第020話 隙あらば仲間いないアピール
パラメータ再振り分けのスキルは、まだ完全には全容が明らかになっていないものの、最低限三つのルールは確認出来た。
一つは、対象者に触れている事が絶対条件。
その上で、俺が声に出して指定するのも条件になっている。
そしてもう一つは、あくまでも再振り分けであり、パラメータの全体数の上昇は不可能って事。
例えばコレットの場合、レベル78現在におけるステータスの全体合計数は9149で、この数字を各種パラメータに再振り分けする必要がある。
取り敢えず、これだけわかっていればパラメータ変更に支障はない。
「生命力1000、攻撃力1000、敏捷2500、器用さ2500、知覚力1000、抵抗力1000、運149……これで本当に良いのね?」
受付嬢の確認に、コレットは逡巡の表情を浮かべていた。
実際、俺も本当にこれで良いのか不安いっぱいだ。
怪盗メアロがどんな能力の持ち主なのか不明だから、特定のステータスに特化する割り振りは出来ない。
加えて、貴重品の警備に適したパラメータなんてこっちの住民ですらわからないって言うもんだから、完全に手探りだ。
一応、敏捷と器用さを高くして察知能力とか反応速度とかを重視したイメージなんだけど……
「どうかな?」
俺の方を見て判断を仰ぐコレットの顔は、少し切羽詰まっているようにも見えた。
当然だ。
自分のステータスを大幅に変更するのは、相当勇気が要るだろう。
今まで出来た事が出来なくなる。
出来なかった事が突然出来るようになる。
そんなの違和感しかないだろう。
今後、調整屋としてやっていくのなら、そんな利用者の精神面もちゃんとケアしないといけないな。
「うん、良い感じだと思う。これでいこう」
なんか、試着室から出てきた彼女にゴーサイン出す彼氏みたいになってしまった。
なお経験は全くない。一度たりともだ。
「そういえばコレット、最初からレベル78で今も変わってないんだよな? よく怪しまれなかったな」
血の涙が流れそうになったんで、自分の女性遍歴から目を逸らすべく話も逸らす。
いや実際、気にはなってたんだよ。
魔王城から遠い場所のモンスターは弱いから、多分どれだけ倒してもレベルが上がらないのは仕方ない。
でも、この城下町の周辺ならある程度時間をかければ79に上がるのが普通だ。
一度もレベルが上がらないまま、周囲からずっと『レベル78』と認識されている状況は、ちょっぴり不可解だ。
「私の上限が78だって思われてるんだよ、きっと」
「ああ、そういう事か」
勝手に99とか100とかが共通の上限だと思ってたけど、人によってレベルの限界値が違うのか。
いわゆるカンストだな。
「他の同業者に直接聞いた訳じゃないから、わからないけどね……」
「隙あらば仲間いないアピールすんのやめろ」
「フフッ」
瞳孔を開いて半笑いを浮かべたまま遠くを見つめているコレットに、俺と受付嬢は掛ける言葉を見失っていた。
翌日。
「一晩考えたんですが、やっぱりお二人だけにお任せする訳にはいきません。私も見張ります」
既に昨日、武器屋の二人にプランは話していたけど、ルウェリアさんは納得出来ないらしく、鬼魔人のこんぼうの前で座り込みをしていた。
「ルウェリアさん。気持ちはわかるけど……お店も休む訳にはいかないですし」
はっきり言って全く流行ってないこの武器屋は、一日店を閉めたところで大したマイナスにはならない。
親子で経営しているから人件費も不要だし。
ただ、今日は予告状に記された犯行日ということもあり、武器屋の周りには人がワラワラ集まっている。
中にはごく僅かながら、店内に入って商品を眺める人もいる。
この状況じゃ店は閉められない。
予告状は店に届けられる訳じゃなく、ギルドの掲示板や人気の飲食店の出入り口など、人目につく場所に貼られるらしい。
今回の予告状も、大通りをゆっくり往来する乗合馬車に貼り付けられていたそうだ。
目撃者が大勢いた事、人通りの多い場所で予告状を読み上げた奴がいた事もあって、かなりの人数が犯行予告を知る運びとなった訳だ。
「でも、これは私とお父さんの戦いでもあるんです! 私達の武器をスルーした憎っくき怪盗を見つけて、問い詰めないと!」
そして、狙われた武器が俺の昨日譲渡した鬼魔人のこんぼうだった事も自然と広まってしまった。
この武器屋を訪れた事がある客は口を揃えて『だろうな』と納得したらしく、ルウェリアさん達の心の傷口は更に広がっている。
憤懣遣る方ない彼女達の心情は多いに理解出来るところだ。
「いや、だけど……」
「だっておかしいじゃないですか! 一般の旅人さんや冒険者の皆さんがカッコ良さより実用性を重視するのはわかりますが、怪盗は希少価値を重要視する筈じゃないですか! なのに一点物を全部無視してこんぼう盗るのは納得できない!」
涙目で訴えられても、なんと答えていいものやら。
正直に『貴女たちの選んだ武器は、公式が呪われてないって発表してても全然信用できないレベルで呪われてる感がエグいから、盗賊もスルーせざるを得なかったんじゃないでしょうか』とは言えないしな……
「コレットさんや。ここは同じ女子のアンタが慰めてやってはくれんかね」
「その喋り方は良くわからないけど、やってみる」
パラディンマスターのコレットは、こういう時に断らない。
ただし、上手く事を収められるかどうかは別の話で――――
「ルウェリア。この店の武器は総じて仕入れてからの期間が長いから、耐久性の面で不安を持たれたんだと思う」
「ひどい!」
やっぱりダメだったか。
でも長らく売れ残ってるって現実をソフトに突きつけたって意味ではOKかもしれない。
「とにかく、あの怪盗がいる限りこの街は平和になりません。私はこの街が好きなので、協力したいです」
ええ子や……
けど、良い奴に限って早死にするのが世の常。
その理由が、今まさに目の前のこれだ。
「気持ちはありがたく受け取っておくね。でもルウェリア、ここは私達に任せて。貴女には貴女の仕事があるでしょ?」
コレットが言うルウェリアさんの仕事とは――――
「オラァ! 見世物じゃねーんだぞ! 客じゃねーんなら帰れ帰れこのクソボケ豚共が! 呪い殺すぞ!」
外の野次馬相手にブチ切れている父親のフォローに他ならない。
というか、八つ裂きの剣とか売ってる店の御主人が『呪い殺すぞ』はシャレにならないにも程がある。
「このままお父さんに任せてたら、お店のイメージが悪くなるんじゃない?」
「そ、そうかもです……わかりました。お二人を信じてお任せします。もし怪盗メアロを捕まえたら、どうしてディアボロスの鏖殺杖を狙わなかったのか問い詰めてやってください」
ルウェリアさんのお気に入りはディアボロスの鏖殺杖だったのか。
てっきり夢喰い鞭だと思ってた。
何にせよ、彼女が納得してくれたのは幸いだった。
「変装、って線もないとは言いきれないからな……怪盗だし」
「そうだね。私達以外はこの部屋に入れないのが無難だと思う」
ここは武器屋の倉庫。
店の外に持ち出しても盗まれている前例がある以上、下手に外に出してしまうより、侵入経路が限られていて見張りやすいこの狭い場所が一番マシという結論だ。
勿論、通路側や壁側から【略奪】を使われないよう、こんぼうは倉庫内の中央に置いてある。
俺は扉に背を向け、こんぼうを挟んでコレットが壁側にちょこんと座っている。
コレットの視界には、こんぼう、俺、そして倉庫の扉が一直線上に並んでいる状態だ。
怪盗が扉から現れるとも思えないけど、もし扉を蹴破ってきた場合、コレットが侵入者に対処しやすいし、俺がそのままこんぼうの盾になる。
これで侵入経路すら掴めず盗まれたら、本当にお手上げだ。
「睡眠も食事もたっぷり摂ったし、トイレも済ませた。これで丸一日大丈夫」
コレットは半笑いでこんぼう越しに俺の方を睨み付けてくる。
昨日の事、微妙に根に持ってるな……
「にしても、一日中一つの物を見張り続けるのは流石に経験ないな。コレットは?」
「勿論ないに決まってるよ。護衛の経験なら昔何度もあるけど」
「装備品の強さだけで誤魔化せた頃か」
「そうそう。あの頃は良かったよー」
軽やかな口調。
俺の目は絶えずこんぼうに向いているから、コレットの表情はわからない。
でもなんとなく――――
「……なんて嘘。あの頃は本当に最悪だったよ」
沈んでいるような気はしていた。
「ねえ、トモ。前から聞きたかったんだけど……」
そして同時に後悔する。
この話題になれば、当然……
「トモって、何処から来たの?」
ですよね、それ聞きますよね。
一日中一緒に見張りをするとなると、自然と会話も多くなるだろうし、正直予想はしてたよ。
「この街で初めて冒険者になる人、多分いない。まして一日で辞めたとなると……」
「怪しまれる事はあっても、信頼なんて絶対にされない」
そんな俺の力ない言葉に、コレットは神妙な面持ちのまま頷いた。
彼女は私利私欲の為だけに俺を縛り付けようとしていた訳じゃなかったらしい。
なら、俺も腹を括るか――――
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