第011話 俺の心もラグナロク
「まさかこんなに早く再会出来るなんて思いませんでした。熱烈大歓迎です!」
武器屋の娘、ルウェリアさんの優しい言葉が胸に染みる。
ってこれ、別れの時と全く同じ感想だな。
生憎、店主は外出中。
でも恩人とはいえオッサン相手に話すよりは可憐な美女の方がありがたいから問題なし。
受付嬢の話では、ここは魔王城に最も近い街らしい。
って事は、この店はRPGで言うところの終盤の武器屋。
量産出来る武器の中で最強の物が揃っている筈だ。
……それなのに。
「あの……ルウェリアさん」
「はい、どうされました?」
「なんでこの武器屋は品揃えの半分くらいが呪われてるんですか?」
コウモリとサソリとムカデが絡み合って蠢動してる最中に押し潰されて死んだような形状の剣。
黒ずんだ赤に染まっていて鉄臭い香りを発し続ける槍。
骸骨が業火に焼かれ断末魔の叫びをあげているような斧。
食虫植物が蝿を捕まえる瞬間のような鞭。
蛇のようなオブジェが二匹絡み合って昇天しているような杖。
そういうのが売り場に展示品として沢山立て掛けられている。
怖いよ……
「呪われてるように見えるでしょうか……? 父も私も凄くお気に入りの武器なんですが……」
「え? い、いや……その……」
そんな涙目で悲しまないで!
酷い事言ったみたいで心が痛むから!
「凄く強そうだしカッコ良いし……この武器で魔王討伐をしてくれるご立派な冒険者が現れて、世界が平和になってくれたらいいなって……」
この店の武器で魔王と戦っても謀反にしか見えない!
……とは言えないな。
「いや全然悪くないです。確かに刺さる人には刺さるラインナップですし。ただちょーっと偏ってるからお客さんを選ぶかなーって思って」
「そうかもしれません。この城下町には五軒の武器屋がありますけど、ウチが一番流行ってません」
ションボリさせてしまった。
でも正直これ以上のフォローは無理だ。
終盤の街だから冒険者の目も肥えていて、余程威力のある武器じゃないと簡単には買ってくれない――――という以前に、そもそも独自路線が過ぎて商品を見るだけで具合が悪くなる武器屋が繁盛するとはとても思えない。
「八つ裂きの剣も、ブラッドスピアコク深めも、インフェルノ・怨も、夢喰い鞭も、ディアボロスの鏖殺杖も、強面ですけどみんな良い武器なんです。みんな売れてくれれば良いんですが……どれだけ魅力を説明してもお客様に伝わりません」
名前からして全力で殺しにかかってませんか?
鏖殺杖って名称で呪われてないって、逆にコンセプトを詳しく伺いたいくらいだ。
「一応、防犯の意味もあるんです」
防犯?
そういえば、防具屋も盗賊が出るって言ってたっけ。
「武器屋にも泥棒って入るんですね。重くて持ち出し難そうなのに」
「入ります。ウチはレア物が多いので、一品盗まれてしまうと取り返しが付かなくなるんです。それなのに……おのれー……盗人めおのれー……」
呪詛を撒き散らしているつもりらしいけど、全然怖くない。
確かに、彼女が店員だと防犯は難しいかもしれない。
恐らく店主は娘を思ってこんな人が寄りつかない品揃えを……する訳ないか、そんな本末転倒な事。
「最近も、この街に怪盗メアロが出没しています。他の武器屋さんも何軒かやられてました」
「怪盗……まさか予告状とか出す人?」
「出す人です。速達です」
終盤の街ってそんなエンタメ性に富んでたっけ……どっちかっていうと暗いイメージなんだけどな。
「でも私たちは盗人になんて負けません。いつ予告状が届いても良いように、格闘技を習いました。右から来たら左に投げ飛ばします。ちょいやさー!」
何か面妖な踊りをダンスってるように見えるけど、投げ技のつもりらしい。
多分盗賊に来られたら一巻の終わりだな、この武器屋……
「あの、盗賊対策になるかどうかはわからないけど、これを贈呈したいんですけど」
前置きが長くなってしまったけど、ようやくここへ来た目的を果たす事が出来た。
「え……これってもしかして鬼魔人のこんぼうですか?」
ポンコツ感満載でも流石は武器屋の娘。
一発で正解だ。
「ど、どうしたんですかこれ! すっごくレアなやつです! 会心のクリティカルかミスしかしないロマンの塊! カッコ良い!」
やっぱりそっち系の武器だったか。
道理で敵を攻撃した時の手応えが尋常じゃなかった訳だ。
そして会心ばっかり出た理由は、今更検討するまでもないだろう。
運極振りのコレットが近くにいたからだ。
彼女の恩恵があったからこそ生き残れたって訳か。
まあ、恐らく普通に使えばミスの方が遥かに多いんだろう。
じゃなきゃタダでくれる筈がない。
常人にとってはお荷物の武器なんだけど……
「ネーミング的にも見た目もここの品揃えに加えて違和感ないと思うし、呪われてもいないし……命救って貰ったお礼になるかわからないけど、受け取って貰えると」
「そんな! これは受け取れません! こんな珍しい武器を無償でなんて……」
「そこは気にしなくて良いですよ。お父さんに宜しく言っておいて下さい。それじゃ」
「あっ、旅人さん! 待って下さい! えっと……ありがとうございましたー!」
生まれてこの方、善行ってのをした記憶がないからか、これ以上は照れてしまって居たたまれなくなる。
逃げるように武器屋を出ると、文字通り肩の荷が下りた気がした。
マギとやらの恩恵があるとはいえ、あの巨大なこんぼうはやっぱり重かった。
さて、まだ一時間は経ってないし、暫く時間を潰すか――――
「……」
なんだ……?
今なんか、視線を感じたような……
気のせいか。
まさかこのタイミングで盗賊が様子を窺ってるとか、流石にないよな。
ないない。
でも……言いたい。
それでも言いたい。
「そこにいるのはわかってる。出て来い!」
ああ、言ってしまった。
なんて蠱惑的なセリフ……甘美過ぎる。
さっき『ここは俺に任せて君は逃げろ』を言えなかった分、余計に開放感がある。
夜中にアウトレットモールとか学校とか人気のない屋内を警備していると、稀にテンションが上がって奇行に走ってしまう――――そんな業界あるあるが存在する。
全裸で駆け回るとか、全裸で側転を繰り返すとか、全裸でシャドーボクシングするとか。
あれに近い感覚だ。
まあ、反応があるとは思ってない。
別に通行人に聞かれたからって、痛くも痒くもないし……
「……お、おう。来てたんだな」
――――――――!!!!????
ぶ……武器屋の……ご主人?
今のを知人に聞かれた……だと……?
鼻唄を聞かれたってレベルじゃねーぞ……?
「ま、なんつーか……若いと色々あらーな」
う……うわああああああああああああああ!!!!!
恥ずかしい!
全然意味がわからない反応だったらまだしも、理解された上で気まずい感じにフォローされるの超恥ずかしい!
「で、何の用だったんだ?」
「え、えっと……その……用はもう済んだのでお暇します。ごきげんよう」
うぎゃー!
混乱してた所為で『ごきげんよう』とか言っちゃった!
なんという恥の厚塗り!
「お、おう。またいつでも来な」
いえ、もう二度と来られないです……
「ぎゃははははははははははは!! ごきげんようだって!! テンパり過ぎ!!」
な……なんだ?
急に悪ガキみたいな女の子の声が聞こえてくる。
一体何処から――――
「あーおっかし。やっぱ目付けた甲斐あるわー。またいつか会おうねお兄ーさん。うぇーい♪」
屋根の上だ!
武器屋の屋根の上に、小柄な女の子の姿が見えた。
でもそれも一瞬。
あっという間に消えてしまった。
パッと見た限り、やたら露出度の高い服装だったような気がするけど……まさかあのメスガキが噂の怪盗メアロなのか?
なんというロリコンホイホイ。
世も末だな……
そして俺の心もラグナロク。
折れちまったよ、ポッキリとさぁ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます