068 昇級試験を受けるにゃ~


 家が完成した翌日。狩りに出てお金を稼ぎ、いつもと同じように、リータの腕の中で眠りに就く。

 朝が来ると、ハンター登録も家も一段落ついたので、わしは出掛ける準備を終えてリータに声を掛ける。


「ちょっと出掛けて来るにゃ」

「私もお供します」

「野暮用を済ませるだけにゃ。今日は留守番してくれにゃ」

「そ、そんな……」


 何故、そんな悲しそうな顔をするんじゃ? 昔、飼っていた犬が、わしが会社に出掛ける時に見せた顔をしている。女房や子供達はそんな顔をした事は無いが……


「夕方には帰って来るにゃ。食事はこのお金使ってくれにゃ。冷蔵庫には、肉も飲み物もあるから遠慮無く食べるにゃ」

「はい……美味しい料理作って待ってます。だから早く帰って来てくださいね」

「わかったにゃ。行って来るにゃ~」

「いってらっしゃい」


 リータは新婚当初の女房みたいな事を言っておるな。女房は一ヶ月持たんかったが……

 これから向かう場所は、まだリータを連れて行くのは不安じゃし、行っても仕方がない場所じゃ。置いていくしかない。



 わしはリータと初めて待ち合わせした、人の来ない場所へ足早に向かう。到着すると物陰に入り、人に見られないように土魔法で穴を掘る。そしてマーキングして、転移魔法を使う。

 一瞬にして森の我が家に到着したが、辺りは真っ暗なので光魔法を使って家の中を照らす。そうして内部が明るくなると、玄関や空調を全開にし、空気を入れ換えて外に出る。


 そろそろ、コリスの所に顔を出さんと、寂しがって我が家まで来そうじゃ。ついでに縄張りのパトロールと、窓ガラスを作る素材も集めないとな。



 わしは縄張りを走り回り、素材も集めて次元倉庫に入れていく。途中、大蚕おおかいこの所に寄り、売り物にならない動物と糸を交換しておいた。一通り素材が集まるとリス家族に挨拶に行く。

 キョリスとハハリスと世間話をし、コリスが疲れて寝るまで遊び相手をして、夕方には王都の家に戻った。


「ただいまにゃ~」

「ね、猫さん! 怖かったです~」


 家に着くなり、リータが泣きながらわしに抱きついてきた。


「どうしたにゃ? にゃにがあったにゃ?」

「殺されるかと思いました~」


 殺される? 物騒な事を……またあいつらが、リータにちょっかい掛けて来たのか。名前は……え~と。いん……陰毛? いや、インモ!


「またインモと会って、にゃにか言われたのかにゃ?」

「違います! 王女様です! 王女様がこの家に来たんです!!」

「あ~。さっ……王女様にゃ。にゃにか言ってたかにゃ?」

「なんで驚かないんですか!? 王女様が来たんですよ! 私なんか、粗相でもして、いつ死罪になるかと生きた心地しなかったのに!!」


 リータは大袈裟じゃのう。それとも、これが王族に対する一般的な反応なのか?


「王女様はわしの友達にゃ。そんにゃ事しないにゃ」

「王女様と……友達?」

「そうにゃ」

「猫さんはいったい何者なんですか?」

「ただの猫だにゃ~」

「絶対、違います!!」


 わしの発言にリータは声を荒げてツッコむ。わしは否定も出来ないので、リータが落ち着くまで話を聞いてあげる。



 わしが出掛けた後、リータはいつものように、行進、正拳突き、魔力の感知の練習メニューをこなし、昼には買い出しと食事を広場で済まして家に戻ったそうだ。

 そこで家の前に護衛の騎士を連れた豪華な馬車が止まっていて、何か用かと恐る恐る尋ねたところ、さっちゃんが登場したらしい。


 リータはわしが留守だと伝えたが、さっちゃんは待たせてもらうと、家に靴を履いたまま上がり込んだみたいだ。わしの家は土足厳禁だから、リータは必死で説明して脱いでくれたとのこと。

 その後、なかなか帰って来ないわしを待ちながら、家の中を護衛の騎士と一緒に「わ~わ~」言いながら探索し、リータとわしの関係を聞かれたらしいが、緊張でどう答えたかわからないみたいだ。


「それで先ほど帰られました」


 コリスのご機嫌取りより、さっちゃんが先じゃったか。さっちゃんと護衛が騒いでいたと言う事は、ソフィ達も一緒じゃったのかな? まだ、家の場所も教えてないのに、よくわかったもんじゃ。


「お疲れ様にゃ。それで王女様は、にゃにか言ってたかにゃ?」

「もっと頻繁ひんぱんに、城に顔を見せるように言ってました」


 頻繁って……まだ一週間しか経っておらん。やっと仕事と住み家が整ったところじゃ。また来られてもリータの精神に悪そうじゃし、明日、顔を出すか。

 おっと、昇級試験があったな。朝からじゃし、昼には終わるかな?


「明日、ギルドの試験があるから、終わってから城に行くにゃ」

「私もついて行っていいですか?」

「城にかにゃ?」

「ち、違います! ギルドです。応援させてください」

「わかったにゃ。一緒に行くにゃ~」

「はい!」


 その夜、王女来襲で食事の準備をすっかり忘れていたリータを労い、一緒に夕食を作って食べる。お風呂も一緒に入り、背中を流してあげ、早めの就寝。リータの腕の中で眠る。



 翌朝、ハンターギルドに入るとティーサに声を掛ける。


「おはようにゃ~」

「おはようございます。まだ早いですけど、受付、済ませちゃいますね」


 わしは首から掛けたハンター証を渡しながら質問する。


「試験はどこでするにゃ?」

「ギルド専用の訓練場です。はい。受付終わりました。案内しますので、ついて来てください」


 わしとリータはティーサの後に続き、ギルドの入口とは別の扉から外に出る。外に出ると、そこにはバスケットコート二面分ほどのグラウンドと、隣接した観客席が目に入る。


「ここは普段、にゃにをする所にゃ?」

「パーティが訓練するのに借りたり、大物の動物の解体や、オークションですね。あとはお祭りの時の娯楽として、武道大会として使われます」


 ほう。ギルドの横に、こんなに広いスペースが必要なのかと思ったが、活用方法は多くあるんじゃな。


「それでは試験が始まるまで、自由に待っていてください」

「わかったにゃ」



 わしは連れのリータがいるので観客席に移動し、見えやすい位置に席を取り、辺りを見渡す。


 わし達が入ってから、人が続々と入って来るが、こんなに受験者がいるのか? ざっくり五十人以上いるぞ。


「すごい人ですね~」

「そうだにゃ。リータの時も、こんにゃに人はいたのかにゃ?」

「私は弱いし、自信がないから、受けてないのでわからないです。あ! あれ、露店のおばさんじゃないですか?」

「ホントにゃ。ハンターのわけは……ないにゃ」

「ですね」


 と、なると野次馬か……娯楽でも使うような事を言っておったし……あ! ソフィとドロテもいる。騎士の仕事をサボって何しとるんじゃ?

 わしに手を振ってる場合じゃなかろうが……いちおう礼儀じゃし、返しておこう。


「あの手を振っている人達、昨日来た王女様の護衛の方ですよ」

「ソフィとドロテにゃ。あの子達も友達にゃ」

「ほへ~。猫さんの友達は、偉い人が多いんですね」


 たしかに、わしの交遊関係は片寄っておる。王都に来てからは、お城暮らしじゃったから仕方ないのう。

 しかし、観客がさらに増えて来ておる。みんな娯楽に飢えておるのか?


「ギルマスが入って来ましたね」



 ギルマスのスティナを先頭に、ハンターらしき者達が訓練場に入って来る。スティナは中心に立つと、マイクみたいなものを口に当て、声を出す。


『静まれ! これより昇級試験を執り行う。試験を受ける者は集まれ!』



 スティナの声に、数人のハンターが訓練場の中心に集まって行く。


「んじゃ、わしも行って来るにゃ~」

「猫さん、頑張ってください!」


 わしはリータの応援に笑顔で返し、観客席から飛び降りる。着地するや否や、大きなざわめきが起こった。


「あれが噂の猫か」

「やっぱりぬいぐるみじゃない?」

「かわいい~」

「あの猫は強いのか?」

「噂だと、動物を何匹も持ち帰っているらしい」

「それじゃあ、どこまでランクを上げられるか賭けようぜ!」

「もうあっちで受付していた。行こう!」

「ねこさ~ん。がんばって~」

「シラタマ様、ファイト!」

「サンドリーヌ様が怒ってましたよ~」


 むう。ざわめきがすごい。他の受験者が出てきた時は、なんの反応もなかったのに……これはわしを見に来た観客なのかもしれん。やり辛いのう。

 しかし、最後のソフィとドロテじゃよな? さっちゃん、怒ってるの? 聞こえなかった事にしよう。



 わしは様々な声を聞きながら、スティナがいる中心に歩み寄る。


「揃ったな! これから試験を始める。前衛職の者には、ひとつ上のランクの者と闘ってもらう。勝てた場合、またひとつ上のランクと上がって行くからな。魔法職の者は……一人だな。お前はCランクの魔法使いに、どれだけ魔法が使えるか見てもらえ。それでは始めるぞ!」


 わしは? ペットは前衛扱いか? 試験が始まったら、スティナに聞きに行くか。

 それにしても、こんなに人がいるのに試験を受けるのは、わしを入れて六人か。残りの五人は、パーティっぽいな。魔法使い一人に前衛四人ってバランス的にどうなんじゃろう?

 おっと、スティナが何か話しておる。順番か……わしは最後みたいじゃな。



 試験が始まると、わしはスティナに近寄り、声を掛ける。


「スティナ。おはようにゃ~」

「ええ。おはよう、シラタマちゃん。どうしたの?」

「わしの試験も、前衛職でいいのかにゃ?」

「ペットだもんね。悩んだわよ。女王陛下の手紙にあったけど、剣と魔法を使うのよね?」

「そうにゃ」

「とりあえず、剣を見せてくれる? 後から魔法も見せてもらうわ」

「わかったにゃ。それにしてもすごい人にゃ~」

「まさかこんなに人が集まるとはね~」

「いつもはどうなんにゃ?」

「ハンターの身内か、知り合いが数人見に来るぐらいよ」

「原因は、やっぱりわしかにゃ?」

「そうね。それとギルドで宣伝したのも効いてるわね。チケット代は、おいしいわ~」


 金取っておるんかい! この満員の人はわしのせいじゃない。スティナのせいじゃ! 宣伝なんてしやがって……ん? わしのおかげでチケットが売れたと言う事は……


「それ……わしにも分け前を貰う権利があるにゃ!」

「あ……しまった! え~と……ほら! つぎ、シラタマちゃんよ。頑張って~」

「待つにゃ~!」


 スティナに押され、わしは試験官のハンターの前に連れて行かれる。そこには、陰毛じゃなく、インモが仁王立ちで待ち構えていた。


「さっさと準備しろ!」


 スティナめ……まだ取り分の話は終わっておらんぞ!


「おい! 聞いているのか!」


 え? あ……聞いておらんかった……



 こうして、わしの昇級試験は始まるのであったが、試験官のインモはわしが話を聞いていなかったので、ご立腹となってしまった。

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