第416話 シャイニングな笑み
吹っ飛ばされた先に偶々あのゴロツキがいて、激突ついでに身柄を拘束。アンキエーテへ逃げ込んだ理由と関係について吐かせ、一気に闇商人の真相が明らかに――――
なんて都合の良い事が起こる筈もなく、俺の着地先は何もないただの路上だった。まあ通行人を巻き込むとか建物に結界ごとぶつかって器物破損……なんて事態にならなかっただけ幸運だったのかもしれない。
「――――って訳で今このミーナは大変なんだよ。悪いけど手を貸してくれない?」
もう一つ幸いだったのが、シキさんもヤメもその場を立ち去らず留まってくれていた事。お陰でどうにか事情を話す事が出来た上、協力も仰げる事になった。
「聖噴水に異常かー……シキちゃんどう思う?」
「手掛かり少な過ぎて現時点じゃなんとも言えない」
そして二人とも、俺しか証人がいない『昨夜聖噴水に異常が起こっていた』って話も何ら疑う事なく受け入れてくれている。私生活はともかく仕事に関する信頼はちゃんと得られているらしい。そこは素直に喜ばしい事だ。
ただ……
「なあ、せめてもう半分くらい近寄らせてくんない? 遠すぎて会話し辛いったらないんだけど」
「うっせ変態エロ魔神。それ以上近付いて来たら第二形態に変身して磨り潰すかんな」
えぇぇ……ヤメさん変身するタイプの種族なん? 冗談に聞こえないから怖い……
そういう訳で、俺は今アンキエーテの大部屋の隅っこでヤメに睨まれている。これ以上シキさんに近付いたら問答無用で死刑らしい。まあ、心当たりがあるだけに仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。
「どうします? 男性陣も含めて一旦全員集合するよう伝達してきましょうか?」
この部屋に今いるのは俺、シキさん、ヤメ、オネットさん、そして今挙手して質問の声をあげたアヤメル。男は俺以外いない。
「いや、これから全員を集めるとなると時間が掛かり過ぎる。今いるメンバーでやれる事をやろう」
「えっ? なんですって?」
「今いるメンバーで! やれる事やろう!」
部屋が無駄に広い所為で、普通の会話くらいの音量だと聞こえないらしい。会話のテンポ悪くなるのは地味にストレスだ。
「つーか、アヤメルはコレット達に合流してなかったのかよ。迎えに行くっつってなかったか?」
「バカ言わないで下さいよ。あんなに飲んで朝早く起きられる訳ないじゃないですか。今も頭ガンガン痛ったい中必死に平静を装ってるんですよ? 弱味とか見せたくないですからね! あっ大声出すと頭痛ったあ……」
言った傍から情けない姿を晒すな。戦闘力と反比例してポンコツ要素ホント多いな君。
とはいえ、現状アヤメルだけがこんな体調って訳じゃない。
昨日は俺が温泉で死闘を繰り広げている間、部屋に戻ってからも飲んだくれていたらしく今もグーグーいびき掻いて寝てる連中が大勢いる。特に男共は朝まで飲んでいたみたいで、今すぐまともに動ける奴は殆どいない。
とはいえギルドの慰安旅行でそれだけハメを外したって事は、ギルド員同士の親睦をかなり深めたとも言える。嫌々来た訳じゃなく心から旅行を楽しんでいる証でもある。文句は言えない。
「野郎共の中には酒が強いのもそれなりにいっから、目が覚めれば使い物にはなるだろーけど。今ントコはアテにしない方が良いんじゃね?」
「だよな!!」
「あーうっせ! いちいち大声で返事すんな頭にガンガン響くんだよ殺すぞ!」
知らんがな。俺はお前に言われてこんな離れた所から会話してんだぞヤメさんよお。
「私は別に気にもしてないから、隊長こっち来て。大声出される方がかったるい」
「へいへい」
シキさん本人が許可を出した以上、ヤメもウダウダ言えないだろう。取り敢えずこれでまともに話が出来そうだ。
「んじゃ状況を整理するぞ。現状やるべき事は ①聖噴水に関与した人間がいないか調査 ②モンスターの侵入がないか警戒 ③シャンジュマンの温泉の泉質を調査 ④シャンジュマンで遭遇したチンピラを捜索 ⑤アンキエーテが関与していないか調査」
「調査ばっかだね」
実際、それくらい情報が不足してるんだから仕方ない。
「③は鑑定ギルドのパトリシエさんがやってくれるから問題ない。①もグノークスが聞き込みやるって言ってたし任せよう。④は今モーショボーが街の上空を旋回してくれてる。②はコレットが外を彷徨いている限り大丈夫だろう」
「つー事は、ヤメちゃん達の仕事はこの宿の調査だけ?」
「そうだな……」
具体的には宿の中にチンピラが匿われていないか、アンキエーテが今回の件にどれくらい関与しているかの二点だ。
メオンさんの上司、エメアさんなら何か知っていそうではある。とはいえ、関与しているなんて自ら話すとは思えない。それどころか会話する事でこっちがどの程度怪しんでいるかを悟られる恐れもある。既にメオンさんに聞き取りを行った事もバレてるし、優先的に話を聞くつもりだったけど……これ以上刺激するのは危険かもしれない。
幸い、まだ出来たばかりの宿だから従業員の数はかなり少ないみたいだし、宿の中を調べるくらいはそれほど難しくなさそうだ。まずはそっちから当たってみるか。
とはいえ客が入れるような区域にバレたらマズいものは置いちゃいないだろう。立入禁止区域に入って行かない事には話が前に進みそうにない。
「潜入捜査ならシキさんに頼みたい所だけど……」
「別に問題ないよ」
……と言いつつ露骨に顔をしかめてる。まだ頭が痛そうだ。
重要なのは、そのコンディションの悪さで何か問題が起きた際に対処できるかどうか。身体はどうにかなっても集中力が散漫じゃ咄嗟の判断に重大な支障を来たすのは目に見えてる。
モーショボーにも思ったけど、シキさんにもこれまで相当負担を掛けてきた。こんな体調の時にまで頼るのは良くない。ブラック企業じゃないんだから。でもブラックギルドって言うと妙に厨二心を擽られるよな。暗黒騎士ギルドみたい。
……なんか想像したらベリアルザ武器商会と大差ない気がしてきた。やっぱブラックギルドはダメだ。ここはホワイトに徹しよう。
「オネットさんは体調どう?」
「私はお酒はそれほど強くないですけど、そんなに残らないんで大丈夫れす」
ダメっぽいな。まあこの人の場合、酔ってても普通に無敵だろうから心配はしてない。ただ捜査みたいな頭使う仕事を振るのはやめておいた方が良さそうだ。
となると、今まともに頭が回ってるのは……
「取り敢えずアヤメルはコレット達と合流して指示を仰いで。多分シャンジュマンにいる筈だから」
「わかりました! あ痛った……それじゃ頑張って下さいね」
頭を抱えながらアヤメルが部屋か出て行った。
次は――――
「シキさんは宿の入り口で待機。もう暫くしたらモーショボーが戻ってくるだろうから、あいつから状況を聞いて俺に伝達をお願い」
「……宿の捜査は誰がするの?」
「俺とヤメでやる」
他に選択肢はない。ヤメも嫌とは言わないだろう。
「ふーん。良いんじゃねーの?」
……こいつ絶対俺を人知れず始末しようと考えてるからな、今。二人きりになるのを断る筈ないんだよ。
「オネットさんはロビーで素振りでもしてて下さい。フロントの二人を引き付けてくれてれば良いんで」
「なんですか、その奇行……不肖私、もうとっくに酔っれませんよ?」
「その調子でお願い」
酒の残ったオネットさんが全力で素振りをすれば、間違いなく二人は止めようとするだろうけど、恐らく恐怖で近寄れない。剣圧だけで殺されそうだし。
そうなれば、どうすべきか長考に入る筈。その隙に宿の中を調べれば危険は最低限で済む。
「ここは俺達が守るべきアインシュレイル城下町じゃないし、旅行中に仕事なんて最悪な気分だと思うけど、聖噴水のトラブルを放置していたら一般人に危険が及ぶかもしれない。だから申し訳ないけどよろしく頼む」
一応、ギルマスらしく締めておく。でもこれだと堅過ぎるから……
「ま、俺達のホームって訳じゃないし、ぶっちゃけ責任はそれほど感じなくて大丈夫だから。気楽に行こう」
「何それ」
半ば呆れつつも、シキさんの表情が微かに柔らかくなった。
他は……大して変わらんな。付き合い悪いぞギルド員ども。愛想笑いくらいしろ。
「それじゃオネットさんも宜しく」
「任せて! くらさい!」
拳を高らかに掲げ、オネットさんは手ぶらで部屋を出て行った。いや素振り……まあ良いか。オネットさんなら剣がなくても素振りくらい出来るんだろう。
「オネットが潰れたら適当に介抱しとく」
「あ、うん。お願い」
シキさんも続いて部屋を出て――――行こうとする直前、一瞬立ち止まってこっちを見た。
「……」
でも結局、何も言わずに出て行き扉を閉めてしまった。いや俺達もすぐ出るから閉めなくて良いんだけど……
何だったんだ今の。何か俺に言いたい事があったんだろうか。
『私に嫌われたくない理由、聞いてるんだけど』
そう言えば有耶無耶のままだったな。
シキさんに嫌われたくない理由。そんなの決まってる。嫌われたくないからだ。他に何があるってんだ。
でもそれに納得してないから聞いてきた訳だから、違う答えを言わなきゃダメなんだろうな。
今回の一件が片付く前に、少しは気の利いた言葉を考えておいた方が良いんだろうけど……そういうセンスは全くないからな、俺。ポエマーの割に他人の心を掴むワードとかマジで思い付かん。
……考えても仕方ないか。
「んじゃヤメ、行くぞ」
「おー」
右拳をバチーンと左の掌に当てて、ヤメがシャイニングな笑みを浮かべる。
「なるべく人気のないトコにいかねーとな。秘密が隠されてるのって大抵そういうトコっしょ? 出来れば逃げ場のない狭い個室とか良き」
「そんな所で俺に何をする気だ……?」
「やだなーギマちゃんったら。若い男女が密室で二人っきり。やる事っつったら一つじゃん。なあ」
いや少しは殺意を隠せよ。温泉だからって殺人事件が起きなきゃいけない決まりはないんだからね?
「……まあ良いや。取り敢えず宿の中を一通り歩いてみよう」
まだ足を運んだ事のないエリアもあるし、チェックポイントを探す為にも足で捜査。昔ながらの刑事みたいだ。何気に刑事ドラマの再放送観るの好きだったんだよな。もう二度と観られないのは少し寂しい。
「ふぁ~あ」
大部屋を出て通路を歩く間、ヤメは何度も欠伸をしていた。寝不足なのもあるだろうけど、シキさんと離れた途端に緊張感がなくなったから――――
「気ぃ抜いてるフリして油断誘っても無駄だぞ。あの結界は俺の意識とは関係なく発動するから」
「チッ」
やっぱりかよ! 所作の一つ一つがいちいち罠なのやめてマジで精神が削られるから! 折角イリスに少しだけ治療して貰ったのにまた壊れちゃうでしょ!
「つーかギマのあの結界なんなん? 至近距離からの【フロンタルクラッシュ】を完封とか意味不明すぎんのよ」
「何その必殺技みたいな名前。さっき俺にブチかました魔法?」
「そそ。あれこの辺のモンスターなら大体一撃で破裂すんだよね」
そんな威力の魔法を街中で人間相手に使うなよ……
偶にマトモな時あるからつい忘れがちだけど、コイツ基本的に危険人物なんだよな、シキさんが関わると。
……なんで俺はこんなのをサブマスターにしたんだ?
「つーか自律タイプの結界であの防御力ってほぼ無敵じゃね? なんだかんだでギマもアインシュレイル城下町まで来るだけはあんだな」
実際、あの結界があるからこそ不審に思われてないのかもしれないな。レベル18程度の人間が大した装備品もなく魔王城最寄りの街まで辿り着けた事を。
そう考えたら、調整スキルよりも寧ろこっちの方が転生特典っぽいよな。現環境において必須とも言える能力だし。
「なーギマ。ちょっとだけ真面目な話して良い?」
「ヤメが真面目な話なあ。全く信用できないけど取り敢えず話してみ」
俺の返事が不満だったのか、隣を歩くヤメが露骨に輩の顔をする。ちっこい身体でガラ悪いんだよなあ……
「この国って今さー、王様っつーか王族抜きでやってってる訳じゃん?」
「ああ。王様は今ヒーラー達と温泉に浸かってるからな」
「大丈夫なん?」
……意外。ヤメってそんな事気にするタイプだったのか。誰が統治してようと政治の話なんて眼中にないと思ってた。
「そりゃ、大丈夫だからこそ今も破綻なく成立してるんじゃねーの?」
「まーそーだけどさ。王様の居場所わかった訳じゃん? そろそろ一般市民にもバレんじゃねーの? 国王が城にいねーじゃんって」
「んー……」
確かに。余りその事は考えてなかったな。
そもそも王族が長い事行方不明だったのも異常なんだよな。城の中は空っぽ同然だし。本来ならもっと大騒ぎにならなきゃおかしいくらいだ。
でも現実には騒ぎにはなっていない。つまり――――
「今までの経緯からして、五大ギルドが上手く情報操作してるっぽいから大丈夫じゃねーかな。あんま危機感なさげだし」
「だとしたらヤベー連中だよな。フツーの情報統制じゃぜってームリだろ」
だよな。俺もそう思う。
恐らく情報に関しては徹底的に管理されていて、国民に現状がバレないようにはしてるんだろう。元々王族なんて滅多に庶民の前には出て来ない人達だし、不在だからといって即バレする訳じゃない。
でも単に王族不在、王城無人の状況を隠蔽するってだけじゃいつまでも隠し通すのは不可能だ。王城自体は城下町から離れた場所にあるから市民の生活と密着してる訳じゃないけど、それでも例えば旅人とか物好きの一般人がフラッと城の様子を窺いに行く事は普通にあり得る。門番すらいない状況を見て不審に思わない筈がない。
そもそもアイザックとヒーラー達の王城占拠事件に関しては、とても隠し通せるような騒ぎじゃない。王城が僅かな期間とはいえ乗っ取られたんだから、あの時点で大騒動が巻き起こるのが自然な筈。なのに現実は殆ど話題にさえなっていない。
その理由は――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます