第194話 人生が性感帯

 後ろから首を斬られたら一瞬で全てが終わる。それを回避するだけの力は俺にはない。

 

 有るのは――――声だけだ。ありったけの声を!


「出でよデメテル!!」


「何ィィィィーーーーーーーーーーーーッ!?」


 そう過剰反応を示したのはガイツハルス……じゃなくペトロ先輩。彼にとってこの名前が特別なのは先刻承知だ。


「な、何や……? そんなヤバい精霊喚べるんかい!」



 計画通り



 ペトロ先輩の大声に警戒心を強めたガイツハルスが一瞬で俺から離れ距離を取った。どうよこの機転! 我ながらファインプレイじゃないかい?


「おいテメェ! いつあのクソ女と契約交わしやがった!? つーか何で黙ってやがった!? つーか何でよりによってオレがいる時に召喚……」


 そこまで捲し立てたところでようやく、パイセンはオレのハッタリに気が付いたらしく、露骨に顔をしかめて屈辱感を露わにしていた。許せパイセン、仕方なかったんだ。あの状況でどんなハッタリかましたところでガイツハルスの手は止まらない。なら別の奴にビビッて貰って警戒させるしかなかったんだ。


「グヌヌヌヌ……だああぁぁぁぁッ!! 全員殺す! 今のオレの慌て振りを見た奴等全員ブッ殺して何もかもなかッた事にしてやらぁァーーーーッ!!」


 あれちょっと待って? 俺もその中に入ってるよね!? 折角ファインプレイしたのに送球逸れて走者一掃の最悪パターンかよ!


「このオレ様を相手にブッ殺すたァ、中々良い度胸してる精霊じゃね~か……返り討ちにして二度とその減らず口叩けなくした後でキッチリ回復してやるぜェ~~~!!」


「くたばれオラァァァァ!!」


 ……おおお、肉弾戦だ肉弾戦。ボクシンググローブのないガチバトルを見るの、スゲードキドキすんな。当たり前だけどYouTubeの素人ケンカ動画とは訳が違う。拳が空を切る度に切り裂くような音が鳴ってる。


「はぁ……あんなすっ惚けた手に引っかかるとか、ないわー……ワイも焼きが回ったもんや」


 ペトロ先輩がハウクと戦うなら当然、俺はこのガイツハルスの相手をしなくちゃならない。荷が重過ぎるとはいえ、どっちを相手にするにしたってそれは同じだ。

 

 ただし、相性は最悪だ。数秒間触れさえすれば勝てるんだけど、それを許してくれないスピードの持ち主。俺なんかじゃ一瞬すら触れられないだろう。


 せめて怪盗メアロがいれば……なんて思ってしまう自分が恥ずかしい。さっきまであれだけ奴の事を敵視してたのに。


「なあ」


「……何だよ」


「さっき、至近距離であんさんの気配感じて思ったんやが……」


 もし、この会話の途中で仕掛けてこられたら、俺は一切反応できないだろう。そういう恐怖抱いているとを悟られちゃいけない。


 ただ……どうして仕掛けて来ないのかは謎だった。こっちが瞬殺されても不思議じゃない、歴然とした力の差があるのは向こうだってわかっているだろうに。


「何か混じっとるやろ」


 !


 こいつ……まさか俺が異世界人なのを見抜いたのか……!?


「エアホルグみたく魔物が人間に化けてる思たんやが……どーもちゃうな。あのシャルフが随分あんさんに固執しとったし、別口なんやろな。一体何者や」


 そういう事か。俺のマギが異質なのは、始祖からも指摘されている。多分同じ事をこいつやシャルフの野郎も感じ取ったんだろう。だから警戒……いや、好奇心の方が強そうだ。何にしても、俺を正体を突き止める為にはアッサリ殺す訳にいかないってか。


 これなら切り抜けられるかもしれない。それどころか――――


「お前等こそ、一体何で王城の占拠なんて暴挙に出た? ヒーラーがイカれてるのは今に始まった事じゃないが、自分達の国を創るっつってた割に、随分セコい事やってんな」


「これも"建国"や。空洞だった所に新しく国を興す。言っとくけどな、正義はワイらに在り、や。あの新国王も言うとったやろ。前国王がアレを後継に認めたんや」


「あのペラペラの紙が証拠だってのか? それで納得する奴いると思うか?」


「関係ないわ。事実、ワイらがこの城を占拠しとるんやし。あんさん等が外でピーチクパーチク囀ったところで何も変わらんやろ。それよりワイの質問にも答えーや」


「……俺の正体なんて、新米ギルドマスター以外の答えはねーよ。異物が混入してるのなら、それはお前等ヒーラーの誰かに回復されちまったからかもな」


 勿論、真実を告げる訳にはいかないし、その意味もない。向こうだって俺が喋るとは思っていないだろう。


 他のヒーラーと違って、この男は会話が通じる。こいつだけは自分の世界に浸っていない。それだけに恐ろしくもあるけど。


「随分とナメくさってくれるやないか」


 ……っ。


 流石に凄んでくると迫力が増すな。威圧感があるタイプじゃないって思ってたけど……四天王は伊達じゃない。


「あんさんの正体知りたさに、ワイが見逃すとでも思うとるんか? ワイはヒーラーや。どれだけ壊しても、治せばええねん。拷問して吐かせるのはワイらの十八番や」


 ……だろうな。それは容易に想像できる。殺される心配はなくても、それ以上の苦痛と恐怖を味わうハメになるだろう。


 手元にある残りの宝石は……六つか。幸い、まだ唾液には戻っていない。こん棒を置いてきた今の俺にとって、唯一の武器がこれだ。


「速度全振り」


 宝石を両手に握ったままこっそりそう呟き、そして――――


「うおおおおおおおおおおおお!」


 渾身の投擲。さっきハウクに投げた時より遥かに速度を増した宝石がガイツハルスへ向かって飛んで行く。


 幾ら奴が素早いとはいえ、ヒーラーの習性に従いキャッチする……



「アホ。遅いわ」



 なっ……!?


 今のを紙一重ですらなく躱したのか!? 160km以上出てたぞ絶対! 化物め……!


「もうちょい対話で情報引き出したかったんやが、もうええわ。終わりにしよか」


 言葉を言い終わる直前、俺の視界からガイツハルスが"消える"。


 当然だ。奴のスピードを俺の目で捉えられないのは以前の戦いで確認済みだ。


 そして俺が先に攻撃をすれば、即座に反撃してくるのもわかっていた。飄々としている割にキレやすいのも、その時の戦いで奴が見せた姿だ。


 そう。わかっていた。奴がすぐ消えるのを。そして俺に接近してくるのも。


 だから――――罠を張った。


 速度に全振りして耐久性が最低値になっていた、残りの宝石四つを全て強く握り砕く。その小さくなった破片を――――周囲に放り投げておいた。


「なんやて!?」


 投げつけるまでもない。俺の周囲に浮かんでいるそれが突っ込んできたガイツハルスに当たるだけで、奴のスピードがそれを凶器に変える。目にでも入れば失明は免れない。回復魔法ですぐ元には戻せるんだろうが、逃げるだけの時間は十分に――――


「……なんてな」


「!?」


 コイツ……目を腕で守ってやがる! まさか読んでやがったのか!?


「残念やったな。初見の戦術やったら引っかかっとったわ」


 まさか――――シャルフから聞いてたってのか? 砕いた金属の破片を用いた戦術なんてシャルフとの戦闘でしか使っていないし、その戦いの前にガイツハルスは逃亡していた。自分の目で見ていたとは思えない。


 ヒーラーには連携なんて無縁だと思っていたのに……完全に想定外だ。


「終いや」


 目を覆っていた腕を外し、その手に持っていたナイフで俺の首を裂こうとする。


 勿論、食らえば致命傷。即死もあり得る。人間同士の蘇生魔法は成功確率が高くはない。最悪、ここで死ぬ。



 でも。



「終わるかあああああああああ!」


 奴が目を腕で隠していたのが幸いだった。本当に助かった。もし突いてこられたら対処のしようがなかった。


 でもその体勢なら、突っ込んできての攻撃は払い以外にあり得ない。ならば――――前に向かって行けば、奴が腕を振る前に止められる!


 不思議と足が竦む事はなかった。ただただ必死だったからかも知れない。何歩前に出られたかはわからないが……


「……!」


 ガイツハルスがナイフを薙いだ瞬間、奴の想定よりもほんの少し、互いの距離を詰める事が出来た。俺の突き出した手が、奴の手の甲に当たり――――止まる。身軽な分、攻撃に重さはない。


 それでも強引に押し切れば終わり。ものの数秒延命しただけに過ぎない。向こうはそう思っていただろう。



 ――――ようやく、触れられた。



「抵抗力全振り!」

  

 光が生じるとか轟音が鳴るとか、そんな派手な演出はない。だから何が起こったのか、ガイツハルスには全くわからないだろう。俺の予想外の抵抗に苛立ちを隠せず、そのまま俺の手を押し切ってナイフで切り裂こうとしてくる。


「……な、なんや!?」


 出来る筈がない。俺はこの街の住民の中じゃ相当非力な部類に入るけど、それでも――――最低値まで落ちた奴の力には負けない。


「チィッ、せやったら……!」


 足払いをかけてくる。本来の奴のスピードなら、一瞬で転ばされていただろう。


 でも実際に放たれたのは、力もキレもない、フォームだけ綺麗な蹴りに過ぎなかった。


「どうなっとるんや!? ちっとも思い通りに動かれへん!」


 圧倒的な能力を持っている人間が、それを一瞬にして失う絶望。それは俺にはわからない感覚だ。だから、顔面蒼白な今の奴の心境を察する事は出来ない。


 当然、罪悪感もない。その顔面に拳をめり込ませる事に。


 スピードも対策も完璧だった。それに『重さパワー』さえ加わっていれば俺の命は奪われていた。


 悲しいなガイツハルス。


 目を防ごうとしたその周到さがなければ、俺に一太刀浴びせられたものを……


 比較的マシなヒーラーは? と聞かれたら俺はためらわずこう答えるだろう。そいつはラヴィヴィオに所属している四天王のスピードスターだと!!


「ち……ちきしょオ」


 二度とこの街で会うことはないだろう。しかしお前の名は忘れない。


「ちき……しょオ」


 Good-bye ガイツハルス!!



 俺の右ストレートを顔面に食らったガイツハルスが、膝から崩れ落ちる。調整スキルで魔法防御以外が最低値になった奴の耐久力は一般人並かそれ以下。意識を刈り取るには一発で十分だった。


 顔面を床に叩き付け、そのまま物言わぬ身体になった奴の姿に、安堵感を覚える暇もない。敵はもう一人いる。


 まあ、そいつはペトロ先輩がしっかりカタを付けてくれた頃合いだろうが――――


「ガ……ハァ……アア……ァ」


「カーッカカカカカ!! ったくよォ~~~~!! 随分手こずらせやがったなァ~~~~!! だがオレの勝ちだァ~~~~!!」



 ……。



 負けとるやんけ!!!


 いやいやいやいや! あんだけイキっといてタイマンで負けちゃ絶対ダメだろパイセン! 何やってんのさアンタ!?


「グァ……ア……」


 ボッコボコにされた顔面が痛々しい。ハウクの方も同じくらいダメージ食らってるから、拮抗していたのは間違いないけど……耐久力の差で負けたらしく、ペトロ先輩は朦朧とした意識の中で今にも倒れそうだ。


「……」


 そのパイセンの顔が俺の方に向いた。


「……ニィ」


 そして、なんか満足げな笑顔を見せて――――消えた。


 ちょーーーーーっ!? まさか死んでないよね!? あの強キャラ感でこんな死に方されても困るんですけど!?


 多分深刻なダメージ食らって強制送還みたいな感じなんだろうけど……強敵と戦って満足したからはいサヨナラ、みたいに思えて仕方ない。スッゲー頼りにしてたのに!

 

 マズいな。一見すると勝った方のハウクも瀕死だし、俺でもなんとか戦えそうなんだけど……奴はヒーラーだ。自分の回復は運次第ってのがこの世界の回復魔法なんだが、十連ヒーリングみたいに一瞬で何度も回復ガチャが出来る魔法もあるし、すぐ全快されちまうだろう。


 その前に不意打ちで――――


「回復してやる前に消えちまったが……良~~~い戦いだったなァ。残すは小僧、テメェだけだぜェ~~~。今すぐこの身体ァ回復して、テメェをブッ殺して、蘇生してやるよォ~~~~」


 ……気付かれちまった。これじゃもう不意も突けない。


 万事休すか……!


「ク……クク……アッ……アッ……」


「……?」


「アアアア~~~……たまんねェ……この回復するのを我慢してる瞬間がたまんねェんだァ……もうイッちまいそうだァ……」

 

 ……焦らしプレイの一環?


 なんだかよくわからんが逃げろ!



 ――――幸い、追ってくる様子はない。


 流石、変態集団ラヴィヴィオの代表だけはある。敵の殲滅よりも快楽優先か。今更ヒーラーの性癖に驚きはしないけど、もうあいつら人生が性感帯だよな。


 ともあれ、思っていた以上の情報は手に入った。一旦始祖のいる安置所に戻ろう。





「あんま言いたかないけど、子孫の教育がなってないんじゃないの?」


「。。。そんなヒーラー知らない。。。管轄外」


 無事戻って一部始終を報告しがてら、始祖としての育成力不足に苦言を呈してみたけど、我関せずを貫かれた。


「。。。でも。。。エルリアフなら知ってる」


「それは助かる。外見とか特徴とか、出来ればいそうな場所とかを教えて欲しいんだけど」


「。。。彼女は。。。特殊な存在。。。それを知らないと見つける事は出来ない」


 特殊……? ヒーラーに特殊って概念あんの? ヒーラーって時点で特殊の極地じゃね? 『美味いパン』って言われるくらいピンと来ない。美味くないパンなんてこの世にないもの。


 でも、確かに怪盗メアロも見つからないって言っていた。怪盗スキルを多数持ってる奴が探せないんだから相当厄介だとは思っていたけど……


「。。。エルリアフは。。。」


 思わず生唾を呑み込み、始祖ミロの話に耳を傾けた。


 パーチで城の周囲を回復スポットにしていて、怪盗メアロ曰く『刃物に性的興奮を覚える』という変態の正体は――――


「。。。反魂フラガラッハ」



 ……どゆ事?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る