第017話 裏切りと寒い日とお前たちの武器屋は嫌いだ

 予告状



 どうして我がこれを書いたのかをよく考えろ。

 お前たちの店は最悪も最悪、北の厄災くらい最悪だ。

 商品にセンスの欠片も感じられない。

 というか異常者の棲まう店だろどう考えても。

 よくその感性で武器屋を開こうと思ったな。

 理解に苦しむ。

 筆舌に尽くし難い苦しみだ。

 どれくらい苦しいかというと、魚の大きい方の骨が喉に突き刺さって常時鈍痛があるくらいの苦しみだ。

 それか、ちょっと堅めのパンを無理して食べていた時に、明らかにパンとは歯応えが違う固形物を噛んでしまった感触があって、これ絶対歯が欠けた奴だと自覚した時の精神的苦痛と同じくらいだ。

 度し難い。度し難いぞうぬれら。

 我はこのアインシュレイル城下町を心から愛している。

 この街は良い。

 無骨な王城とは対照的に、華やかで賑やかで色んな店がある。

 とても素晴らしい景観だと思う。

 多くの冒険者が集う街に相応しい充実した店構えが好きだ。

 大通りに面した店はどこも色とりどりで、人間の虚栄心と下心をこれでもかと主張してくるのが好きだ。

 壁の至る所に施された無意味な装飾がくすんで黒くなり果てた様相が好きだ。

 噴水の周りにこれみよがしに木々を並べ、さも自然と調和したかのように振る舞っている謎の満足感が好きだ。

 住宅街の民家が我こそは一番と競い合い、全体の景観を無視して無駄に大きな家を建てている事で生じた凸凹感が好きだ。

 清潔に保たれた表通りと全然違って沢山のゴミが捨てられたまま悪臭を漂わせている外れの小路が好きだ。

 歓楽街の下品さを隠そうともしない客引きたちの媚びた笑みが好きだ。

 スラムに住むプライドだけ高く現状から一向に抜け出そうとしない汚泥のような目をした生きる屍たちが好きだ。

 路地裏で放置されたまま二度と動かない時計の残骸と、中身が蒸発した酒樽の腐敗した匂いが好きだ。

 霧が立ちこめた時に薄っすらと滲む街灯の光が好きだ。

 人通りの少ない雨の日にはしゃぎ回る子供達の甲高い声が好きだ。

 裏切りと寒い日とお前たちの武器屋は嫌いだ。


 よって春期遠月16日に鬼魔人のこんぼうを貰い受ける。

 

 怪盗メアロ





「……」


 春期遠月16日ってのは多分、この世界のカレンダー表記だろう。

 一日24時間、一年365日って事はないだろうけど、体感的には一日の朝昼夜は元いた世界とほとんど変わらないし、空を見上げると太陽と同じような恒星がある。

 まあ、そうじゃないと元いた世界と大体同じ感じの仕上がりにはならないだろうし、そこは納得だ。


 にしても……なんだこの予告状。

 戦争でもしたいのか。クリークが好きなのか。


 これだけ長々と書いて、この武器屋を嫌いな理由一切書いてないとか中身ないにも程がある。

 ならもっと簡潔に書けよ。せめて一枚にまとめろ。キッドを見習えキッドを。


 ……まあ、それはいいとして。


 予想はしていたけど、予告状が出された『街で一番ヤバい武器屋』とは案の定、ルウェリアさん達の武器屋の事だった。

 そして、駆けつけて予告状を見せて貰った瞬間、俺は青ざめてしまった。


 怪盗メアロに狙われた鬼魔人のこんぼうとは、紛れもなく俺が彼女達に進呈した武器だ。

 しかもつい先日。

 これはどう足掻いても、関連性を疑われてしまう。


「あの……これやっぱり疑われてますよね、俺」


「まあな。昨日の今日でお前さんから貰った武器が怪盗から狙われたってなると、何もないとは思えねぇだろ」


 仰る通りです。

 どう考えても『あかん、この武器怪盗に狙われとる……せや! 知ってる武器屋に押しつけてやろ!』案件です。

 だからタダであげたと解釈されても仕方がない状況だ。


「そ、そんな事はないです。旅人さんは悪い人には見えませんし、今もこうして駆けつけてくれました」


「って訳だ。もしお前さんがこれを俺らに押しつけたんなら、知らん顔してりゃ良いだけだしな。こうして顔を見せに来たのは怪盗と関係ない証拠だ」


 ありがたい事に、この親子は好意的に接してくれた。

 でも、疑いが完全に晴れている訳じゃないだろう。

 昨日の今日じゃ余りにもタイミングが悪過ぎる。


「私も彼を擁護します」


 コレットが真剣な顔で俺の肩を掴む。

 たった一戦とはいえ戦友。

 嬉しいもんだな、こういうのも。


「少々思わせぶりなところはあるけど、彼は他人を見捨てたり災難を押しつけたりする人間じゃない……と思います。ともすれば。ややもすれば」


「おい、自信がないなら無理にフォローするな」


「そこはまだ出会って二日目なんだから、盲信するのは危険でしょ?」


 言ってる事は正論だけど、ここで俺の心証を悪くする発言は何であれノーサンキューだ。

 それくらい微妙な立場なのを自覚してるからな。


 俺は身分を証明出来ない。

 しかもこの身体の元持ち主とは違う名を名乗った時点で、彼の身分を自分の事のように語るのも不可能。

 まあ、これは敢えてそうなるよう自分で仕向けたんだけど。


 だから、こういう事があると非常に困る。

『そもそも君、何処から来たの』と訪ねられた時、返答に困るからな。

 もう少しこの世界に詳しくなったら、架空の出生地と生育歴を適当に創作して、それをスラスラ言えるようになるまで特訓すれば問題ないんだけど、今は無理だ。


「そもそも、そのこんぼうは昨日、防具屋の主人から無料で貰った物なんですよ」


 あの防具屋が俺に厄介事を押しつけたかどうかはわからない。

 ただこの客観的事実を述べる事で、俺への疑惑は多少逸れる。

 もし無関係だったら申し訳ない気もするけど……結構高い買い物したからそれで許して。


「防具屋って、何処の?」


「んー……名前あったような記憶もあるけど覚えてないな。男女兼用の防具屋だ」


「ああ、あいつか。確かに怪しいな」


 真っ先に武器屋の主人が乗っかってくれた。

 どうやら住民からも訝しい目で見られているらしい。


「なら一応、探りを入れておいた方が良いかな。トモが直接言っても本当の事は話さないだろうし、私がそれとなく聞いてみるよ。あのこんぼうについて」


「助かるけど、良いの? コレットには無関係の事件だけど」


「気にしないでよ。これでトモが冒険者に復帰して私と一緒に戦ってくれるんだもん。安いものだよ」


 気さくな笑顔を残し、コレットは武器屋から出て行った。

 そういえば、ここって名前あるんだろうか。


「……って、おい! なんで勝手に復帰条件を満たしたみたいに言ってんだよ! 冒険者にはもうならないっつってんだろ!」


 あいつどんだけ俺を相棒にしたいんだよ。

 まあ、秘密を握られている相手を目の届く場所に置いておきたいって気持ちはわかるけどさ。

 スマホをどこかで紛失して、新しいのを買っても暫く落ち着かないあの感じと似てるんだろうし。


「旅人さん、冒険者だったんですね。ご立派です」


「いや、昨日なったばっかりなんだけどね。で昨日辞めちゃったんだけどね」


「え……? この街で初めて冒険者になって、その日のうちに辞めたって事ですか? すっごいレアとすっごいレアのせめぎ合いです」


 実際、魔王城の傍のこの街で初めて冒険者になる奴なんて他にいないだろうし、即日辞める奴もいないだろう。

 余計な事を言っちゃたな……なんか余りに空白が怖くて一日で辞めたバイトまで書いた履歴書をまじまじ見られている面接会場の空気みたくなってしまった。

 ますます身元を聞かれかねない状況に――――

 

「ま、誰にだって一つや二つ、特殊な事情ってのはあるもんだ」


 武器屋の御主人……!


 俺を救ってくれたのはこれで二度目。

 もうこの武器屋の品揃えが不気味で気持ち悪いとか絶対言えない。


「それよか、この予告状……怪盗メアロをどうするか、考えねえとな」


 ああ、そっちに話を持っていきたかったのか。そりゃそうだ。


「まだ疑惑が晴れてない中で差し出がましいですが、一つ聞いても良いですか?」


「おうよ。何だ?」


「その怪盗メアロって奴は過去にどういう手口で盗みを働いたのか、公になってますか?」


 手口さえわかっていれば、防ぎようはある。

 とはいえ……


「いや、全くわかってねぇ。そもそも何者なのかさえ誰も知らねぇだろうな。姿を見た奴すらいねぇくらいだ」


 でしょうね。でしょうね。

 予告状なんて出してるのに捕まっていない時点で、何一つ実体を掴めていないのは明らかだ。


「どうして予告状なんて出すんでしょうか……良心の呵責でしょうか。『これ盗みたいけど、ちょっと心が痛むな……そうだ! 盗む物と時間を先に教えれば良い勝負になる! みんな頑張って守ってね! こっちも精一杯盗むよ!』って事でしょうか」


 それは絶対違います、ルウェリアさん。

 でも彼女にはなんか強くツッコめない。


「んー……まぁ……どうだかなぁー……」


 ほら、肉親である御主人でさえ言いあぐねているくらいだし。


「普通に考えたら、目立ちたいからというか、怪盗である自分を世の中にアピールしたいからだと思います」


 いたじゃん、子供の頃。

 万引きした事を自慢してる奴。

 あれの延長線上というか、ある意味本当に病気の中二病とも言う。


 厳密には行為障害で、それが大人になっても持続すると反社会性パーソナリティ障害なんだけど、ここでそれを説明しても何にもならない。

 まさに死にステな知識。


「まぁ、そんなところだろうな。犯行を予告して得する事なんてそれしかねぇし。となると、この盗みも怪盗メアロにとっちゃパフォーマンスって事か……」


 あ、御主人お怒りモード。


「フザけやがって……!! こちとら何日もかけて職人と交渉して、これぞって武器を作って貰って、一点物で勝負してるってのに……なんで俺達の選んだ武器じゃなくこのこんぼうなんだよ!! いや悪くはねぇ武器なんだけどよぉ!」


 御主人はキレるポイントを明らかに間違えていた。

 でも恩人なんでツッコめない。

 何この場所、不思議な霧か黒い霧か妖しい霧でも立ちこめてるの?


「ただいま」


 戻るの早いなコレット!

 レベル78とはいえ敏捷性ヘナチョコなのに。


「辻馬車を使ったんだよ。この近くに待合場があったから。歩いて行くのは時間がかかり過ぎるもん」

 

 辻馬車って……確かタクシーみたいなのだったっけ。

 バスみたいなのが乗合馬車だったな。

 自動車のない世界でも、それなりに移動手段はあるもんだ。


「心当たりはないみたいだったよ。それなりの買い物をした上で話を振ってみたから、嘘は言ってないと思う」


「それなりの……って?」


「オリハルコンメイル。丁度予備が欲しかったから」


 な……

 なんですと!?


 あれって確か50000G……

 情報ゲットの為に50000Gの買い物をしたっていうのか!?


 いやいや、50000Gって!

 500万円だぞ500万円!

 全部課金したら一瞬で名のある廃人達をごぼう抜き出来る額だぞ!?


「えっと、無駄遣いとかじゃないよ? 最近まとまったお金が入ったばっかりだし、本当に欲しかっただけだから。だから重いとか思わないでね?」


 いや重いだろ!

 仮に俺へのアピールとかじゃなくて純粋に善意だったとしても重過ぎて引くわ!

 幾ら伝説の宝石売った金があるとはいえ……


 なんとなく、こいつには今後も友達が出来そうにないと悟った。

 表面上は友達でも、絶対財布扱いされる運命だよ……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る