第016話 回復料を請求
「さあ、どうした二人とも! 俺に話をさせるのか! させないのか! どっちだ!?」
メデオと名乗った男の目は、まるで獲物を見つけた鬼嫁グリズリーみたいな獰猛さと、自分の性癖と完全に一致したエロ画像を見つけた時のモニターに映る俺のような愉悦感を同居させていた。
果たして、まともに取り合ってもいいものかどうか……
「貴方が……あのメデオ?」
コレットは彼について知っているらしい。
あの独特の風貌だし、有名人なのかもしれない。
単に蘇生魔法を使えるヒーラーってだけじゃなく……
「トモ。あの人はこの城下町でもトップクラスのヒーラーだよ」
やっぱりか。
確かになんというか、筋肉に支配されているあの身体付きとは関係なく、凄味のようなものを感じる。
なら話を聞かせて貰うべきか。
「わかった、聞かせてくれ。蘇生魔法について」
「いいだろう! 蘇生魔法の真髄を教えてやる!」
壁に挟まったまま微動だにしないメデオは、そんな事など意にも介さず、ただ俺に蘇生魔法を語れる歓喜だけを顔面から滲ませている。
一体何が彼をそうさせているのか――――
「蘇生魔法はな……蘇生魔法はな……命を救うんじゃない!! 命を奪うんだよ!!!」
え、何……?
どういう事?
「人間はいつか死ぬんだ。しかし誰もが次の瞬間に死ぬと思っては生きていない。死ぬ覚悟が出来るのは、死ぬ事に客観性を帯びた時だけだ。それ以外の時間、例えば急な発作で心臓が止まる事だってあるのに、それを考慮して生きる人間はいない。当然だ。常に突然死の微々たる可能性に怯えて生きるのは余りに愚か。それで悲壮感に囚われ、気力をなくすデメリットの方が遥かに大きい。だから人は日常の中に己の死の概念を持ち込まない。正しい行為だ。だが、ならば体調を崩した時は? 咳をする程度なら風邪を疑うくらいのものだろう。微熱があるのなら尚更だ。では、高熱だったら? 頭痛があったら? 吐き気も催したら? 目眩がしたら? 普段は痛まない箇所が痛んだら? 胸に激痛が走ったら? 多くの人間はこの何処かに、一瞬死が脳裏を過ぎるものだ。では一体、どこで線引きする? 冒険者で例えても良い。ただ単に街を出てフィールドを徘徊するだけなら、死を予感する者は少ない。勝利した経験のある格下のモンスターに遭遇した場合も、まず気にも留めないだろう。ならば自分と同等の力を持っているモンスターなら? 格上なら? 未知の敵だったら? 一撃で大地を抉るような炎を吐いてきたら? 答えは人それぞれ。各々の中に線を引くべき段階がある。ではその判断材料は? 人間は、死を直感ではなく客観性で判断する。『これは死ぬかも知れない』と頭の中で思い描き、ようやく実感する。それが死だ。では、背後から一瞬で首を撥ねられた人間はどうだ? 一切の自覚なく迎えた死。それは自身が観測せずに迎えた死だ。当然、実感などない筈。自分が絶命した事など、頭の中に一瞬すら思い描いていない。そんな死者を生き返らせたら、どんな反応を最初に見せると思う?」
「……ん? 今俺質問された?」
「多分」
余りにも話が長かったんで、途中から言葉というより音を聞いている感覚になっていた。
でも妙な事に、内容は頭に入っている。
まるで魂に刻みつけられたかのように。
要するに、自覚せずに死んだ人間を蘇生魔法で生き返らせたら、第一声で何を言うか……って質問か。
前半まるっと要らなかったろ。水増しにも程がある。
「そりゃ、自分が死んだのを理解してないんだから……混乱するんじゃないか? 殺される直前とは視界も全然違うだろうし」
俺の場合、自分がこれから死ぬのは自覚していた。
あの神サマのいた謎の場所で目覚めた時は、それが夢だと反射的に思ったっけ。
「正論だ。ところが、蘇生魔法で生き返った人間は例外なく、自分が死んだ事を理解している」
「……そうなの?」
「自分が死んだ事さえ気付けていないのが明らかな死に様でも、生き返った瞬間にその人物は、自分が生き返ったと悟るんだ。不思議だろう? 俺はこの理由をずっと考えていた。向こう十年、この事ばかりを考え生きてきたと言っても良い。魔王などより余程重要だからな」
魔王などより、って言っちゃったよ。
コレットと言いコイツと言い、魔王軽視し過ぎだろ。
「熟考の末、俺は一つの仮説を立てた。蘇生魔法は、死者を生前の状態に戻している訳ではないのでは……とな。諸説あるが、回復魔法は人間の自然治癒能力を促進する魔法との見解がある。しかし蘇生は自力では不可能。よって自然治癒とは無関係だ。回復魔法と蘇生魔法が全く別の種類の魔法、若しくは回復魔法も自然治癒とは無関係のどちらかという事になる」
「……なるほど」
いや、この世界における回復魔法の原理は知らないけど、言っている意味はわかる。
回復魔法と蘇生魔法は、同じカテゴリーに入れられがちだ。
全く同じじゃなくても、回復魔法の延長線上に蘇生魔法がある、みたいな感じで俺も受け取っていた。
でも言われてみれば確かに、この二つは全く違う種類の魔法かもしれない。
「俺は前者と解釈した。回復魔法はバフ系の魔法。つまり、一時的に自然治癒力を引き上げる魔法だ。そして蘇生魔法は……」
「蘇生魔法は?」
正直、自分には全く関係のない分野の話なのに、何故か聞き入ってしまっている。
蘇生魔法は一体、どういう性質の魔法なんだ……?
「憤!」
刹那――――メデオの左右の壁が陥没した。
え……何?
もしかして、壁を破壊したのコイツ……
「続きを聞きたければ、ここを訪ねるが良い。真実の扉が開く。その時、お前は知るだろう。蘇生魔法の真の素晴らしさ、そして……生きる事の素晴らしさを」
壁が陥没した事でスペースが生まれ、挟まっていた身体が自由に動かせるようになったメデオは、自分の足下に名刺のようなカードを置き、背を向けた。
これって、もしかして……
「ヒーラーギルド【ラヴィヴィオ】はいつでもお前を歓迎しよう! 俺を頼れ! 俺は決してお前を見捨てはしない! どんな無残な姿になろうと蘇らせてやろう! ではさらばだ!」
なんか雄々しく拳を握り締めて、優雅に去って行くメデオ。
これってやっぱり……
「……勧誘?」
奴の残したカードを手に取って眺めてみると、住所と思しき記載があった。
明らかに地球の文字じゃなくてもすんなり頭に入ってくるのは、魂の残滓って奴のおかげだろう。
「そうだね。ラヴィヴィオが良くやってるパフォーマンスだったし」
やっぱりかよ!
なんか印刷文字っぽい字で『初心者大歓迎!』とか『その決心で人生が変わる』とか書いてるし!
「いやでもさっき、この街でもトップクラスのヒーラーだって……」
「それは本当。今の筋肉男、実際に蘇生魔法も使えるから。ラヴィヴィオには他にも高レベルのヒーラーが沢山いるよ」
え……じゃあ何?
この街ではちゃんとしたヒーラーがあんな新興宗教まがいの勧誘をやってんの?
まあ、話を聞くだけだし実害はなかったけどさ……
「でも、俺ヒーラーでもないのに、勧誘してどうするんだろ」
「彼らの目的はヒーラーを増やす事じゃなくて、専属契約を交わす事なんだよ。契約を交わして専属のヒーラーになったら、クエストを受注した時やフィールド探索をする際は必ず彼らを連れていかなくちゃいけなくて」
それ自体は何のデメリットもないよな。
高レベルのヒーラーなんて、冒険者にとっては貴重な人材だろう。
「で、冒険が一段落したら回復料を請求してくるんだよ」
「……はい?」
「回復させた回数やHPの総量に応じて料金を要求してくるんだよね。しかも明らかに法外な額を。それだけならまだしも、もし蘇生なんてして貰おうものなら、一生お金を強請り続けられるよ。『我々は命の恩人なのだから、これくらいはして貰わないと』って」
な……なんだそりゃ!?
命を奪うってそういう意味なのか!?
「いやでも、そんな請求無視すれば良いだけなんじゃないの? 法に触れる訳でもないし……」
「でも、ラヴィヴィオってヒーラーギルドの最大手なんだよね。請求を無視したら、多くのヒーラーから無視される事になるよ。そうなると魔王討伐どころじゃないかも」
「なんで最大手が詐欺集団なんだよ!」
「そこは何て言うか……ヒーラー軽視の歴史というか。蘇生魔法で命を救ったのに、仲間からそれが当たり前みたいな顔をされ続けた事に内心怒り心頭だったヒーラー達が結束したって言うか」
……それを言われると妙に納得してしまう。
もし自分を死の淵から蘇らせてくれた医者がいたとしたら、一生感謝するよな。
でも仲間が蘇生魔法で生き返らせてくれても、軽く礼を言って終わり。
ヒーラーが内心キレていたとしても不思議じゃないかも……
「ん? アンタさっき、俺にヒーラーを宛がおうとしてたよな。詐欺師を紹介しようとしたんじゃないだろな」
「人聞きの悪い事言わないでよ! 最大手が腐ってるだけで、ちゃんと真っ当なヒーラーも他にいるよ!」
「なら、どこに所属してる誰を紹介しようとしたんだよ。当然知り合いなんだろ?」
「……」
おい、何故目を逸らす。
「えっとね、ラヴィヴィオ以外のヒーラーギルドは儲かってないって話だから、ちょーっと奮発したら専属契約結んでくれるかなって」
「ヒーラーの質は? 蘇生魔法は使えるんだろな?」
「……多分」
こいつ……さては見切り発車で適当言いやがったな!?
「どの道、冒険者に戻る気はなかったけど……これが決定打だな」
「待ってぇ! ゴメン! ゴメンって! でもラヴィヴィオ所属以外のヒーラーで蘇生魔法使える子も絶対いるよ! だってここは魔王城の最寄りの街だもん!」
「まともなヒーラーはみんな他の冒険者とパーティ組んでるか契約してるってオチだろどうせ! 兎に角、俺は死亡リスクのない職業でやり直すの! 蘇生魔法詐欺で人生詰むとか絶対嫌だからな!」
「そんなぁ~!」
レベル78のパラディンマスターが、泣きながらすがりついてくる。
何か特殊な性癖に目覚めそうな状況だ。
「……とにかく、迷惑かけたお詫びもあるから、あと一回は無料でパラメータ調整する。後は自力で仲間作る努力をしてくれ」
「だから、幾らステータスがイイ感じになっても戦闘技術がないから直ぐボロが出るんだってば! みんな私がこの街で最強クラスの剣士だって思ってるんだよ!?」
このザマでよく今まで誤魔化しきれてたな……
バレた奴に金を握らせてたとか?
まあでも、実際に戦ってるところを見られなきゃ、案外バレないものなのかもな。
幾らレベル78でも、終盤の街ならそこまで突出してる訳でもないんだろうし。
実力者って大抵ナルシストだし、案外他人にはそこまで興味ないのかもしれない。
「取り敢えず一旦、ギルドに戻って――――」
「怪盗メアロが予告状を出したぞ!」
「あの武器屋だ! 街で一番ヤバい武器屋が狙われた!」
……大通りの方から、次のトラブルの種が聞こえて来た気がした。
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