第417話 真に受けちった
理由は……推測だけど二つ。
一つはヒーラーならそれくらいの暴挙をやりかねないという信頼。信頼……? でも信頼以外に相応しい言葉が出てこない。あいつらなら王城くらい占拠するだろって市民からの絶大な信頼だ。信頼ってなんだっけ。
そしてもう一つは恐らくだけど、高度な情報操作が行われている。
例えば、ヒーラーに占拠された事実を濁して『ヒーラーに襲撃された』って文言で広めて、かつ撃退後は大事をとって王族総出で一時避難している、みたいな噂を流している……とか。実際にはもっと複雑なんだろうけど、要は市民に『王城でトラブルはあったけど問題はなかった』って認識を植え付ける情報を流したと予想される。
とはいえ、偶に飲食店や酒場に行って市民の声を聞いてはいるんだけど、マジでこの話題全然出てこないから真相はわっかんないんだよな。多分、三日も経てば話題としての価値が潰えるくらいの些事として噂が広まったんだろう。『アイザックがいつものように暴走して王城で自爆した隙にヒーラーが一時城の中に潜伏したけど無事駆除した』みたいなショボい感じで。実際、これなら三日と言わず一日で飽きられる話題だ。
勿論、そんな情報操作は国民総監視状態のネット社会じゃ不可能だ。でもこの世界にはネットどころかテレビすらない。一瞬で情報が拡散する世の中じゃないから、王城占拠の件も同日や翌日に把握したのは僅かな人数。だから口コミで広まる前に虚偽の噂を流して情報を上書きしてしまえば割と簡単にコントロール出来てしまうのかも。
ま、あくまで推察に過ぎない。何しろ五大ギルド会議でもこの件は全く話題にしてないからな。つーか俺がいる時は意図的にトピックから外してるんだろう。馴れ合ってるとは言え所詮は部外者。本当に重要な事や裏で行われている工作に関しては開示されなくて当然だ。
「――――って訳だから、後は王族の存在意義がどうかって話になってくるんじゃないか? ぶっちゃけいなくても市民の生活には影響しないだろうし」
「おうおう言うねー。でもま、それが現実だわな」
幾ら王制でも国政を王族中心でやってる……なんて御伽噺みたいな事を本気で信じてる奴はいないだろう。政治屋がいて財界が健在なら、決定権を誰に持たせるかさえ明確にしていれば大きな問題にはならない筈。極端な話、王様は象徴でさえいれば良い訳で、実在していなくても国は成り立つ。
実際、魔王の影に怯えて王族は滅多に姿を見せなかったらしいし、存在感は薄くて当然。魔王城の近くにある王城を政の中心地にするとも思えないし。
「大体さー、魔王城の近くに王サマがいる事が異常なんだよな。フツーとっとと逃げるだろ」
ヤメ鋭い。実際、逃亡は何代にも亘って計画されていた。国民に腰抜け扱いされるのが怖くて実行まで随分かかったらしいけど。
王城が無人なのはウチのギルド内でも共有してある情報だ。でも王族逃亡計画はあくまで極秘、トップシークレットだったから皆知らない。俺だって武器屋の御主人と知り合ってなかったら一生知らなかっただろう。でもヤメみたいに薄々真相に気付いてる奴もきっといるんだろうな。
……そう言えば、未だに理由が判明してないんだよな。王族の逃亡計画がどうしてこのタイミングで実行されたのか。
元々、近くに魔王城が建てられた事で危機感を抱き、少しでも遠くに離れる為に当時の王族が逃亡計画を立てた事から始まった。
でも敵前逃亡に等しい訳だから、簡単には実行できない。王としての威厳を失う事態になるのは目に見えているからな。
現国王は、ルウェリアさんが生まれた事でモチベーションが上がって一時は魔王討伐に前のめりだった。けど実現は出来ずグランドパーティは解散、その後も暫く王城に留まっていたけど、結局逃亡してヒーラー温泉に入り浸る日々を送っている。
ラヴィヴィオのヒーラーが城下町を出て自分達の国を創るって話が持ち上がった際、奴等が王族を誑かしたって推察もした事があった。けどヒーラー諸共骨抜きにされている現状では、その可能性はかなり低い。
普通に考えれば、ヒーラーをあんな状態にした犯人が王族逃亡計画にも関わっていると考えるのが自然だろう。じゃなきゃ王様があんな場所にいる筈ない。
……あ、そうか。成程な。
「なんで急に王様の話を……って思ったけど、俺の話を聞いて『今回の件の黒幕が王族逃亡を手助けしたかもしれない』って考えたんだな」
「まーそれもあっかな。別に王サマが誰に逃がして貰ったとかはどーでも良いけど、また大騒動に巻き込まれそうでウッッッゼーって感じ?」
確かに。俺達が今追っている事件は想像以上にデカい勢力が絡んでるかもしれない。王様に王城を出る事を進言して、それを実行させるほどの信頼を得られる組織、若しくは人物の仕業って事になるからな。
フィールドを移動中、モンスターから王族を守るのは決して簡単じゃない。一人ならまだしも王子様が大勢いるからな。守る側にどれだけ自信があっても、守られる側――――王族が全員納得しない限りは実行できない計画だ。そして実際に納得を得られるだけの説得力と信用を提示したからこそ逃亡が実現した訳か。
俺はヒーラーの事ばかり考えて、王族の事はそこまで気にしてなかった。よくよく考えたら異様だよな……王様よりヒーラーの方を重要視するって。でも城下町に住んでる人間なら大半はそうなるよな。
そんな中、冷静に現状を整理して俺の視野狭窄をさり気なく指摘してきた訳か……やるなヤメ。サブマスターに選んだ俺の目に狂いはなかった。
「でもそれよかさー。王様がいなくても大丈夫ってんなら王城も暫く空っぽのまんまだし、地下牢勝手に使って良いよな?」
「……ん? 急に何の話だ?」
「知らねーの? 王城の地下牢って王サマを騙したり命狙おうとしたりした極悪人を閉じ込める為の牢屋なんよ。だからメッチャ厳重」
知ってる。前にシデッスやメンヘルが捕えられた時に実際に行ったし。魔法も壊せないくらい頑丈だってアイザックが言ってたっけ。
……。
「俺を閉じ込める気じゃないだろな」
「いやね、シキちゃんにセクハラかますゴミは死ねば良いと思うんだけどさー。あの結界強すぎて殺せねーんだもん。だったらもう封印しかないっしょ」
こいつ……! 王様の事を気にしてたのは俺の監禁場所を確保する為かよ!
「ま、実際に封印するかどうかは後で審議するとして」
「誰と審議するつもりなんだよ」
「あそこ、怪しくね?」
俺のジト目を完全に無視して、ヤメは――――大浴場の方を指差した。
浴場は温泉宿の主役。本来なら怪しいもクソもない場所だ。
「ギマさー、男湯女湯の案内された? ヤメちゃん達はされてねーんだけど」
「言われてみれば……」
幾らメオンさんでも、それすら忘れるのは不自然だ。だからてっきり案内された所が男湯だと思っていた。その隣にも出入り口が幾つかあったし。
でも暖簾にも男湯女湯の表記はない。普通はそこに書くよな。そもそも案内板すらない。
温泉に詳しくないし興味もないから、昨日は大して気にも留めなかったけど……改めて思い返すと確かに怪しい。
「ヤメ達は何処に入るよう案内された?」
「向こう。ここと同じで暖簾があったけど、女湯っては書いてなかったなー」
ヤメの指がクルリと旋回する。目の前にある大浴場の反対側って事なんだろう。俺ら男勢が入った浴場の裏側に女湯が配置されている訳か。
温泉って男湯女湯が隣り合わせで左右に分かれてる……みたいなイメージがあるけど、手前と奥で隣り合わせの方が男と女の動線を完全に分断できる訳で、間違える事はまずないだろう。
それでも男女の表記はしておかなきゃラッキースケベを誘発する事になりかねない。トラブルの種なんて、オープンしたての温泉宿にとって最も忌避すべきものだろうに。
それに……
「大浴場の隣にある部屋も気になるな」
入り口には扉も暖簾もない。入ってすぐ曲がり角があるからトイレっぽくも見えるけど、その表記もない。メオンさんに案内された時にも完全にノータッチだった。トイレなら一言説明があっても良さそうなもんだ。
「入ってみるか。別に立入禁止とは書いてないし」
無言で頷くヤメを確認した後、大浴場の右隣に位置するその入り口へと入ってみる。
曲がり角は左一択。少し進むと今度は右に曲がり、更に進むと――――
「……あれ?」
温泉があった。
ここも露天じゃなく室内。ただし大浴場とは全く違っていて、こっちには浴場内に幾つも湯船がある。右の壁際から奧にかけて連結した五つの浴槽があって、洗い場は……ない。
いや待て。そもそも脱衣所すらなかったぞ。どういう事だ?
「人間が入る為の温泉、って感じじゃねーなこりゃ。モンスター用とか?」
「ンな訳あるかよ」
突拍子もないヤメの見解に思わず反射的にツッコんではみたものの……一応それなら脱衣所や洗い場がない理由にはなるんだよな。
勿論、だからといってモンスター用の温泉を用意する意味がない。聖噴水で守られているこの街にモンスターが入る余地はないんだし。
それにモンスターだって人間の街の温泉になんて……
「……あ」
そういやヒーラー温泉にわざわざ浸かってた三つ頭の鳩モンスターがいたな。名前は……覚えてない。なんか鳩の鳴き声っぽかった気がするけど。
あれ? もし本当にモンスター用の温泉だったら、昨夜聖噴水の効果が薄まってた事と辻褄が合っちゃうな。どういう方法かはしらないけど、夜間に聖噴水を弱めてモンスターが出入り出来るようにして、温泉に浸かれるようにする……
待て待て。幾らこの宿が経営に困っててもモンスターを客にはせんだろ。国民的アニメ映画じゃあるまいし。
いやでも、ここならやりかねない……か?
「どったのギマ。まさかヤメちゃんの渾身のジョークを真に受けちった?」
「……真に受けちった」
「えー……こいつマジかよ」
ドン引きされるのも仕方ない。俺だってムチャクチャだとは思うよ? だけど取り敢えず今思っている事をそのまま話してみる。
結果――――
「うっわ。ホントにある奴じゃん」
「だろ? だろ? 一概にないとは言い切れないんだって」
どうやら俺の頭がおかしくなった訳じゃないらしい。それは本気でホッとした。
「けどま、フツーに考えたらねーよなー。大浴場の温度とか成分を調整する為に溜めてるお湯とかさー、着衣したまま入るタイプの温泉って方がまだマシな見解じゃね」
「同感」
元々この世界の温泉は専用の腰巻きを着用するのがマナーだから、私服で入るのは明らかに特殊なプレイだ。
足湯って可能性もあるけど、湯船は明らかにそんな深さじゃない。しゃがめば全身しっかり浸かれるくらいはある。つまり普通の温泉の湯船だ。
「後は、そうだな……元々大浴場とこっちの浴場が隔たりなく繋がっててサブの温泉って感じで運用してたけど、気が変わって分断したとか?」
「出来たばっかの温泉宿でいきなり改装とかしねーだろ」
ヤメの言う通りだ。明らかにカツカツでやってるこのアンキエーテにそんな英断をする余裕も、する意味もない。
幾つかの推測が成り立つとは言え……まあまあ謎だな、この浴場。今回の一件と関連がありそうにも見えるし、なさそうにも思える。
「……取り敢えず大浴場のお湯とは明らかに違うな」
昨日実際に入った事もあって記憶に新しいあのターコイズブルーのお湯とは違って、ここの浴槽に入ってるお湯は全て透明。源泉が異なるのは間違いなさそうだ。
「んー、毛とか全然入ってねーのな」
「お前……」
「いやモンスターが入ってたら体毛とかエグそうじゃん」
ああ、そっちか。別の毛を想像しちまった。
何にせよ、毛が入ってないからといって誰も浸かってない証拠にはならない。
「取り敢えず、お湯だけでも持ち出した方が良いんじゃね? 鑑定ギルドの奴が来てるんなら調査できんだろ?」
「生憎、液体を入れられる容器がな……」
前世ならレジ袋やビニール袋一つあれば可能な事だったけど、ここにそんな便利グッズはない。水筒のように液体を入れる専用の器が必要だ。
「ヤメの魔法で凍らせたらどうかな。成分って変わる?」
「知らん。試した事ねーもん」
まあ、そうだよな……確証がない以上、凍らせるのは得策じゃない。
「あ、いー事思い付いた」
「嫌な予感しかしないけど……何」
「ギマが来てる服にたっぷり染み込ませよーぜ。万が一スタッフに見つかっても滑って湯船に落ちましたって言い訳できるっしょ。おーヤメちゃん天才! 出来る女は頭の冴えが違うね」
「いやいや……ズブ濡れで宿の中を歩き回るハメになるじゃねーか。冬場なんだから一瞬で冷めてクソ冷たくなるし」
「そこは気合いと根性でどうにかならんくてもヤメちゃん困らんし」
「鬼かお前は」
とはいえ、最も現実的な方法なのも事実。パトリシエさんはこの宿の客じゃないから入る事は出来ないし、調査だと説明した所で強制できる権限はない。
「仕方ない。量は心許ないけど、袖だけでも濡らすか」
両腕が濡れたくらいならそこまで不自然には映らないだろう。あとは部屋に戻って水汲み用の容器にでも搾って入れりゃ良い。
ま、あくまで念の為だ。入室を禁じていないこの浴場にバレたらマズい物を隠すほど迂闊じゃないだろう。
「そんじゃ、早速……」
最寄りの湯船に右腕を突っ込む。あー……気持ちええ。でも今は良いけど浴場を出て暫くしたら冷たくなるだろうな。早めに部屋に戻ってお湯のサンプルを確保したら、ヤメに魔法で炎を起こして貰って……やめよう。危険だ。
「……ん?」
妙だな。右腕の感覚が薄れていく。
液体に包まれた際に生じる独特な浮遊感とも違う。痺れた時のジンジンとするあの感じでもない。
肩から先が喪失したかのような――――異常な体感。
いや違う。右腕だけじゃない。そこから全身に同じ感覚が広がっている!
「――――」
声も出ない。全身に力が入らない。
おいおい嘘だろ? このままだと身体を支える事も出来なくなって……
このまま……湯船の中……に……――――
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