第025話 様ですかマジですか

 ギルドマスター、通称ギルマス。

 ゲームの中には、ギルドをチームやパーティと同義で使っている作品もあって、その場合はギルマス=チームリーダーみたいな感覚なんだけど、基本的にはギルマスっていったらギルドの創設者や代表者を指す。


 当然、この世界のギルマスもそっちだろう。

 つまり――――


「冒険者ギルドの代表選挙に出る……って事?」


「う、うん……」


 俺の部屋に入って、ベッドの上に腰掛けたコレットは何故か恥ずかしそうにしている。

 若輩者の自分がそんな選挙に出る事自体が烏滸がましい、とでも思っているんだろうか。


「それって凄い事なんじゃないの? だって当選したらギルドのNo.1なんだろ? あ、でもそれだと引退って事になるのか」


 代表者ともなると、大抵はその職業を引退した人物が就くポジションだろう。

 現役の冒険者がギルドの代表ってのは、どうにも想像が付かない。


「それは……わかんない。ギルドマスターって言っても、やる事自体はそんなに沢山はないって言ってたし。掛け持ちでも一応出来るみたい」

 

 いやいや、それは無理でしょ。

 要は職業斡旋所の社長な訳で。

 経営方針の決定とかトップ営業とか財務管理とか、幾らでもあるでしょうよ。


 もしかしてこの子……騙された?

 レベル78の有名人って事で、無理矢理担ぎ上げられてないか?


「一応聞くけど、その話って何処から湧いて出たのさ」


「えーっと……掻い摘んで話すと、今のギルマスがもうすぐ引退する事になって、後釜を誰にするかって話から選挙で選ぶのが良いって流れになって、それで……マルガリータから推薦されて」 


「マルガリータ?」


「トモも知ってる娘だよ。ほら、ギルドで受付嬢やってる……」


 ああ、あの急にドギツイ下ネタぶっ込んでくる人ね。


「唯一の友達から推薦されたんで、断ろうにも断れなかった訳か」


「……」


 な、なんか凄い目で睨まれてるんですけど。

 どったの急に。


「トモは私の友達じゃないの? 私は……友達だって思ってたんだけど。この前そう言ったよね? トモもわかり合った感じだったじゃん!」


「いや、俺は男女の友情は成立しない教に入信してる立場なんで」


「そんな宗教絶対ないよね! あ、そっか。トモは私を仲間だって思ってるんだ。そうだよね、私達同じ冒険者仲間だもんね! ねー♪」


「そのネタはもういいよ、しつこいし」


「ネタじゃないよ! 私本気だから!」


 だから目を血走らせないで……童顔でも怖いんだって。


「そうは言っても、ギルマスになるんなら俺に拘る必要はなくなるだろ? そもそも、なんで掛け持ちなんてする必要あるんだよ。普通に引退すればいいじゃん。コレットが拘ってるのは親や親を援助している連中へのメンツなんだろ? 魔王討伐は出来なくなっても、ギルマスになれば連中の顔は十分立つんじゃないか?」


 特に驚かれるような発言じゃない筈なのに、コレットは目を点にして、その後皿にして、そして線にした。

 この子も情緒不安定系だよな……スペシャルラピッドサイクラーだろこんなん。


「私にギルドマスターなんて勤まると思う? 絶対何処かで致命的なミスをして、すぐポンコツなのがバレて、色んな人の顔に泥を塗るに決まってるよー……」


 そう言われると、そんな未来が見えなくもない。


 コレットは決して頭は悪くない。

 寧ろ良いと俺は思ってる。


 でも、彼女には俺と同じ逃げ癖がある。

 そういう人間は、人の上に立つのには向いていない。

 元レベル78の冒険者って肩書きだけで、この若くて子供っぽい容姿の彼女が周囲に嘗められず立派に代表を務めるのは……無理かもしれない。


「じゃあ辞退すれば? マルガリータさんだっけ、あの人ならちゃんと理由を話せば納得してくれるでしょ」


「それが無理だから、こうして相談しに来たんでしょうに!」


「いや、幾らなんでもこんな事で絶交とかされないから大丈夫だって。そもそも、マルガリータさんって来月仕事辞めるんだろ? 別に推薦をそこまで重要視しないでしょ」


 今後も冒険者ギルドに残るのなら、自分の推薦した人物がギルマスになる意義はとてつもなく大きい。

 でも、そうでないのなら特に意味は――――


「……えっと、そこのところの事情も含めて、一度ギルドマスターと会って欲しいんだけど。ダメかな?」


「え? 俺が? なんで?」


「そうしないと多分、トモは納得しないと思うし……私だけで説明するのは限度があるっていうか」


 なんか煮え切らないな。

 正直、仕事が決まったばっかりの身空で他人の厄介事に首突っ込める余裕なんてないんだけど……彼女に借りがあるのも事実。

 それにまあ、本当に短い間だったとはいえ、確かに俺達は仲間だったんだよな。


「わかったよ。じゃ今から行こう」


「えっ、いいの?」


「明日から仕事なんだ。確実に空いてるのは今日しかない。なら今日行くしかないだろ?」


 一足先に床から立ち上がり、部屋の出入り口に向かう。


「ありがと。トモってそういうとこあるよね」


 まだ出会って数日なのに、幼なじみみたいな反応されてもな。

 とはいえ、悪い気はしなかった。





「……は?」


「だから、この娘がサブマスターのマルガリータ」


「フフ。驚きました?」


 冒険者ギルドの応接室で待つこと体感10分。

 やって来たのは、如何にもギルマスって感じの厳つい剛毛の親父と、マルガリータさんだった。


「いやいやいやいや。なんでサブマスターが受付嬢やってるんですか」


「無論、彼女が受付として優れているからに他ならん。適材適所、それが冒険者ギルドの教訓であり心得なのだ」


 剛毛なギルマスの御仁は、顔に複数の青アザを作っていた。

 えっと……マルガリータさんが言ってた無能の上司って、この方だよな?


「ちなみに、この二人は恋人同士」


 コレットの説明を聞くまでもなく、容易に想像出来た。

 いやぶっちゃけ愛人関係だと思ってました。

 恋人なら思ったよりずっとソフトな関係だ。


 何にせよ、そういう関係じゃなきゃ上司相手に暴力は振るえんよな。

 いや本当はそれでもダメなんだろうけど、剛毛ギルマスが多分ドMなんだろう。


 ほら、毛って自分を守る為に生えるって言うし、剛毛って事は普段から色んな場所に痛みと刺激を与えられてると思う訳よ。

 顔も半分くらい髭だし、鼻毛も出てるし、胸毛は服からはみ出てるし、腕も毛で覆われてるし、凄い防衛反応じゃん。


「えっと、コレットの話だとマルガリータさんも辞めるとの事ですけど……」


 二人とも辞めるのなら、普通に考えれば結婚でもするか、既に子供を授かってるかだと思ったんだけど、コレットが言うには寿退社じゃないとの事。

 だったら一体どうして……


「はい。このままだと私、コレをスクラップにしてしまいそうなので」


 ……物扱いですか。

 そして、彼女の発言を鼻の穴を広げて聞いているギルマス。

 完全に主従関係が成立している。


 なんだろう。

 この気持ちはどう表現すればいいんだろうな。

 子供の頃に俺より勉強もスポーツも出来なくて劣等生だった従兄弟が、カリスマ美容師になってモテモテの日々を過ごしてるらしいって風の噂くらい『知らなきゃ良かった』感がハンパない。


「フッ、察しの通りオレはマゾだ。そして彼女は猟奇的なサドだ。オレが今日までギルドマスターの大役を果たせてきたのは、彼女の色んな攻めがあったからこそ。その種類は実に多岐に亘り……」


「あ、すいません。そのくだり要らないです」


「嗚呼、良い……良いよォ……」


 マゾ剛毛ギルマスの頬は紅潮させて悶えてしまった。

 別に彼を喜ばせる為に言った訳じゃないんだけど……


「彼女とオレの相性は最高だった。だが幾らマゾとはいえ悲しい哉、肉体的な耐久力には限界がある。ここ一年の酷使でオレの身体はボロボロだ。よって潔く引退する事にした」


「やっと無能が去る日が来たって冒険者全員大喜びよ」


「んんッ……たまらんッ」


 たまらんのはこっちです。

 これ何の時間なんだ? 拷問?


「そういう訳で、彼と私は来月一緒に辞める事にしたんです。私もそろそろ限界を感じていましたので。このままだと殺人者になりそうで」


「モンスターに殺されるのとは違って、人間から殺められたら蘇生魔法で生き返るとは限らないもんね」


 それは初耳だ。

 どういうシステムなんだろう。

 転生前の俺と同じで、魂寿命と関係があるのかもしれないな。


「そこで、次のギルドマスターの候補者として、サブマスターの立場から彼女を推薦したんです。誠実だし、魔王討伐には消極的だし、ピッタリだと思って」


「だから無理だってば~! 私に勤まる訳ないよ~!」


 コレットは半泣きでマルガリータさんの服を掴んで揺さぶっているけど、マルガリータさんの方は全く気にも留めていない。

 まさかこのご指命、コレットを苛める為って事はないよな?


「心配せずとも、マルガリータ様のサドっ気が発揮されるのはオレにだけだ。他意はない」


「様ですかマジですか」


 筋金入りのモノホンですね。

 これはもう、一々ツッコんだら負けって奴だな。

 今後は極力触れないようにしよう。


 にしても、サブマスターから直々に指命か。

 しかもそのサブマスターにギルマスは絶対逆らえないという地獄の構図。

 道理でコレットが俺に泣きついてきた訳だ。


「いやでも、彼女にギルマスは無理だと思いますよ? そりゃ良い所も沢山ありますけど、基本ポンコツでヘタレですし」


「トモ……」


 思いっきり批難されて何でそんな嬉しそうなんだよ!

 お前もマゾなのか!?


「大丈夫ですよ。この役立たずのロクでなしですら全う出来た役職ですから。コレットなら間違いなく勤まります」


「んくッ」


 その大人のオモチャ入れられて遠隔操作されてるみたいな反応やめてギルマス!

 夢に出て来そうでマジ無理だから!


「ふゥ……では丁度良い機会だ。冒険者ギルドのギルドマスターについて、簡単に説明しよう」


 賢者モードにでも入ったかのように、変態ギルマスは急に精悍な顔つきになって解説を始めた。



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