第196話 精霊面談
一対一で強敵に――――ガイツハルスに勝った。
戦争のない平和な国、日本で生まれ育った俺がそれを成し遂げたのは相当な快挙だと思う。本来なら大きな達成感やカタルシスを得られる瞬間だったのかもしれない。自分の人生におけるハイライトになるくらいの。
だけど実際に奴を倒した時に出てきた心の声は、『ペトロ先輩とハクウの戦いはどうなってるかな』だった。要は何の感動もなかった訳だ。
ラヴィヴィオ四天王ガイツハルスを倒したんだ。もう少し嬉しいかと思っていたけどな。
でも、だからこそ悟りもした。俺は多分、心の奥底ではそういうのを大して求めていないんだろう。弱い自分に劣等感を抱いているのは事実だし、良い所を見せたい、カッコ良くありたいとは思っている。けど、それは戦いに勝つ事や強い自分を誇示する事じゃないんだ。
守りたいと思ったものを守り抜く。
それが、俺の一番やりたい事。この世界でやり遂げたいと思う事みたいだ。
虚無の14年間だった筈なのに。別にやりたくて始めた仕事じゃなかったのに。なんだったら、落ちこぼれの職業に行き着いたとすら思っていたのに。学歴がどうでも、老人であっても、誰にだって出来る簡単なお仕事。そう思って拗ねていた筈なのに。
護衛対象を守りたい。警備員として充実感のある仕事をしたい。守るべきものを守ったと誇りたい。警備員の本懐を遂げたい。
……本心ではずっと、そう思っていたって事なのかな。
なんだよ。案外可愛いトコあったんだな、俺。こういう所を前面に押し出せていれば、ちょっとはモテたんじゃないか?
ま……それはないか。無駄にプライド高いからな、俺は。必死な自分を押し出して自己アピールなんて、とても出来る気がしない。自覚しないでそれをやるなんてもっと無理だ。
だから、ここでそれをやる。そう決めたんだ。
「。。。遅い。。。遅過ぎる。。。これはもう失敗確定」
……そう決めたんだ。
「。。。二回言うほど。。。大事なことじゃなくない。。。?」
「詳細まで読み過ぎだろ俺の心をよ! 始祖って超能力まで使えるの!?」
――――現在、フワワに作って貰った俺のアバターを使った囮作戦を実行中。対象に見つかったら即座に引き返してくるよう命令してあるから、上手く行けば目的の相手だけをここへおびき寄せる事が出来る。
魔法なのか超常的な力なのかは知らないけど……この安置所、始祖が棲んでいるだけあって彼女の望まない人物は入れないようになっているらしい。だからこそ俺も安眠できた訳だが――――
「。。。あんまり部外者入れたくないなあ。。。生活のリズムが狂う。。。」
始祖でもそういうの気にするんだ……
ともあれ、俺がここに誘い出そうとしている人物は例外的に入室が可能な状態にして貰っている。後は囮作戦の成功を信じて待つのみだ。
……やむを得なかった面もあったとはいえ、丸腰で一階を彷徨い歩いたのはやっぱり無謀だった。偶々見つかった相手が顔見知りで、比較的与し易い敵だったから良かったけど、七餓人とかいう異常性癖の連中に来られたらヤバかっただろう。その反省を活かし、リスクを最小限に抑えたのがこの作戦だ。
一階の現状がどうなっているかは不明。普通に考えたら、侵入者の俺を発見したハクウがその事実を仲間に知らせ、全力で城内の捜索に当たっているだろう。ガイツハルスも回復している筈だ。
でも奴等はヒーラー。連携なんて一切しないんだろうな。それにハクウも俺を本気で探そうとはしていないだろう。その気ならエクスタシーに浸らず俺を追いかけて来ただろうし。
囮のアバターを一階に放って三分が経過。ミロは悲観的な事を言っていたけど、まだヒーラーに見つかっていない可能性は十分ある。まあ、ターゲットの目にも留まっていないっぽいけど……
「アバターの出来が悪くて、見つけて貰えていないのかもしれない◞‸◟です」
「そんな事ないよ。今までで一番の出来だったから、もっと自信を持って」
「ありがとうございます。あるじ様にそう言って頂けると嬉しい〃∇〃です」
フワワへの励ましは、本心が半分、自分への檄が半分といったところだ。実際、これまでの中ではダントツで良く出来たアバターだった。顔が中央に寄ってないし、垂れ下がってもいない。ただ、完全に俺と同じって訳じゃなく、やたら睫毛が長かったり、妙にスタイルが良かったり、全体的に本人よりイケメンに仕上がっていた。
「。。。あの違和感は絶妙。。。知り合いが見つけたら思わず二度見して。。。本人かどうか確かめたくなる」
「確かに。瓜二つより却って良いかもしれない。積極的にスキンシップを取られたら偽物なのがバレるからな。多少警戒されるくらいが丁度良い」
その意味でも、フワワは最高の仕事をしてくれた。これで上手くいかないのなら、単純に作戦が悪い。
頼む。上手くいってくれ――――
「なあちょっと待てってば! その顔おかしいって! お前絶対整形しただろ!」
来た来た来た来たーーーーっ! アタリがグイグイ来ましたね! 魚釣りした事ないから知らんけど!
「かかったな! そいつは俺の偽物だ! まんまと釣られやがってバカめ!」
「うわビックリした! 何コレ!? なんでトモが二人!?」
俺のアバターに続いてこの安置所に入って来たのは、待ち人――――怪盗メアロだった。
っていうか、この世界に整形って概念あったの? そっちの方が驚きなんだけど……
「え、待って……我ドッキリに引っかかったって事? 『そんなに俺の事が気になって仕方なかったんだな』とかで言葉攻めされる感じ? ほんと無理。我の一生終わったわ……」
「そこまで屈辱に感じなくても良くない?」
多少しこりは残ったものの、作戦は無事成功。フワワにハイタッチの構えを向けると、テレテレしながらちょこんと手を合わせてきた。
「はぁ……で、こんなバカみたいな手を使ってまで我に会いたかった理由はなんだよ」
「単刀直入に言うぞ。エルリアフを見つけ出す手段を思い付いたから手を貸せ」
「……む」
怪盗メアロもエルリアフを探しているのは先刻承知済み。決して本意じゃないけど、この状況を打破する為にはこいつの力が必要だ。
「フン。貴様と協力するまでもない。我だけで楽勝……」
「この街を救う為には、一刻も早く見つけ出した方が良いんじゃないのか?」
根拠はない。ただ、モンスター襲撃事件の時ですら助言のみで介入して来なかったコイツが、今回は率先して動いている。焦っているように見えて仕方ない。
正鵠を射ているか否か――――
「……チッ。うぜー事言いやがって。わーったよ。我に何をして欲しいんだ……何その信じられねーって目。自分で要求しておいてフザけんなよ?」
「いや、こんなすぐ応じてくるとは思わなかったから」
思った以上に切羽詰まってるのかもしれない。だとしたら、喜んでばかりもいられないな。
「お前にやって欲しいのは、反魂フラガラッハの入手だ」
「へぇ?」
その武器の名前を出した途端、怪盗メアロは怪盗の顔になった……ってのも変な話だけど、久々にそう表現するしかない表情になった。
「この街の何処かにあるらしい。それがあれば、エルリアフを見つけられるかもしれない」
「一体何の根拠があって――――」
怪盗メアロの言葉がそこで止まる。始祖ミロと目が合った所為だ。両者揃って明らかに旧知の仲、って雰囲気を醸し出していた。
「……ああ。貴様の入れ知恵か」
「。。。ミロが助言してやったのは。。。エルリアフの正体まで。。。フラガラッハを手に入れたからって彼女を発見できる保障はない」
「ハッ。ヒーラーの親玉が一枚噛んでるんだ。それ以上の保障なんてこの世の何処にもねーだろー」
昨日再会した時の、何処か張り詰めたような空気は消え失せ、すっかり元の怪盗メアロに戻っている……ように見える。何故かわからないけど、それが妙に頼もしく思えた。
「この街の何処かにフラガラッハがあるんだな?」
「。。。そう」
「我がそれを手に入れて、ここに持ってきてやる。それで良いんだな?」
「ああ。頼む」
怪盗なら是が非でも手に入れたい極レアの武器だろう。これ以上の適任はない。それに、コイツなら多分この城から簡単に出て行けるだろうし。
「フフン。最近あんまり本業に集中できてなかったからな。良い機会だ。貴様等に偉大な怪盗様の仕事振りを見せつけてやろうじゃない」
「引き受けてくれるのか?」
「その代わり、フラガラッハは我の物だ。良いな?」
「ああ。どうぞ御自由に」
所有権が誰にあるかなんて知らないし、今はそれよりこの城の開放が大事だ。コイツに託すしか手はない。
「フハハハハ! 我に盗めない物はない! あっという間に手に入れてみせるわ!」
やたら御機嫌な高笑いを残し、怪盗メアロは安置所を出て行った。
「。。。相変わらず鬱陶しい」
「知り合いだったんだな。何となく納得だけど」
「。。。おうおう。。。どうせ人間離れした奴等同士つるんでるパターンでしょ知ってる。。。みたいに言うのやめろや」
そこまでは言ってない。
さて、暫く暇だな。幾ら怪盗メアロでも一日やそこらで伝説の剣を盗み出すのは無理だろうし。
ギルドを何日も空けたくないから一旦帰りたいところだけど、ヒーラーに見つからず門まで出るのは無理だ。ここは大人しく待っていた方が得策だな。
ならこの時間を使って――――
「これより精霊面談を執り行う!」
「。。。急に何」
「いやね、一通り精霊を使役してみて感じた事を直接本人に伝えようかなと。逆に向こうが俺をどう思ってるのかも聞きたいし」
「。。。かわいそう」
なんでだよ! 別に圧迫面接とかするつもりじゃないし! フワワが怯えたらどうするんだ!
「大丈夫。粗探しみたいな真似は決してしない。俺、基本褒めて伸ばす方針だから。みんなが笑顔で仕事できる風通しの良い快適な職場を作りたいだけだから」
なんか自分でもブラック企業のパンフレットみたいな事言ってんなと思いつつ、面談開始。最初は勿論、既に召喚済みのフワワからだ。
「ふわわ……」
あーもう既に怯えてんじゃん! 始祖が余計な事言うから……
「えー……フワワ、君は本当に良くやってくれている。今日も作戦成功の立役者になってくれたし、これまでの働きは文句なしだ。ありがとう」
「ほ、本当〃o〃ですか?」
「勿論。ところで、アバターの俺って攻撃とか出来る? 複雑な動きは出来なくても良いんだけど」
「あ、はい。頭突きとか体当たりとか、それくらいなら可能〃‐〃です」
となると、カミカゼアタックは出来そうだな。この世界にダイナマイト的なアイテムがあれば、敵陣に突っ込んで自爆も可能な訳か。色々使い所はありそうだ。
「あ、あの」
「ん、何? なんでも遠慮なく言ってね」
「では……えっと、ルウェリアさんとお会い出来たら嬉しい〃v〃です」
そういえば、前に約束してたな。自分の店を紹介するって。
「了解。今回の騒動が片付いたら、ルウェリアさんの家で喚び出すよ」
「ありがとうございますっ。私、それだけで頑張れる気がする〃∇〃です」
フワワ…君は本当に健気な子だ。この世界に来て君と知り合えて本当に良かったと思ってるよ…
さて、次は――――
「やれやれ。今度はこのカーバンクルに何をさせようというのだ?」
相変わら発言と見た目が一致しないリスだなあ。尻尾なんてもうキュルッキュルだよ。なんて可愛い……
「今回はちょっと意思確認というか……余り頻繁には喚び出されたくなかったりするのかなって思って」
「む? 先程の言動なら気にする事はない。以前も言ったが、一度約束した以上、余程の事がない限り協力はしよう」
「でも、嫌々ってのも心苦しいからさ。あんまり気が乗らない事とかあったら先に教えておいて欲しいんだ」
「ほう。このカーバンクルを慮るというのか」
感心した――――というニュアンスじゃない。プライドに触ったんだろうか。
「覚えておくと良い。我々が人間に力を貸すのは、我々が人にはない力を持っているからだ。人より優れていると自負しているからだ。弱者に施しを受ける謂われはない」
ああっ、やっぱり。変に気を遣うと不機嫌になるお年寄りによくいるタイプだなこりゃ。なら――――
「了解。では御言葉に甘えさせて頂きます。これまでの貢献にあらためて深謝申し上げます」
「そこまで畏まる必要はない。癖の強い能力なのは自覚しているしな。さぞ使い難かろう?」
「いえいえ。重宝してます。昨日も戦略の要でしたから」
「……そうか。ちなみに、あの宝石をどのように使ったのだ?」
「それは――――」
その後、30分ほど雑談を交えて話した。
年寄りの話は長い。あと昔話とさり気ない自慢が多い。とはいえ、普段は知りようのない精霊界の話を聞けるのはありがたくもある。
「――――こんなところか。ヌシも精進するのだな。このカーバンクルが力を貸すに相応しい男となれ」
「はい。ありがとうございました」
ようやく満足したらしく、スッと姿を消した。まあ見た目が可愛いリスだから、長話でもそんなに苦痛にはならなかったけど。
「。。。お前ちゃん。。。年上転がすのうっま。。。老人たらしの称号を授けよう」
「いらないです」
警備員時代、日中やる事なくてブラブラしているお年寄りに何度も話しかけられましたんでね……
次のモーショボー&ポイポイは――――
「ギョッギョッギョッー! ギョッギョギョッギョッギョー! ギョッギョッギョッー! ギョッギョギョッギョッギョー! ギョッギョッギョッー! ギョッギョギョッギョッギョー! ギョッギョッギョッー! ギョッギョギョッギョッギョー!」
「うぇーい!」
なんかポイポイのラップ聞いてる内にいつの間にか終わってた。
まあ特に改善点の要求とかはなく、今後もポイポイを移動手段として借りても良いかって確認くらいだったからな。彼女達の仕事に不満はない。
不満があるとすれば――――
「なんで喚び出したのか、わかりますね?」
「……」
「わかってますよね?」
「ぉ……ぉぅ……」
召喚した瞬間からバツの悪そうな顔で露骨に顔を背けている、このペトロに対してくらいだった。
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