第019話 死んだ人間みたいな目
施設警備業務は、施設によって多少異なる部分もあるけど、監視と巡回が基本だ。
監視は現地で防犯カメラのモニターを使って行うのが基本だけど、小規模な施設の場合、センサーを取り付けていて反応があった際に詰め所から駆けつける機械警備によって行う場合もある。
日中は特定の場所にずっと立ったまま監視をする『立哨』もよく行うけど、俺は夜間が多かったからあまり経験はない。
一方、巡回については監視よりも確認、抑止力の意味合いが強い。
施設内、若しくは周辺を歩き回る事で、不審物が置かれていないかをチェック出来るし、万引き防止にもなる。
勿論、不審者がいれば声をかける事になるけど、夜間にはそういったケースは余りない。
最も多いのは酔っ払いが前後不覚の状態で迷い込んでくるパターンで、次に多いのは若者の肝試し的なノリの侵入。
ただ、割とありそうなこのケースも頻度としては稀な部類で、大抵の施設ではこれら以外で人が深夜に入って来るなど滅多にない。
だから、今回みたいな『絶対に怪盗がやって来る』というパターンは、当然だけど経験がない。
俺の約十年の警備員生活は、全く役に立ちそうにない。
……異世界に来て転生前の経験が活かせないとか、醍醐味の欠片もないな。
高校時代の得意分野が全然活かせなかった大学時代を思い出して泣きそうになるぞ。
マジ暗黒期。
「どうしたの? 死んだ人間みたいな目をして」
「その例えを人間にするのはおかしいし、死んだ人間の目に詳しい事がまず怖い!」
コレットの顔はキョトンとしていた。
そうですか、俺のツッコミはピンと来ませんか。
これが次元格差ってやつですね。
先程までの最悪の空気はどうにか収まった店内では現在、作戦会議の真っ直中。
予告状にあった『春期遠月16日』とは明日の事らしい。
つまり、もう時間がない。全くない。急がないと何も出来ずに明日を迎えてしまう。
「実際に被害に遭った人達の話を聞くべきだと思います。その上で、有効と思われる策を練りましょう」
「おっそうだな」
「そうしましょう」
……ダメだ、空気は変わっても御主人とルウェリアさんの心の抉れが治ってない。
二人とも全く話が入って来ないって顔だ。
「……お二人は普段のお仕事に戻って下さい。後は俺とこのポンコツレベル78でやっておきます」
「ポンコツとレベル78をくっつけないで! ポンコツのレベルが78みたいじゃない!」
「その解釈で何か問題でも?」
「……いえ、ないです」
コレットは空気を察してか、一足先にすごすごと店の外へ出て行った。
「えっと、それじゃ怪盗メアロの被害に遭った店を教えて貰えますか? 今日中に回れる所は全部回ってくるんで」
――――そんなこんなで、怪盗メアロ被害者の会とでも言うべき各店舗を巡ってみたはいいものの……
「何一つ収穫はなかったねー」
夕暮れ時、肩を並べて歩くコレットの言うように、訪れた23軒の店の内、有効回答はたったの9軒しかなく、しかも揃って『気付いたら盗まれてた』の一点張りだった。
目撃者が誰もいないのは既に聞いていたけど、侵入経路や盗まれた時間すらわからないとはな……
「大型店舗ならまだしも、ルウェリアさん達の武器屋と変わらない規模の店まで『いつ盗まれたのかわからない』っていうのは異常だよ。普通の手口じゃない」
「なら、異常な手口って事なんじゃない?」
そう言われても……こっちはこの世界のノーマルな手口すら知らないから何とも言えないんだよな。
前の世界なら、防犯カメラがあるから盗まれた瞬間を映像で確認出来る。
でもここにそんな物はない。
極論を言えば、防犯体制に不備があったのを認めたくないから口裏合わせて『いつの間にか盗まれてた』って事にしている可能性だってある。
でもそうじゃない場合、超常的な力が働いているとしか思えない。
例えば――――
「瞬間移動できるスキルって存在してるのかな」
「魔法だったらあるよ。【テレポーテーション】っていうやつ。でも使える人は世界で数人しかいないし、着地点は各街の聖噴水の前に限定されるけど」
その脱力感しかないコテコテな名前はともかく、着地点限定だと犯行には使えないな。
だとしたら他には……
「遠くにある物質を一瞬で自分の手に収めるスキルとか魔法は?」
「近いスキルならあるよ。盗賊がよく使う【略奪】ってやつ。効果範囲内の物を手に吸い付けるスキルだったかな」
ミもフタもないド直球な名前は置いておくとして、そのスキルなら犯行が可能かもしれない。
でも盗賊の有名スキルが手口だとしたら、あまりに当たり前過ぎるよな。
「ただし効果範囲なんてどれだけ長くても腕一本分って話だよ? 誰にも見つからずに盗むのは無理なんじゃないかな」
だろうと思った。
この高レベルの冒険者が揃う街で姿さえ晒さず完全犯罪を繰り返す怪盗が、そんな単純な訳ない。
現状、手口の特定は不可能か。
「なら、一日中こんぼうの前で見張り続けるしかないかな……」
「だろうねー。君と私、二人でやろっか。武器屋の二人は集中力に欠けているみたいだし、危険も伴うから」
「心を抉った張本人がよく言えたな」
白い目を向けてやったけど、コレットは俺に目を合わせず明後日の方向を見て口笛のような吐息を漏らしていた。
「あと、代わる代わるじゃなく二人で同時に見張ろう。一人だけだと何があるかわからないし。トイレ休憩もなしで」
「え……?」
警備は二人一組が基本。
とはいえ、巡回にしろ立哨にしろ必ず二人同時って訳じゃない。
寧ろ大抵は一方が休憩している間にもう一方が仕事だ。
でも、それは人件費に限界があるから。
単純に防犯の観点で言えば、警備の稼働人員が多いに越した事はない。
「例えばだけど、怪盗メアロが眠らせる魔法とか使ってるかもしれないだろ? で、見張ってた奴は自分が居眠りしたと勘違いして、それを隠す為に『ずっと見てたけど気付いたら盗まれていた』と証言する訳だ。仮にそうだとしたら、防ぐには二人いた方が良い」
「り、理屈はわかるけど……トイレなしはちょっとした暴挙だよね? っていうか、もしかして私を苛めてる?」
「……あ」
そういえば彼女、ちょっとだけお漏らししたんだった!
すっかり忘れてた……
そりゃ大学以降、友達出来なかった訳だよ俺。
「ご、ごめん。そんなつもりはなかったんだ」
「そんなつもりはないのに、あんな事言ったんだ。ふーん」
コレットの目から光が消えていく。
同時に、上半身がユラユラ左右に揺れ出した。
いや怖いって!
「女の子が見張りをするのに……トイレなし? 何ソレ、どういう性癖? プレイ? 戯れ?」
やめて! 発言する度に首を極端に傾けないで!
「あはは。おもしろーい」
ヤバいヤバいヤバイ!
今のこいつは攻撃極振り状態だぞ!?
俺の身体なんて一撃で五臓六腑が四散してしまう!
「……ま、いいけど。そんな嫌味言うタイプじゃなさそうだし」
「信用してくれるのか?」
「そりゃするよ。トモは私と一緒に魔王討伐もしないでダラダラ冒険者を続ける大事な仲間だもん」
まだ諦めてなかったのかよ!
ヤンデレ気質にストーカー気質って、これもう既に犯罪者予備軍じゃん!
「いや、そこまでするならさ、もういっそ口封じした方が早いんじゃないの? されたくはないけどさ」
「……そんなの、しないもん」
何故かふて腐れたようにコレットはそう呟き、早足で武器屋の方へ向かって歩を進めた。
「あ、ちょい待ち。先に冒険者ギルドに行こう。アンタのパラメータを再振り分けしないと」
「やってくれるの?」
そりゃ、今のままだと軽いツッコミで殺されかねないからな……
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