第一部02:属性と賊勢の章
第013話 新種のヤンデレ
昨日は色んな事があった。
死んで、転生して、冒険者になって、死にかけて、冒険者を引退。
一行で説明出来るとはいえ、32年の人生で一番濃密な一日だったのは間違いない。
下手したら32年分の濃度より上かも知れない。
そういえば、宿に泊まるのも久々だった。
もちろん、この世界では初めてだ。
生前は基本実家かアパート暮らしだったし、もちろん格安な事で有名なビジネスホテルを利用するようなアッパーな人生を歩んでもいなかったし、何気に新鮮だった。
宿代はシングルで一泊47G。
どうやら1G=100円のレートらしい。
そう考えると装備品って相当な高額商品だよな……ハイエース買えるぞハイエース。
昨日装備していた亀の甲羅アーマーは24000Gもした。
つまり、俺は昨日だけで680万円をゲットし、240万円を失ったのか。
なんという派手な人生。
銀座で豪遊する芸能人みたいだ。
鎧はダメになったけど、盾と兜とグリーブは売る事が出来たから、残金は6000Gほど残ってる。
本当はゲームみたく新品の半額くらいで売れればよかったんだけど、そこは妙にリアルというか、普通の中古買い取り価格だった。
まあ、鳥やイカやベヒーモスとの戦いで結構痛んでたしな……盾なんて墨まみれだったし。
それでも、半年くらいは暮らせるだけの額が残っている。
宿はもっと安い場所があると思うし、食費を最低限に抑えられれば、生活費はかなり節約可能だ。
この世界にスマホ、電気、ガスはないから通信費や光熱費は不要だし。
スマホがないのは不便……なようで、実際にはそうでもない。
普段やり取りする相手なんて警備会社の事務員と引き継ぎをする警備員、あと施設の担当者くらいで、同僚とすら大して会わないくらいだったからな。
俺にとって、スマホは連絡手段ではあっても交流手段じゃなかった。
ネットがないからゲームも暇潰しも出来ないけど、この世界がゲームみたいなもんだし、目に入る全てが新鮮だから、今のところスマホの必要性は感じていない。
調べ物には困るけど、直ぐにでも情報を入手しないと我慢出来ないって訳でもないしな。
食事とトイレが問題ないのは幸いだった。
基本的な食文化は地球とそれほど変わらないらしく、獣肉、魚、野菜、果物、穀物などおなじみの食材が存在していて、飲食店に行けば価格相応の満足感は得られた。
ガスや電子レンジがないから自炊は無理だけど、食べていく上では問題ない。
意外だったのは、上水道・下水道が整備されていた点。
下水道自体は古代文明の時代からあって、世界的に普及したのは近世だった……ような気がするけど、それはあくまで地球の歴史。
この世界が別の発展を遂げているのは間違いない。
そもそも、ここは魔王城の近くにある終盤の街。
人類にとって重要な拠点になっているだろうし、他の地域より近代化が進んでいても不思議じゃない。
昨日一日だけで結論付けるのは早計だけど、今のところ生活に不自由しそうな要素はない。
とはいえ、不安もある。
問題は……医療と保険だ。
ゲーム世界だと、病気になって医者にかかるケースはあるにはあるけど、回復魔法が存在しているらしきこの世界で医療はどこまで発達しているのか。
負傷は魔法で治せても疾病全般は無理だろうしな。
それに歯医者が存在しているのかどうかも知りたい。
あと歯を磨く道具があるのかどうかも。
歯磨き粉がないのは仕方がないけど、歯ブラシに近い物は欲しい。
社会保険も気になる。
健康保険とか……ないだろなあ、多分。
冒険者に福利厚生は無関係だけど、それ以外の職業だとどうなのか。
それと、納税がどんなふうに行われてるのかも知らないとな。
旅人の立場だったらまだしも、住民になるのなら何かしらの形で必要になるだろう。
移動手段は徒歩と馬車、そして転移魔法とのこと。
転移魔法はとても大がかりで、個人で使えるものではなく、大量のマギを大勢の人間から集め、魔法陣として固定化した場所でのみ使えるそうな。
この話を聞いた時、もしかしたら序盤の街……要するに魔王城から遠い国に転移出来るんじゃないかと期待したけど、残念ながら転移先にも魔法陣が必要らしく、それがあるのはこの近辺にある神殿だけらしい。
馬車も基本、街中での移動に限られる。
何しろ周辺のモンスターが圧倒的に強いから、護衛なしで外を移動するのは危険。
なら護衛を付ければいいと思うんだけど、この街に来る冒険者は魔王討伐まであと少しって連中ばっかりだから、そんな仕事を請け負う必要がないそうな。
終盤の街なんだから気球とか飛空艇とかあれば良かったのに、残念ながらそういう世界観じゃないらしい。
飛空艇は欲しかった……
そういう話を昨日、ギルドで色々聞いた結果、冒険者引退の決断は正しかったと結論付けた。
あの受付嬢は留まるよう進言してくれたけど、決意は固い。
俺は他の仕事で食っていく。
昨日判明した俺の固有スキル――――他人のパラメータを弄れる能力を使って!
この能力、別に冒険者である必要ないんだよな。
寧ろ、冒険者を相手に一回幾らでパラメータ再振り分けを行う『調整屋』を開業した方が、安全に金儲け……もとい、仕事が出来る。
安全に越した事はない。
俺はもう、失敗する訳にはいかないんだ。
さて、今日は城下町を見て回るとしよう。
冒険者の視点だと、武器屋だの防具屋だの無骨な店ばっかりに目が行くけど、一住民としてこの街で生活を営む以上、もっと日常に密着した施設も知っておかないといけないからな。
それじゃ早速出かけ――――
ん?
今何か音がしなかったか?
これは……ああ、ノックの音か。
生前はこの音嫌だったな。
新聞の勧誘ならまだマシで、宗教の勧誘とか保険のセールスとか鬱陶しかったからな……
でも今はそこまでの不快感は抱かなかった。
これも転生した事による変化かもしれない。
……っと、それより早くドアを開けないと。
宿の従業員だろうか?
「トモ、いる? コレットだけど」
なんだ、コレットか。
この宿を紹介してくれたのは彼女だし、同じ宿に泊まっていたんだったな。
「ああ、今開ける」
サムターンなんて気の利いた発明はないらしく、内側から鍵を使って施錠するシステム。
それでも鍵があるだけマシらしく、安い宿は防犯意識なんて皆無らしい。
今後定住する宿を決める上で、その辺をどうするかは考えどころだ。
「おはよう。少し話をしたいんだけど、いいかな?」
「ああ。一階のロビーに行こうか」
時計がないから今が何時なのかはわからないけど、早朝なのは間違いない。
チェックアウトはもう少し経ってからでも良いだろう。
にしても……話か。
多分、内容は――――
「冒険者引退の件、考え直さない?」
やっぱりか。
昨日も随分反対されたからな。
「……一応聞くけど、なんで?」
「私の素性を知ってる数少ない人が同業者じゃないって、スゴく落ち着かないんだよね。出来れば冒険者のままでいて欲しいなーって」
ちなみに昨日も全く同じ理由で止められた。
いや、せめて違う理由を用意してくれよ……率直なのはわかりやすくて良いけどさ、ロマンがないよロマンが。
嘘でも『貴方と一緒に戦った時間が忘れられないの』くらい言って欲しいねえ、そこは。
「……口封じとか考えてないよな?」
「まさか! そんな事したら私真っ先に疑われるよ!」
「せめて倫理的な理由にしようか」
昨日から思っていたけど、このコレットさんはどーにも会話が下手というか、要領が悪い。
頭自体は決して悪くないし、察しも良いし、真面目なんだと思うけど、本音をオブラートに包む技術がない。
下手したら俺以上に他者と関わって来なかったのかもしれない。
「うー……せっかく隠し事なしで一緒に仕事が出来る相手が見つかったと思ったのに……なんで引退するのー……?」
「いやだから昨日言ったでしょ。昨日の戦いで死にかけて決断したって」
もしあのベヒーモスが本気で俺達を殺そうとしていたら。
ベヒーモスが乱入せず、黄金ドラゴン達を相手にしなきゃいけなかったとしたら。
この二つを偶々回避出来たから、俺はこうして生きていられる。
そしてその幸運は、運極振りの彼女がいたから成立した。
俺はそう解釈した。
とてもじゃないが、終盤の街からのスタートでレベル18の冒険者は無理ゲーだ。
でもそこは、もしかしたら工夫次第でなんとかなるかもしれない。
俺がそれ以上に問題視しているのは――――
「今の俺には、死に対する恐怖……警鐘が欠如していたんだ」
これだ。
黄金ドラゴン達と遭遇した時、俺は逃げの一手を打った。
なのに、ベヒーモス相手の時にはそれが出来なかった。
後者の方が遥かに格上だったにも拘わらず。
危機察知能力が致命的なくらい働いていない。
このまま冒険者としてやっていこうものなら、今日明日にでも殺されるだろう。
パラメータ調整のスキルが判明した時、心からの歓喜が全身を包んだ。
本当に嬉しかった。
戦場で英雄になる自分を想像した。
でも直ぐに、転生前の自分を思い出した。
俺はあの日、自分の死因すら正確に把握出来ずに死んだ。
根本的に危機意識が欠如してるんだ。
だから就職活動もロクにしなかった。
だから向上心を持てないまま現状維持を良しとした。
多分それは俺の本質だ。
全く違う自分に生まれ変わる選択肢もある。
でもそれは『俺らしく』とは言わない。
自分のダメな部分も活かさなきゃ、いつか破綻してしまうだろう。
「決意は固いんだね」
コレットは諦めたように苦笑した。
どうやら俺の本気を理解してくれたらしい。
「ならせめて私の目の届く所にいて。私から逃れないで。絶対に離れないで。いなくなったら私何するかわからない」
怖い怖い怖い!!
何これ、新種のヤンデレ?
「いや、でもパラメータ調整すればもうレベル78詐欺じゃないから大丈夫でしょ? また調整したいなら言ってくれればやるし。調整役の初仕事として」
「レベル78詐欺……っていうかお金取る気満々だね……」
現在攻撃極振り状態のコレットは冷えた目を向けてきた。
ちなみにMじゃないんでご褒美ではない。
「それは改めてお願いするけど、それより今はトモの今後が大事だよ。これからその調整役ってのをやっていくの?」
「そのつもりだけど……」
「多分、無理だと思うよ」
そう告げるコレットの目は――――真剣と書いてガチだった。
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