第012話 引退
「時間通り来てくれたんだ……って、どうしたの!? 顔から潤いが消えてない!? ミイラをしつこく絞ったみたいになってるよ!?」
「なんでもないです」
茫然自失としている間に一時間が経過していたらしく、冒険者ギルドでは既にコレットと受付嬢が新調したマギソートの準備を終えていた。
後はコレットのステータスを確認するだけだ。
「それじゃ、乗せてみて」
「うん」
結果は――――
「変わらないね。お堅い女のまま」
「その言い方止めて」
故障じゃなかったらしい。
となると、他の外的要因でパラメータが入れ替わった可能性大か。
ベヒーモスの呪いじゃないとしたら……
「戦闘中、何か変わった事はなかった? こうなるのを匂わすような出来事とか」
「うーん……」
コレットは天を仰ぐようにして、回想を始めた。
俺もそれに倣い、さっきの戦いを思い返してみる。
コレットを巻き込んで、最初に戦ったのは鳥モンスター。
倒れ込んで太股を良い感じに露呈させていたコレットに欲情する変態だったから、会心のクリティカルホームランで全員葬ってやった。
次はスケベイカ。
あの時もコレットは倒れたままだった。
巻き込んだ手前口に出しては言えないけど、思い返してみたら基本ずっと幸運の置物だったなこの子。
ここまでは特にトリガーになりそうな事は見当たらない。
だったら、やっぱりベヒーモスが原因――――
「あっ」
不意に、コレットが何かを思い付いたように目を見開く。
「もしかしたら……アレかも知れない」
「アレって?」
「トモ、覚えてる? トモがベヒーモス相手に自分を犠牲にして私を逃がそうとした時……」
「え!? 何それ何そのシチュエーション超アガるんですけど! その時の事詳しく!」
止めてくれませんかね、そういう掘り起こし方。
ウサギは寂しくて死ぬけど人間は羞恥で殺されるんですよ。
「それは後で説明するから今は黙ってて。その後、逃げるのは君の方だと私が言った時、君はこう返したよね?」
相手にされず、むくれる受付嬢がちょっと可愛かったからそっちに目が行ってたけど、次の瞬間、俺は思わず息を飲んだ。
「せめて幸運じゃなくて防御力に全振りしてれば任せられたかもしれない」
……確かに言った。
特に何か狙った訳じゃなく、何気なく言った言葉だったけど……
「これがトリガーだったんじゃないかな?」
「そ、そうなの? だったら新人さん、貴方って……」
一度振り分けたパラメータの数値を元に戻したり、減らしたりするのは不可能。
受付嬢はそう言っていた。
実際、それがこの世界の常識なんだろう。
「もう一度試してみるしかないね。トモ、私に触れて『攻撃に全振り』って言ってみて」
「わかった。えっと……攻撃に極振り」
余計な事は言わず、言われた通りにしてみる。
そして再びコレットのステータスを確認。
すると――――
「生命力78……攻撃力8759」
「決まりだ!」
今度は攻撃力にほぼ全振り。
それ以外の数値は、レベル78における最低値なんだろう。
つまり、必要最低限以外のマギ増加分が全部攻撃に配分されている状態だ。
そして、その操作を行ったのは何を隠そう……俺。
間違いない。
この力こそが、あの神サマが言っていた転生特典だったんだ。
他者のパラメータ配分を変更し、ステータスを書き換える力。
つまり、能力を自由に操作出来る力。
それが、この世界における俺の異能。
俺だけの個性だ。
今まで何もなかった。
何も手に入れられず、終わった筈の人生だった。
そんな俺が――――
「信じられない……そんな事が出来る人がこの世にいるなんて」
「私もだよ。でも実際、数値だけじゃなくてこの身をもって体験したから、間違いないよ。トモは……彼は、神に愛された特別な存在なんだ」
特別な……存在?
俺が?
大学合格が人生のピークで、後は惰性で生きているような人生を送っていた、この俺が?
信じ難い。
到底信じられない。
自分自身に期待する事なんて、とうに忘れてしまったから。
「実際、凄い能力ですよこれ……戦闘中にもパラメータを弄れるのなら、攻撃を仕掛ける時に攻撃力全振り、相手が魔法で攻撃してくる時には抵抗力全振り……みたいにすれば、どんな敵だって倒せますよ」
「うん。今の私の攻撃力なら、魔王にもきっと大ダメージを与えられると思う。力が……こんなにも漲るなんて」
「名前、どうしましょっか。【能力操作】……【再振り分け】……【リトライ】……【ラストリゾート】……あーもう! 全然良いのが思い浮かばない!」
俺以上に二人の方が高揚している。
興奮していると言ってもいいくらいだ。
それほど稀少で有用な能力なんだろう。
実際、パラメータ配分を自由に出来るだけでも相当なアドバンテージになるのは間違いないのに、それを戦闘中にも出来るのはチート級の恩恵だ。
戦略は無限と言っても過言じゃない。
どうしてあの神サマは俺にこんな力を与えたんだろう?
ずっと他人と関わらずに生きてきた俺が、自然に関われるように……って事なんだろうか。
勝手な解釈に過ぎないけど、だとしたら粋な事をする。
「でもレベル18で終盤の街は完全に詰んでるから、冒険者は引退しようと思う」
「「……はい?」」
とはいえ、既に色んな意味で心が折れた俺にとっては、もう手遅れとも言えるギフトだった。
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