348 プカプカにゃ~


 白い木の群生地に入りたそうにしていたリータとメイバイは、コリス警部に逮捕してもらい、二人のモフモフ嬉しそうな声をあとにして、わしは移動する。

 探知魔法では、湖のほとりに20メートル近くある生き物が寝そべっているので、そいつに向かって小走りに近付く。


 わしは猫。音を消して走るぐらい、なんて事はない。かと言って、人の姿に変身しているので慎重に進み、湖近くの木の陰に隠れる。


 おお! 真っ青で綺麗な湖じゃ~。こんな神秘的な景色は、死後の世界で見たとき以来じゃな。アレをカウントしていいかは微妙じゃけど……おっと。感動している場合じゃなかった。

 生き物は……よしよし。まだ気付いておらんな。それはそうと、あいつはなんじゃろう? カエル? トカゲ? 平べったいし、オオサンショウウオかも?

 それにしても圧迫感が少ないけど、寝ておるのか? そのままあの世に行ってもらうか? じゃが、日本では特別天然記念物だったし、気が引ける……


 尻尾は多数ありそうじゃけど、いまいちわからん。五本以上はありそうじゃから、相手にすると骨を折りそうじゃな。

 わしもこの一年でかなり強くなっているから大丈夫かな? 重力魔法も五百倍まで上げて、ホウジツと一緒にゴルフを楽しんだから強くならんわけがない!

 いや、この記憶じゃなかった。リータ達の訓練に付き合っていたから強くなったんじゃった。


 綺麗な湖じゃから皆にも見せてやりたいし、交渉できるなら、おとなしくしていてもらおうか。無理なら、力を見て、逃げるかどうか考えよう。



 方針が決まったわしは、音を立てずに湖を回り込んで、白オオサンショウウオに近付く。あまり近付き過ぎると、急に攻撃されたら対応が出来ない恐れがあるので、ほどほどの距離を残して、わざと枝を踏む。

 パキッと鳴る音に気付いた白オオサンショウウオは、わしの方向を見た。


 あれ? 一瞬わしを見て、また寝てしまった……。わしが攻撃しないとでも思っておるのか? それとも余裕だとナメられておるのか? それはちょっとショックじゃな。

 まぁ隠蔽魔法で強さを隠しているからわからんか。とりあえず、もう少し近付いてみよう。


 白オオサンショウウオは、ゆっくり近付くわしに気付いているはずなのに、まったく動こうとしない。


「なあ? ちょっといいか?」


 何度も枝を踏んでみても動かないので、念話を繋いで話し掛けてみた。すると、白オオサンショウウオは、やっと顔を上げて、眠そうな目を向ける。


「なに~??」

「縄張りに入っておるけど、わしを追い出さなくていいのか?」

「めんどう……」


 また寝ようとしやがるよ……。まだ話をしておるんじゃから寝るな!


「水に入ってもいいか?」

「う~ん……汚さないならいいよ~」


 尻尾が六本あって強いはずなんじゃが、思ったより軽い……


「騒がしくするかも知れんぞ?」

「だいじょうぶ~」

「そうか……じゃあ、遊ばせてもらうな」

「うん。おやすみ~」



 ひとまず許可はもらえたので、わしはリータ達を呼びに、待機している場所へと走る。そこでモフモフ幸せそうな声を出していた皆に事情を説明し、湖に戻る。


「「「うわ~~~」」」


 真っ青な湖を見たリータ達は感嘆の声をあげるが、その奥に寝そべる白オオサンショウウオに目を留めた。


「本当に寝てますね……」

「起きて襲って来ないニャー?」

「水を汚さなかったら怒らないようにゃ事は言ってたんだけどにゃ~。本心は、よくわからないにゃ」


 リータとメイバイと話し合っていると、コリスがわしに擦り寄る。


「モフモフ~。入っていい?」

「水の中で、絶対に粗相はするにゃよ?」

「わかった~」


 わしが許可を出すと、コリスは湖に飛び込んでプカプカ浮かぶ。リータ達も入りたそうにわしを見るので、バスと水着を取り出して、着替えてから湖に入る。

 わしはいちおう警戒して白オオサンショウウオを見ていたが、コリス達がバシャバシャと水を掛け合って笑っていても起きる気配が無いから、着流しを脱いで飛び込んだ。

 素っ裸だが、リータ達しか見ていないので何も問題ない。いや、ぬいぐるみにしか見えないので何も問題ない。


 そうして遊び疲れて、足だけ水に浸けて湖岸に座り、景色を楽しんでいると、湖が赤く変わって来た。


「ニャ! 水が真っ赤になったニャー!!」

「にゃはは。にゃにも驚かなくても大丈夫にゃ」

「シラタマさんは、どうなっているかわかっているのですか?」

「水が澄んでいるから、空の色が反射してるだけにゃ。さっきの湖も綺麗だったけど、これはこれでいいもんだにゃ~」


 わしが感慨深く湖を眺めていると、リータとメイバイも頷くが、残念そうな顔も見せる。


「世界には、こんなに綺麗な場所があるのに、なかなか来られないのですね」

「こないだの虹色の山も、もっと近くにあったら遊びに来れるのにニャー」

「まぁわしなら一瞬で来れるんだから、また見たくなったらいつでも来れるにゃ」

「そうですね。でも、兄弟達にも見せてあげたかったです」

「私も、お母さん達や猫耳族のみんなに見せたいニャー」

「さすがに人数が多いと無理だにゃ~。せめてカメラがあれば、多くの人に見せてあげられるのににゃ」

「「カメラ?」」


 二人の知らない単語だったので詳しく説明するが、いまいち伝わらないようだ。


「絵みたいなもんにゃ。こういった景色を、目で見たまま切り取る事が出来る装置が、カメラにゃ」

「ほへ~。この景色を切り取れるのですか」

「シラタマ殿なら作れないニャ? いっつも不思議な物を作ってたニャー?」

「仕組みはある程度はわかっているけど、専門外だから難しいにゃ~」

「あれだけ便利な物を作れるのに、難しいのですか……」

「お願いニャー?」

「う~ん……帰ってから考えてみるにゃ。それじゃあ、そろそろごはんにしようにゃ」


 カメラの製作は保留にして、夕食の準備に取り掛かる。準備が整うと手を合わせ、赤い湖を眺めながらぺちゃくちゃと食べ、お風呂を済ませると日記をつけて、バスにて就寝する。





 その深夜……


 ピチャリと水音が聞こえて来た。


 わしは白オオサンショウウオが動き出したと感じ、眠るリータとメイバイの間からい出てバスの外に出る。

 そこでは、白オオサンショウウオが嬉しそうに泳いでいる姿があった。


 ただの遊泳か……というか、湖の底を歩いているだけか。本当に何もして来ないんじゃな。

 オオサンショウウオと言えば、子供の国語の宿題に登場してたはずなんじゃが、どんな話じゃったかな? なんだか悲しそうな話だったと思うんじゃが……


 わしは湖岸に腰掛け、酒を飲みながら優雅に泳ぐ白オオサンショウウオを眺める。そうしていると、わしに気付いた白オオサンショウウオが寄って来て、念話を繋げた。


「そこで何してるの~?」

「気持ち良さそうに泳いでいるから、見ていただけじゃ。いい水溜まりじゃな」

「でしょ~? お気に入りなんだ~。でも、誰も近付かないんだよね~」

「それはお前を怖がっておるんじゃ」

「そうなの~?」

「お前は戦ったら強いじゃろ?」

「うん。いちおう……」

「だからじゃ。そんな奴が見張っているんだから、近付くわけがなかろう」

「ふ~ん。まぁ悪い奴は水溜まりを汚すから、近付かないほうがいっか」


 なんか表情が暗いけど、寂しいのか? こんなに深い森の奥に、一人で居たら気が滅入るのかな? わしも我が家に一人で取り残されたの時は、寂しい気持ちがあったから、多少は気持ちはわからんでもないか。


「じゃあ、わしと友達になるか?」

「友達~?」

「仲間みたいなもんじゃ」

「……それいいね! なる~」

「よし! 友達の証に乾杯しよう」


 わしは土魔法で大きなさかずきを作ると、そこに清酒をドボドボと注いで差し出す。そしてわしも小さな盃を用意して作法を教える。


「せ~の……」

「「かんぱ~い!」」


 初めての飲み物に、変な味と言ってぺろぺろしていた白オオサンショウウオは、わしが美味しそうに飲むので、一気に飲み干した。わしも一気に飲み干し、また盃を満たせば、お互いの事を話しながら夜が更けて行く。


 久し振りに他の生き物と話が出来た白オオサンショウウオは、プカプカ笑って幸せそうだった……





 翌朝……


 寝るのが遅かったわしは、リータに叩き起こされた。本当に叩き起こされた。

 そして朝食と準備を済ませると、皆で白オオサンショウウオの元へ向かい、別れの挨拶をする。


「お~い? 起きろ~」

「う、う~ん……」


 白オオサンショウウオも寝るのが遅かったらしく、おネムのようだ。


「わし達は、行くからな?」

「あ……もう行っちゃうんだ……」

「忙しいからのう。そうそう、この子達も友達になりたいってさ」

「いいの!?」


 わしがリータ達の紹介をすると、白オオサンショウウオは嬉しそうな表情に変わった。リータ達も笑顔で顔を撫で、親睦を深めているけど、コリスは頭に乗ったらダメって言っておろう?

 それでも怒らないとは、白オオサンショウウオは穏やかな生き物のようだ。て言うか、寝てね?


 それからリータ達が親睦を深める為に名を贈ると言い出したので、わしも協議に参加して案を出す。


 シロやミケは猫みたいじゃから却下じゃ! だからって、わしの案で行くの? 被っている人がいるんじゃけど……


 そうして決まった名前を、リータが告げる。


「命名します! さんちゃんです!」

「さんちゃん?」


 リータ達に、念話を繋いで聞いていた白サンショウウオが小首を傾げるので、わしも会話に入る。


「わしはシラタマじゃ。お前はさんちゃん。こう呼び合ったほうが、友達らしいじゃろ?」

「シラタマ……さんちゃん……うん!」

「それじゃあまた来るな。さんちゃん」

「うん! 待ってる~。魔法も教えてくれてありがと~う」


 プカプカと笑うさんちゃんに見送られたわし達は、戦闘機に乗って飛び立つのであった。




 それからしばらく経って立ち寄った時に聞いた話では、隠蔽魔法を教えたさんちゃんの元へ、多くの小動物が集まって来たそうだ。

 ただし、悪さをする大型の生き物まで集まって来たから、本気を出して撃退したので、小動物がおびえてしまって、たまにしか近付いて来なくなったらしい。


 それでも、今までよりは賑やかになって、さんちゃんはプカプカと笑って幸せそうだった。

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