第195話 反魂フラガラッハ

 反魂フラガラッハ……って名前には覚えがある。でもそれが何なのかは思い出せない。夢で見たような、そんな朧気で曖昧な記憶だ。


「。。。ピンと来てないっぽいから補足してやんよ。。。偉過ぎる。。。」


「確かに偉い」


「。。。やめて。。。自分で言うのは良いけど。。。他人に言われると照れる。。。」


 面倒臭い始祖だな……まあ始祖って大抵面倒臭い性格してる気がする。仕方ない。何せ始祖だからな。


「。。。フラガラッハは。。。十三穢の一つ」


「ああ。ネシスクェヴィリーテの仲間か」


「。。。厳密には違う。。。魔王に穢された伝説の剣なのは同じだけど。。。ネシスクェヴィリーテは【九星】の一つ。。。フラガラッハは【四光】」


 九星と……四光? それ何が違うんだ?


「。。。九星は人間が創った武器。。。四光は神が授けた武器」


「ああ、作り手が違うのか。じゃあ四光の方が格上って事?」


「。。。そうとも言い切れないけど。。。四光には九星にはない特徴がある」


 神が創った武器ってくらいだから、特徴ってのも凄いんだろな。聖なる光を放つのは当然として……あとは自由に形状を変えられるとか、剣が意思を持って喋るとか。ビーム撃てたりするかも。


 一体どんな――――


「。。。夢見がち」


「……はい?」


「。。。夢想家」


 いや、ボキャブラリーを問いかけた訳じゃなくてだな。


 夢見がち? ドリーマーって事? ロマンチストな武器って何? やっぱり意思を持ってて、それで……夢小説とか好きなタイプって事?


「。。。なんか見当違いの波動を感じる」


「いやわかる訳ないって! 夢を見るって事は、フラガラッハって武器には人格とか意思があったりすんの?」


「。。。そういうのはないです」


 ないんかい! なんか良くわからんけど魔王殺しの武器って喋るイメージあったのに!


 でも、だったらどうやって夢なんて見るんだよ。


「。。。本来。。。四光は人間には扱えないレベルの強力過ぎる武器。。。でも人間にもなんとか使えるよう。。。武器自体が人間に馴染むように退化した」


 要は剣の方からレベルの低い人間サイドに歩み寄った、って訳か。ありがたい事なんだろうけど見下されてる感エグいな。


「。。。人間の手に馴染む為には。。。人間が本能レベルで拒否反応を示さないようにするのが大事。。。だから人間の純粋な部分に寄せた結果。。。人間臭くなった」


「……なんか虫を引き寄せる為に植物が良い香りを持つよう進化した、みたいな話だな」


「。。。それな」


 それなのかよ。まあ環境に適応する為の変化ってのは、人間にだって普通にあるけどさ。


 例えば笑顔。学生時代は全く愛想笑いなんてしなかった奴が、社会人になって営業職に就いたら、張り付いたような笑みを嫌でも覚える。自分が生きる為に必要な事なら、例え劣化するとわかっていても習得せざるを得ないのは、どの世界でも同じだ。


「って事は、人間に寄せようとした結果、人間が使う魔法をフラガラッハも使えるようになった……って訳か?」


「。。。フフッ。。。違う」


 これも違うんかい! 先回りして外すと凄ぇカッコ悪いな! なんか鼻で笑われたし!


 でも、擬人化もしてないし魔法も使えないのなら、なんでエルリアフ=フラガラッハになるんだ……?


「。。。フラガラッハはその名に『反魂』の冠を持つ剣。。。死者の魂を復元する力を神に授けられた」


「ん? それって蘇生魔法?」


「。。。その起源」


 ……なんと。蘇生魔法って神様の創った武器由来だったのか。まあ、それくらい特別製じゃないと理屈が通らんよな。人が生き返るなんて、超常現象中の超常現象なんだし。


「なら、そのフラガラッハの力を人間が真似たのが蘇生魔法なのか」


「。。。今度は当たり」


 なんかガッカリしてないか? 俺を嘲笑するの楽しみにするなよ。


「だったら、回復魔法もその流れで生み出されたのかな」


「。。。間違ってはいないけど。。。ちょっと違う。。。蘇生魔法はお前ちゃんの言うように。。。フラガラッハの力をミロなりに頑張って複製しようとして生み出した。。。魂に働きかける魔法」


 ミロなりに……?


 あ、そうか。そういえばこの人ってヒーラーの始祖だったな。なら当然、蘇生魔法の生みの親でもあるのか。見た目も声も幼女だから全然ピンと来ないけど、とてつもなく凄い人なんだな。


「。。。でも回復魔法は。。。人の繁栄を一定の範囲に留める為の魔法。。。ある者に頼まれて。。。蘇生魔法の応用で生み出した」


「……急に哲学的な話になったな」


 人の繁栄を一定の範囲に留める為の魔法? だとしたら、再生力とは明らかに違ってくるよな。


 植物や一部の動物ほど強力じゃないけど、人間には再生力がある。ある程度の怪我なら自己修復は可能だ。だからその自然回復力をマギの力で強めているのが回復魔法――――だと思っていたし、実際メデオもそう説明していたけど……


「。。。回復魔法は。。。人間が滅ぼされないよう。。。増え過ぎもしないよう。。。一定数を保つ為に用意した魔法。。。だから病気には効かないし。。。人間同士の争いで負った怪我には効き難い。。。」


 成程。なんとなくわかってきた。


 確かに、単純な『自然治癒力の増幅』ってメカニズムだったら病気にだって利きそうなものだよな。免疫の獲得スピードとかも上昇しそうだし。


 けれど実際には病気に対しては何の効果もない。風邪のような身体の内側を冒している病に限らず、身体的変化を伴う病気……例えば円形脱毛症に回復魔法使って回復させる、なんて話も聞いた事ないし。メカニズムに一貫性がない。


 でも、回復魔法が『人間が増え過ぎも減り過ぎもしない為の施策』として生み出された魔法ならば、話は変わってくる。そこそこの数の人間を助けられ、そこそこの数が助けられない魔法に調整した上で作られたのなら、一貫性が意図的に排除されたのも納得だ。

  

 メデオの持論は外れてたけど、蘇生魔法と回復魔法が別物ってところだけは正解だった訳だ。蘇生魔法はこの始祖様が自分の意志で生み出した神の力の模倣。それに対し……回復魔法はそこで得たノウハウを活かし、人間という種が適度な繁栄を続ける為に作った魔法。そういう訳か。


 ……何故かヒーラーより回復魔法に詳しくなってしまった。


「今聞いた話って、子孫達には伝えてないよね。何で?」


「。。。ミロは秘密主義に憧れるお年頃」


 嘘つけ! 見た目通りの幼女でも、数千年生きているロリババアでもそんなお年頃じゃないじゃん!


「。。。最初の頃はちゃんと伝えたよ。。。? でも。。。世代を重ねるにつれて絡み辛くなっていったから。。。」


「まあ……確かに今のヒーラー相手に教えを説こうって気にはなれんか」


 だったらちゃんと教育しときなさいよ、と言いたくもなるけど、もう手遅れだ。それに……ヒーラー達があそこまで歪んでしまった原因は、回復への感謝を忘れた冒険者やヒーラー、そして多分一般人にもある。ミロにだけ責任があるって訳じゃない。


「で、話を元に戻すけど……結局エルリアフってヒーラーはフラガラッハとどういう関係なの」


「。。。エルリアフは。。。フラガラッハの『皆をもっと回復してあげたい』って夢」


「……夢? 夢なの?」


「。。。そう。。。夢。。。願望とも言う。。。」


 夢が具現化したって事なのか? 妄想が現実になった、みたいな話? 普通ならあり得ないけど、神様案件なら何でもアリだもんな。


「。。。四光は神に与えられた内在する力を人の世で出力する武器。。。だから夢も実現できる。。。」


「武器そのものが抱いた夢を、元々備えられていたメカニズムによって具現化させてる訳か」


「。。。それな」


 観念的、概念的な話が多いから頭が混乱しそうになるけど、なんとなく整理できた。


 要するに、フラガラッハって武器は『魂を再生させる力』を神様に与えられて、それを人の為に使うべくこの世界に舞い降りた。そして、人が使える武器になるため、ちょっと人間っぽい性質を得た。その過程で『夢を見る』って性質も得た。


 恐らくフラガラッハには魂の再生、即ち蘇生能力はあっても、傷を癒やす力はないんだろう。始祖ミロがそれを作った事で、羨む気持ちが生まれたのかも知れない。だから『蘇生だけじゃなく治癒もしてあげたい』って夢が芽生えた。


 そして、その夢を具現化する事がフラガラッハには可能だった。何故なら、内在している力を外に出力する事が出来るから。


 それによって――――


「人間達が死の苦しみを味わう前に回復してあげたい。その夢が具現化した結果……エルリアフってヒーラーが生まれた訳か」


「。。。御名答。。。ぱちぱちぱち」


 口で拍手すな。でもちょっと可愛いかもしれない。


 ロリババアって難しいよな……見た目通りの幼い行動されると、本当の幼女と思ってしまいそうになる。具体的には頭を撫で撫でしてあげたくなる。勿論、本当の幼女じゃないから事案にはならないけど、遥か年上で格上の相手にそれやるのは侮辱でしかないから御法度。おかげで微妙に歯痒い思いだ。


「生まれた経緯はわかったけど……見つけるのが困難って事は、実体はないのか」


「。。。ある事はある。。。でも人間みたいな気配はないし。。。不安定な存在だからHPやMPの消耗が多いと消える」


「なら、パーチ使ってる最中は……」


「。。。見えない」


 なんてこった。それじゃ見つけるのは不可能じゃねーか。調整スキルでもHPやMPの回復は出来ないし……


 にしても、まさか正体が剣由来の夢とはな。だから刃物に性的興奮を覚えるのか。願望が具現化した存在だとしたら、性癖が混じってても不思議じゃないもんな。人間に寄せた所為で性欲まで生み出してしまったか。生殖器なんてないだろうに。憐れ過ぎる。


「なんとかして探す方法ないかな? 宝石に目がなくて、それやるっつったら喜々として出てくるとか」


「。。。フラガラッハにそんな物欲はないと思う。。。エクスカリバーならともかく」


 エクスカリバーはあるんかい。聖剣のイメージが台無しだなおい。


「。。。そもそも。。。エルリアフは回復大好きちゃんだから。。。回復の邪魔する奴には容赦なく牙を剥くよ。。。?」


「え? そんな凶暴なの?」


「。。。ヒーラーの回復魔法依存は。。。エルリアフの影響も大きい」


 マジかよ! だったらある意味ミロ以上にヒーラーの始祖じゃん! 危うくそんな怪物に丸腰で挑むところだったわ!


「なんかいよいよ打つ手がなくなってきたな……こうなったらダメ元でアイザックの野郎を討ち取りに行くか……?」


「。。。無理無理。。。どうせ見つかって無残な姿にされて。。。その後たっぷり回復される」


 だよな……これ以上借金背負ったらギルドも俺も沈没は免れない。


 せめて意思の疎通さえ出来れば、リスクは高くても交渉の余地はあるんだけど、姿が見えないんじゃそもそも探しようが……


 いや、ちょっと待て。大事なことが抜け落ちてた。


「フラガラッハって何処にあるんだ? 確か十三穢の半数はこの城にあるって話だったけど」


「。。。残念。。。この城の中はありませんでした。。。ありませんでした。。。ありませんでした」


「鬱陶しいエコーかけるな!」


 あーくそっ、ないのかよ……剣本体を手に入れられたらエルリアフをどうにか出来るかもしれないって思ったんだけどな。そう都合良くはいかないか。


「。。。でも。。。この街の中にはある」


「え? そうなの? 何処に?」


「。。。知らん。。。でも夢が存在できてる以上。。。本体も近くにある」


 そういうものなのか。ならフラガラッハを探せば光明が見えるかもしれない。


 ただ、そんな伝説の武器が市場に出回っているとは思えない。ベリアルザ武器商会に務めていた頃も、そんな話は一切聞こえてこなかった。


 十三穢は暗黒武器の最高峰ってルウェリアさんも言ってたし、もし手に入る範囲にあるならあの親子が黙ってないだろう。


 となると――――次に何を探せば良いかは火を見るより明らかだ。


「方針が決まった。今日はもう寝る」


「。。。。。。寝る。。。?」


「幸い、この部屋あんまり寒くないし毛布なくても大丈夫そうだし。そんじゃお休み」


「。。。え。。。ちょっ。。。何こいつ。。。」


 そんな訳で、寝た。





 ……起きた。


「。。。安置所で本当に熟睡するとか。。。イカれてんなお前ちゃん」


「毎日棺桶で寝てるからな。似たようなもんだ」


 その安置所に棲み着いている始祖にあーだこーだ言われる筋合いはない。


 勿論、就寝したのにはちゃんと理由がある。こうしないとフワワを喚び出せないからだ。一日一回って話だからな。


「出でよフワワ!」


 寝起きの割によく声が出た。体調は悪くなさそうだ。心なしか、今し方現れたフワワの顔色も良い。術者と精霊のコンディションってリンクするんだろうか?


「また喚んで頂けて嬉しい〃∇〃です。そちらはあるじ様のお子様〃v〃ですか?」


「。。。おうおう。。。随分ミロを嘗めてくれたな。。。やってやっぞ」


「ふわわ……! すみません〃o〃です……!」


「。。。素直に謝るのは良いこと。。。許す。。。寛容過ぎる」


 あの程度の誤解でキレる時点で寛容でも何でもないけど、朝っぱらから言い合いするのは面倒だから黙っておこう。そもそも今が朝なのかどうかもわからんけど。


「ありがとうございます。あるじ様、今日はどのような御用〃∇〃ですか?」


「ああ、今回は見た目重視のアバターを頼む。誘き寄せたい顔見知りがいるんだ」


「。。。誰を。。。? ヒーラーの知り合い。。。?」


 怪訝そうな目をするミロと、相変わらず腰の低いフワワを交互に見ながら、俺はその人物の名を告げた。


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