第021話 メスガキ
生まれてこの方、誰かに対して誠意を見せなきゃいけないと強く思った事は一度だってなかった。
それだけ責任のない人生を送ってきた証だ。
10年も仕事していながら、32年も生きていながら、その結果形成されたのがこのなれの果てだ。
だから、今コレットに何を言えば誠意を見せた事になるのかなんて、全然わからない。
言える範囲と言えない範囲があって、言える範囲だけ全て言うのが誠実なのか。
少しだけでも言えない範囲を明かすのが真心を伝えた事になるのか。
答えは――――わからない。
今の俺には何もわからない。
「何処から来たかは……具体的には言えない。言えない理由も言えない。それを言えば、俺は多分スキルを失う」
結局、詳しい事情は何も言えなかった。
あの調整スキルは恐らく転生特典。
神サマもどきが口止めとして与えたシロモノだ。
なら、俺が転生者なのをバラしたら、特典も没収される事になるだろう。
「前にいた国は、魔王の城からは遥か遠く離れた場所だよ。そこで俺は守衛みたいな仕事をしてた。モンスターなんて滅多に出て来ない、平和な所だった」
まあ、俺を殺した猪はモンスターみたいなものかもしれないけど……
「そこでは常に人がギスギスしてて、心に余裕がなかった。かと思えば他人に酷く無関心で、自分の事ばかり考えていた。俺もその中の一人だったんだ」
「……そっか。トモも色々あったんだね」
多くを語れない事を察してくれたらしく、コレットは敢えて会話の区切りを付けてくれた。
察しが良いのは一昨日の時点でわかっていたけど、本当に気が利く。
その割に、突然無神経な事を言ったりもするけど……多分元来の性格の良さと人間関係の経験値不足が合わさった結果なんだろう。
「私も、トモには秘密にしてる事があるから、お互い様だね」
「スキルか?」
「そ。自分の切り札になるスキルは極力話さないのが慣例なんだ。冒険者の間では」
スキルと言っても一つじゃない。
職業特有のスキルもあれば、個人にのみ芽生えるスキルもある。
恐らく後者がジョーカー的なスキルになるんだろう。
「こっちだけ一方的に知ってるのは心苦しいけど……」
「そんなの気にするなよ。そもそも俺はもう冒険者引退してるから、スキルを明かす必要なんてないだろ?」
「……?」
「なんでキョトンとしてるんだよ! 記憶失くしたフリするのやめろ!」
愉快そうに笑うコレットの顔は、ヤンデレモードとは違って屈託がない。
もしレベル78なんて運命を背負わなかったら、普通に友達も仲間も大勢いる人生を歩めただろうに。
「今からでも遅くないから、誰か信用出来そうな冒険者にバラしてみたらどうだ? パラメータが運にばっかり偏ってたから戦闘技術は未熟だって」
「遅いよ。誰も、私の事を見てくれる人はいないから。みんな、私を『レベル78』としか認識してないもん。昔からずっと」
……人間、第一印象を覆すのはそう簡単じゃない。
仮に覆せたとしても、そこに待っているのは罵倒や侮蔑かもしれない。
確かに、踏み出すのは難しい。
「……俺を白馬の王子様みたいに思ってるのなら、それは誤解だ。たまたま運極振りなのを知ったから、今までの奴等とは違う応対になっただけだ」
「それでも、トモは私を見てくれる。レベル78の私じゃなくて、そのままの私を見てくれてるでしょ?」
だから一緒にいて欲しいと、そう言うのか。
だとしたらコレット、君は何もかも諦め過ぎている。
俺は気付けば30過ぎてて、もう後戻り出来なくなっていたけど、君はまだ十分やり直せる筈だ――――
「……」
「……」
ふと、違和感に気付く。
別にコレットと見つめ合っていた訳じゃない。
俺の視線はその下に置いてあったこんぼうに向けられていた筈だ。
ない。
鬼魔人のこんぼうが――――ない!
「な……何ィィィィィィィィィィィィィィィ!?」
あり得ない。
俺とコレットが二人がかりでずっと監視してたんだ。
しかも今の今まで、一度も目を離さずに見つめ続けていたんだぞ!?
「トモ! 外に!」
「あ、ああ!」
慌てて倉庫の扉を開けて、武器屋の外へ駆け出す。
敏捷性を上げまくったコレットは、これまでとは比較にならないスピードで駆けていったが――――
「あっあっあっあっあっれーーーーーーーーーーーーーーーぇ!?」
慣れない自分の足の速さを制御出来ず、不安定な体制のまま野次馬の中に突っ込んでいった。
それより怪盗だ。
一体どんな手口で、あの状況下でこんぼうを持ち出した?
【略奪】の射程範囲が異常に長いジョーカースキルを持ってるっていうのか?
だとしたら、見張りを一人に絞って巡回すべきだったか。
いや、でもそんなの他の被害者達もやってた筈だ。
その上で、今みたいに気付いた時には盗まれてたってパターンなんだ。
きっと、誰も思い付かないような手口で盗んでいるに違いない。
警備に穴があるから、そこを突かれたんだ。
何処だ?
何処に穴があった?
……穴?
まさか――――下か?
「御主人!」
「お、おお。どうした? まさかやられちまったのか?」
「この街、地下水路はありますか? あるんなら何処から入れますか?」
「向こうに地下に下る階段がある筈だが……お、おい!」
コレットになぎ倒された野次馬達が悶絶しているその間隙を抜け、御主人の指した方向へ走る。
すると、割とすんなりそれらしき階段が見つかった。
マンホールなんて気の利いた文明の利器はないらしく、まるで地下鉄の入り口のような幅の大きい階段があった。
躊躇せずにそこを下ると、直ぐに悪臭が漂ってくる。
地下水路に降り立った頃には、更に臭いは強くなった。
下水道が整備されているのには驚いたけど、流石に浄化施設はないか。
正直具合が悪くなるくらい臭いけど、今は気にしている余裕はない。
幸い、照明用のランプは等間隔で設置されていて、薄暗くはあるけど視界は十分確保できる。
定期的な点検は必須だから、当然と言えば当然だ。
「トモ!」
コレットも追いついてきた。
ようやく今のステータスに身体が慣れてきた――――
「わわわわわわわわわわわわわわわわ!!」
……訳じゃないのかよ!
そのスピードでこっちに突っ込んで来られたら俺まで落ちるだろうが!
こうなったら――――ぶっ倒す!
「ええええええええええええええええ!?」
階段から転がり落ちて来るコレットに対し、こちらから前に出て体当たりを仕掛ける!
勢いは向こうが上だけど、体重は俺の方が上の筈だ。
なんとか勢いを相殺できれば……
「……あっ」
しまった! 俺もう鎧を着てな――――
「うがっ!!!」
正面衝突の結果、完全には相殺出来ず俺もコレットも下水側へと吹き飛び……落ちた。
コレットの剣が。
「あーーーーーーーーーーーーっ!?」
幸い、俺もコレットも身体はギリギリの所で下水に飛び込まずに済んだけど、あの剣は多分もうダメだな。
普通の水路だったらまだしも、下水じゃ底は見えないし、そもそも落ちた物を拾いに飛び込むなんて無理。
「うう……珍しく私にフィットした愛用の剣だったのに……でもトモがこっちに突っ込んで来なかったら今頃私達はあの中かぁ……ありがとう……」
なまじ洞察力が良いだけに、俺の意図を早々に理解してはいるものの、釈然としない思いが渦巻いているって感じの微妙すぎる顔。
こっち的には完全な貰い事故を最低限の被害に抑えた立役者のつもりなんだけど、それだけあの剣を失ったのは傷手たったんだろう。
にしても……女子との衝突なんて普通ラッキースケベ案件だろ?
倒れた拍子に胸に手を当てて思わず揉んじゃったとか、パンツの中に顔を突っ込んじゃったとかさ、そういうのないの?
何普通にイベント消化しちゃってんだよ。
やっぱ、ああいうのって高校生までとかルールがあるんだろうか。
身体は20歳だけど中身は32歳だし、32のオッサンがラッキースケベとかマジ気持ち悪いとか神サマに思われてるんだろうか。
だとしたら、今後もその手のイベントは期待出来そうにないな。
「何処か痛む? 辛そうな顔してるけど」
「いや……何でも」
サービス悪い異世界生活だな、とは言えない。
「それでトモ、急にどうしたの? なんで地下水路?」
「それは、向こうに行きながら話す」
俺が指差したのは、武器屋のある方角へ続く路だった。
「もし怪盗メアロが常識外の射程の【略奪】を使えるとしても、人目につく場所では使っていなかった筈なんだよ。だから……」
「この地下水路から、略奪スキルを使って盗んでたって事?」
「その可能性がある。でも、これだけだと外に持ち出された物まで盗まれてる理由がわからないけど……」
「そんなの簡単じゃん。『どうして我がこれを書いたのかをよく考えろ』って予告状に書いてたよね? 予告状に仕掛けがあるからに決まってんじゃーん」
「!」
地下水路に響き渡る、幼い少女らしき甲高い声。
反響の所為で確信は持てないけど……俺はこの声に聞き覚えがある。
「武器屋の屋根の上にいたメスガキか!」
「め、メスガキ!? 今メスガキって言った!? 我のどこがメスガキだ! 言ってみろバーカ!」
あ、思った以上に言葉の暴力が効いたっぽい。
精神年齢低そうだ。
「説明してやるから姿見せろ!」
「もうとっくに見せてるってーの。上だよ上」
苛立ちと呆れと、一摘みの愉快さを含んだその声の主は、確かに俺達の遥か上にいた。
地下水路の天井。
そこに左手を吸い付かせるようにして、右手には鬼魔人のこんぼうを掴み、不敵な笑みでぶら下がっていた。
小柄で細身の身体。上半身は首元や肩どころか胸の近くまで露出した薄い服を着て、下半身に至っては太股すら完全に隠れきっていないほど短いスカートを履いている。色まではわからないし、この世界にそんな概念があるかどうかは疑問だけど……確実に見せパンだなアレ。
容姿は、如何にも悪ガキって感じの目付きと八重歯が特徴。髪を二つ結びにして背中まで伸ばした大きめのツインテールに(多分)真っ赤なマント。そして謎のネコ耳風カチューシャ。
「やー、バカな奴らを見下すのホントたーのしー! ねえどんな気分? 上から見下されるのどんな気分?」
トドメに、この無駄に煽るような口調。
全ての要素が俺の発言を支持している。
「な、メスガキだろ?」
「うーん……あれは……メスガキかな……」
コレットの票を頂いたので支持率66.7%で確定です。
「違ーーーーーーう! 我はメスガキじゃなーーーーーーい! 泣く子も阿る怪盗メアロ様だーーーーーっ!」
メスガキ呼ばわりされてブチ切れる怪盗メアロは、それでもまごうことなきメスガキだった。
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