第014話 パン教

 その根拠は――――


「君はこの街で何の信頼も得ていないよね? そんな人にステータスを弄られたいと思う人は、まずいないんじゃないかなー」


「……ぐぬぬ」


 思わずノリで『ぐぬぬ』とか言っちゃったけど、コレットの指摘は実のところ全く想定していなかった訳じゃなかった。


 実際、自分が高レベル帯の冒険者側だとして、『ステータス弄れます』と宣伝している得体の知れない奴に依頼するだろうか?

 まずしない。

 長い年月をかけて鍛え上げ、自分なりに色々考えて振り分けてきたパラメータを、そんな奴に弄られるリスクを背負える筈がない。


 それが魔王軍の罠だとしたら?

 自分のステータスがムチャクチャにされる可能性だってある。

 安全だという確証がない限り、とても任せられない。


 ……もし、このレベル78詐欺のコレットが『この人は安全ですよ』と喧伝してくれれば、その問題はクリア出来る。

 まだボロを出していないらしく、多くの冒険者に一目置かれているみたいだしな。


「私は協力しないよ。怪しい奴の仲間みたいにレッテル貼りされるの嫌だから、私は協力しないよ」


「……わかるけどさ、もう少しくらい希望を持たせても良くない?」


 予想はしていたけど、間髪入れずに念入りに言われると凹むな……


「私ね、前に別の街で一度だけパーティを組んだ事があるんだよね。その街のお店で購入出来る最高の装備を用意すれば、素の攻撃力や防御力をカバー出来るかなって思って」


 そりゃまた随分と分の悪い賭けに出たな。

 でも気持ちはわかる。

 急に人恋しくなる時期って来るんだよ、ずっと一人でいると。


「一応モンスターは圧倒したんだけど、大して凄くないってすぐバレちゃった。その後、パーティの子達はどうしたと思う?」


「そうだな……『なんだよ装備頼りかよカスだな』みたいな感じで散々罵倒して、街中に『実はこいつ運しか能のない雑魚なんですよ』と言いふらして、詐欺同然の奴と組まされて命を危険に晒した事への慰謝料を請求して、毟り取るだけ取った後でパーティ解散」 


「幾らなんでもそこまで酷くないよ!? あれ、そこまでされるほど罪深いのか私は……?」


 なんか頭を抱えさせてしまった。


「答えは、何もされなかったしバラされもしなかった」


「なんだ、なら良かったじゃないの」


「だってその人達、私の金運だけが目当てだったから。私がいた方が都合がよかったんだよ。だから何も言わなかった」


「……」


「裏では私の事を『金』って呼んでたよ。『金づる』でもなく、そのまんま『金』って」


 黒髪の毛先を弄りながら、コレットは半笑いで語った。


 恐らく、ここみたいな高レベルのモンスターが蔓延る場所じゃなくて、もっと楽に戦えるエリアだったんだろう。

 最強装備なら地の能力が低くても一掃出来るくらいの。

 なら、装備頼りでも特に問題はなかった筈だ。


 でもその連中は、レベル78相手にマウントを取れるチャンスだと思い、実行に移した。

 この憶測が正しいかどうかは兎も角、コレットにとってキツい状態なのは間違いない。


「それでも冒険者を辞めなかったのは、親のメンツを守る為?」


「……多分、違う。なんだろうね。私もよくわからないや」


 俺にはわかる。

 壊すのが怖かったんだ。

 これまでの自分を。


 最初に測定した時からレベル78。

 周囲のお偉方からチヤホヤされて、親も鼻高々で、出会う冒険者みんなが一目置く、そんな環境を変えたくなかったんだろう。


 俺みたいな底辺……低水準の人生でも、現状維持を望んでいた。

 彼女みたいなセレブライフとなれば尚更だ。


「わかってるのは、私のポンコツがバレたら各方面に恥を掻かせるって事。だからその元パーティの人達にもね、口止め料を毎月送ってるんだ。きっと今でも私を『金』って呼んでる人達に、毎月、毎月、毎月、毎月、たくさんのお金をね、あげてるんだよ。フフッ」


 だから怖いって!

 ダメだこいつ、もう引き返せないところまで来てる。

 見栄とも違う、怨念のような執着心だ。


「まあそれはそれとして一応頼んでみるけど、どうしてもダメ? 一回で良いんだけど。一回だけ『こいつの調整マジ最高!』って大声で言ってくれれば」


「今の話聞いてトライするかな!? だからダメだって! あとそのセリフだと多分共倒れするから!」


 やっぱダメだったか。

 仕方ない、コレットの協力は諦めよう。


「にしても、今まで良くボロ出さずに生きて来られたな。そもそも、バレないようにするんだったらもっと周辺モンスターが弱い街の方が良かったんじゃないの?」


「だからずっと牛歩戦術で来てたんだけど、いよいよ誤魔化しきれなくなってね……レベル78なら魔王城に近い街を拠点にしないとおかしいって言われて。社交パーティーの席で」


 あ、この世界にも牛っているんだ。

 まあ人間がいて鳥がいて馬がいるなら牛もいるよな。

 よっしゃ、今日はステーキ食べよ。


「……聞いてる?」


「金持ち自慢みたいな話は興味ない。社交パーティーってわざわざ付け加える必要あった?」


「そんなつもりじゃなかったんだけど……兎に角そういう事。【ヒドゥン】はレベルで判定するから、それ使っておけば殆どのモンスターと遭遇しないで済むし」


「ヒドゥンって何」


「知らない? レベル差のある相手に気配を悟られなくする魔法。トモと最初に会った時はちょうど効果が切れたんだよね。本当、男の人が絡むと運が悪い……」


 ああ、RPGでよくある……ようで実はそんなにはない、フィールド上を楽に闊歩する為の魔法な。

 だから寸前までコレットの存在に気付けなかったのか。

 必死になって走ってたからって勝手に自己分析してたけど、ちゃんと理由があるもんだな。


「そういう訳だから、私はその調整屋ってのには賛成出来ない。今からでも遅くないから冒険者に戻ろ? そして私のパートナーになって、その能力を私だけに使うなんてどうかな。そうすれば私はレベル78らしいステータスで戦闘技術のなさをカバー出来るし、周囲の冒険者にバレずに済む。君は心強い味方を得る。あ、これ良い! 凄く良くない!? なんなら私が養ってあげても良いかも!」


「金でなんでも解決しようとするの悪い癖だぞ! 大体、戦闘技術を身につけて立派なレベル78の冒険者になるって選択肢はないのかよ!」


「私、戦いたくないので! 絶対に戦いたくないので! 戦ったら負けだと思ってるので!」


「負けない為に戦うんだろーがい!」


 女冒険者コレット――――思った以上にポンコツだった。

 これは絡まない方が良い系の人種だ。

 受付嬢共々、マイブラックリストに載せておこう。


「あと一応言っておくけど、俺の方が戦いたくないからな。絶対に戦いたくないからな。戦ったら死ぬから。冒険者なんて二度と御免だ」


「死なない為に戦おうよ! 何そのヘタレな考え……引くわー」


「アンタと大体同じだろがい!」


 暫し睨み合う。

 何気に女性とこんな近くで顔を合わせたのは、素人相手には初めてだ。

 これは役得なんだろうか。


「……じゃ、交渉は不成立だね。残念」


「そうだな」


 コレットは露骨にガッカリした様子で、スゴスゴ引き下がっていく。

 その足が途中で止まって――――


「でもそれはそれとして、同じ死線をくぐり抜けた仲だし? 心の中では勝手に友達と思わせて貰うけど」


「奇遇だな。同じ事を思ってたよ」


 そんな会話に酔いたがるところも、なんとなく似ているなと思ったりした。 





 ……さて、コレットのお陰で今後の見通しが立った。


 彼女の言うように、信頼のない状態で調整屋なんて始めても、誰も来やしないだろう。

 何しろ、ここにいる冒険者は例外なく高レベルの連中。

 その分警戒心もギラギラしてるに違いない。


 なら、この素性を明かせない怪しい人物が信頼を得る為には、一体何をすれば良い?

 答えは明白。

 コツコツと積み重ねていくしかない。


 その為には、まずバイトだ。

 何処かの職場で働いて、社会的な信頼を得る。

 そうすれば、自ずと人間的な信頼もついてくるだろう。


 実は、ちょっとなってみたい職業があるんだよね。

 それは……



 パン屋!

 やっぱりこの世界にもパンはあったなー。

 穀物がある時点で、小麦もあると思ってたし、予想通りパン屋もすぐ見つかった。


 パン屋ってメチャクチャ印象良いんだよねー。

 清潔感あるよな。

 それでいて素朴で、なんか雰囲気が良いっていうか、パン屋で働いてる人に悪者は絶対いないって謎の信頼感がある。


 俺自身、パンはかなり好きだ。

 菓子パンも総菜パンも満遍なく好きさ。

 前世ではパンの耳にも大変お世話になりました。


 焼きたて絶対主義って訳でもない。

 確かに焼きたてのメロンパンやクロワッサンは大正義だけど、しっとり系の食パンにバターと砂糖を塗って焼かずに食べるシュガバタスタイルもたまらんね。

 パサパサになったちぎりパンですら、しっかり味わえばそこには必ず旨味がある。


 パンの醍醐味は香りと言われるけど、その最大の強みである香りに頼っていないところもまたパンの凄さだ。

 辛さを取り上げられたカレーは、それはそれで成立するかもしれないが、カレーとしての魅力はなくなる。肉汁のないハンバーグ、もちもち感のない餃子もそうだ。


 でもパンは違う。

 香りが封じられても、食感と味で十分パンの魅力を堪能できる。

 しかもカレーだろうとハンバーグだろうと餃子だろうと丸め込める包容力……無敵の食材と言うしかない。


 もしパン教なる新興宗教があれば、俺は確実にその団体に加入するだろう。

 そしてあらゆる手段を用いて教祖を失脚させ、新教祖になるだろう。

 それくらいパンを愛した過去を持つ男だ。


 パンは警備員にとって最高の相棒。

 その気になれば毎食クラブハウスサンドも余裕な高給取りの刑事如きが、あんパンと牛乳の相性を語るなと言いたい。

 お前等は犯人と一緒にカツ丼でも食ってろ。


 ゲームみたいな世界だったから、ついつられて冒険者になってしまったけど、同じ辛い職業ならパン屋の方が良いよな。

 パン屋は朝が早いし身体を結構酷使するし大変なのは知ってるけど、命の危険がある分、冒険者の方が厳しい。

 今の俺なら、パン屋の店員にだってなれる。寧ろ俺がパンだ。


 さあ行こう。

 これから真の第二の人生が始まるのさ!


「悪いね、募集はしとらんよ。家族でやってるからこれ以上の店員は無駄なんだ」


 ヤッダーバァアァァァァアアアアア……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る