第198話 何コラタココラ
「――――起きろバカ野郎。人を散々働かせて寝る奴があるかコラボケ」
ん……? 何だ、こめかみが痛いぞ。これはアレか、グリグリか? うわ懐かしいな……学生時代にやられて以来だ。
ああ……俺、寝てたのか。またボーッとするけど倦怠感はなくなってる。体力は回復したっぽいな。
「ったく、せっかく朗報届けに来たってのに。シャキッとしろシャキッと」
……あれ? 今の声って始祖じゃなくて……怪盗メアロ?
「お前、もう帰ってきたの……?」
幾らなんでも早過ぎる。まさか手掛かりが何もなくて、見切り付けて戻って来たんじゃ……
「。。。多分違う。。。顔がそれはもうドヤりまくってるから」
相変わらずナチュラルに心読まれてるけど、もうそれはいい。問題はそれより怪盗メアロだ。
……確かにこれはまごう事なきドヤ顔だ。ただでさえ高濃度のメスガキ感が更にマシマシ。こんだけイキってて何もないって事はなさそうだ。
「当ったり前だろ? 収穫ありまくりだっての。我やっぱ天才だわ。格が違い過ぎてもうね」
やたらウキウキだな。まさか、もう見つけ出して手に入れて来たんじゃ――――
「喜べ。フラガラッハの在処を特定したぞ。今から予告状を出して、それから盗みに行く!」
「……」
「なんだその白けた顔は!? ゴリゴリの大収穫だろーが! もっと良いリアクションしろ! 讃えよ褒めよ讃えよ我を!」
いや実際、凄いのは凄いんだけどさ……この緊急時に予告状出す必要ある? そのワンクッションの所為で素直に賛美できない。
「いいか良く聞けこの物知らず。予告状はな、怪盗の美学なんだ。アイデンティティの象徴と言っても良い。これを出さずに盗むんじゃただの泥棒と同じだ。怪盗と泥棒を一緒にするなよ? 誇り高き怪盗はな、予告状を出して相手に全力で守らせた上で盗むんだよ。それが出来て初めて怪盗を名乗れるんだ。わかったかコラ!」
「クソどうでも良い拘り……」
「。。。それな。。。所詮は窃盗犯。。。社会のゴミ。。。」
「キーッ! どいつもこいつも美学を理解しない凡愚どもめ!」
まあ、その社会のゴミに頼ってる時点で俺はこいつをディスれないんだけどさ。
それに、こんなに早く保管場所を突き止めた時点で有能なのは認めざるを得ない。流石は怪盗メアロと素直に褒め称えておこう。心の中で。
「で、フラガラッハは何処にあったんだ?」
「ふっふっふ……聞いて驚け。我にもお前にも縁のある、あの武器屋だ!」
武器屋……?
しかも俺だけじゃなく怪盗メアロにまで縁のある武器屋って、まさか――――
「ラーマか!? ラーマなんだな!?」
ユマの親父さんから譲り受けた、我がアインシュレイル城下町ギルドの改装前の武器屋。まだ俺がギルドを起業する前、怪盗メアロとそのラーマの傍で遭遇した事があった。一緒に中へ入って色々話したりもしたっけ。俺と奴に縁のある武器屋っつったら、あそこしかないよな。
それに確かコイツ、そこが潰れた武器屋ってのも知っていた。まさかあの時にはもう、フラガラッハがあの中にあるって知ってて探してたのか? だとしたら、在処の特定が異様に早かったのも納得だ。大分前から目を付けていたって事になるからな。
とはいえ……伝説の武器なんて物騒な剣をギルド内で見かけた事はない。でも例えばカウンターにでも隠されているとしたら? あれは武器屋の物をそのまま流用しているし、十分あり得る。二重底にすれば剣一本隠せるだけのスペースは余裕で確保できるだろう。
ユマの証言によると、あの武器屋の剣は鞘を残して大量に盗まれていた。彼女は『鞘に武器屋名が入っていて売れないから』と嘆いていたけど……フラガラッハを探す為に怪盗メアロが物色して、めぼしい剣を全部盗み出していたって訳か。でも結局そこにはなかったと。
仮にフラガラッハがカウンターに隠されていたとしたら……それを実行したのは恐らくユマ一家だろう。そんなに流行ってる武器屋じゃなかったから、従業員は雇わず家族だけで経営していた筈。外部の人間がカウンターに細工するなんてあり得ないから、必然的にユマ達以外の選択肢は消える。
けど、だとしたら……妙だ。
伝説の武器だし、最初から非売品のつもりで保管していて、かつ盗み対策として隠していたとしても不思議じゃない。でも仮にそうなら、俺にあの建物を託す時に回収してなきゃおかしい。なのに、隠されたままになっているって事は――――
まさか……俺に押しつけるつもりだったからか?
ラーマの主人は、その剣をフラガラッハと気付かずに仕入れて、そのまま店頭で売ろうとしていたのかもしれない。いや普通に考えたらそうだろう。流行っていない武器屋が伝説の武器を仕入れられる訳ないからな。凡百の剣としてたまたま市場に出回っていたとしか思えない。
けど、何処かの段階でそれがフラガラッハだと気付いた。
伝説の剣とはいえ、魔王に穢された今となっては暗黒武器だ。下手に売ったり捨てたりすれば呪われるかもしれない。だったら……ずっとその場に隠し続けるしかない。
穢れたフラガラッハを隠したまま武器屋の経営を続けるも、なんとなく店の雰囲気が悪くなって、客足も遠のき経営状況も悪化。その結果、店を手放すしかなくなった。
そんな折に、偶然娘さんを助けた俺が現れた。しめしめ、それを口実に店ごとフラガラッハを押しつけてやれ。なんなら土地も付けてやろう。ほうら上手くいった。めでたしめでたし。
あ、あり得る……! 当時はそこまで深く考えなかったけど、普通に考えたら建物どころか土地まで無償提供ってのは幾ら恩人に対してでもやり過ぎだよな。裏があって然るべきだ。呪いの武器から家族を解放できるのなら、十分な見返りだろう。
勿論、カウンターさえそのままにしておけば呪われたりはしない。でも古くなって取り替えようものなら、厄災が降りかかる恐れはある。何しろ魔王の手が掛かった武器だ。それくらいの事は起こりかねない。
嘘だろ……? あの絵に描いたような善人の一家が、実はそんな思惑で俺をハメたっていうのか……?
つらいょ…もうわけらかんないょ…何も信じられないょ…あばばば……
「……なんでコイツ急に震え出したんだ?」
「。。。妄想が。。。暴走してる。。。」
いやでも待てよ?
もし今の推測が事実なら、ユマとユマ母がウチで働いてるのおかしくない? 普通断るよね? 関わろうとしないよね?
って事は――――
「ユマ達はシロだ! 良かったぁ……ったく、紛らわしいんだよ! 危うく重度の人間不信に陥るところだったじゃん! ミスリードはミステリー小説の中だけにしてくれよな、本当にもう!」
「今度は急に泣き出したかと思ったら笑いながら怒り出したんだけど……情緒どうなんってんのコイツ」
「。。。万物は。。。流転する」
やっぱり寝起きに考え事はダメだな。お陰で随分と時間を無駄にしてしまった。
「なんか自分の世界に入り浸ってたから言い難かったんだけど、ラーマって所じゃないぞ」
「それは自己解決したから大丈夫。で、答えは何処?」
「……忘れた」
怪盗メアロさん? 若年性認知症ですか?
「いや違う! ボケたんじゃなくてだな、その武器屋の名前が異様に長いからド忘れしただけだ!」
名前が長い武器屋……?
それってつまり――――
「……フルネームなんだっけ」
「ホラお前だって言えないじゃん! お前が前に務めてて、我が鬼魔人のこんぼうを頂いたあの武器屋だよ! ちょっと前まで在籍してた職場の名前言えないとか、我よりお前の方がずっとヤバいだろ!」
「ンな事言ったってあんなの覚えられるか! そっちだって盗みに入った武器屋の名前忘れるとか、散々プロ意識高いのアピールしといてなんてザマだよ! 舌先三寸もいいトコだなオイ!」
「ハァァ!? 何が言いたいんだコラ! プロを語ってコラ! 何がやりたいのか、はっきり言ってやれコラ! 噛みつきたいのか、噛みつきたくないのか、どっちなんだ? どっちなんだコラ!」
「何がコラじゃコラ! バカ野郎!」
「何コラタココラ!」
「なんだコラ!」
「プロを語るなって言ってんだコラ!」
「お前が言ったんだろ、この野郎!」
「言ったのはお前だろうがコラ!」
「何この、おい……」
「何コラ!」
「言ったらやるぞコラ!」
「お前、お……」
「お前死にてえんだろこの野郎!」
「お前、今言ったなコラ!」
「おう言ったぞ!」
「吐いた言葉、飲み込むなよお前!」
「それはお前じゃコラ! 嘗めてんなよこの野郎!」
「よーしわかった。じゃあ、それだけだ。お前、今言った言葉お前、飲み込むなよ。お前吐いて……わかったな? ホントだぞ? ホントだぞ? なあ。噛みつくんならしっかり噛みついてこいよコラ! なあ! 中途半端な言った言わないじゃねえぞ、お前。わかったなコラ! わかったな!? 噛みつくんだなコラ!」
「お前にわかった言われる筋合いねえんだコラ!」
「噛みつくんだなコラ!」
「メスガキ嘗めんなよ、この野郎!」
お互い睨み合いながら一歩も引かず罵り合い、やがて視線を外す。すると、不意に始祖のドン引きした顔が視界に入った。
「。。。何これ」
確かに……何だったんだこの無意味な言い合い。人間、ヒートアップすると語彙が死んじゃいますね。反省。
「従業員も客もあの武器屋をフルネームで呼ぶ事はまずない。俺はベリアルザ武器商会って呼んでた」
「なんか中途半端な略称だけど、まあいいや。そこな。その武器屋にフラガラッハがあるのは間違いない」
怪盗メアロがここまで断言するのなら、恐らく確定だろう。まさかベリアルザ武器商会にフラガラッハがあるなんて――――とは思わない。餅は餅屋。暗黒武器は暗黒武器屋。寧ろ妥当だ。
とはいえ、単なる暗黒武器の一つとしての所有なのか、フラガラッハと知って手元に置いているのかで随分と解釈が変わってくる。
あと、いつ入手したのかも重要だ。少なくとも俺がいる間に十三穢を仕入れるって話は一切なかった。でも俺が辞めた後とも限らない。あの武器屋にあった全ての在庫を把握していた訳じゃないからな。
何にしても、そんな物騒な武器をルウェリアさんの傍に置いておく訳にはいかない。一刻も早く怪盗メアロに盗んで貰おう。
「じゃ、これから出す予告状の文面、お前が考えて」
「……は?」
「我よりお前の方があの武器屋に詳しいだろ? だから、あの主人と娘に刺さるような文面をお前が捻り出せ。無論、最終的な清書は我がやるけどな」
コイツ、まさか――――
「……ネタ切れか?」
「ち、違ぇーし! 名怪盗の我が予告状思い付かないとかあり得ないし! 勘違いすんなよな!」
ネタ切れなのか……道理で盗みの頻度が激減してた訳だ。
「。。。フフッ」
始祖に鼻で笑われ、怪盗メアロは顔を真っ赤にして暫く暴れ回っていた。
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