第197話 一心不乱の大説教

 諸君 俺は説教が好きだ

 諸君 俺は説教が好きだ

 諸君 俺は説教が大好きだ


 悪人への説教が好きだ

 聖人への説教が好きだ

 犯罪者への説教が好きだ

 生意気な後輩への説教が好きだ

 頼りない先輩への説教が好きだ

 異性への居丈高な説教が好きだ

 同性へのフレンドリーな説教が好きだ

 人生漂流中の同い年への説教が好きだ

 責任感の強い石頭への説教が好きだ


 教室で 居間で

 屋上で 自室で

 事業所で 詰め所で

 発電所で ショッピングセンターで

 病院で 街頭で


 この地上で行われるありとあらゆる説教行為が大好きだ


 正論をならべた閲覧者の一斉攻撃が同調圧力と共にユーチューバーの矜恃を吹き飛ばすのが好きだ

 追い詰められて逆ギレして罵詈雑言を叫び狂ったように暴れ回る姿を晒した時など心がおどる

                

 教師の投げる青いチョークがお喋り好きの女子を直撃するのが好きだ

 悲鳴を上げた後で逆ギレして教師を睨み付けた女子が内申を盾に言い負かされる時など胸がすくような気持ちだった


 ネクタイの先を外に出した中年サラリーマンが一回り年下の厚化粧の女性に頭を下げているのが好きだ

 興奮状態の女性が空の財布を出して謝罪する男を何度も何度も同じ言葉で貶す様など感動すら覚える


 博愛主義のペット愛好家達が保健所の職員を吊るし上げていく様などはもうたまらない

 泣き叫んで殺処分を禁じるよう訴える愛好家達が金切り声を上げ泣きながら振り下ろした職員の拳に一瞬怯えた顔を見せるのも最高だ

                                   

 自称漫画家達が原作で何の絡みもないCPの漫画を投稿してきたのを見て作品とキャラが汚れるからやめろと木端微塵に粉砕した強者を見た時など絶頂すら覚える


 撮り鉄の阿鼻叫喚に滅茶苦茶にされる駅員のガチギレが好きだ

 必死に守るはずだったその日の恋人との約束が蹂躙されプライベートの時間が殺されていく様はとてもとても悲しいものだ

 PTAの物量に押し潰されて教鞭が殲滅されるのが好きだ

 クレーマーに追いまわされ小鳥の様にブルブル震えるのは屈辱の極みだ


 諸君 俺は説教を 地獄の様な説教を望んでいる

 諸君 俺に賛同するドM大連合諸君

 君達は一体何を望んでいる?


 更なる説教を望むか?

 情け容赦のない糞の様な説教を望むか?

 冷嘲熱罵の限りを尽くし体内のあらゆる血液を透明にする嵐の様な説教を望むか?

        

 よろしい ならば説教(リウォード)だ


 俺は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ

 だがこの暗い闇の底で一晩もの間堪え続けてきた我々にただの説教ではもはや足りない!!


 大説教を!!

 一心不乱の大説教を!!





 ……よし、説教モードのメンタルになった。これでいける筈。


「精霊ペトロ、俺は貴方に問いかけたい。勝負ですから、勝つ事もあれば負ける事もあります。負ける事は良いんです。相手が強ければ当然そういう事もある。自分より強い相手に勝つなんて所詮は理想に過ぎません。理想は理想で、現実は別。だから貴方の敗北を受け入れられない訳じゃないし、ましてその実力を疑ったり失望したりはしていません。しかしですよ。なんですかあの消える間際の笑みは。負けたんですよね? 格上としか戦わないからなって大口叩いておいて負けたんですよね? さも格上相手に何度も勝利してきたジャイアントキリングのスペシャリストですよと言わんばかりの言動を繰り返していましたよね? それなのに負けて笑顔? 負けて満足? 強い相手と拳で語り合ったから楽しかったんですか? 勝負は二の次で、強い相手と戦う事に至上の喜びを覚えて、多幸感に包まれたからそれでもう満たされたと? 一体どういう了見なんですか? 熱血ですか? 熱血なら何でも許されるんですか? 熱い戦いの果てに友情とか全く芽生えていませんでしたけど、それで良いんですか? っていうかご所望の小細工なしの殴り合いで惨敗を喫しておいてよく満足できますね。貴方は何が得意なんですか? 貴方に何か良いとこあるんですか? 何とか言えッ!!」


「。。。そこまで言う。。。?」


 始祖に呆れられてしまったけど、今後も彼とつき合って行く上では、なあなあには出来ない所だ。


 決してここぞとばかりに説教好きな自分を全解放した訳じゃないし、生前の鬱憤を晴らしている訳でもない。説教前に心の中で呟いた口上はただのキャラ作りというか、なりきる為の儀式だ。普段説教し慣れていませんのでね、心を鬼にする為に自己暗示かけなきゃこんな事言えんのですよ。いや本当に。


「。。。どうだか」


 もういちいち驚きもしないけど、やっぱり心の中を全部読んでたか始祖。読心術前提で心の中で言い訳するってのも変な話だけど……


「いや……良いンだ。ソイツの言う通りだしな。久々に全力で殴り合える相手と巡り逢えたからよォ、それだけで満足しちまッた。オレの敗因はまさにそこだ。あれだけ偉そうにしておきながらこのザマじャ、説教されても仕方ねェ」


 肩を落として悄気返るペトロを見ていると、どうしても罪悪感に苛まれてしまう。でもここは引いちゃいけない。今後の為にも。


「無様な姿を見せちまッた。負けた事じャねェ。負けてヘラヘラしてた事だ。もうあンな醜態は晒さねェからよ、リベンジの機会をくれねェか?」


「……一度負けた相手に勝算はあるんですか?」


「ある。オレの学習能力を信じろ。次はもッと強烈なのをお見舞い出来るし、もッと耐えてみせる。だから……頼む」


「なら一つ条件があります。今後は格上限定じゃなく、俺が強敵だと思った相手でも喚び出し可とする事。それでどうですか?」


「わかッた。それで良い」


 ……よし! 交渉成立!


「了解。ハウクと遭遇したら必ず喚び出すんで、その時は頼みますね」


「任せろ。次は絶対ェ……オレが勝つ」 


 凄まじい闘志を漲らせて、ペトロは自分の右拳を左掌に叩き込んでいた。


 狙い通り、上手くいったな。


 何せペトロは俺が契約できた精霊で唯一の戦闘要員。なのに格上限定だと余りに不便だ。なんとか今回の敗戦を交渉材料にしてハードルを下げられないかって思っていたんだけど、思い通りに事が運んでくれて助かった。あんな長々と不慣れな説教をした甲斐もあったってもんだ。


「そういえば、怪我はもう治ってるんですね」


「ン? ああ。一旦精霊界に戻ると、人間界で受けた影響は全部リセットされンだよ。ダメージもすぐ回復するし、魔法でパワーアップしてても元通りだ」


 成程。なら仮に調整スキルでステータスを弄っても、自動的に元に戻る訳か。忘れないようにしておこう。


「はァ……にしても人間ッてヤツらはやッぱヤベーな。このオレと互角以上に殴り合えるのがゴロゴロいやがる。精霊界じャ肉弾戦ッて概念自体が廃れてッからな」


 最後にそんな呟きを残して、ペトロは姿を消した。


 まあ確かに、腕力で敵をねじ伏せる精霊ってあんまりピンと来ないよな。大体魔法みたいな特殊なスキルで攻撃するイメージだし。


「カーバンクルは人間を格下扱いしてたけど、ペトロは違うのかな」


「。。。精霊だって色々な奴いる。。。人間と一緒」


 ……確かに。今のは失言だった。俺の矮小な先入観で精霊って種を単純化・一律化してしまっていた。


 これだから説教なんて出来る器じゃないんだよな、俺。さっきのは交渉の為だからやむを得なかったけど。


 とにかく、これにて精霊面談は終了。召喚の度に体力を魔法力に変換した所為でバテバテだ。マラソン走った後とかじゃなくて、風邪で倦怠感が強く出てる時の感覚に似ている。ひたすらダルい。やる気が出ないし頭も働かない。なんだかとても眠いんだ。


「もっと多くの精霊を使役できれば……こういう状況でもすぐに打破できるのにな……」


 今回の一件だけじゃない。行方不明中のイリスを発見したり、それこそ魔王討伐の一助になったりも出来るかもしれない。そうなれれば、ティシエラやコレットを助けられる。いつも世話掛けてばっかりの人達に恩返しが出来る。


「。。。なら。。。精霊が喜びそうなイベントでも。。。考えれば」


 精霊が喜ぶイベント……か。どうせ暫く暇だし、この時間を使って考えてみよう。


 一体……どんな事をすれば……喜んで貰える……のか…………





 ――――喜んで欲しかった。


 俺の事で喜ぶ両親の顔が見たかった。


 きっとそれは、純粋な願いだったと思う。


 そういう時期は確かにあった筈なんだ。


 でもいつしか、諦めてしまった。


 特別なきっかけがあったんじゃなく、或る日を境にって訳でもなく。


 多分、心に余裕がなかったんだ。


 余裕があれば、他者にも目が向くし他人の幸せを素直に受け入れられる。


 でも余裕がない時には、自分の世界だけにしか意識が向かない。


 そして、余裕のない自分の世界は――――いつだって醜い。


 荒んだ心象風景ばかり眺めていたら、更に心は荒んでいく。


 その負のスパイラルの果てに、俺は虚無という防衛策を得た。


 何も感情を動かさなけりゃ、心の中の景色も荒みようがない。


 でもそれは、散らかった部屋をそのまま放置するようなものだった。


 一度その習慣が出来てしまうと、もう歯止めが利かない。


 汚部屋のまま、片付ける事が出来なくなる。


 虚無なんて言っても……そこにあるのは、乱雑で薄汚れた風景だ。


 何もないって訳じゃない。


 腐ったままの状態で、何も動かないんだ。


 それでも意味はあったと、そう思えるようにはなった。


 生まれ変わって、人生をリセットして、心に余裕が出来たからだろう。


 今の俺なら、もしかしたら誰かを喜ばせる事が出来るかもしれない。


 ペトロのリセットの話を聞いたからかな。


 なんとなく、そんな事を思ったりした――――

 


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