283 猫会議 その弐にゃ~


 昼食が終わると、会議の続行。次の議題に移る。


「貨幣をいつから使って行くかだにゃ~。ソウとラサは使っていたからいいとして、問題はここと猫耳の里だにゃ」


 わしの悩みに、元商人のホウジツが答える。


「でしたら、食糧の配布をお金に代えてはいかがでしょう?」

「う~ん……文字の読めない者や、計算が出来ない者はどうするにゃ? ソウやラサでも、少なからずいるにゃろ? 騙される可能性があるにゃ」

「そこは国の管轄にして、市場を読み書きの出来ない者専用にしてしまえばいいのです。やり取りさせれば、簡単な数字くらい覚えますよ」

「にゃるほど……街の一部を特区にするわけだにゃ」

「特区?」


 聞き馴染みの無い言葉にホウジツだけでなく、一同首を傾げてしまった。


「簡単に言うと、優遇される地にゃ。街を新しく作るにゃら、税の取り立てを一時ストップすれば、移住者も増えて開発が楽になるにゃろ?」

「なるほど! 勉強になります~」

「そうにゃると、猫の街と猫耳の里は、しばらく特区にするかにゃ。商人に優遇処置をするから、ラサとソウに、猫の街に移住したい者を募ってくれにゃ」

「「「はっ!」」」

「それと……」


 わしは猫の街に必要になりそうな職業を羅列すると、大まかな優遇処置を決める。そうしていると、猫耳の里のセイボクが手を上げた。


「我々の里はどうしたらよろしいでしょうか?」

「人族を入れるわけにもいかないからにゃ~」

「……受け入れて行くしかないようですね」

「いや、無理はしなくていいにゃ。猫耳の里からは、わしの街に留学したい者を募ってくれにゃ」

「留学?」


 また何人か首を傾げているが、わしは気にせず喋り続ける。


「人族の暮らしの勉強をしてもらうにゃ。いろいろな職場体験をさせるから、その中から自分の合った職業を身に付けてもらって、猫耳の里に、人族の暮らしを持ち帰ってもらおうにゃ」

「なるほど……時間が掛かりそうですな」

「そうだにゃ。猫の街も似たようなものだし、一緒に発展していこうにゃ」

「はい!」


 セイボクが笑顔で返事をしてくれたところで、ソウとラサでは、近々貨幣の使用を再開させる事が決まった。



「次の議題は街どうしのあきないだにゃ。猫の街で作った農作物をラサで買い取ってもらって、これをソウで買い取って欲しいにゃ」


 わしの考えに、計算の早いホウジツが応える。


「と言う事は、ソウの農作物が割高となってしまいますね」

「しばらくは我慢してくれにゃ。ラサで収穫が始まったら、ラサの作物をソウで買い取り、ラサでは猫の街の作物を消費すれば、ある程度は価格を平均的に出来るにゃろ?」


 今度はわしの案を黙って聞いていたセンジが、難しい顔をしながら手を上げる。


「それだと、ラサの街の住民は安い自前の作物を買えないし、猫の街が一番潤うのではないでしょうか?」

「まぁそうなるにゃ」

「猫陛下に異議を申し立てる事になりますが、住人の為に反対したいのですが……」

「活発にゃ意見は尊重するにゃ。にゃんでも『イエス』じゃ話し合いにならないからにゃ」

「ならば見直しをお願いします!」


 イエスマンはいらないと言うと、街を思うセンジの声は大きくなったが、国を思うわしも引けない。


「それは出来ないにゃ~。猫の街だって猫耳の里を援助しにゃいといけないから、かつかつにゃ~」

「あの……ソウの街も価格面で交渉をしたいのですが……」

「「ホウジツ(さん)は黙って(ください)いるにゃ!」」

「は、はい!」

「ぐぬぬぬ~!」

「シャーーー!」


 商いに関してはセンジがなかなか引いてくれないので、期限を付けて、かつ、ソウの街とも取引をする期日を決める事で折り合いを付ける事となった。

 その時に運搬の話になったので、これは運搬プラス護衛の費用が発生するので、国営で始める事となった。



 商い、運搬の話が終わると、お茶を出して小休憩。皆、わしの飲んでいるモノが気になるみたいだ。なので、センジが鼻を押さえて尋ねて来た。


「あの……そのくさい飲み物は、いったいなんなのですか?」

「あ、これはコーヒーにゃ。初めての人は、香りがダメだったにゃ」

「それって美味しいのですか?」

「ちょっと飲んでみるかにゃ?」

「はい」


 皆にブラックコーヒーを振る舞うと、猫はなんてモノを飲むのだとののしられたので、しゅんとしながら、ミルクと砂糖を入れて飲ませる。するとホウジツが食い付いて来た。


「なるほど。苦味が癖になりそうですね」

「これは山向こうの国で、貴族に流行っているにゃ」

「お金の匂いがします!」

「う~ん……山向こうのさらに遠い国で作られているから、輸送費が莫大になるにゃ。もっと国が潤わないと出来ないかにゃ~?」

「残念です……」

「あ、話のついでだし、このまま貿易の話にするにゃ」

「「「貿易??」」」


 わしは山にあるトンネルと、間も無く開通する旨を伝える。すると、ホウジツが興奮した声を出す。


「他国と商売をするのですね! 面白いです!!」

「この国では初めての経験になるのかにゃ?」

「遠い昔はあったらしいですけど、数百年も昔なので、初めてと言っても過言じゃありません」

「ここで問題になる事が、ホウジツ君は、にゃにかわかるかにゃ?」

「新しい物が入って来るのですから……値段? いや、我が国から他国へ売る物でしょうか?」

「まぁそれも大事にゃけど、一番はレートにゃ」

「レートとは?」


 わしは説明が解りやすいように、次元倉庫から東の国の金貨と、帝国が作った金貨を並べる。


「こっちが山向こうで使われている金貨で、こっちが帝国の金貨にゃ」

「帝国の金貨のほうが少し大きいですね」

「そうだにゃ。調べていないからわからにゃいけど、金の使用量が問題になるにゃ」

「大きいほうが、金を多く使っているのでは?」

「いや。二つの色が少し違うにゃ。どちらかが、または両方が何かを混ぜているにゃ。だとすると、交換する場合に価値が変わるにゃ」

「もしも我が国の金貨の使用量が少なければ……」

「そうにゃ。より多く支払わなければならないにゃ。それがレートにゃ」

「だからお金を作るなと念を押していたのですね。街に帰ったら早急に調べさせます!!」

「ホウジツは話が早くて助かるにゃ~。東の国の女王と相談してから貨幣をどうするか決めるから、それまで待っていてくれにゃ」

「はっ!」


 貨幣の話が終わると、ウンチョウがゆっくりと手を上げる。


「どうしたにゃ?」

「話について行けなかったのですが、要するに、その東の国と物をやり取りするのですよね?」

「ウンチョウはお金を使っていなかったから難しかったかにゃ。でも、よくわかっているにゃ」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。それでこちらからは、何を出すのですか?」

「そうだにゃ……美術品を売ってもいいけど、この国の宝は、あまり出したくないしにゃ~」

「では何を?」

「ウンチョウは他国の事を知らないから、美術品より素晴らしい物がある事に気付いていないんにゃ」


 わしの回りくどい言い方に、ウンチョウは少し考えてから答える。


「素晴らしい物ですか……何も思い付かないです」

「ああ。もったいぶってすまないにゃ。素晴らしい物とは、米にゃ」

「米ですか……」

「普段食べていた物だからわからないんだにゃ。米は、山向こうでは生産されていないにゃ。さっきコーヒーにホウジツが興味を示したにゃろ? この国に無い物は、この国で高く売れるんにゃ。逆もしかりにゃ!」


 わしの発言に、セイボクが目を輝かせて声を出す。


「お、おお! と言う事は、猫耳の里が潤うのですか!」

「う~ん……あの田んぼでは足りないかにゃ?」

「そうですか~……」

「そう残念がるにゃ。猫耳の里では加工品を作ればいいにゃ。米から作った酒、大豆から作った味噌。どちらも、高く売れるはずにゃ」

「なるほど!」

「いちおう、猫の街でも米を栽培する予定にゃ。ここでなら土地が余っているから大量生産して、それを他国に売る物と、猫耳の里に送って加工する構想があるけど……乗るにゃ?」

「はい! だから米作り出来る者を連れて来させていたのですね」


 わし達がにこやかに交渉していると、センジとウンチョウが一枚噛ませてくれと入って来る。しかし、猫耳の里以外はパン食が主食なので、内需で儲ける手筈を譲ると、渋々だが受け入れてくれた。

 だが、わし達農産業組の熱い話に乗れないホウジツが泣き付いて来る事となった。


「我が街! ソウも外需が出来ないですか!!」

「ソウにゃ~? そうだにゃ~……」

「駄洒落なんて要りません! 何か無いのですか!!」

「それは自分で考える事じゃないのかにゃ~?」

「そ、そんな~」

「冗談にゃ。他国を知らなければ、答えが出せないからにゃ。文化が違えば服装だって違うにゃ。と言う事は~?」


 情けない声を出していたホウジツは、頭の中で凄い速度で計算して答えを出す。


「売れます!」

「時間が出来たら、生産業を見学しに行くにゃ。そこで珍しい物があれば助言してあげるにゃ」

「ありがとうございます!」

「それと内需では、スプリング搭載の馬車を作ればいいにゃ。でも、高いから、しばらくは国で買い取りかにゃ?」

「それも助かります~」



 皆、未来の事を考えると、にこやかになった。そこをわしが突き落とす。


「東の国と国交を結ぶとなったら、ひとつ問題があるんだにゃ~」

「問題とはなんですか?」


 誰もわしの悩みがわからないらしく、代表してセンジが質問して来た。


「帝国が東の国に戦争を吹っ掛けてしまったにゃ」

「「「「あ!」」」」

「国家賠償なんかが発生するかもしれないにゃ。それと初めて取引するんだから、安く買い叩かれるかもしれないにゃ」

「「「「あ~~~」」」」


 意気消沈。明るい未来がどんよりとした未来へと変わってしまった。そうして皆が暗い顔をしていると、リータとメイバイが助け船を出す。


「シラタマさんが、話を付ければ大丈夫なのではないですか?」

「そうニャー! 戦争にも協力したし、女王様とも仲良しニャー」

「「「「おおおお!!」」」」


 皆、二人の言葉でパッと顔が明るくなる。


「これは国と国との話にゃ。貸しがあっても、女王は国の利益を最優先にして来ると思うから、難しい戦いになると思うにゃ」


 わしの発言で、またどんよりした空気に変わる。


「まぁやるだけはやってみるにゃ。頑張って出来るだけ値切るから、結果は祈っていてくれにゃ」


 皆、期待の眼差しでわしを見るので、恥ずかしくなりながら会議を閉会しようとする。


「大まかにゃ国の方針はこれで終わりかにゃ? もう夕方が近いし、細かい街どうしの話は、また明日にするにゃ~」

「あ! シラタマさん」


 わしの閉会の挨拶をリータが遮った。


「にゃにか忘れていたかにゃ?」

「即位式ですよ! いつやるのですか?」

「あ、すっかり忘れていたにゃ。皆も忙しいだろうし、明日、即位式と建国記念の式典を、ちゃちゃっとやってしまおうかにゃ?」


 わしの案に、リータだけでなく、メイバイも不満の声をあげる。


「そんなのダメニャー!」

「そうにゃの? じゃあ、わしはいつでもいいから、みっつの代表の滞在日時と照らして、擦り合わせてくれるかにゃ?」

「「はい(ニャー)!」」


 即位式の事は皆に丸投げしたので、わしはコーヒーを飲みながらダラける。慣れない難しい話をしたから、頭がくたくただ。



 わしがテーブルにぐで~んと突っ伏していると、しばらくして決まったのか、リータとメイバイが発表する。


「決まったニャー!」

「即位式は、五月一日です!」

「それと元号は……」


 元号? 東の国では西暦みたいなものを使っていたな。たしか……忘れた。お城でしか見なかったから致し方ない。

 しかしこの国は、元号を使っておったんじゃな。それとも猫耳族の風習か? そんなのあるならわしに相談して……アカン! 考え事してる場合じゃない!!


「待っ……」

「『猫歴』ニャー!」


 わしが止めに入るが、時すでに遅し。メイバイが無情にも元号を読み上げる。すると、会議参加者が温かい拍手で応え、わしは固まって、開いた口が塞がらなくなった。



 猫歴……英語で、「キャットカレンダー」って……ファンシー過ぎる!!



 こうして猫の国が建国、並びに猫の王が即位する日に、『猫歴元年』が始まるのであったとさ。

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