第015話 蘇生魔法は良いぞ
アインシュレイル城下町にパン屋は16店舗もあった。
そして、その全てで断られた。
夢は二度死ぬ。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
別に笑いたかった訳じゃない。
滑稽な自分を誇張する事で、取り敢えず気持ちを切り替えるきっかけにしたかった。
それだけなんだからね。
「おい、パン屋の前に泣きながら笑ってる奴がいるぞ」
「大方狂ったんだろ。よくある事だ」
……よくあるんですか。
個性を許さない街ですね。
魔王城に一番近い街だけあって、精神的に追い詰められる人が多いんだろうか。
通行人に冷ややかな目で見られるアクシデントはあったものの、切り替えは出来た。
パン屋になれなくても空は青いし明日は来る。
仕事を探さなきゃいけない。
他に信頼を得られそうな職種か……
社会的信頼って観点なら聖職や学者、ピュアっぽさって観点なら羊飼いか鍛冶師ってところかな。
いや根拠はないけど、イメージ的に。
正直、どれもなれそうにない。
だったらいっその事、調整屋を諦めて、もう一つの特性を活かす方向でやってみるか?
異世界人っていう特性を。
せっかく異世界に来たんだから、前世の知識を活かして人生を無双するっていうテンプレに敢えて乗っかるのもアリかもしれない。
専門的な知識は不要で、この世界にないもの……例えば野球やサッカーみたいなスポーツを考案したフリして普及させてみるとか。
カードゲームやボードゲームでも良いな。
でも、それを涼しい顔して流行らせる事が俺に出来るだろうか?
現代知識チートって、決して楽勝じゃないと思うんだよ。
寧ろ難易度はかなり高い筈だ。
例えば日本で小学生低学年向けの学習塾を開業したとしよう。
小学生低学年の勉強なんて誰でも教えられるし、特別な知識なんて何も要らない。
懇切丁寧に教えれば確実に成果は出るだろうし、画期的な指導法があれば尚更上手くいくように思える。
なのに現実は、全ての塾が成功出来る訳じゃない。
まして何十年も続けられる塾なんて少数だろう。
小学生というと、みんな遊びたい盛りで勉強なんて興味のないお年頃。
そんな彼らにやる気を起こさせ、一人一人丁寧に指南し、テストで好結果を出すまでに導くのは簡単じゃない。
落第者だって出て来るだろうし、中には個性が尖り過ぎて手に負えない子もいるかもしれない。
豊富な知識や優れたアイディアがあるからって、簡単に成功出来るほど甘くはない。
寧ろ、異文化への不理解やギャップが招くトラブル、目立ち過ぎる事による弊害の方が遥かに怖い。
出る杭はどうしたって打たれる。
そして、塾とは決定的な違いもある。
塾講師は勉強が出来て当たり前だし、まして小学生の分野なんて誰でも教えられるから、尊敬されることはあっても羨望の眼差しまでは向けられないと思うんだ。
それに対し、現代知識チートはもし上手くいけば、周囲から天才だ神だと持て囃される。
……なんというか、詐欺師みたいな感覚になりそうなんだよな。
大した事してないのに偉業を成し遂げたように思われる事への罪悪感というか……空しさというか。
金魚がストレスで尻尾をボロボロにするように、心がズタズタになりそうで怖い。
その点、ステータス調整のスキルはこの世界の常識内におけるチート能力。
自分で努力して勝ち得た力じゃないけど、生まれながらに持った才能に近いし、俺だけの個性とも言える。
もしそれで成功を収めれば、現代知識チートとは違った優越感を得られるだろう。
結局はそこなんだよな。
大事なのは自己満足を得られるかどうか。
傍から見れば安い価値観かもしれないけどさ、誰からも褒められず、自分さえも自分に期待しなくなった俺にとって、それを得られるか否かは死活問題なんだ。
心が生きるか、死ぬか。
それはきっと魂が生きるか死ぬかと同義だ。
第二の人生は、心の赴くままに生きたい。
自己満足出来る事をしたい。
その為にはやっぱり、この街で信頼を得るしかない。
よし、新しい仕事を探そう。
想像で動いても時間をロスするだけだから、仕事を斡旋してくれるハロワみたいな場所を探そう。
でもそれって……要はギルドなんだよな。
冒険者ギルドは冒険者に仕事を斡旋する施設なんだし、各職業毎にギルドが存在するんだろう。
なら、ギルドの案内所みたいなところを探すしかないか。
となると――――既に顔見知りのいる冒険者ギルドで話を聞くのが手っ取り早い。
正直、あそこには行きたくなかった。
初日で仕事バッくれたのに失業手当給付の手続きをしに来た狂った奴、みたく思われるの嫌だし。
けどま、行くしかないか……
「トモ! 思い直してくれたんだ! 良かった、これでまた一緒に戦えるね!」
冒険者ギルドに入った途端、コレットに見つかった。
絶対これ偶然じゃないよな?
こいつ、俺が来るのを待ってた……見張ってたのか?
「いや、だから冒険者にはもうならんて」
「なんで!? ここに来たって事は普通そう期待するよね!? 私の心を弄びに来たの!?」
勝手に弄ばれても困る。
あとこいつ、本当に仲間も友達もいないんだな……一人でテーブルに額ひっつけてボーッとしてたけど、それ友達いない学生が教室の机でやるやつじゃん。
……その体勢で、どうやって俺だってわかったんだ?
「まあ一旦落ち着こう。トモは今混乱してるんだよ。昨日の戦いは正直、私ですら苛烈だって思ったもん。初体験であんなの味わったら、嫌になるのも無理ないよ」
「周囲の目を気にし過ぎて話が抽象的になってるからよくわからん」
「嘘だよ、ちゃんとわかってるでしょ? ねートモ、私考えたんだけど、トモは死ぬのが怖いんだよね? 死ななきゃ冒険者続けても大丈夫なんだよね?」
目の血走りが凄い! 必死が過ぎる!
俺から秘密が漏れるのがそんなに怖いのか?
それとも、本当は喉から手が這い出てくるほど仲間が欲しかったのか?
「いやまあ、死ぬのが嫌なのは事実だけど、冒険者に死のリスクは付きものだろ?」
「うん。でも蘇生魔法が使える人がいれば、死んでも生き返る事が出来るよ!」
蘇生魔法……そうか、その手があったか!
大抵のRPGには存在する魔法なのに、すっかり忘れてた。
それに、よくよく思い出せば昨日、酒場で蘇生魔法の使い手を呼んでたよな。
流石終盤の街、回復系では最上級の魔法だろうに、名指しする必要がないくらい使い手がいるんだな。
「もしかしてコレット、使えるのか? 蘇生魔法」
「使えないよ。私がヒーラーに見える?」
「ヒーラーじゃないとダメなのか? 戦士系でも、例えばパラディン的な職業なら使えそうなものだけど」
「無理無理。実際私はパラディンマスターだけど、蘇生魔法なんて覚えられない」
……パラディンマスターって何気にエグいな。
マスター出来るんだ、パラディンって。
「いや、だったらなんでこの話したん? 長年ソロのアンタが今更ヒーラーとか雇わんでしょうに」
「ホラそこは、ステータスがあんな感じになったし。君にもう一回ちゃんと調整して貰えば、もう孤立する理由はないでしょ?」
「ならどうして、今日もぼっちなんだ?」
……あ、死んだ。
今凄かったな、膝から崩れ落ちて床に倒れるまで一秒とかかってないぞ。土砂崩れかよ。
「仲間の作り方……忘れた……友達の作り方……知らない……」
「わ、悪かったって。いや俺も知らないよそんなの。俺だって対人スキルそんな高くないし」
実際、大学生時代は酷かったからな……
高校までは普通に友達いたんだけど、大学に入ってそいつらと別々になってからは、全く友達出来なかった。
なんつーか、合コンとかウェーイとかその手のノリがどうも苦手で、出来るだけ避けようとしていたら、誰からも話しかけられない日常に染まってしまった。
転落なんてあっという間ですよ。
今のコレットの土砂崩れを笑えない。
俺も多分あんな感じだったんだろう。
「いやでもアンタ、あの受付嬢と親しげにしてたじゃんか。友達じゃなかったのか?」
「彼女は……来月この仕事辞めるって」
え。
「もしかして寿退社?」
「ううん。無能の上司にこれ以上付き合いきれないんだって。このままここにいたら、下咽頭の奥に手を突っ込んで食道ガバガバにしちゃいそうだって言ってた」
わーお猟奇的ー。
ヤバい人とは思ってたけど、もう完全にイッちゃってるねそれは。
やっぱ色々凄いわ、終盤の街。住民のレベルが違う。
「ちょっと場所変えたいんだけど、いいかな?」
「え? いいけど……」
周囲に聞かれたくない話があるのか、コレットは酒場を出て、暫く表通りを歩き続けた。
レベル78のパラディンマスターだけあって、酒場で会話している時も、出る時も、こうして歩行している時も、常に視線が集まっている。
彼女の場合、顔も良いから余計に目立つんだろう。身体つきもヤバいしな。うっかり視線でセクハラしちゃいそうになる。
そして、やや細めの路地裏に入って――――肩胛骨ドンされた。
せめて壁をドンして!
「来月から私は一人。本当に一人。孤独って何。孤高と何が違う? こんな追い詰められた私を見捨てる気かな? しかもいつ秘密をバラされるか怯えながら暮らす私を陰で笑うのかな?」
「だから怖いってば! 脅してるのか追い詰められてるのかハッキリしてくれ! そもそも昨日の戦いの途中では散々俺を受け入れ拒否してたろ!」
「あの状況じゃ仕方ないよ。大事なのは過去じゃなくて今だよ。今を生きていこう」
「他人事っぽく言うその物言いも怖いって!」
息遣いが荒い。
俺以外何も見えていないくらい視線が熱い。
ここまで熱烈に女性から言い寄られる経験は生まれて初めてだけど、どうしよう、恐怖しかない。
「わかったわかった! 取り敢えず話だけは聞くから! その病んだ顔を止めろ!」
「あ……ご、ごめんなさい。ちょっと我を忘れてたかも……」
いやどう考えても本質だよアンタの。
「その、知っての通り私は戦いたくはない人だから、別に魔王討伐とかも興味ないし、親とそのパトロンのメンツさえ保てれば良いんだよ。だから体裁を保つ為、偶に一緒にモンスターを倒しに行ければ良くて、その時にトモと、蘇生魔法使えるヒーラーを雇うって感じでも構わないんだよ。お金ならいっぱい払うし」
用心棒みたいなものか。
この世界観なら、そんな関係も普通にあるんだろうけど……何故だろう、友達料と同じ臭いがするのは。
「そもそも、蘇生魔法が使えたところで完全に死を回避出来るとは限らないしなあ……」
もし蘇生魔法が肉体の損傷や経過時間に関係なく100%蘇生可能というチート魔法だったとしても、ヒーラーが先に殺られたらアウト。
まして蘇生魔法に一定の条件があって、時間が経ち過ぎたらダメとか、粉々にされてたら蘇生無理とか、そういう場合は尚更リスクが大きい。
俺は深いところで人生を舐めてる。
殺されても転生出来た、そんな経験があるから余計にだ。
これは幾ら自覚して改善しようとしても、中々払拭出来るものじゃない。
再び転生出来る保証なんてない。
自分の運命を過信するな。
俺は一度死んだんだ。
大失敗した身なんだ。
これを忘れちゃいけない。
今の俺は、死への正しい恐怖が欠落しているんだから。
「確実って保証はないよ。でも――――」
「話は聞かせて貰った!」
路地裏で向き合っていた俺とコレットに、突如割り込んでくる野太い声。
慌てて声のした表通りの方に目を向けると、そこには一人の男が立っていた。
いや、挟まっていた。
狭いとはいえ、普通に人が二人並んでも通れるくらいの隙間はあるのに、その男は完全に挟まっていた。
筋肉お化けとでも言うのか……要するに肉ダルマだ。
「俺の名はメデオ! 生粋のヒーラーにして蘇生魔法の使い手! 蘇生魔法は良いぞ! 是非俺に話をさせろ!」
オールバックで長く伸ばした髪を振り乱しながら、筋骨隆々の男は吼えた。
それを見た俺はしみじみ感じた。
この街はヤバいと。
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