519 ハンター協会での出来事


 ハンター協会……その総本山は、東の国、西の国、南の国、三大国の国境付近にある。作られた目的は、ハンターの人権を守るため。

 その昔、国を越えて商隊を護衛するハンターは、他国とのハンターや住人との間で揉め事が多々あった。

 揉め事の内容も他国のハンターを冷遇している事が多く、その場合でも圧倒的に他国のハンターは立場が弱く、その国の法律で重い罰を下される事となっていた。


 これではやってられないと、ハンターは商隊の護衛を引き受ける者が居なくなり、各国の経済活動がストップする事態となった。


 その経緯があり、三大国の話し合いの末、国に縛られない独自の機関を作る事となった。場所も三大国が土地を出し、資金を出し合って治外法権の街を作った。

 いまは三大国からの資金提供は止まっているが、各ギルドの利益から運営費を受け取っているので、狭い土地ながら裕福な暮らしをしている者が多い。


 ほとんどの住人はハンター協会に勤め、人事、事務処理、調査などを仕事としている。一生を街から出ない者も居るが、調査をする協会員は、一ヶ月や二ヶ月、ざらに帰って来ない者も多い。


 ハンター協会の立ち上げメンバーは、同数の貴族とハンターで構成され、自国の為、自国のハンターの為、協力してハンター協定を作り、揉め事が起これば飛んで行き、国の法律からハンターを守った。

 こうして、ゆっくりではあったがハンターの揉め事は減り、現在ではハンターの人権が尊重される形が作られた。



 しかしながら大きな組織となると、当初の目的は忘れられ、営利目的に走る輩も少なからず出て来る。

 もちろん当初の目的通り、ハンターを優遇する者も居るのだが、上層部の指示には逆らえない者も居る。



 その上層部の構成は、先も言った通り、貴族とハンターが半分ずつ。バランスを崩せば、ハンター協会はどちらかの意見が強くなるのは明白。

 近々ハンター協会のトップが変わるとなれば、派閥どうしの争いが活発となるのも明白だ。



 営利目的に移行しようとする貴族派閥。


 従来のハンター目線に立とうとするハンター派閥。



 その代表の二人が、次期ハンター協会会長としてせめぎ合っているのが、現在の状況なのだ。

 ただ、貴族派閥には潤沢な資金があり、賄賂を掴まして、ハンター派閥より票を多く抱えている。貴族派閥から不祥事が出ない限り、ハンター派閥から会長が就く事はないだろう。



 そんなピリピリムードのハンター協会総本山に、一人の貴族……フーゴ・シュテファン・モルトケと、護衛のハンターが戻って来た。

 フーゴの仕事は、無理難題を吹っ掛けて、新設するハンターギルド、利益率の低いギルドを潰すこと。実際には利益率が低いは名目であって、ハンター派閥へ入るギルド票を減らし、どちらに入るかわからないギルド票を作らせない。

 このフーゴはなかなか有能で、これまでいくつものギルドを潰して来た。その成果もあり、貴族派閥のおさが会長になったあかつきには、長の椅子を用意されている。行く行くは、会長の椅子まで……


 意気揚々と、次期会長候補フェリクス・アウレール・ディースブルクの部屋に入ったフーゴは、今回の成果を語る。


「猫の国は、ハンターギルドを作る事を諦めました! 確実に、来年度はギルドは作れませんね。それにあの国の王は、私に何をしようとしたと思います? 殺そうとしたのですよ! これを問題にすれば、猫の国からかなりの金をむしり取れるでしょう。さらには、ギルドを作りたいと泣き付いて来れば儲けもの。秘密裏に各ギルドからキックバックが入るようにする事も容易でしょう!!」


 精悍な中年男性フェリクスの前で、ペラペラと饒舌じょうぜつに語るフーゴ。それから三分ほど喋ったところで、ようやくフェリクスが一言も喋っていない事に気付いた。


「どうかしましたか?」

「もう黙れ……」

「えっ……私はいつも通り成果を上げて来ましたよ?」

「その成果のせいで、私の所に苦情が来ているのだ」

「またハンター派閥からですか……あいつらは無駄な事に金を使うばかりで、まったく利益を上げないのだから、聞く必要ないですよ」

「ふっ……ふざけるなよ……お前は何をして来たかわかっているのか!!」


 急に怒鳴るフェリクスの声で、フーゴの体がビクッと跳ねた。だが、フーゴはいつも通りの仕事をして帰って来ただけなので、言っている意味がわからない。


「私が何か悪い事をしましたか?」

「ああ、したぞ! お前は、絶対に敵に回してはならない国を怒らせたんだ!!」

「は……はい? ただの田舎国家では……」


 情報不足……貴族派閥では、協会内の政治と金にしか興味が無く、猫の国の情報が少なかった。

 実際に猫の出没するハンターギルドに足を運んでいれば噂が聞こえていただろうが、如何せん、新しいギルドと、辺鄙へんぴな場所にあるギルドしか回っていないのならば、致し方ない事ではあるだろう。


「絶対に敵に回してはいけないとは……」

「あそこの王は、三大国と密な付き合いがある。それだけでなく、貴族達にもだ」


 フーゴがハンター協会総本山に戻るまでに、猫の国から親書がバラ撒かれていた。その内容を知った各国の王や貴族、ハンター支部から、ただちに謝罪し責任者を厳罰に処せとの大合唱が起こっている。

 特に怒りを見せていたのが東の国。責任者だけでなく、その上司もクビにしろと言って来ているので、フェリクスは焦っているのだ。



 フーゴは自分が着くよりも早くにそんな連絡が入っている事に驚くが、知恵を振り絞って解決策を出す。


「で、でしたら、西の王の父君に、辣腕らつわんを振るっていただきましょう。いまは王ではありませんが、ゴルフをたしなむ貴族には、力は絶大です。私は昔から親交がありますので、力になってくれます!」

「西の元王からも、お前を辞めさせるように言われている。私もな……」

「えっ……」

「ゴルフを作ったのは猫の国だ。その猫の王がお怒りだと聞いて、早くに対応しないと命の危機があると教えてくれたんだ。お前は殺され掛けた? まだその命の危機は去っていないのだ!!」


 お手上げ……。もちろんフェリクスも、全てのツテを使って解決策を模索したのだが、連絡を取った先にはすでに手を回されており、謝罪と辞職しろとの返事しかなかったのだ。

 しかし、諦めの悪いフーゴは、次の策を繰り出す。


「南の王! あそこは小国を従えていますし、もしも戦いになったとしても……」

「聞いていなかったのか? 三大国、全てが猫の国の味方だ! 一度、猫の国と戦争になり掛けたが、その三大国を持ってしても、猫の国には勝てないと教わったぞ!!」

「え……高々猫が統治する田舎国家……」

「その猫が問題なのだ! 昨今、ハンターギルドに持ち込まれる白い獣は、ほとんど猫が持ち込んだものだ! それを今後、一切売らないと言っているのだぞ。誰もが怒るわけだ……」


 どうやらこの情報すら、貴族派閥は掴んでいなかったようだ。事実は、白い巨象を持ち込んだ時点で女王が情報を操作し、シラタマの持ち込んだ獣は、謎のBランクハンターがたまに持ち込む商品としていたからだ。

 そうでもしないと、シラタマに依頼が殺到するからの配慮。スティナも他所のギルドからシラタマを守る為にギルマス権限を使って、匿名のBランクハンターが獣を持ち込んでいる事にした。

 もちろんこのギルマス権限は、他所のギルドでも有効。他のギルドでも高ランクハンターを守る為に使われる事が多々あるので、いちいち詮索しないのが暗黙の了解となっている。

 その権限はハンター証に刻まれており、ギルド職員には箝口令が敷かれ、商業ギルドに流される際には、ハンター名は匿名で卸される。



 怒りを滲ませていたフェリクスは、観念したかのように声が小さくなる。


「はぁ……私の為にも、いまはお前をクビにしなくてはならない」

「え……そ、そんな……これほど尽くして来た私をですか!?」

「『いまは』と言っただろ。ほとぼりが冷めたら呼び戻してやる」

「その場合は、会長の椅子は……」

「無理だな。そんな事を三大国に知られたら、ハンター協会すら解体されるだろう」

「ま、待ってください! では、これまでの私の働きは……わっ!」


 二人が喋っている最中、ドーンという音と共にドアが縦に倒れ、スキンヘッドのガタイのいいおっさんが入って来た。


「貴様は……レイフ。ドアの開け方も知らないのか」


 部屋に入って来た人物は、ハンター派閥の長、レイフだ。一人ではなく、十人のハンターと共に入って来た。


「おうおうおう。雁首がんくび揃っていてちょうどいい」


 とても長とは思えない口調で喋るレイフに、フェリクスは予想の用件と、生け贄を差し出す。


「わかっている。今回の件、フーゴに謝罪させ、ハンター協会からも除名する。それで穏便に済ませよう」

「話が早くて助かるねぇ……だが、そんな安いクビひとつじゃ足りねぇな」

「何故だ? フーゴが独断でやったのだから、それでこと足りるだろう」


 フェリクスがフーゴひとりに罪を被せるので、フーゴは何か言おうとしたが、ひと睨みされていまは口を閉ざす。


「そいつの連れていたハンター……。たしか、その前はあんたの子飼いだったらしいな?」

「それが何か?」

「猫の国から、東の国のハンターギルドに苦情が入ってな。どうもAランクと語っていたんだとよ。Aランクなんて、いまは一人しか居ないのに、いつの間に上がったんだ??」

「Aランク?? 奴等はBランクだぞ。私が厳正な審査をして、Bランクに上げたのだから間違いない」


 フェリクスの答えに、レイフはニヤリと笑う。


「ほ~……。ということは、不正してBランクに上げたわけだ」

「そんなわけ……」

「じゃあ、これはなんだ??」


 フェリクスが言い訳しようとしたら、レイフは十数枚の紙をテーブルにドンッと置く。


「な、なんだこれは……フーゴもハンターも鮮明に映っている……」


 レイフの置いた紙の正体は写真。それも、大蟻の大群と戦う猫軍だけでなく、フーゴ達の不甲斐ない姿がシラタマのピース付きで映し出されている。


「俺も詳しく知らないが、見た物を瞬時に記録する写真というらしい。ま、こんな鮮明な絵を手で書くとしたら何ヵ月も掛かるだろうから、そんな物があるのだろうな。ただな、これはどういう事だ?」

「これとは……」

「このBランクハンターは何をしてやがる! たった一匹相手に五人がかりだぞ? 他の兵士を見てみろ! 自分達より多い獲物に臆する事なく立ち向かい、黒い獲物とも一人で戦ったりしているのに、何をやっているんだ!!」


 あきらかに、戦闘に参加していないBランクハンターを見たフェリクスは、フーゴに目を移す。


「フ、フーゴはどういった経緯でこの場所に居るのだ……」

「そ、そうです! この猫に一服盛られて、寝ている内に連れて行かれたのです! そこで弓を向けられたのですから、Bランクハンターも力を発揮できなかったのです!!」


 起死回生。九死に一生を得たフーゴは、シラタマの酷いやり方を喋るが、レイフには通じないようだ。


「仮に薬を盛られて調子が悪かったとしても、この有り様はねぇな。こんなの、俺なら素手で倒せる。猫の国は、若手兵士でも一人で相手できる獲物だと言っていたらしいぞ」

「そ、そんなわけは……」

「ちなみにだが、さっき見掛けたから手合わせしたてみたけど、五人がかりで俺に一太刀も入れられなかったぞ? Bランクなら、一対一でもキツイんだがな……これはどういう事だ??」


 フーゴが反論できなくなると、レイフはフェリクスを見る。


「つまりだ。どう考えても、あんたが不正にBランクに上げたとしか言えないんだ。そう言えば、あいつらも貴族の息子だったよな? おかしいと思っていたんだ。一からハンターになった奴より、貴族の息子はランクが上がるのが早かったもんな。がはは。叩けば叩くほど、ホコリが出そうだ」


 ハンターの不正昇級は、かなり重い罰がある。一件でもあれば、ハンター協会からの除名。それだけで足りず、独自のハンター法に基づいて、どのような立場の者でも厳正な罰が下される。

 フェリクスならば一件だけでなく、高価な寄付と引き換えに私腹を肥やしていたのだから、死罪も有り得る。


 それでもフェリクスは笑う。


「はははは。それがどうした? 私を切ると、どうなるかわかっているのか? バスが買えなくなってしまうぞ? 全て、私がツテを頼って買った物だ」


 フェリクスの切り札。ハンター協会はキャットトレインを開通できなかったので、速く移動するにはバスを買うしかなかった。

 それも、各国がこぞって欲しがっているバスは、手に入れるにはかなりの時間を要したのだが、東の国の領主が寄付という形で送った物を、自分の手柄として報告していた事が功を奏したようだ。


「あ~……それ、返せと言って来てるぞ?」

「は??」

「猫の国が東の国の領主を経由して、無償で寄付したらしいな。キャットトレインを通せなかったお詫びで……。一台目以降、お前は協会の経費に付けていたとも聞いているぞ」

「いや……」

「その金は、どこに行ったんだ??」

「………」

「あとな。もう協会には、バスは売らないんだとさ。他国にも横流ししたら、その国にも売らないとか言ってるらしいぞ」


 自業自得……一人の男が猫の国に喧嘩を吹っ掛けたせいで、次々と次期会長に一番近かった男の不正が暴かれて行く。


「せっかく調査員や審査官の出張期間が短くなっていたのに、どうしてくれるんだ? ま、そんな事を言っても、お前達には何も出来ないよな。不正昇級だけで、お前達は除名だ」

「ち、ちがっ……私は関係ない! 上司の指示に従っただけだ!!」

「フーゴ! 貴様は私を裏切るのか!!」


 レイフからの除名発言で、フェリクスとフーゴは口論となる。しばらくそれをニヤニヤしながら見ていたレイフだが、連れて来ていた十人のハンターに命令を下す。


「捕らえろ」


 静かな口調で声を発したレイフの命令で、二人はなす術もなく引っ捕らえられ、地下牢に幽閉されるのであった。



 自室に戻ったレイフは、椅子にドサッと座り、仕事机に足を乗せる。


「がっはっはっはっ。傑作だ。まさか、なかなか尻尾を掴めなかったフェリクスの悪事が表に出るとはな。がっはっはっはっ……」


 一人で大笑いしていたレイフは、笑いをピタリと止めると、真面目な顔に変わった。


「さて……どれだけやれば、猫の王は許してくれるだろうか……」


 これよりハンター協会は一斉調査に乗り出し、その成果を持って猫の王に謁見するのであった。

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