第022話 驕り

 地下水路の天井にぶら下がっている怪盗メアロの姿は、犯行の手口を如実に物語っていた。


「ああやって、地上との距離を狭めた状態で【略奪】を使ってるんだろうな。射程自体も通常スキルよりかなり長そうだけど」


「そっか。地下から目当ての物に一番近い距離まで近付いて、【略奪】を使ってたんだね。道理で目撃者がいなかった訳だよ」


 ただ、それは目的のブツが何処にあるのかを正確に把握していて初めて出来る事。

 一体どんな手を使って、それを可能としているのか。


 さっきのメスガキの発言は、そこに予告状が関わっているのを示唆していた。

 でも自分の手口のヒントになるような事、怪盗がわざわざ言うか?

 少なくとも鵜呑みには出来そうにない。


「我がお仕事中に他の奴から顔を見られたのは初めてだ。それは褒めてやる! でもそんな所から我に攻撃する手段はないだろ! そこで我が逃げるのをボーッと見てろバーカバーカ!」


 薄暗いから細かい表情まではわからない……筈なのに、何故か小馬鹿にしたような怪盗メアロのドヤ顔がハッキリと見える気がする。

 これが視覚補正って奴か。


 にしても、俺達が遠距離攻撃出来ないって何故わかる?

 確かにソーサラーやアーチャーって格好じゃないけど、コレットは今丸腰だし、そう決めつける理由はなさそうなものだけどな。


「でもお前、そこからどうやって逃げるつもりだ? テレポーテーションでも使えるのか?」


「へーん、そんなの使うまでもないね! 見ての通り、我の【スティックタッチ】はどんなところにでもペッタリくっつけるんだ。両手で天井を伝っていけば、お前らには何も出来ないだろ!」


 雲梯の要領で天井を渡っていくつもりか?

 でも……


「それって両手が使えないと無理だろ。右手にこんぼうを持ったままスティックタッチとやらは使えるんか?」


「あーーーーーーーーーーーっ! しまったーーーーーーーーーーーーっ!」


 生粋のアホだ。

 こんなアホに手も足も出ずやりたい放題やられていたこの街の住民、言うほど優秀じゃなくね?


「……なーんてね! 【スティックタッチ】は足でも使えるもんねー! やーい引っかかったバーカバーカ!」


 何コイツ、スパイダーマンか何かなの?


「足をぺたっと天井にくっつければ、歩くのと同じ要領で逃げられるもんね。悔しい? ねえ悔しい? 優位に立った気分になってたのに一瞬で逆転されて悔しい?」


 怪盗メアロは俺への罵倒を繰り返す。

 このメスガキ……俺の煽り耐性が著しく低いのを見抜いての狼藉か?

 余りにも低すぎてTwitterで差し障りのない発言しか出来ないからフォロワー全然増えずに『別に受けとか狙ってませんけど』アピールが過剰になったゴミアカウントの所有者たる俺への当てつけか?


 でもここは我慢。

 相手は姿の見えない名前も年齢も生育歴も知らない正体不明の謎の敵じゃなく、完全に子供。

 キレたら負けだ。


「……」


「悔しすぎて声も出せないんだなー。あーかわいそ! 我は優しいから、これ以上傷口をウリウリするのはやめてやるよ。それじゃ……永遠にさようなら」


 最後だけ妙にイケボだった。

 そして――――


「……」


 発言後、彼女はずっと動かずにいる。

 三十秒、一分、二分……ずっと動かない。


 いや、動いてはいるんだろう。

 左手一本で天井にぶら下がったままの体勢から、両足を天井にくっつける為に、恐らく腹筋を使って身体を反転させようとしているに違いない。

 逆上がりの要領で。


 でも、両手で鉄棒を掴んで回るのとは訳が違う。

 っていうか、普通に無理だろそんなの。


「………………んぬぅ……~んぐぐぐぐぐぐぐぐ!」


 ずっと声を出さずに試みていたけど、とうとう俺達にバレるのを覚悟で歯を食いしばり、気合いで下半身を持ち上げようとし始めた。

 でも全然動いてない。


「はぁ……はぁ……ふんぬううううぁぁあぁぁああ! ふんぬわああああああ! ふんぬぁ! ふんっ……ふっ……はぁ……はぁ……はぁぁ……はぁぁぁぁ……」


 なんかみるみる弱っていってる。

 俺とコレットは一言も発せず、彼女の奮闘を見届けていた。

 まるで夕方の公園で逆上がりを練習している小学生を見守る父兄のように。


「ひぃひぃ……う……うおおおおおおおお!! へいあっ! へいあーーっ! あーーーー!! ダメだ!! これもうダメだ!!!」


 諦めた。


「あきらめたらそこで試合終了だよって確かに名言だけど、よく考えたら来賓の立場で一方のチームの選手に肩入れするような助言はダメだよな」


「え……急に何?」


 まあ、あの先生って一貫して特定の生徒に露骨に肩入れするタイプだからブレてないっちゃブレてないんだけどさ。


「おーい、諦めたんならこんぼうをこっちに投げろー。そうすれば逃げられるぞー」


 発狂しかけてるメスガキに、甘い誘惑の言葉を投げかける。

 完全にバテてる今なら、誘導に引っかかるかもしれない。

 元々アホっぽいし。


「ちょっと待ってトモ、逃がすの? せっかく怪盗メアロを追い詰めたのに」


「自棄になって下水にこんぼう投げ捨てられるよりはいいだろ? っていうか、それやられると困るんだよ。俺達以外に目撃者がいないんだから、俺達がいくら『こんぼうは盗ませなかったけど下水に捨てられた』って主張したところで誰も信じないだろうし」


 メスガキに聞こえないボリュームでコソコソ話。

 こっちとしては、こんぼうさえ取り返せればミッションコンプリートだし、それを優先すべきだ。


「くっそー……はぁはぁ……我がここまで追い詰められるなんて……ぜー……こんな屈辱初めてだ……ぜー……ひぃー……」


 なんかもう放っておいてもバテて落ちてきそうだな。 

 天井の高さは、目算で5メートル以上はある。

 落ちたらタダじゃ済まない。


「仕方ないか……」



 ――――俺はそうタカを括っていた。


 でもそれは間違いだった。


 怪盗メアロは次の瞬間、左手を放し落下してきた。

 足場は石造りの床。

 にも拘らず、彼女は――――何事もなくすんなりと着地してみせた。


「な……」


 レベル78のコレットも絶句する、異常な軽業。

 落下する速度は決して緩やかじゃなかったし、一体どうやって衝撃を完全に相殺したんだ。

 何らかのスキルを使ったのか……?


「これで……ぜー……我が逃げるのに何ら障害はなくなった……はー……ザマアみろ……ふー……」


「いや、まだバテバテじゃん。そのザマで走って逃げるつもりか?」


 そう言いつつ、ジリジリと距離を詰める。

 背を向ければ直ぐに取り押さえられる距離だ。

 コレットが。


 彼女は今、敏捷性2500。

 かけっこで負けるとは思えない。

 取っ組み合いになっても、あの細いメスガキ相手なら余裕で勝てそうだ。


「大人しく降伏して。抵抗しなければ、私も手荒な真似はしないから」


 コレットは俺より一歩前に出て、より近い位置でそう警告した。

 彼女にしても、あの怪盗メアロの正体がこんなガキとは思っていなかったんだろう。

 さっきから積極性に欠けている印象だ。


 実際、大人二人で子供を取り押さえるってのは、どうにも抵抗がある。

 まして今のコレットは、自分で自分の動きを制御出来ていない状態。

 捕まえようとして怪我をさせてしまうのを恐れているように見える。



「バーカ」 



 それは驕りだった。



 他でもない――――俺達の。



「……!?」


 瞬きをした刹那、怪盗メアロは姿を消した。

 今の今まで、俺達の直ぐ目の前にいたのに。


「怪盗はそんなダサい逃げ方はしないしー、参ったなんて絶対しないもんねー! 勉強になったー?」


 その声は、遥か遠くから聞こえた。

 この一瞬で、彼女は地下水路内の遥か前方の路にワープしていた。


「な……!」


「でも、素顔を見られてこんなに手の内を晒してる怪盗も十分ダサダサかぁ……この借りはいつか返すよ、お兄ーさん。あと……もう一つの方もな!」


 追いかけようにも、踏み出そうとした瞬間にはもう、メスガキの姿は完全に暗闇に溶け込んでしまった。

 灯りがあるのに見えないって事は、相当遠くまで行ってしまった証。

 追跡は不可能だ。



 こうして、俺が武器屋に提供した鬼魔人のこんぼうは、怪盗メアロによって盗まれてしまった。


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