419 家族写真にゃ~


 我輩は猫又である。名前はシラタマだ。雪だるまではない。


 現在わしは、真っ暗闇の中に居る。正直、何が起こっているかわからない。最後に見た光景は、白銀の雪だるまが、八本の尻尾を揺らして動いたところまでだ。そこから暗闇に閉じ込められたところから想像するに、たぶんわしは食べられた。


 ……て、マズくない?? このままうんこになって出るのかわし? 助けて~~~!!


 わしが暴れると何かに拘束されて身動きが取れなくなり、体感時間、およそ五分ほど経つと揺れが無くなった。


「ぺっ!」


 そして辺りが明るくなると同時に、ボヨンボヨンとバウンドしてから、わしはひっくり返って止まった。


 な、なんじゃ? もうわしは、うんこになったのか??


「こっちだ」


 わしが慌てて起き上がってキョロキョロしていると、後ろから念話が聞こえたので、ギギーっと、ゆっくり振り向いた。


 あ……さっき見た、白銀雪だるま……。わしの体は!? 腕もある! うんこになってない!! てことは、口から吐き出されたのか。


「お前はなんだ?」


 6メートル以上はある白銀雪だるま猫は、五体満足で生還してホッとしているわしに問う。


 なんだと言われても、どう答えていいやら……


「えっと……息子さんの友達なんですが……」

「友達??」

「そうです! 息子さんともお母さんとも、良好な関係です! お母さんにまた来いと言われたので、遊びに行ったのです!!」

「ふむ……」


 何やら考えてる? その舐めるように見る目が怖いんですけど~? いや、隠蔽魔法を使ってるのかな? いまはそんなに怖くない。


「どこの生まれだ?」

「えっと、あなた達の住みから、光が沈むほうですけど……」

「じゃあ、この高い場所の近くか……」


 高い? ……あ! 雪じゃ。どうりで寒いわけじゃ。てか、何この景色!?


 ようやくわしは、自分の立っている場所に気付く……


 ここは山の頂上。雲も下に見据える高さ。飛行機で、一万メートルほど飛んだ高さから見える景色と瓜二つの景色だ。


 エ、エベレスト……嘘じゃろ? たった数分で、わし達が何日も旅した道程みちのりを戻りやがった……


「この辺に、うちのかあちゃんに似た雌はいなかったか?」

「あ、はい。わしの母親だと思います」

「やはり……はぁ」


 やはり? じゃあ、やっぱりか……。こいつ、わしの父親じゃ。一目見て、ピーンと来てた。だってDNAがそのままじゃもん。こんな丸い猫、わししか見た事がない。わしは父親似だったんじゃな。

 しかし、アマテラスの説明で、おっかさんが百年生きたら猫又になると聞いたから、わしのような姿になると思っておったわい。

 白銀猫のお母さんはそのまま尻尾が増えていたし、こいつみたいに丸っこい種族の血が、わしに色濃く出たってことか。てことは、ご先祖様も、同じ血筋なのかな?


 わしが考え事をしていると、白銀雪だるま猫は、わしに顔を近付ける。


「とりあえず、お前は俺の子供ではない! いいな?」

「はい! えっ……はい?」

「うちのかあちゃん怒ったら怖いんだ。俺が他所で子供を作ったなんて知ったら、引っ掻かれちまう。だからな?」


 ここの家庭も、女房が強いのか。たしか、雪だるま猫はお母さんより強かったと思うんじゃけど……


「わかりました。でも、そんな約束せずとも、わしを殺せば早いんじゃないのですか?」

「そうだな……その手があった……」


 ヤベッ……いらんこと言ってしまった。睨まれると超怖い。でも、わしって、人を睨むとき、あんなにとぼけた顔で睨んでおったのか。猫の振り見て我が振り直せ……って、アホな事を考えている場合じゃなかった!


「絶対に誰にも言いませんから、殺さないでください!!」


 わしが土下座(伏せ)をすると、白銀雪だるま猫は緊張感を解く。


「自分の子供を殺す奴がいるか。ましては、息子の兄弟……いや、友達か。かあちゃんも知ってるなら、連れて帰らないと怒られるからな」


 ホッ……仲良くしていて助かったわい。


「それとだ。お前からいい匂いがする。あそこに住む者達の匂いだ。どうしてだ?」


 白銀雪だるま猫の指差した場所には、ローザの住む街だと思われる形がうっすらと見える。


「わしはあの場所みたいな所で暮らしているんです。だからですかね? でも、お父さんは行った事があるんですか?」

「ああ。何度か入って、エサを奪った事がある」


 この化け物が? 人間が見たら卒倒するし、大パニックになったじゃろう。そんな話、ローザから聞いた事がないんじゃけど……。てか、ローザの街に入っていたなら、猫の国でも歩いていたと思うんじゃが……


「その姿でですか?」

「いや、俺を見た生き物は、倒れるか逃げるかだから、散歩に出る時は力を隠して、姿も変えている。こんなふうに……」


 白銀雪だるま猫はそれだけ言うと小さくしぼんで、わしと大きさが同じくらいの、スリムな茶色い猫になった。


「これならどこを歩こうとも、逃げ出す者が居ないからな」


 たしかに、普通の猫にしか見えない。まさか変身魔法まで使えるとは、この化け物は何がしたいんじゃ?


「あの場所は街と言いまして、人間という種族が暮らしているのですけど、どうしてそんなに気を使ってまで入ったのですか?」

「いい匂いがしたと言っただろ? その正体を知るまで、気付かれたくなかっただけだ。匂いから、もっとうまいと物を想像していたけど、そこまでじゃなかったな」


 つまり、この化け物は人間の街でどら猫になって、食べ物を盗んでいたというわけか。そりゃ、白い獣や黒い獣を食べ飽きている者では、普通の肉じゃ物足りないじゃろうな。


「さて、そろそろ戻るか。かあちゃん達も不思議に思っているだろうしな」



 白銀雪だるま猫は元の姿に戻ると、わしの返事を聞かずに口に入れた。いちおう避けようと考えていたが、動きが速すぎるので、反応すらさせてもらえなかった。

 そうして舌でコロコロとされて、呑み込まれないかビクビクしていると、また地面にバウンドしてひっくり返る。


「あなた! 急に食べるなんて、この子がかわいそうでしょ!!」

「ボクの友達食べないでよ~!!」

「い、いや、食べてないだろ? ほら、動いてるぞ」


 わしが辺りを確認していると、母猫の歯を剥いた顔を見て後退あとずさる白銀雪だるま猫と、白銀雪だるま猫の脚にカジカジ噛み付いている息子猫の姿があった。


 おおう……おっかさんが怒った顔そっくりじゃ。わしもその顔を見ると、ちょっと怖い。ちょっとどころか、威圧が凄いからちびりそうじゃ。


 わしが起き上がってぷるぷるしていると、母猫と息子猫が、白銀雪だるま猫からわしを守るように立つ。


「「シャーーー!」」


 二匹の威嚇の声に、白銀雪だるま猫は困った顔をし、わしも怖くて後退る。なので、二匹の気持ちを落ち着かせる為に、わしは嘘をつく。


「あの~? どうやらお父さんは、わしを敵だと思って、お母さん達を守ろうとして引き離したみたいです。それに、もしも知り合いだった場合に備えて、優しく運んでくれました。わしは怪我ひとつないので、もうその辺で許してあげてくれませんか?」


 わしの為に! 二匹の殺気が突き刺さって痛い。これだけで死んでしまいそうなんじゃ。


 わしの説得を聞いた二匹は顔を見合わせ、それならばと威圧感を引っ込めた。それから息子猫はわしの元へ来て、大丈夫だったか質問し、母猫は白銀雪だるま猫に近付いて頬擦りしていたのだが、何やら勘繰っている。


「あんなに慌ててどこか行くから、てっきり隠し子かと思ったわよ~」

「ままま、まさか!」

「なに慌ててるのよ……」

「あああ、あわ慌ててないさ~」


 だるま猫……シドロモドロ過ぎ! このままではバレるぞ。それで夫婦喧嘩なんかに巻き込まれたら、わしは確実に死ぬ!!

 なんとか母猫の話を変えなくては! せめてわしが帰るまで……


 わしは次元倉庫を開いて、一枚の写真をはらりと息子猫の顔の前に落とし、わざとらしく大きな念話で説明する。


「これ! これがわしの兄弟なんです! かわいいでしょ~?」

「うわ! 何これ? この中に兄弟が入ってるの? 出て来~い」

「にゃはは。これは、目で見た物を残す物です。兄弟達は、別の場所で幸せに暮らしていますよ」

「へ~。すぐそこに居るみたいなのに、不思議~」


 わしの狙い通り、写真を見た息子猫が騒ぐので、母猫も気になって寄って来た。でも、白銀雪だるま猫がバッチグーみたいな手をするので、振り向いた母猫に、もう一度追及されそうになっていた。


 隠す気あるなら、ちゃんとしろよ……



「本当ね。この中に居るみたい。不思議ね~」

「本当だ! どうなっているんだ?」


 母猫もだるま猫も、写真に興味津々じゃな。でも、これでリータ達に頼まれていた写真が撮れるかも? どうやって隠し撮りしようか悩んでいたんじゃ。


 わしはカメラと写真の説明をわかりやすくするが、なかなか伝わらない。もう説明が面倒になったわしは、魔法で写っていると適当に言って、無理矢理納得させた。


 それから集合写真を撮ろうとするが、全員サイズがバラバラなので、並んで撮るには難しい。特に白銀雪だるま猫がデカイから、フレームに収まらない。

 なので、縦に並んで座ってもらい、真ん中の母猫を横にずらす。これで互い違いになって大きさが近くなったので、わしは息子猫の隣に座る。


「じゃあ、撮りますよ~」


 土で出来た三脚に乗せたカメラのフラッシュが光ると、わし以外、全員逃げやがった。あとで現像したらわししか写っていなかったので、フラッシュに驚いて、シャッターより速く動いて避けたようだ。

 まぁ想定の範囲内。兄弟も一枚目は、白い影しか写っていなかったので、今度は動かないように言ってパシャリ。念の為もう一枚。とりあえず誰も動いていなかったから、撮れていると信じよう。

 いちおう横並びも撮っておいたので、大きもわかってもらえるだろう。


 それから母猫にかわいがってもらい、息子猫ともお喋りし、白銀雪だるま猫が次元倉庫を教えてくれと言って来たので、一番簡単な収納魔法を教えておいた。それ以外伝わらないだろうし、教えるのが面倒だからだ。

 もちろん母猫も息子猫も、猫撫で声を出して寄って来たので教えてあげた。その見返りに、友達を連れて来ていいかと言ってみたら、快く受け入れてくれた。



 皆、なんとか使えるようになった頃には、空が赤くなって来たのでおいとまする。


「では、次に来る時には写真を持って来ますね」

「やった! 楽しみ~」

「私も楽しみだわ~」


 息子猫は飛び跳ね、母猫は嬉しそうな顔をするのだが、白銀雪だるま猫はわしの顔を見ながら「シー」って、黙っていろジェスチャーをしている。


「あなた……それは何してるの?」

「ちょ、ちょっと鼻が痒かっただけさ~」


 また母猫に気付かれておる……よけいな事をするから気付かれるんじゃ。まぁこれで最後じゃし、さっさと行くか。


「それでは、さよなら~」

「またね~」

「待ってるわよ~……さて、あなた?」


 こうしてわしは、前脚を振る白銀猫家族に見送られ、後ろで凄い音と白銀雪だるま猫の悲鳴が聞こえていたけど、エルフ里へ無事に帰ったのであった。

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