第023話 発情期の汚物

「今のは【縮地】……あんなレアスキルを使えるなんて」


 一瞬で遥か彼方まで移動した怪盗メアロに唖然とする俺とは違い、コレットは即座に奴の行動を解析していた。


「縮地?」


「簡単に言えば、近距離限定のテレポーテーションだよ。回避系では最高峰のスキルかな」


 マジかよ……そんなのまで使えるのか、あのメスガキ。

 スリに特化した【略奪】、スパイダーマン化できる【スティックタッチ】、瞬間移動できる【縮地】……どれも盗みに最適なスキルばかり。

 

 前言撤回だ。

 怪盗メアロはこの街の住人が手を焼くのも当然の、凄腕のシーフだった。


 まあ、攻撃を仕掛けてこなかったあたり特別戦闘力が高い訳じゃなさそうだけど。

 ゲームではたまにいるからなあ、武闘派の盗賊。


 何にせよ――――


「逃げられたね」


「ああ……」


 結局、予告通りこんぼうは奪われ、何も出来ずに逃げられてしまった。

 追い詰めたつもりでいたけど、アイツにとっては全然危機でもなんでもなかった。


 惨敗だ。


「でも、怪盗メアロの情報をここまで入手出来たのは収穫だと思うよ。盗られた武器も御主人達には愛着のない物だし、武器屋に傷は付かないんじゃないかな」


「……だったらいいけど」


 そう答えながらも、俺の頭の中は屈辱と恥辱で一杯だった。

 相手の力量を全然正確に測れなかった。

 圧倒的に経験が不足していた。


 10年間の警備員人生で、俺は何も学んでいなかった。

 そう痛感した。


「えっと……トモ、そろそろ出よう? いつまでも下水の傍にいるのは、ちょっと……」


 ついでに女心を全く理解出来ていないのも露呈してしまった。


 フルボッコ。

 オーバーキル。

 メッタ打ち。


 サンドバッグの中に入れられた端役の気分だった。





 それから――――





 地上へ戻った俺達を待っていたのは……予想だにしない歓待だった。


 コレットの言ったように、これまで謎に包まれていた怪盗メアロの情報を数多く入手出来たのはお手柄だったらしく、市長や冒険者ギルドのお偉いさんからえらく褒められた。

 御主人やルウェリアさんも、盗まれたのは残念だけど良くやってくれたと言ってくれた。

 特に、普段は一匹狼のコレットが街の為に貢献した事実は瞬く間に住民の間で話題になり、彼女の株は大きく上がった。


 恐らく、俺も多少は名前を売る事が出来たんだろう。

 信頼には程遠いけど、この街の住人になる資格くらいは得たんじゃないかと思う。



 でも、心は晴れない。

 怪盗メアロを発見しておきながら、みすみす逃がしてしまった事実は動かしようがない。

 容姿や性格、使用スキルなどの情報を得たとはいえ、予告状の謎も残ったままだし、完全とは到底言い切れない。


 そしてその責任は、あのメスガキを甘く見ていた俺にある。

 立場上、子供相手に強く出られないコレットとは違って、俺には失う物は何もなかったと言うのに。


 それなのに、誰一人として俺を責める人がいないのは、俺に期待している人間がいないからだ。

 嫌と言うほど味わってきた。

 生前の俺は、社会的にいてもいなくてもどっちでも良い存在だったから。


 幾ら20代の肉体を得ても、レアなスキルを貰っても、所詮中身は負け犬。

 危機感がないからドツボにはまる。

 何も変わっちゃいない。


 この結果は当然だ。



 ……なんて達観できる訳ねぇだろ!



 おんのれぇぇぇぇぇあのメスガキぃぃぃぃぃ!!

 次会った時は絶対とっ捕まえて簀巻きにしてやる!!


「随分殺気だった顔してるな」


 あの屈辱の日の翌日。

 俺はというと、再びルウェリアさん達の武器屋を訪れていた。

 昼過ぎ頃、宿に『暇なら来い』との伝書が届いたからだ。


「昨日はすいません。何も力になれなくて」


「その件なら謝らなくていいって言った筈だぜ」


 俺を呼び出した御主人の顔は、優しさに溢れていた昨日とは違い、露骨に険しい。

 まさか『誠意は言葉ではなく金銭』とか言わないよね……?

 いやでも、幾ら盗まれたのが俺の譲渡品とはいえ、譲渡した時点でこの武器屋の物だし、それを守れなかった事実は覆せないし……


「お前さん、冒険者辞めたんだったよな?」


「はい。なので収入はありません。慰謝料を請求した相手の収入がない場合、調停や裁判の結果がどうあれ実際に支払われる事はまずないのが通例でして、その事実を踏まえるとですね、訴えるのはリスキーなんじゃないかと……訴えられる本人が言っても説得力はないかもしれないですが」


「何言ってんだ?」


 俺にもわかりません。


「まー良い。お前さんを今日呼びつけたのは他でもない。頼みたい事があるんだよ」


「な、なんでしょうか」


「次の仕事が見つかるまででいい。お前さん、ここを守ってくれねーか?」


 ……へ?


「いやな、確かにこんぼうは盗まれたけどよ、今この店割と良い感じなんだよ。それにお前さん、『怪盗メアロの素顔を暴いた男』って噂になってんだ。そういう奴が店の前に立って護衛してくれりゃ、この店にも箔が付くってもんだろ? 昨日の一件で結構一見さんが来たし、この機会になんとか少しでも取り込みたいんだよ。その為にやれる事はやっておきたいんだ。頼む、この通りだ!」


 予想もしなかった申し出。

 そして動機。

 ちょっと頭の中がカオスってる。


 護衛?

 武器屋の?

 昨日は予告状が出てたからわかるけど、今後その必要があるのか……?


「言いたい事はわかるよ。こんな大して流行ってねー武器屋が護衛を付けるなんざ、身の程知らずだよな」


「あ、いえ、そういう訳じゃ……」


「だがよ。もしこれから客が増えたら、そして万が一繁盛したら、持って行かれちまうかもしれないだろ?」 


 その心配はないんじゃないですかね、とは言えない。

 いやでも、中には禍々しい武器が好きなマニアもいるかもしれないし、一概には――――


「ルウェリアが持って行かれちまうかもしれないだろ!?」


「……あ?」


「あ? じゃねーんだよ! 客が増えたらルウェリアの可愛さが不特定多数の人間にバレちまうじゃねーか! 下手したら国外にまで響き渡るぞバーロー! そしたらお前、妙な男にかっ攫われるかもしれねーだろ! いや絶対そうなるに決まってる! 冗談じゃねー……冗談じゃねーぞ! 目に入れても痛くも痒くもない愛娘を軽いノリでやって来たポッと出の全身股間野郎に持って行かれてたまるか! 色目使われた時点で殺してやる! 視界に入れた時点で有罪だ!」


 御主人はご乱心気味だ。

 でもその葛藤はわからなくもない。


 客は欲しい。

 沢山入って欲しい。


 でも客が増えれば必然的にルウェリアさんに声をかける人間も増える。

 この武器屋のラインナップ的に、男客が殆どだろうし、実際ルウェリアさんは親の欲目に関係なく可愛い。

 御主人が警戒するのも尤もだ。


「そこでお前さんに、ルウェリアを守って欲しいんだよ。勿論、防犯にも期待はしてるが本命は悪い虫の駆除だ。半殺し……いや首ちょんぱまでは許す。娘を誑かす発情期の汚物は速やかに処理しねーとな」


「いやそんなん許されても」


「多少店の評判が悪化しようと構いやしねー。ルウェリアを口説こうとする輩がいたら成敗してくれ。そういう汚れ仕事をお前さんに頼みたい。ある程度客入りが落ち着くまででも構わない」


 汚れ仕事ってハッキリ言っちゃったよ!

 流血するの前提じゃん!


 まあ、要するに汚れ役を買って出てくれって事なんだろう。

 普通は問題視しないレベルの軽いアプローチも徹底的に排除せよ、って感じのミッションだ。


 にしても相当過保護だな……その傾向はあったけど、こうも親バカだったとは。


「でも、大切な娘さんをガードするのが俺なんかで良いんですか? この街に来たばかりで信用もないし、怪盗メアロにも出し抜かれて……」


「お前さんに多くを求めてる訳じゃねぇ。それでも、お前さんを雇うのが現状ではベストだと思ったまでさ」


 高レベルの冒険者を雇うだけの資金はない。

 そういう事か。


 それでも、幾つかはあるであろう選択肢の中から俺を選んだ理由――――


「怪盗に出し抜かれた後、諦めずに追いかけていった責任感と、奴の居場所を突き止めた嗅覚。それを買ったんだよ」


 御主人は口の端を吊り上げながら、それを教えてくれた。


 過ぎた評価だ。

 俺はまだ、仕事にそこまでの責任感を背負ってない。

 あのメスガキの居場所を見つけられたのも、偶々自分の思考の中にあった『穴』って言葉から連想したに過ぎない。


 でも、過大評価でも何でも、他人に認められて嬉しくない筈がない。

 粋に感じない訳がない。

 何より、この武器屋には行き倒れになっていた俺の体を助けてくれた恩と、武器を守れなかった借りがある。

 

「わかりました。引き受けさせて下さい」


 なら、断る理由は何もない。


 将来的に調整屋を開設するにしても、まずは街の住民に認められる人間になって信頼を得ないといけないって方針に変わりはない。

 信頼は実績が作るもの。

 その実績をここで積ませて貰えるなら、こんなありがたい話はない。

 

「ちょっと待ったーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 今まさに御主人と固い握手を交わそうとしたその時、けたたましい声が響き渡った。


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