第018話 精神はもうジュクジュク
手段にはドン引きしたけど、取り敢えず防具屋の主人がシロっぽいのはわかった。
そうなるとますます、この武器屋に鬼魔人のこんぼうが渡った事を怪盗メアロが知っていた理由がわからなくなる。
いや……待てよ。
以前ここに俺がこんぼうを渡しに来た時、屋根の上にいたあのメスガキ。
もしあいつが怪盗メアロ本人、若しくは関係者だとしたら、あそこで武器の仕入れを見張っていたのかもしれない。
そして、武器屋に目当ての武器が入った事を確認して、予告状を出した。
これなら一応、辻褄は合う。
まあ、合ってるのは辻褄だけで、見張りまでして入荷を待つ意図はまるでわからないんだけど。
予告状を見る限り、この武器屋が嫌いという感情は凄く伝わってくる。
恐らく、あの品揃えに酷く憤りを覚えているんだろう。それ以外に理由は見当たらないし。
この街の景観を気に入ってるみたいだから、それをこの武器屋の商品が損ねていると感じているのかもしれない。
だとしたら、こんぼうが狙われたのは……他の武器に触りたくなかったからか?
普通に呪われてるとしか思えないのばっかだしな。
「怪盗メアロの目的は武器そのものの窃盗じゃなく、この武器屋を潰す事にあるのかも。予告状に憎しみが詰まってるし」
「何ィ!? なんでそこまで怪盗に恨まれなきゃならねぇんだよ!! 寧ろ恨むのはこっちだろ! こちとら武器一つ盗まれるだけで生活が傾くくらいカツカツなんだよ! 死ぬんだよ!」
そこを力説されても……よく今まで潰れずに来ましたね。
でも、この怒りは良くわかる。
店の駐車場の警備員とかやってると、たまに万引きする奴と遭遇したりするんだけど、その時の店側の怒りは凄まじい。
特に本屋みたいな薄利多売の商売だと、一つ盗まれるだけで取り戻すのに何倍もの数を売らないといけないって言うしな。
「お、お父さん落ち着いて下さい。目玉が飛び出そうです。飛び出たら元に戻りません」
「キィィィィィィィィィィィィィ」
何その奇声!?
怖いよ御主人……
まあお怒りはご尤もなんだけど、どうやって宥めよう?
まさか『いやね御主人、この店の品揃えが街の景観を損ねてるんですよ』とは言えないし。
仕方ない、現実的な話をしてクールダウンを狙おう。
「あの、逆恨みって事もありますし、世の中色んな人がいますから。仮に怨恨による犯行だとしたら、被害は商品が盗まれるだけに限りません。被害が娘さんに及ぶ可能性もあります」
「え? 私の目玉が飛び出すんですか?」
違う、そうじゃない。
「娘が……? おい、その話は本当か? 怪盗が娘の心を盗むっていうのか……?」
違う違う、そうじゃ、そうじゃない。
「冗談抜きで、傷付けられる恐れがあります。警察……じゃなくて、この街の治安を守っている組織に連絡して、対応して貰っては?」
ここは城下町。
王城のお膝元なんだから、城から事案抑止の為に兵士が派遣されていても不思議じゃない。
仮に派遣がなくても自警団くらいはあるだろう。
気にはなっていた。
そういう話が全然出て来ない事が。
「……この街に来たばかりのお前さんは知らなくて当然だが、ここでそういう連中に頼るのは難しいんだよ」
「その件は私が説明します」
露骨に顔を曇らせたコレットが介入してきた。
彼女にとっても、余り良い話じゃなさそうだ。
「まず前提として、この街に王城から兵は派遣されない。治安は街の住民だけで守ることになってるんだけど……それを担当しているのは五大ギルド」
五大ギルド……
やっぱりこの世界、ギルドのバーゲンセールやってんだな。
「冒険者ギルドもその中に入ってるのか?」
「うん。ヒーラーギルドもね。残り三つはソーサラーギルド、職人ギルド、商業ギルドだよ」
「え、他は兎も角ヒーラーギルドも? そりゃ回復を担うヒーラーの重要性を考えれば不思議じゃないけど、詐欺師集団なんだろ?」
「権力があるから、詐欺まがいの行為がまかり通ってるって考えれば納得出来ない?」
成程、確かに納得だ。
そして最悪だ。
権力持った詐欺集団ほど鬱陶しい連中はいない。
「各ギルドが持ち回りで人員を出して、警邏に当たるのが風習だったみたいだけど……今それを実践してるのはごく一部のボランティアだけで、実質機能してないんだよ」
「なんでまたそんな事に? 治安維持ってメッチャ大事じゃないの?」
「そこはホラ、他の街とは事情が違うっていうか、聖噴水があるからモンスターは街中に入れないし、高レベル帯の冒険者がウロウロしてるから悪い事も出来ないし」
言われてみれば……仮にギャング的な組織があっても、魔王討伐直前の連中が大勢いるこの街じゃ、一瞬で壊滅させられるよな。
仮にそのハイレベルな冒険者たちが悪に染まっても、数の暴力で直ぐ鎮圧出来る。
抑止力が圧倒的過ぎて、犯罪なんて迂闊に起こせない環境だ。
そう考えると怖過ぎるなこの街……精神的ゴーストタウンだよ。
「そこのコレットさんは数少ない、警邏を受け持ってくれている冒険者だ。住民はみんな感謝しているよ。いつもありがとうな」
「い、いえいえ! 夜間限定で、それも三日に一回だけですし……」
ああ、だからここまで付いて来たのか。
一応この街の治安を守る立場の彼女にとって、今回の件は完全に他人事って訳でもないんだな。
「それに、ギルド同士の諍いで皆さんにはご迷惑をおかけしていますし……」
「五大ギルドってお互い仲悪いの?」
「んー……まあ……ちょっと」
歯切れが悪い上に具体的な事は言わないあたり、闇深案件っぽいな。
関わり合いになりたくないから、首突っ込むのは止めておこっと。
「そんな事情で、頼れる組織ってのはねぇんだ。自分達の身は自分達で守れってこったな」
「大丈夫です! 私やります! すっごくすっごく頑張ります! どんと来い怪盗!」
ルウェリアさんは意気込んでいるけど、多分戦力には数えられていない。
見るからに非力っぽい身体付きだしな……
「一応確認ですけど、盗むと予告された物を外部に隠したり、強い人に預けたりは……」
「出来ねぇな。どっちも過去に試した店があったが、それでも予告が達成される確率は100%だ」
つまり、店の外の何処かに隠しても、高レベルの冒険者に預けても、絶対に奪われている訳か。
何者なんだよ怪盗メアロ。
だとしたら、他の連中に協力を仰ぐのは難しいな。
下手に引き受けて守りきれなかったら、恥かくだけだし。
善意で協力して、それが失敗したからといって白い目で見られる世の中ではあって欲しくない。
けど、ここはハイレベルな強者だけが住まう街。
プライドも人一倍高い連中ばかりだろう。
「俺達の場合、標的にされたのが貰い物だから、経済的な意味じゃ傷手にならねぇ。でも、予告されて盗まれたとなれば武器屋の信用に関わる。信用ってのは、崩れる時は一瞬だ」
その通り。
本当にその通りだ。
だったら――――
「あの、俺が警備……見張りをやります。やらせて下さい」
俺は彼らに恩があって、疑惑を晴らしたい。
そして、可能ならこの街で信頼を得たいと思っている。
なら、他に選択肢はないよな。
「だ、ダメです! これは私達家族の問題で、旅人さんを巻き込む訳には……」
「俺の問題でもあります。ターゲットになってるこんぼうを差し上げたのは俺なんですから」
ルウェリアさんの目を見てそう告げた後、今度は御主人と目を合わせる。
さっきはああ言ってくれたけど、彼の中で俺はきっと容疑者だ。
そんな俺を見張りにさせるのは、彼等にとってリスクがある行為だろう。
断られる可能性もある。
いや寧ろ高い。
社会的信用は、簡単には得られない。
積み重ねるしかない。
それでも俺は――――ずっとそれを得られなかった。
何年働いても、実績は得られなかった。
そりゃそうだ。
警備員の仕事は、滅多な事では何も起こらない。
もし頻繁に犯罪者が現れるくらい治安の悪い場所なら、そもそも俺みたいな格闘術を何も身に付けていない人間が務まる筈がない。
警備員にもピンからキリまでいる。
俺は当然、キリの方だ。
そんな俺らの仕事は、ただそこにいる事、それが何より求められる。
もし同業者にこう言えば、一緒にするなと叱られるだろう。
でも俺にとってはこれが現実だった。
俺は何一つ、社会的地位も信用も得られなかった。
夜に職場に向かう際、何度も職務質問を受けた。
同じ警官だった事もあるけど、顔は覚えられていなかった。
多分、ずっと下を向いていたからだろう。
今もそうだ。
自分に自信がないから、つい俯いてしまう。
変えたいと思った事はない。
いつの間にかこうなって、自分の中で定着した、いわば癖だ。
癖ってのは大抵、自分自身の心が投影されているものだ。
俺は、誰かに信用される自分になりたかったのかもしれない。
さっきのコレットみたいに。
だから――――
「わかった。お前さんに頼もう。お前さんを信じるぜ」
「……! ありがとうございます!」
「おいおい、礼はこっちだ。ありがとよ、こんな店を気にかけてくれて」
嬉しかった。
信用されている訳じゃない。
意気に感じてくれたから、そう言ってくれているだけだ。
信用に値する人物には程遠い。
それでも第一歩。
踏み出せた事が素直に嬉しい。
「こんな店、じゃないです。お父さんが建てたご立派なお店です。私にとっても大事な……とっても大切な場所です」
ルウェリアさんが怒ったような、でも全然怖くない顔で、切々と御主人に語る。
彼女は間違いなく優しい。
きっと、俺を排除したりはしないだろう。
「だから、守りましょう。旅人さん、お礼は守り抜いてから言わせて下さい。その方がずっと心からのお礼が言えると思うので」
……それだけに、怖い。
何の力にもなれず、彼女の大事な場所を傷付けてしまうのが。
なんか自分の中で色々盛り上がって、つい進言しちゃったけど……これって責任重大どころの騒ぎじゃないよな?
それに、怪盗メアロがメチャクチャ強かったらどうする?
それこそ、俺が一番忌避してた死のリスクだってあるぞ?
一時の感情に身を任せて血迷ったかも……
「どうされました? 顔から水滴がすっごい出てます」
「魂が熱くなってる証拠です! 是非祝勝会をしましょう!」
そう言いながらも、心の中はプレッシャーでグロい事になっていた。
こういう見せ場が全然ない人生だったからな……耐性がなさ過ぎて蹂躙され放題だ。
俺の精神はもうジュクジュクだよ。
「私も手伝います。これも職務の範疇ですから」
コレットの申し出は予想してはいたけど、正直すんごいありがたい。
彼女がいるのといないとでは大違いだ。
俺のスキルを使えば、彼女のレベル78を最大限に活かせるからな。
「助かるぜ」
「がんばりましょう!」
腕組みしながら、御主人は笑う。
その隣でルウェリアさんも、ドヤ顔で笑っている。
良い空気だ。
よし、俺も覚悟を決め――――
「ただ、その前に一つ大事なことを確認させて欲しいんですけど。陳列された商品を見て、熟考した末の私なりの見解なんですが……ここは呪われている武器屋ですか? 魔王軍の陰謀でこうなったのですか?」
コレットさん?
「若しくは、悪魔崇拝の集会か上級悪魔召喚の為に使用する儀式用品のお店かとも思ったんですが……どっちですか?」
空気読めし!
いやわかるよ気持ちは。
わかるけど、このタイミングで言う事じゃねーし!
「……このお店で売ってる武器はみんな、私とお父さんがカッコ良いと思った物を取り寄せたか、一生懸命デザインを考えて職人さんに作って貰った物です。怪しい儀式の道具じゃ……ないです」
ほらールウェリアさん涙ぐんでんじゃん!
良い雰囲気が台無しだよ!
「そ、そっか! そうですよね! サバト専門店とかそんな訳ないですよね! やだなー私変な事言っちゃったなー! アハハ!」
いやもう遅いってコレットさんよ……御主人の目も死んでるよ。
ただでさえ、自分達のお気に入りの武器じゃなくてこんぼうが狙われた事でプライド傷付いてたのに……
「えー……まー……その、なんだ。よろしくな二人とも」
「がんばりましょう」
なんか俺まで距離置かれた!
二人とも全然目を合わせてくれない!
本当、信用って崩れるの一瞬だな。
身をもって体験したよマジで。
「俺もそちらに貰い事故させた手前、強くは言えないけどさ……そりゃ友達出来ないよアンタ」
「しゅいません……」
こうして最悪の空気の中、俺の異世界での警備員デビュー戦は幕を開けた。
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