし、いつでも戦える準備をしたまま、今日に至ったらしい……



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 話を聞き終えたわしは、黙り込んで考える。


 三百年前か……それから一度も帝国からの接触が無いとなると、その時代に完全に滅びたんじゃろう。

 理由は不明……野人は知能が低そうじゃったし、オーガも制御不能になって暴れたとかかな? それなら、東に向かって勢力を広げる必要はないか。

 そう言えば、東の国の歴史書では北に関する記述は無かったな。西の戦禍が南と北に飛び火して、南は戦争をやめたけど北は続けていて、東に向かっている途中で力尽きたとか?

 いや、一向に戦争をやめる素振りが無かったから、一気にスサノオの浄化装置が発動したのかも……


 その時の族長の決断は、英断じゃったのか……もしも、オーガの少女を差し出していなかったら、浄化に巻き込まれていたかもしれん。

 生け贄など、わしの心情的にはとても褒められる事ではないが、遠い過去の出来事じゃ。わしが非難する事でもないじゃろう。

 それに、そのおかげでオニヒメをそこまで怖がっておらんしな。帝国のオーガだけでは、絶対に戦いになっておったわ。


 それにしても、オーガか……。やはり、この世界では人間にも角が生えるんじゃな。強い動物にも生えているから当然じゃと思えるけど、条件がわからん。

 わしにも生えないかビクビクしてるから、その条件がわかれば安心できるんじゃけどな~……


 それよりもオニヒメじゃ。エルフの里は完璧に中華系の顔じゃったのに、オニヒメは西洋系にも見える。単純に肌も髪も白いから、そう見えていただけだと思っていたが、野人はロシアから流れて行ったのかも?

 それならば合点がいく点がある。あの、多数の角とちんこ……正確な年齢はわからないが、三百歳から四百歳。帝国滅亡と時は重なる。もしくは二世代目とか?


 これは、オニヒメの出生の謎に、少し近付いたのではなかろうか……



「シラタマさん。シラタマさんってば!」

「にゃ?」

「猫の国の写真出してニャー」

「他の国の写真もお願いします」

「う、うんにゃ……」


 どうやらわしが長く考え込んでいたので、リータとメイバイがわしの代わりにヴクヴカイと話をしていたようだ。その話の中で、国の写真を見せるとなって、催促していたみたいだ。

 なので、わしが数冊作っておいたアルバムをプレゼント。リータがヴクヴカイに説明している間に、メイバイに何を話していたか聞いておく。


 その内容は、だいたいが猫の国のことと、わしのこと。国の説明はいいとして、わしが王様だけどあまり働かないなんて言わなくてもよくない?


 ここであまり文句を言い過ぎるとメイバイの愚痴が増えそうなので、コリスに「おなかすかない?」と、話を振る。

 当然コリスは食べ物に目がないので、わしの頭をモグモグしだしたけど、いまはやめてくれ。ヴクヴカイにわしが食べられてると思われるじゃろ?


 とりあえず、話は食事しながらしようと言って昼食を待つが、並んだ食事は質素。地味。素材がそのまま。てか、腐ったような鳥が寝転んでてグロイ!

 コリスとオニヒメ以外、食が進んでいないが、せっかくの民族料理だ。わしはチビチビ摘まんで食べてみる。


「口に合わなかったか?」


 ぜんぜん食事の進まないわし達を見て、ヴクヴカイは問い掛ける。


「すまないにゃ~。国の料理に慣れてしまって、わし達は舌が肥えてるんにゃ」

「奮発したつもりだったのだが……」

「悪いけど、自分の物を食べさせてもらうにゃ。ヴ……族長も食べてくれにゃ~」

「これは!?」


 めくるめく、エミリが作りし西洋料理と和食を出してみたら、ヴクヴカイはがっつく。なかなかどうして気に入ってくれたようだ。念話でも名前の発音は出来そうにないけど……

 その間に、民族料理はコリスとオニヒメの腹と、次元倉庫に消えて行く。次元倉庫に入れた民族料理は、エミリと小説家へのお土産。わしが食べたくないというわけではなく、小説のネタ提供用に持ち帰るのだ!!

 いちおうコリスに星を聞いてみたら、「星みっちゅ!」だった……相変わらず採点が甘いのですね。でも、かわいい!!



 わし達も自前の料理でお腹を満たすと、腹がはち切れんばかりに苦しんでいるヴクヴカイに質問してみる。


「野菜がなかったけど、住人の健康面は大丈夫かにゃ?」

「ゲッフッ……おっと失礼。皆、健康だぞ。まぁ年寄りなんかは節々痛いとは言っているがな。しかし、野菜とはなんだ?」

「さっき食べた、草みたいにゃヤツにゃ」

「ああ。うちでもたまに食べるが、それよりうまかったな。それと健康が、どう関係しているのだ?」」


 脚気かっけの心配は無しか。そう言えば、イヌイットなんかは、ナマ肉から不足している栄養素を補うって聞いた事があるな。


「美味しそうにゃ野菜があったら譲ってもらおうと思ってたんにゃ」

「それなら、こちらのほうが譲って欲しいぐらいだ。香辛料だったか……手持ちは無いか?」

「お! 乗り気だにゃ? じゃあ、うちと交易しにゃい??」

「交易……遠い昔にしていた物のやり取りか……こんな寂れた集落に、欲しい物なんてあるのか?」

「えっと……黒鉄くろてつ白鉄しろてつだったかにゃ? うちでは貴重にゃ鉄だから、それで払ってくれたらいいにゃ~」

「お、おお! そんなのでいいのなら、いくらでも売るぞ!!」


 商談成立。これで猫の国に、魔鉱が多く流通するとわしは喜んでいたら、リータとメイバイがよけいな事を言い出した。


「でしたら、猫の国に入りません?」

「猫の国に入ったら、いい暮らしが出来るニャー」

「ちょ、二人は黙ってるにゃ~!」


 わしが二人を止めるが、残念ながら時すでに遅し。ヴクヴカイはテーブルを叩いて立ち上がった。


「やはり帝国の手下だったか! からめ手で、チェクチ族を滅ぼそうという魂胆だな!!」

「だから違うにゃ~~~!!」


 せっかく雰囲気がよくなったのに、リータ達のせいで悪くなってしまった。なので、ヴクヴカイの目の前で説教。パフォーマンスと受け取られてもかまわず、わしは二人を叱る。


「前にも言ったにゃろ? 王妃の軽はずみにゃ言動は他者を苦しめるにゃ」

「ですが……チェクチ族さんは帝国さんに怯えてるように見えて……」

「もしもの時は、私達が助けられると思ったニャ……」

「だからこんにゃ遠くの集落を国に入れてどうするにゃ~。誰が守るんにゃ~」

「三ツ鳥居を置けば、どんな敵が来ても助けられるじゃないですか~」

「そうニャー。数時間……長くて三日ぐらい持たしてくれたら、シラタマ殿でもエルフさんでも間に合うニャー」

「にゃんでそんにゃに具体的にゃ案を言うにゃ!?」


 リータとメイバイのナイスアイデアにわしはたじたじ。しかし、このままいくとヴクヴカイが乗り気になってしまう。わしに仕事を増やさない為に、断固として阻止しなくては!


「えっと……この二人の話は忘れてくれにゃ。わしは、チェクチ族と交易がしたいだけだからにゃ。ぜ~ったいに、猫の国に入れないからにゃ~?」


 何故か王様だけが大反対している状況に、ヴクヴカイは困惑してブツブツ言っている。


「帝国や獣から守ってもらえるなら……いやいや、そんな事を言って乗っ取られるかも……しかし、善意のようにも思える……」


 アカン! 二人の案に揺らいでる!!


「うちの国に入ったら、わしはチェクチ族を滅ぼ……モゴッ!」


 この際、嫌われてでも、チェクチ族の猫の国入りを阻止しようとしたら、リータに口を塞がれてしまった。


「猫の国に入ったら、いろんな食材が手に入りますよ!」

「食材だけでなく、すっごい技術も買えるニャー!」

「食材……技術……ゴクッ……」


 さらには追い討ち。武力に加え、その他のメリットまでリータとメイバイは説明するので、ヴクヴカイは猫の国入りに傾いているように見える。


「ムームー!!」


 わしはなんとか阻止しようと頑張るが、念話で喋っていた事をすっかり忘れて止められない。

 そんな中、ついにヴクヴカイは決断を下す。


「とても魅力的な提案だ……」

「ムー! ムー!!」


 ヴクヴカイの発した言葉に、リータとメイバイは勝ち誇ったような顔をし、わしは必死に止めようとする。


「断らせてもらう……」

「「なんでにゃ~~~!!」」

「よっにゃ~~~!!」


 わしの大勝利。二人が項垂うなだれる中、わしは大いに喜び、そのせいで二人に頬を伸ばされるのであったとさ。

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