第144話 だとしたら、グッジョブ
抵抗値を最大にした剣をバラバラにした事で、シャルフの回りには魔法を妨害する金属片が降り注いでいる。これなら攻撃魔法を使っても、まともに飛ばす事が出来ないばかりか乱反射する恐れさえある筈だ。
シャルフって名前がチャフに似ていたから思い付いた苦肉の策。コントロールの良さという謎の才能も今回また味方してくれた。まあ、天井そんなに高い訳じゃないから難易度は大した事ないけど。
勿論、金属片が降り注ぐ中に突っ込むのは勇気が要る。ノーダメージって訳にはいかないし、目に入ったりしたら大事だ。
でも、そんなのを気にしている余裕はない。警備員時代、夜間に不審者や暴漢がいつ現れても良いよう、10年ずっと心構えをしていた。10年間ずっとだ。ここでビビッてたら、その10年があまりに虚しいじゃないか。
格闘経験のない俺が、素手でこの野郎にどの程度ダメージを与えられるかはわからないけど……取り敢えず殴る!
「うおおおおおおおおおっ!!」
動揺。目眩まし。魔法妨害。その三重苦を誘って繰り出した俺の渾身の一撃は――――
いとも容易く空を切った。
「バカな! 今のでもダメなのか!?」
ディノーが悲痛な叫声をあげる。今の一瞬で俺の狙いを悟ったらしい。実戦慣れしてるレベル60台はやっぱ半端ないな。
そう驚きつつ、即座に周囲へと目を向ける。シャルフが移動した場所にじゃない。俺にそんな動体視力はないし。確認したのは、剣の破片の動きと音だ。
……この事態も想定はしてましたよ。
当然だよな。幾ら策を弄したとしても、俺のへなちょこパンチが確実に当たるなんて到底思えない。14年も虚無やってた人間の自己評価の低さを嘗めるなよ。
重要なのは、攻撃が当たらなかった瞬間、奴が目の前にいるか、それとも消えたか。そして消えたのなら――――チャフ代わりの剣の破片が奴の身体に触れたかどうか。
もし、降り注いでいる破片の何処か一帯が回避中の奴に触れ、大きく弾かれたか刺さるかしていたら、高速移動での回避だとわかる。
一方、そうでないのなら――――
「……」
全ての破片が何の変化もなく普通に地面へ落ちて行った状況と、俺達から一定の距離をとった所にいるシャルフの無傷の身体を確認し、同時に確信した。
「瞬間移動か」
奴の異常な回避力は、その力によるものだ。それを悟られないよう、今まではごく近距離を移動し回避していた。恐らくそういう事だろう。
反応速度がどうこうって問題じゃない。反応と同時にその場から消えていたんだ。そりゃ神回避も余裕だろうよ。
「言い訳できないシチュを作られたね。まさか素人同然のオマエに見破られるなんて思わなかったよ」
今までとは明らかに声色が違う。怒りじゃないし、苛立ちでもない。まるで歓迎しているかのような語調だった。
「瞬間移動って……まさか……」
そこまで呟いたところで、コレットは俺の方に首を向け凝視してきた。ようやく気付いたか。
俺達は一度、瞬間移動に限りなく近い能力を見ている。怪盗メアロとの初遭遇時だ。
奴は逃げる際、【縮地】ってスキルを使っていた。コレット自身が近距離限定のテレポーテーションだと説明していた通りの力だ。恐らくあれと同じか同種のスキルなんだろう。
スティックタッチと言い、こいつは怪盗メアロと同じ能力を複数持っている。
まさか同一人物じゃないだろな。怪盗メアロ、全くの別人に変装するスキルも持ってるし……
「縮地が使えるのか……厄介だな。せめてソーサラーがいれば、広範囲を攻撃できる魔法で捉えられるんだけど」
「おいおい、何物騒な事言ってんだい。ウチの店ごとブチ壊すつもりかい?」
「あ、いや、決してそういう訳では……」
女帝に睨まれ、流石のディノーも縮こまっていた。というか……なんか今、妙な表情だったな。
そういえば以前、好きな女性に振り向いて貰う為に頑張ってるとか言ってたっけ。
……まさか。
いやいや、そんな事ないよな。そんな訳ない。何想像してんだ俺はこんな時に。
「とにかく、奴はコンパクトな瞬間移動を使う。そこんとこ踏まえてコレット、ディノー、オネットさん、後は頼んだ!」
俺に出来る事はした。その代償として剣の破片で頭と腕を切ったし、魔法も防げるあの高く売れそうな剣を失ってしまったけど、後悔はない。スキルを一つ暴いたのは、奴を攻略する為の大きな第一歩だ。
「逃げる気? ダメだよ、もう少し遊ぼうよ」
……なんだ?
シャルフの身体から、何か黒いもやみたいなものが滲み出てきた。煙のような……もしかして瘴気って奴か?
「オマエのマギに興味があったけど、オマエ自身にも興味が湧いてきたんだ。縮地を知ってるのなら、縮地を使った奴と遭遇してるんだよね? そうでしょ? そうだよね? 答えろよ」
いや最後急に言葉遣い荒くしないで! ホラーじゃん! 瘴気みたいなの出てきてるから余計怖い!
「何か良く! わかりませんけど! やっつけます!」
先手必勝と言わんばかりに、動揺中の俺の脇をすり抜けオネットさんが飛びかかった。不思議なもので、若干目が慣れてきたのか微かに動きを捉えられた。
そのオネットさんが迫る中――――
「さあ出番だ。待ちくたびれただろう?」
謎の言葉を吐いたシャルフの身体が突然、真っ黒な渦に包まれた。
「な……なんですかこれは!?」
斬り込もうとしていたオネットさんが、その渦が発している何かに押し戻されるように後退していく。
なんだアレは……まるで黒い竜巻だ。でも風が発生しているようには見えなかった。実際、多少距離があるとはいえ俺の方には何も影響が及んでいない。
「この世ならざる者よ。叫べ、思いのままに。死への恐怖、死への渇望、死への慟哭、死への憧憬……あらゆる人間の君達への祈りを嘲笑え」
これは……俺達に向かって言っている訳じゃない! 奴の言葉に反応して、黒い竜巻が更に勢いを増してやがる! 呪文か何かか!?
「うっ……ぅあああああああ!!」
な、なんだ!? ディノーが急に苦しみ出して――――
「なんですか! これは! 頭が! 割れるように! 痛いのですけど!」
「いたあああああああああああい!」
「なんだい……これ……は……」
え、え、何! 何!? 俺以外全員苦しみ出してるんだけど! 俺全然何ともないんだけど!?
まさか呪いか? あの黒い竜巻が頭痛を誘発してるとか……? でもそれだったら、俺だけノーダメなのがよくわからないんだけど。転生者には呪い効かないとか?
「やっぱりオマエ、特殊だね。死霊魔法に免疫があるのか?」
死霊魔法――――そんな物騒な言葉を使ったシャルフは、まるで新種の蝶でも見つけたかのように興味津々って顔だ。
つーか何だよ死霊魔法って怖ぇーよ! ヒーラーと真逆の魔法じゃねーか! そんなの扱う奴、基本ネクロマンサーだろ! ネクロマンサーに狙われるとか嫌過ぎるだろ!
「シェイド"ゼファー"、出力をあげてくれて構わないよ。もっと猛っても良い。その力をヤツらに見せるんだ」
竜巻の圧が更に……!
でも俺は何ともない。なんか真夜中のトンネルに入ったような感覚だ。闇が迫ってくるような恐怖はあるけど、それ以外は一切実害はない。
「うぐぁああああああああああああああああ!!」
「痛いです! これ! 本気で! 死にます!」
「わーーーーーーもうやめてーーーーーーーっ!」
「参ったね……これはもう……もたないかも……」
……なんか俺だけ何ともなくて申し訳ない気持ちになってきた。痛くないのは結構なんだけど、若干の疎外感が……
「耐性の問題じゃなく、死霊魔法そのものが無効なのかい? それはちょっと不可解過ぎるね……無気味なヤツ」
え!? 俺ってストーカーでネクロマンサーなヒーラー擬きのモンスターに無気味って言われる存在なの!? マジ勘弁して!
「そんな事より今すぐそれやめろ! あと竜巻の中から話すな! そっちこそシュール過ぎるだろ!」
「とんだクレームだね。それと、心配しなくても死霊はもういない。ヘソ曲げて消えてしまったよ。気難しいんだよね」
……え?
「い……痛! くない! なら死ね!」
うわスゲー、オネットさん痛みがなくなった瞬間に鬼の切り替えで襲いかかった。縮地で躱されたけど。
「痛かったぁ……」
涙目だけどコレットも大丈夫そうだ。他の二人は――――
「フゥ……サキュッチさん、大丈夫ですか?」
「アタイの心配してる暇があったら敵を見るんだね。縮地の使い手なら尚更さ」
「は、はい!」
……見なかった事にしよう。
とにかく、よくわからない内に死霊魔法は使えなくなったらしい。さっきまで使っていた闇弾も死霊魔法だったんだろうか? だとしたら、かなりこっちが有利になってきた。
「はぁ……マジ面倒。どうしようか……」
「大人しく投降したら?」
今の声は――――この場にいる誰でもなく、そして聞き覚えが多分にある女声だった。
「ティシエラ!」
「よく持ちこたえてくれたわ。後は私達ソーサラーギルドに任せて」
別にソーサラーの出動を待っていた訳ではないし、そもそも一切頭になかったんだけど……言うのはやめておこう。
「マスター! 無事で良かった!」
ティシエラだけじゃない。イリスやサクアやヤメの姿もある。総勢10人くらいで駆けつけて来れたらしい。
馬車の御者が救助要請しに行ったのか? ウチのお抱えって訳じゃないから、ウチよりソーサラーギルドを頼っても不思議じゃない。一応、ヒーラー監視任務は俺達とソーサラーギルド、冒険者ギルド、商業ギルドの合同チームで当たっていた訳だから、娼館がヒーラーに占拠されたと知ればソーサラー達が駆けつけて来たのは納得だ。
「ラヴィヴィオ四天王のシャルフね。大人しく投降すれば良し。さもなくば……」
「いや。ティシエラ、そいつはシャルフじゃない。モンスターが化けてる可能性が高いんだ」
「……なんですって?」
ティシエラの目に緊張が走る。当然、他のソーサラーの面々にも。街中にモンスターが潜んでいたとなれば、かなりの大事だもんな。
「貴方、魔物なの?」
「……さあな。そこのド素人がそう言ってるだけだ」
おい、さっきから気になってたけど娼館の中で素人って言うな。
「質問に答える気がないのなら、遠慮はしないわ。仮に誤解だったとしても、不法占拠のヒーラーなら問題はないもの」
「問題は大アリだよ。建物を壊すような真似したら修理代請求するけど良いのかい?」
「心配は無用よ。精神攻撃なら建造物損壊にはならないでしょう?」
女帝にそう告げた直後、ティシエラの鋭い目がシャルフを捉えた。
「明鏡止水の崩壊。白日のざわめき。今ここに救済の限りを尽くさん。【デプレッション】」
瞬間、娼館全体がドクンと脈打ったような音に包まれる。これは……最初にティシエラと会った時の魔法と同じ現象だ。あの時は確かプライマルノヴァだったか。
あれは敵の精神状態をリセットする魔法だった。今のは――――
「相手を恐慌状態にする魔法なんだよ」
いつの間にか近くに来ていたイリスが説明してくれた。恐慌状態……精神的に追い詰める感じの魔法か。
「でも、相手はヒーラーだし、状態異常回復の魔法も使えるんじゃないか?」
「使えるでしょうね」
俺の声が聞こえていたのか、ティシエラが事も無げに話す。そこまで想定した上での精神攻撃って事か。
「恐慌状態で魔法を使えば、普段より遥かに魔力を消費するのよ。
成程、狙いはそこか。
「ちなみに魔法封じみたいな魔法ってないの?」
「んー、多分ないと思う。アイテムはあるけど、私達は持ってないかな」
まあ、ソーサラーにしてみれば天敵中の天敵だしな。敵から奪われるリスクを考えたら迂闊に持ち歩けないだろう。
ってか、今はそんな事よりシャルフだ。奴にティシエラの魔法は効いたのか?
「……」
心なしか、表情が暗くなったような……いや、でも恐慌状態にする魔法ってわかったからそう見えてるだけかも。どっちだ?
「……小賢しい」
あれは――――怒り……か?
「一応、今のオレはヒーラーなんでね。ヒーラーの特性を突いた戦略には虫酸が走る。嫌悪感を覚えるよ」
シャルフは右手を翳し、その手を自分の胸に置く。恐らく状態異常回復の魔法を使おうと――――
「自傷行為による怪我の回復は一切不可能。他害による自身の負傷は高確率で回復無効。これが何を意味するか、オマエにわかるかい?」
……誰に問いかけているんだ?
「やっぱり答えないんだね。誰もオレの問いには答えてくれない。主ですらも」
刹那。
奴の手の位置はそのままに――――闇弾が突然放たれた。
誰も反応できない。こんなの予想できっこない。状態異常回復するんじゃなかったのかよ。それにこっちはずっと刷り込まれていたんだ。指鉄砲のフォームで撃つ魔法だと。死霊魔法だとしたら、もう撃てないと。
そして、俺だけを執拗に狙っていたと。
「ようやく駆けつけてくれたね」
不意にそんな声が聞こえた気がした。シャルフの視線の向きが、そう雄弁に語っていた。
奴の真の狙いはティシエラだったのか?
俺の後ろにいるティシエラ目掛けて撃ったのか?
この位置関係を最初から計算に入れて、完璧な俺への不意打ちに見せかけて、俺じゃなく後ろのティシエラを仕留める為に?
闇弾の軌道が見える。俺の左側を掠めるようにして、ティシエラに直撃する軌道。俺にはどうしようもない。反応したくても身体が動かない。そんな反射神経は俺にはない。
――――筈だった。
それなのに、気付いたら俺の左手は闇弾を防ぐため伸びていた。
この身体の元持ち主の底力だろうか。
だとしたら、グッジョブ。
「……!」
次の瞬間、全身が千切れそうなほどの衝撃と共に、左手が爆発した。
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