第024話 イケメンクリーチャー

 唐突に店の中へ突貫してきたのは――――男だった。

 見た事もない風貌。

 そして、凄まじいイケメンだ。


 キリッとしていながら、そこまで濃くなく、凛とした印象の眉。

 精悍さを主張しつつ、円らさもある瞳。

 真っ直ぐで高い、美しい鼻筋。

 厳しさよりも甘さが目立つ口元と、色気と爽やかさが同居した丁度良い厚みの唇。


 その完璧な造形に加え、サラサラの赤みを帯びた茶髪は反則だ。

 後ろ髪は首が半分以上隠れるくらいに伸ばし、若干外ハネしている。

 サラサラのクセッ毛ってどういう事だよチートが過ぎるだろ。


 身体付きは一目でわかるくらい細身。

 肌はやたら白く、武器も鎧も身に付けていないし、どう見ても冒険者や傭兵って感じじゃない。

 ただし黒コート。


 黒コート!

 オイオイ黒コートだよ……実物見たのは初めてかもしれない。

 ヤバい、超カッコ良い。イケメンが着る黒コートマジカッコ良い。


「どういう事なのですか……これは一体どういう事なのですかっ!!」


 そんな超絶イケメンが、顔面を崩壊させる勢いで叫んでいる。

 まるでドラマや映画のワンシーンだ。

 ちなみに、俺は漫画原作のドラマや映画はほぼ観ない。


「またお前か……いい加減にしてくれよ、こっちは金持ちの道楽に付き合ってる暇はねぇんだよ。客じゃねぇんなら出て行ってくれ」


「そんな! なんで……なんでこんな馬の骨にルウェリアさんの護衛をやらせるのです!? それは俺達ルウェリア親衛隊に任せてくれれば良いじゃないですか! どうして僕達を信用してくれないのですか!?」


 ……親衛隊?

 ああ、アレか。

 少女漫画とか昔のラブコメで偶に見かける、学校内で特定のイケメンや美女に対して作られる非公式ファンクラブみたいなもんか。


 ああいうのって実在するんだろうか?

 俺の通っていた学校では一切存在してなかったけど。


「だから何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も言ってるだろうが! お前等は存在自体が鬱陶しい上に胡散臭いんだよ! ルウェリアに近付くな殺すぞ!」


「バカな! 僕達はただルウェリアさんを見守り続けたいだけです! あの純粋無垢な天使に害虫が付かないか見張りたいだけなのです! この情熱と誠意をどうかわかって下さいお父様!」


「そういう自分の意見だけ押しつけてくる輩が死ぬほど嫌いなんだよ俺は! 消えろ! ルウェリアを護衛するのはそこのトモだ!」


 ここで俺に話を振るか!?

 御主人、絶対このイケメンを相手にするのが面倒臭くてこっちに丸投げしただろ今!


「……君ィィィ」


 怖っ!

 やだこの超絶イケメン超怖い!

 首だけ回してこっち睨んでる!


 凄いな……こんな恵まれた顔面に生まれていながら、なんでここまでクリーチャー的な存在になれるのか。

 普通にしてればモテモテだろうに。


「君は一体何のつもりでこの武器屋に近付いた? いや皆まで言うな、ルウェリアさん目的なのはわかっている。彼女は余りに眩しい。ただの美人ではなく魂が透き通っている。まさに天使、或いは女神だ。僕は彼女が幸せならそれでいい。僕が傍らにいなくてもいいとさえ思っている。だが君のようなポッと出に奪われるのは絶対に許容出来ない。殺したい。僕は今、君を猛烈に殺した」


 ……ん?

 このイケメンさん、今サラッと殺人報告した?


「いや、ちょっと落ち着いて下さいって。そもそも俺は仕事でルウェリアさんを護衛するだけで、ちょっかいを出すとかそういうのじゃなくて……」


「誰だって最初はそう言うんだよ! でも彼女と接している内に虜になるのさ! 僕だってそうだ! 僕はこのアインシュレイル城下町で三本の指に入る大富豪ザスヴェル家の長男ファッキウ! 見ての通り泣く娘も濡れる美男子だ! そんな世界最高峰の顔面を持つ僕が遊びで彼女を口説こうとした結果こうなった! 最初は軽い気持ちだったのに今ではルウェリアさんが人生! 僕だってこうなるのなら誰だってこうなる! 世界中の男がルウェリアさんの下僕になる為に生まれたんだ!」


「そ、そうなんだ……」


「おいトモ、何納得してんだ! こんなのに飲み込まれるな!」


 いや、でもこのレベルのイケメンがここまで言うって……ルウェリアさん凄いな。

 確かに可愛い人だけど、なんかもうテンプテーション系の能力でも持ってるとしか思えないくらい心奪ってるよ。


「金! 顔!! そして性技!!! 女が求めるものを全て兼ね備えた僕がどれだけ熱心に口説いても、指と舌のテクニカルな動きを見せても、ルウェリアさんは決して靡かなーい! フフ……フハハハハハハハハハ! 彼女はまさに難攻不落の要塞! この僕が、世界各地に百人以上いた性交渉友達を全員切ってでも追い求める価値のある女性……いや、僕如きでは到底釣り合わない、そんな地上最高の女性……!!!! そう、それがルウェリアさん」


 なんか途中から独り言になってるけど……あと最後の方急にテンション落ちてスンッてなったな。


「あの、この人ってヤバいクスリとかやってません? 情緒が踊り狂ってますけど」


「ボンボンだからな。やってても全然不思議じゃないが……恐らくこれが素だ」


 これがノーマル形態なのかよ。 

 完全にモンスターじゃん。

 モンスターよりモンスターだよ。


 しかし悲しいかな、ここまでのイケメンだとそれでも羨望が勝ってしまう。

 女はイケメンに弱いというが、男も結構弱いんだよな。

 大学の論文発表会の打ち上げで、大学生特有のクソなノリで飲めない酒を飲まされた時、隣に座ったイケメンがさり気なく『ウーロン茶頼んだから、次からそれ飲みなよ』って言ってくれた時はマジお持ち帰りされても良いって思ったからね。


 要するに、イケメンってのは心に余裕があるから、大抵良い奴なんだ。

 中にはクズもいるんだろうけど、その割合は低い筈。

 それなのに、ここまで人格がグロいイケメンが存在するとは……


「僕は既にルウェリアさんと激しく性交渉する事は諦めた。他にも同じ気持ちの男達は大勢いたよ。だから僕はそんな同志を束ね、ルウェリア親衛隊を結成した。彼女の幸福な人生を守る為に。何故ですかお父様! 何あああああ故そんなストイックな僕達ではなくこの男に護衛を任せるんですか!?」


「性交渉とか性技とか言うような奴に娘を守らせる訳ねぇだろ!!!!」


 ごもっともな説教だった。


 なんだろう、この残念イケメンとかのカテゴリーでは収まりそうにない男。

 こんなのが近場にいるんじゃ、そりゃ護衛も付けたくなるわな……


「くっ……ここは一旦引きますが、僕は諦めませんよ。ルウェリアさんを守るのは僕だ。僕だけが彼女の崇高さを理解出来る。お父様もすぐに後悔する筈です。そんな訳のわからない男をルウェリアさんに近付ける危険性!」


 最後よくわからない締めの言葉で、嵐は去った。

 猛獣だ猛獣。

 少女漫画とか悪役令嬢ものには絶対出て来ないタイプのイケメンだったな……


「まぁ……そういう訳だ」


「大体理解しました。確かに護衛が必要ですね」


「頼む。あんま言いたかねぇが、親衛隊とやらには奴以上に頭ブッ飛んだ男が他にも何人かいるんだよ」


 ええぇ……嘘でしょ?

 今のあのイケメンって四天王で最弱系?


「ま、あの親衛隊の連中相手なら多少臓器が飛び散るくらいやっちまっても文句は言わねぇからよ」


 何気に御主人もまあまあヤバい人ですよね。

 顔はダンディというか結構渋めなのに、言ってる事は大体ヤクザじゃないですか。

 娘の事になると一気に振り切るよな、この人。


「そういえば、ルウェリアさんは何処に?」


「娘なら寝てるよ」


 寝てる……?

 まだ日中なのに?


「ちょっと身体が弱い娘でな。調子の悪い日は休ませてるんだよ。そういう時は護衛はなしで構わねぇ」


「わかりました。あの、さっきのイケメンクリーチャーの家に苦情入れるとかは無理ですか?」


「無理だな。それやったら問答無用でこの店潰されるだろうよ。あそこはそういう家だ」


 大富豪だったっけ。

 大体イメージ通りだな。


「ちなみに、どんな職業で金持ちになった家なんですか?」


「娼館」


 納得し過ぎて鼻血が出そうになった。





 それから――――


「……んー」


 宿に戻って残りの資金を確認してみたところ、5712Gだった。

 日本円にして57万1200円。

 当面の生活費としては十分だけど、貯金としてはやや心許ない。


 これが日本で生活するのならいいけど、この世界にはやっぱり保険制度は確立されていないらしい。

 だから年金と国保は払わなくていいけど、その分医療費がやたら高い。

 聞いた話だと、病気で入院したら一日数千Gかかるらしい。マンハッタンかよ。


 あと税金も高い。

 酒もタバコもスルーしてたし賃貸だったから、日本で払っていたのは所得税、住民税、復興特別税、消費税くらい。

 それに対し、こっちだと収入に関係なく住民全員が払う『人頭税』、住民税と同じ意味合いの『都市税』、どっかの知らない国教の教会に支払う『教会税』が主な税金なんだけど、これだけで収入の三分の一が飛ぶ。


 特に高いのは都市税だ。

 これだけで人頭税と教会税を足した額より高い。

 ボッタクリにも程がある。


 まあ、終盤の街はそれだけ過酷な環境で成り立っているんだろう。

 その割に、治安維持に金かけていないってのが気になるところだけど……


 ……ん? 今のノックの音か?

 

「トモ。ちょっと良い?」


 コレットか。

 そういえば同じ宿に泊ってるんだったな。


 ……まだ夜じゃないとはいえ、自分の部屋に女性が訪れるのってなんかドキドキするな。

 中身30代でこれはちょっと恥ずかしい。

 でも経験ないから仕方ないよね。


「今鍵開けるから待って」


 当たり前だけど和風でも洋風でもない、脚が動物の脚っぽい奇妙な形の木製のテーブルに置いていた鍵を使って扉を開けると、そこには青ざめたコレットがいた。


「トモ……どうしよう」


「どうしようって、どうしたんだよ。顔色悪いぞ」


 ルウェリアさんに続き、彼女も体調を崩したのかと思ったが、どうやら違う。

 その身体は微かに震えていたけど、原因は体調でも寒さでもなく――――

 

「私……冒険者ギルドのギルドマスター選挙に立候補する事になっちゃった」


 運極振りではなくなった結果、訳のわからない事態に巻き込まれていた。


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